第2話 Story about C-683 1-2
とはいえ、金属塊の群れは穴だらけだ。あちこちに隙間があり、よほど運が悪くなければすぐに直撃などされない。
突撃開始20秒で撃破されたヤツは、腕より頭より運が悪かったと言うしかない。
ご冥福を、祈る気もないが。
金属塊の穴を、直接検出はできない、回避が手遅れになるまでは。
金属塊にレーダーを照射しているようではダメだ。宇宙背景放射を見なければ。
あらゆる方角から来ているそれは、遮蔽物がない限りどこを向いても見える。
金属塊があるところは遮蔽されるわけだから、宇宙背景放射がとらえられる方角には金属塊は無いということだ。
レーダーで金属塊を検知しようとするのではなく、赤外域の電磁波をブロードにモニターして宇宙背景放射が一定強度以上で検知できる方角を探すのが、この際は効果的だ。
難儀なのは、星間雲が北東下方向一面に濃密なガスとしてあることだ。
濃密と言っても、人体が必要とする気圧を基準にすれば真空同然だが、宇宙全体の平均からすれば濃密だ。
少なくとも、宇宙背景放射を捕らえにくくするくらいには。
方角によってはガスのために見えない宇宙背景放射だから、これだけを頼りにはできない。
その代わりにはならないが、襲撃対象の交易船が放つ輻射熱の検知も、金属塊の隙間を見つけるのに役立つ。
自分と標的船と金属塊と星間雲の位置関係によって、宇宙背景放射を利用するか標的船の輻射熱を利用するか、はたまた隙間を見つけるのを諦めるのか、頭をひねらなければいけないということ。
こんなのは、パイロットなら持っていて当たり前の知識を組み合わせれば自明なのだが、コマンダーは考えが及ばないらしい。
そんな奴のせいで、更に1艘を撃破されたラージスクワッド全体は放っておいて、C-683は彼の率いるスモールスクワッドに対しては、合理的と思える接近コースを飛翔させた。
「なんちゅう遠回りをしているのだ、貴様らは、馬鹿たれ! あれしきで臆したか、腰抜け! 」
通信機越しに罵詈雑言を浴びたが、命令に属する発言は無かったと判断し、無視して独自の作戦に専心する。
パイロットが操縦桿を縦に横にと動かしてマシンを操る時代など、とっくの昔に終わっていた。
宇宙での戦闘が、そんな距離や速度で行われるわけがない。
半径数万㎞にも及ぶ戦場を、マッハを数十倍した速度で飛び回りながら、数mから数百m程度の標的を相手にするのだから。
1㎞先を飛ぶ蚊を射るより難しい。
ましてや、秒刻みに次々と繰り出される金属塊群に対して隙間を見つけ得る位置をとり続け、金属塊の展開を確認するや百分の1秒以内に隙間を見つけて転進し、敵の更なる攻撃を察知して回避ないしは防御し、数万㎞先にいる敵艦の内部への侵入が可能となりそうな場所を探り当て、そこに数m以内の誤差でマシンを誘導しなければならないのが略奪戦だ。
いくつものセンサーからの膨大な情報を瞬時に判断し、飛翔コースを刻々と変更しつつ、複数の武装をも同時に操作しなければ実現できない。
生身の人間に追いつく作業ではない。
上記の条件を加味したアルゴリズムをあらかじめ入力しておき、後はコンピューターに任せるのが、この時代だ。
アルゴリズムに従ったマシンの自動制動が生む、激しいGによる攪拌に、人は耐えていればいい。
時より、ブラックアウトによる一瞬の失神などもしながら。
アルゴリズムも、パイロットが一から作るわけではない。
事前に知り得た情報を人工知能が解析し、計算して複数作成したものから有効と評価した順にいくつかの候補をモニター表示する。
敵の装備や過去の戦闘記録から、今の場合に予測される攻撃パターンや、ここまでの攻撃の実績から推測される敵の行動傾向など、様々な要因が計算には含まれている。
(違う。敵艦の北側面の武装が高頻度で稼働しているからって、そちらの守りが堅いわけではない。
索敵が不調なために、闇雲にでも頻繁に攻撃していないと、不安なのだ)
明確な根拠の無い、勘に属する判断。人工知能にはできない推測。だが、あてずっぽうでもない。
襲撃対象の民族的・集団的気質。
戦闘を主な活動とはしない交易船の乗員に平均的な戦闘経験とその経験値における戦場心理。
それらに由来する、同じ人間だからこそ理解可能な行動傾向の偏りというものがある。
岩石から成る微小天体に穿った地中都市という、利便性も居住性も高くない場所を終の棲家と見定め、数千人の同族と身を寄せ合って一所懸命に生きている、との事前情報を得ているのが、今回の標的を動かしている奴等だ。
千年にも及ぶ地中都市での暮らしで体得された、生真面目で危機意識が高く、あらゆる事態に予防線を張らずにいられないという集団気質は、生身の人間にしか理解し得ない。
慣れない戦闘で受けた傷の痛みを知る人間が戦場で感じる恐怖も、自前の肉体の無い人工知能には永遠に分からない。
それらを夢での疑似体験によって我が事の如くに知悉しているC-683の、主観的判断も加えて改めてアルゴリズムを作成させ提示させた。
人が、それも経験を積んだベテランパイロットが、人にしかできない判断を下してアルゴリズムを最終決定する。その上で制動はコンピューターに丸投げにする。
新たな選択肢の中から、またもや勘に属する主観で一つを選び終えたC-683は、絶えず上下左右前後にと揺さぶられながら、ただモニター上で敵を睨み続けるだけとなる。
アルゴリズムの変更が必要な兆候がないか、油断なく観察する。
