第29話 Story about スパルタクス 2
疑似重力がジワリと弱まって行くのを感じながら、スパルタクスは饒舌だった。
セシリアとの営みをサポートするためだけに生じさせていた、遠心力による疑似重力は、用済みとなった。
限りあるエネルギーは、節約しなくてはならない。
「己の責任で未来を選ぶのは、勇気がいるのだな。自由というのも、甘くはない。
それでも、自由の中で勇敢に未来を選び取っている者たちを、羨ましく思うぞ、俺は」
営みを重ねる度に、饒舌が度を加える。夢で見た、セシリアの若き日々への感想を語る。
「その勇気を、私はずっと持てなかったわ。彼の眼から、勇気を教わるまではね。
細くて離れ勝ちで、一見すると気弱に見えるけど、よくよく覗き込んでみるとその奥には、想いを貫く意志の強さを感じたの。
臆病だったあの頃の私の、背中を押してくれたわ」
応えるセシリアの方も、かなり高揚した顔色だ。
「そのロザリオと、男女として結ばれることは、ついに無かったわけなのだな」
複雑な感情を隠そうとするでもなく、スパルタクスが問いかけた。
「そうなの。気には、してくれていたと思うのよ、私のことを。
でも、彼には夢があった。精一杯の努力をしたいと思う夢がね。
その努力の、邪魔をしちゃいけないって、私も思っていた。結ばれる環境じゃなかったのね」
スパルタクスの複雑な感情を表情に読み取り、セシリアは微笑んだ。
「迷いや苦悩を抱えて、それでも自分の意思で、自分の未来を決断した。
お前たちのその生き方が、私には羨ましい」
「ロードに夢で操られたままじゃ、決してできない生き方だものね」
「ロードは、自分の意に沿わない考えの者は、全て根絶やしにするという態度だ。
これまで夢に教えられたことや、お前に見せられた族長会議の様子などを総合すれば、ロードのそんな傾向は明らかだ。
リスクを背負って自由を貫く者たちと、自分に従わない者を認めないロード。
自由の喜びを知った私には、もう、ロードに従う路は選べない」
微笑んでいたセシリアが、一転して表情を引き締めた。
「あなたにとっては、とても重大な決断よ」
スパルタクスの声も、重みのある低いものに転じた。
「分かっている。これまで40年以上従って来た声に逆らうのだから、絶大な勇気が必要だ。
だが、たとえここで命を落とすことになろうとも、私は、自由のために抗う。支配されたままでなど、いるものか! 」
「そういうことなら」
セシリアの声は、事務的な響きに転じた。「まず必要なのは、超光速移動の手段ね。通常航行で移動できる範囲では、ロードから逃れられない。
半径数百光年の球状の空間内に、何百万個と分散配置されている無人探査機に、探知されない場所へ逃れないと」
「うむ。タキオントンネルのターミナルか、もしくはスペースコームジャンプが可能な船のいずれかを奪う。あるいは、それらで移動する船に忍び込む。
いずれにしても、簡単なミッションではない。いや、絶望的なほどに困難だ」
「そうね。難しいのは、間違いないわね。でも、それをやり遂げないと、自由は得られない。
まずは焦らず、じっくりと情報を集めることね」
言葉の最後に至って、深刻だった表情を笑顔に戻したセシリアだった。
笑顔こそが、この人の本来の表情だと分かる笑顔だった。
スパルタクスも、つられたものか、いつの間にか笑顔だった。
まだぎこちないが、少しずつ感情を出して行こうとの意志が見える。
「脱出できたとして、どこへ向かえば良い。俺はお前を、どこに連れて行けば良いのだ、セシー? 」
「そうねえ」
と言い、首を傾けた笑顔は意味深だった。「どこに行けば、良いかな? 」
「地球連合加盟国のどれかに、送り届ければ良いのか?
もしくは、お前を拉致した船の出発地だった、天体地中都市プルシャプラの方か? 」
「私を送り届けた後、あなたはどうするの、タック? 」
「・・・・・・私は、うん・・・・・・分からないな。
ロードの夢での指示に従う以外のことを、した経験がないからな。どこに行って何をすれば良いのか。
しかし、航宙民族としての生活は捨てられないだろう。どこかの天体に縛られて生きるなど、考えられない」
「そうでしょうね。身に馴染んだ生き方は、簡単には代えられないわよね。
でも、地球系にしろプルシャプラにしろ、定住生活をする人々の場所よ。
私を送り届けた後、あなたは、1人で宇宙に飛び立つの? 」
スパルタクスの顔に、戸惑いが浮かぶ。生まれて初めてというくらいの、強い戸惑いが。うろたえていると言ってもいいかもしれない。
「お前とは、離れたくない。ロードと決別した私が、お前とも離れてしまったら、もう誰とも、何の繋がりも残らない・・・・・・。
プルシャプラでなら、少しは航宙民族に近い暮らしができないか?
