第44話 Story about ロザリオ 8-1
宿場天体ハミを訪れるのは、ロザリオには2回目だ。
プルシャプラに向かう途上でも、彼らはここに立ち寄っていた。
チーフ・ミハルたちに至っては、何十回も利用しているおなじみの天体だった。
ヘラクレス第1航路が尽きてすぐの所に位置し、且つ、宇宙保安機構の拠点である宇宙要塞チェルチェンから北上して暗黒天体群域の各所に向かう際に、必ず通る位置にもあるから。
ハミとは、遊離惑星の名称でもある。
それの周囲を、棒状の人工構造物が公転していて、宇宙商人などが利用する宿場として機能している。
自転もしていて、棒の先端部分では遠心力が、1Gの疑似重力として作用している。
「何度も来ているのに、相変わらずの冷遇だな。地球連合や宇宙保安機構というものに、全くネームバリューも信用もない。
連合の通貨も使えないから、現物を差し出しての物々交換でしか、欲しいものが手に入らない」
「それにしても、ひどすぎるな」
チーフ・ミハルの愚痴に、イゴル大尉も追随した。「俺たちの欲しい物資を供出するのに要求してきたエネルギー量は、連邦内での交換比率の20倍以上だぜ」
それでも彼らは、エネルギーを与えて物資を仕入れないと、この先の旅が苦しい。
反物質動力炉から無尽蔵と言えるくらいに得られるから、エネルギーには余裕がある。それを与えて、在庫の厳しくなった元素等を補う。
元素が揃えば、最低限必要なものは全て合成できる。
食料も資材も、化学合成や生物学的合成に加え、数種類の生物の育成によって確保できている。だがより快適な旅を求めるなら、元素に加えて仕入れておくべき物資が、百種類以上ある。
無尽蔵に確保できるエネルギーを売って、消費する一方の元素等を買いながら、宇宙保安機構は遠隔宙域を旅するのが、この時代には当たり前だった。
「なじみの薄い奴からは目いっぱいふんだくって、その分、なじみの濃い客にはリーズナブルなサービスを提供するってわけですね。商売上手なことだ。
それに、他の利用者への接触も拒まれている。迷惑をかけさせないためだと言って。
それができれば、情報収集も進むのにな」
ロザリオも苦笑を禁じ得ない。
「しかし、何十回も利用しているのに、なじみが薄い奴として扱われるなんてな。
あんたのアピールが足りないのじゃないか、チーフ」
「そんなこと言うなよ、イゴル大尉。
何十回利用したと言っても、年にすれば2・3回のペースだ、地球連合の者がここを利用するのは。
毎日、いや1日に何十組が利用する宇宙系の部族がいくつもあるのだから、やはり我々は、なじみの薄い奴さ」
「それだけ遠くの宙域に、我々は踏み込んでいるってことですよね。
地球連合には最果ての辺境と考えられている宇宙要塞チェルチェンからでも、2か月弱ですものね」
こんな場所に、セシリアは騙されて連れて来られ、拉致までされてしまった。
(でも、あんな嘘を真に受ける、セシーじゃないよな)
前提が変わると、想像も変わる。(嘘なんて見抜いた上でセシーは、ここに来ることを自分で選んだのかもしれない。
孤児の出自でもある培養奴隷に関することで、セシーは強い覚悟を持って、ここに来たのかもしれない。
そうだとするなら、どんな困難にも、決して折れたりしないのかな。
すでに味方と言える人も、獲得しているかも)
想像を巡らせていたロザリオは、突如発せられた甲高い声に、現実へと引き戻された。
「何だって⁉ そんなことが・・・・・・なんでまた? 」
「どうしたんです、チーフ・ミハル? 」
「さらに交換比率を、釣りあげてきやがったか、チーフ? がめついハミのヤツらめ」
相次いで問いかけたロザリオとイゴルに、チーフが目を丸くしたままで答えた。
「逆だ、大尉、ロザリー。物資は何でも全て、無償で提供してくれるとさ」
「おいおい、本当かよ、チーフ。冷遇から一転、厚遇どころか、賓客に対するがごときもてなしじゃないか」
「どういうことだと思う、大尉? 素直に喜んでいいのだろうか? 」
「さあ」
彼らの中では、航宙民族出身であるために宇宙系への理解の深いイゴルも、この宿場天体ハミの豹変ぶりには、首を傾げるばかりだった。
そこへ、新たな情報が入る。コミュニケート担当のマニエラが、報告を上げた。
「執政官ゲオグル殿が、ハミと取引するなら、最初からプルシャプラの名前を出してもらいたかったと、言って来ていますわ、チーフ。
プルシャプラの関係者は皆、ここでは賓客だそうなので、プルシャプラの名を出しさえすれば、何でも無償だそうですの」
「そうか、なるほど。
かつての隆盛からは凋落したものの、プルシャプラはこの辺りで長い間交易をして、このハミも頻繁に利用してきたのだろうな。
彼らがここで落とす富の量を考えれば、我らの必要な物資くらい、物の数ではなくなるわけだ」
「ここにある全ての施設も、無償で利用できるそうですよ。
巨大公衆浴場なんてものもあるそうなので、私は是非、利用してみたいですわ、チーフ」
「ミス・マニエラの言う通りだ。せっかくなのだから、利用しない手は無いな」
チーフが賛成したので、彼らは揃って繰り出した。
棒状構造物の先端の、1Gの疑似重力が提供されているところに、それはあった。
風呂でさっぱりした後は、数組に分かれて散って、飲食施設を利用した。無償だから、店とは呼ばない。
「最大限の厚遇と言えども、地球系の居住都市とは違って、生物由来の食材はほとんどないのですね、チーフ」
「当り前だろ、ロザリー」