予想外の変化があれば素早い再入力が必要だから、直接の制動は丸投げにしてパイロットはそちらに注力する。
こうなるとパイロットより、オペレーターと呼ぶべきかもしれない。
彼のスモールスクワッドは一団となり、金属塊の隙間を縫って飛んで行った。
襲ってくる誘導ミサイルを、あるものはレーザーで破壊し、あるものは躱す。
そのたびに強烈なGを見舞われはするが、制動に関してC-683は何をするわけでもない。
意識を向けることすらもないのだが、適切なアルゴリズムが危機を着々と処理した。
彼ら以外のラージスクワッドの連中が、相次いで撃破されたのとは対照的だ。
レーダーで金属塊を捕らえようとして間に合わず、レーダーを金属塊にばかり集中するために誘導ミサイルを効率よく発見できず、できたとしても有効でないアルゴリズムで動くために迎撃も回避も失敗した。
C-683たちだけが、標的船の北側面へと着実に接近した。
北や東などの方角概念は、地球時代のそれと同じなわけはない。銀河系の中心に向かう方向を北、銀河系円盤の回転して行く方向を東と、この時代では呼んでいる。北を前に、東を右にした場合を基準に、上下も設定されている。
標的船が転進などすれば、今の北側は北側ではなくなるが、それでも今北側になっている部分を接舷目標とするのは変わらない。
主観を多分に含んだアルゴリズムにわずかでも不適切な部分があれば、彼のスクワッドは全滅したかもしれないが、C-683がそれを表情に出すことはない。
死への恐怖を飲み込む術も、夢の中で我が主に教わっている。
コマンダー以外のパイロットたちはみな、主に教わったことしか知らない。
彼らを作ったのもロードだ。母から産まれたのではなくロードに培養された彼らは、夢の中でロードに教わったことのみを知識とし、ロードの役に立つためだけに生きている。
知識の習得はおろか経験を積むための模擬戦闘も、実存の肉体を鍛錬するトレーニングでさえも、夢の中で行われた。
マシンの動かし方も、配下や上官との意思疎通の方法も、何もかもだ。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/8/27 です。
未来の戦闘について、なにやら講釈調で専門家気取りな描写をしましたが、作者は、未来はもちろんのこと現代の戦闘も経験したことは無いので、確たることは何も言えません。
ただ、人工知能が発達すれば現代よりは、多くのことが自動で行われるようになり、人がやらなくてはいけないことが大幅に減少することは、間違いないでしょう。
一方で、どうしても人工知能ではできないことも、あるのではないかと思っています。
人工知能が多くの職業を人から奪い、失業が増えるとの未来予測なども耳にしますが、作者は割と懐疑的です。
人工知能にとられてしまう業務があるのは間違いないでしょうが、かなり多くの作業は、やはり人間が必要であり続けるのではないだろうか、と。
未来の戦闘においても、何が人工知能担当で、何が人間担当になるかは、悩みどころでもあり、SF作家としての個性の発揮のしどころでもあり、何より書いていて楽しいところです。
相手の攻撃を回避しながら接近を図るという、作中に出て来た場面でも、人工知能だけで全て実施できるようには、ならないのではないか、というのが作者の想像です。
相手の攻撃に対して、撃破されないようにする、というだけなら、人工知能でもできそうです。
だけど、相手に接近するというもう一つのミッションが出て来ると、一つ一つの攻撃における相手の意図や心境を予測する必要が出て来るでしょう。
その一つの攻撃で撃破しようとしているのか、複数の攻撃を組み合わせて撃破しようとしているのか、逃げるための時間を稼ごうとしているのか、恐怖に駆られて闇雲に撃ちまくっているだけなのか、などが予測できていないと、それぞれの攻撃にどう対処すべきかは決定できません。
この予測が、果たして人工知能にできるようになる日が、来るのでしょうか?
これらの行動の差には、人の欲や恐怖や責任意識やプライドなどが関わって来るでしょう。
本作においては、これらの行動の差を人工知能が理解したり予測したりできる日は、来ないという設定で構想しております。
こういった方面で完全に門外漢である作者の構想が、妥当なのかどうか、気になるところです。
現代の職業についても、人工知能ができそうにないことは、たくさんあるように思えています。
多くの業務が、人間の手や五感を必要としているからです。知能だけでできる業務なんて、ほんの一部でしょう。
人間の手のように、一枚の紙、一本の釘、一個のリンゴ、一本のバットなどを持ち上げられる一つのロボットアームというものですら、あと百年はできないのではないかと思っています。
上記のものが混ざった中から、それぞれを分別して数をかぞえるという作業を、人間と同等以下のサイズの機械一つでできるようになる日なんて、何百年も先になるのではないでしょうか?
これだけを考えても、人工知能の発達くらいで奪われたりしない職業は、星の数ほどあるように、作者には思えています。
なにやら、SF作家にあるまじき発言をしてしまっている気もしてきましたが、人工知能の発達が招く未来というのを、できるだけ具体的に詳細に想像してみることは、重要だと思っています。
作中に描かれたことにどれだけリアリティーがあると思うか、読者様にも考えて頂けると、作者としてはとても嬉しいです。