常に宇宙を飛び回っているような、天体間交易船の乗員として暮らすなら、航宙民族に近かったと、夢の中で記憶したのだが・・・・・・」
「プルシャプラねえ」
記憶を探る顔のセシリアには、暗い影が差しているように見える。「確かに、宇宙を飛び回る暮らしの人はいたわね。
でも、あなたがあそこに飛び込んで、そんな生活を送れるかどうか。
マラカンダっていう国の属国みたいになっていたから、もしかしたら、そこでも奴隷みたいになっちゃうかも知れないわ」
「そう・・・・・・なのか。せっかくロードの奴隷であることから脱しても、また別の誰かの奴隷になってしまったのでは、意味がないな」
「それに、ターロック・マクロクリンとも、何らかの癒着があるらしいのよね」
「ターロック・・・・・・とは、何者だ? 」
「地球系出身で、地球連合から独立した惑星国家の幹部なの。
宇宙保安機構とは違う、宙賊への強硬姿勢を宣言していて、そのために独裁的権力を手に入れようと画策していると言われている、不気味な男だわ」
「地球系が、プルシャプラにまで手を伸ばしていたのか。現在我々が把握している地球系の活動範囲からは、かなり離れた場所にある天体都市なのだが」
「いいえ。地球連合は、まだ存在さえ知らないと思うわ。
ターロックが、独自の人脈から繋がりを持つようになったのだと思う。地球連合や宇宙保安機構を出し抜いて」
セシリアは、今まで見せたことのない嫌悪感や危機感を、表情に現す。
だが、その男を知らぬスパルタクスには、共感はできない。プルシャプラの方が気になる。
「その男と関係があることで、プルシャプラに何か影響があるのか? 」
「分からないわ。でも、私をプルシャプラに運んだのは彼よ。
私の担当している孤児の、身内がいる場所に行くには、そこを経由しなければならないなんて言ってね。
それを信じる気はなかったけど、培養奴隷についての情報は豊富かなって、期待したわ。
ターロックが人知れず培養奴隷を使っているというのは、公然の秘密だったの。
そして私の担当孤児も、培養奴隷の子だろうって言われていたのよ」
「それで、プルシャプラに来れば、孤児の身内を見つけられると思ったのか? 」
「まさか。ただ、培養奴隷についての詳しい情報が、欲しいと思っただけよ。
その子の身の振り方は、他に方法があったの。私はただ、培養奴隷というものに強い関心を持ったの」
「プルシャプラで、情報は手に入ったのか? 」
「色々知れたわ。培養奴隷を大量に生産して、貸し出したり売り込んだりして荒稼ぎしている事業者が沢山いることや、その多くが航宙民族であること。培養奴隷を洗脳するのに、夢を利用しているということ。
知れば知るほど、もっと培養奴隷について知りたいと思える情報に、沢山触れられたわ。
それで、もっと詳しい情報を求めてバーラーブとかっていう別の天体都市を目指した結果、自分が培養奴隷につかまっちゃうなんてことは、想像もできなかったけどね」
「そうか、そんなプルシャプラに私が帰化したとなれば、私についての情報が、ロードへと伝わってしまうかもしれないな。
ターロックとかいう男の人脈を通じて、私の居場所がロードに知られてしまうこともあり得る」
「そうね。どんな繋がりがあるのか、分からないけど、あなたがプルシャプラに姿を見せるのは、得策とは言えないかも知れないわね」
「そうか。比較的にも航宙民族に近い暮らしを続けつつ、お前のそばにも居続けたいと考えたが、天体地中都市プルシャプラというのは選択肢に入らないのだな」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/3/4 です。
後半部分で情報量が増えて、何だか複雑でややこしくなってきたという印象を、与えてしまっているでしょうか?
物語の拡散行程では、どうしても読者の頭がこんがらがる感じは、避けられないのかなと思います。
プルシャプラという地名が出てきましたが、前回ロザリオが長征の先に目指したのと、同じであることにはお気づきいただいているでしょうか?
セシリアから離れて行く任務に就くと思い込んでいるロザリオが向かう先が、偶然にもセシリアが拉致される直前に居た場所ということで、読者様には「おっ!」とか思って欲しいと、作者としては願う場面です。
しかも、ロザリオたちにとっては名前すら初めて聞く未知の天体地中都市であるのに、ターロック・マクロクリンとは何やらただならぬ関係があるらしい。
ロザリオの学友ショーン・ブランケットは憧れているけど、ロザリオやサイモンは批判的に見ているターロックが、宇宙保安機構などを出し抜いて遥か彼方の天体地中都市と関係を深めていた。
なおかつ、セシリアをプルシャプラに送り届けたのも、ターロックだったと言ってました。
読者様には「むむむっ」って、思って欲しい所です。
こんなことを後書きで描くことのズルさは、重々感じていますが、見失ってもらってはこの先を理解してもらえなくなるので、作者としては心配で、補足説明したくなるわけです。
最低限抑えておいて欲しいことを、ズルを承知で描かせて頂きました。
単純すぎる物語はつまらないけど、複雑すぎると伝わらない。
手ごろな加減というのは、分からないものです。
自分なりに、このくらいが手頃だろうという思いで描いた物語ですが、いかがなものでしょうか…って、まだ序盤だから分かりませんよね。
白状しておきますが、まだ情報量は増え、ややこしくなります。