チーフの反対側から、シェリングが答えた。「これが、宇宙系人類の暮らしぶりというものさ。俺だって、生物由来の食べ物なんて、この船に乗るまでは人生で数回しか食べたことが無かったぜ」
それでも、ここで手に入る材料で、ハンバーガーと呼んで差し支えないものを提供され、ロザリオは至福の満腹を味わった。
くつろいでいたところで、意表を突かれた。紺が基調の制服、赤い稲妻模様。それを、彼が見たことも無い男が身に付けていた。
(俺たち以外に、宇宙保安機構の職員が? それも、武官だ)
驚くロザリオの視線に気付いたのか、その武官も彼に振り向いた。
そして同じ表情を見せた。
ざんばらと言いたくなる長髪と、いつでも何かを睨んでいるような眼と、いつでも歯を食いしばっていそうな口の男だ。
その眼と口を、驚きがあらわな丸い形にして、
「キョセ! キョセ・ミハルではないか」
と叫んだ。
呼ばれた者は、呼ばれてから気づいたようで、少し遅れてロザリオの隣で声を上げる。
「なぜ・・・・・・どうしてお前が、ここにいるのだ、オーエン・ブレトン? 」
問われたオーエンには、逡巡が見て取れた。
丸くなっていた眼が何かを睨む眼に、丸かった口も歯を食いしばるような形に戻り、数秒間動きを止めた。
数秒後に、意を決した様子のオーエンが大股に近寄ってきて、ロザリオから一メートルほどのところで口を開いた。
「俺は、ターロック・マクロクリン閣下のもとに馳せ参じることを、決意したぞ。
保安機構では、やはりダメだ。航宙民族どもに、舐められっぱなしだ。
閣下のもとで、ヤツらを徹底的に蹴散らしてやることにした。
最短距離で向かうと、途中にある地球連合加盟勢力との間に面倒が生じる懸念があるのでな、地球系の勢力圏外であるハミを経由して、閣下のもとに向っているのだ。
閣下の名を出せば、ハミでは格別の厚遇を受けられるからな。
ここで会ったのも、運命かもしれない。お前も来ないか、キョセ、俺と一緒に?
閣下の偉大な事業には、お前の堅実な実務能力は大いに助けになる」
「オーエン! 何度言ったら分かるんだ。武力で蹴散らしても、何も解決しない。あんなインチキ男の口車に乗るな」
「違う、お前は分かっていない、キョセ。
確かに今は、たまたま拠点の判明した宙賊を攻撃するだけだが、その実績を聞き付け、多くの同志が閣下のもとに馳せ参じている。今に巨大な勢力になる。
そうなれば、何百といる宙賊どもを1つ1つ見つけ出して、着実に潰していける。
信じろ、俺を、閣下を」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/6/17 です。
宿場天体という造語は、わりと意識して積極的に使うようにしていて、本シリーズ中の他のいくつかの作品にも登場しています。
もちろん実際の歴史に登場する宿場町というのが、発想の原点であり、歴史情緒を強く感じさせる単語だと作者なりに思っています。
自分の作品に、歴史物語としての雰囲気を与えられるのでは、との期待を持って使っているのです。
実在する有名どころの宿場町として、作者が訪れたことのあるのは、福島県の大内宿と福井県の熊川宿です。
現代人の感覚では小さな村くらいのもので、体感では1キロメートルあるか無いかくらいかなと思われる程の一本の通りに、ほぼ集約されている、こじんまりした場所でした。
しかし、昔の旅人にとっては貴重な中継拠点であり、大きな町と認識されていたのだろうと想像しています。
森林や原野ばかりの中に忽然と現れれば、現代人にはこじんまりと感じられる村も、華やかに栄えた町に見えたことでしょう。
今とは違って、とってつもなく困難で命がけとも言えるものであったであろう旅に、果敢に挑んだ昔の人が、彼らにとっては華やかに栄えていると思えたであろう宿場町で過ごす時間とはどんなものであっただろうと、想像が膨らみます。
そんな宿場町と同じような存在を、未来の宇宙に作りだしたいと、そこを訪れていた時に強く思いました。
それから十年近く経っているのですが、幾つかの作品中に登場させることだけはできたとはいえ、その時感じたことや表現したいと思ったことは、描き切れていないように思います。
宿場町を主な舞台として構成する物語でないと、それらは描き切れないようにも思え、何度か構想を練ったこともありますが、作品化には至っていません。
いつか、宇宙の宿場町=宿場天体を舞台とした物語を、作れたらいいなと今でも思っています。
日本の宿場町を訪れただけでは、作品化には至れないかなとも思っていて、海外のそういう場所を訪れる機会も、作らなくてはとの思いもあります。
コロナ禍の呪縛もようやく過ぎようとしているので、そろそろ本気で計画し始めるかもしれません。
どこへ行ったらいいか? シルクロードの起点と言われたアンティオキアなんて興味あるけど、現在どんな感じになっているのか作者は知りません。
最近読んだ「背教者ユリアヌス」の影響で、そう思っているに過ぎないのですが。
その前に読んだ「オクシタニア」の影響で、トロサ(現トゥールーズ)にも行ってみたいと思っています。
こういうところに行ってみれば、宿場天体を舞台にした物語の構想も、固まって来るのか来ないのか。
本物語では、かなりサラッとした感じで通り過ぎる宿場天体という造語に、作者がこんな思いを抱いているということを、少しでも念頭に置いて頂ける読者様がいて下さると、とても嬉しいです。
まあ、興味ない方の方が多いかもしれませんし、そちらの方が「正常」なのかもしれませんが。




