第1話 Story about C-683 1-1
思いがけない希少な獲物に、C-683は目を見開いた。
これなら我が主にもご満足頂けるだろうと、夢の中でお褒めの言葉を聞けるだろうと、咄嗟にこみ上げた喜びを顔に出さぬように噛み締めた。
名前が無いから、額に刻まれたコードナンバーでしか表記できない男が、宇宙服に接合されているヘルメットの中から獲物の顔を覗き込む。
見れば見るほど、見たこともないエキゾチックな血筋の女だ。
丸みを帯びつつも整った輪郭。
目尻の下がりがちな大きな瞳を含む麗容。
たいていのヤツは、愛くるしいだの上玉だのと思うところだろうが、C-683は異国の血筋の希少性にのみ満足を覚えていた。
同族で集住する者たちの駆る天体間交易船だから、乗っていた者たちはみな似たような顔つきだ。
面長で浅黒く、細長い眼をして感情の起伏が見えづらい、うつろな印象の奴しかいない。
微小天体を掘り込んだ地中都市という生活環境への、千年をかけた順応の歴史がうかがえる。
その中にあって燦然と異質な輝きを放っていた女は、明らかにそこのネイティブな住民ではなく、更にはC-683がこれまで目にした全ての人種とも違う。
話にだけ聞いたことのある、地球系とかいう連中の血が入っているのかもしれない。
服装にしても、グレー一色の単調なものを男女問わず皆が着用する集団にあって、この女だけが華やかなスカーフを襟元にのぞかせていた。コバルトブルーが清冽に目を惹く。
だが肝心なことは、間違いなく女であるかどうかだ。外見でそうとしか思えないとしても、確認しておかなくてはならない。
掌を上にして、C-683は左腕を素早く振り上げた。
ホールドアップの意図が理解され、女が遅滞なく両手を頭の上に運ぶ。
だしぬけに、C-683が獲物の両乳房を順に掴んだ。
彼の宇宙服の一部であるグローブの五指の先端が、彼女の衣服もろとも肉体にめり込み、5筋の溝が穿たれる。
別の時代にはあり得ないくらいに、宇宙服のグローブも薄手だったので、男は女の乳房の触感をしっかりと確かめられた。
左側、右側とそうされる間、身じろぎもしなければ声も上げない。
仁王立ちのまま真っすぐに、女は男を見つめている。
股の下にも手を伸ばす。
体ごと持ち上げるかという乱暴な勢いで、押し付け、押し上げ、握り込んたが、女の態度に変化はない。
大きくはないが膨らんでいる両乳房と膨らんでいない股間を確かめた一方で、C-683はやや気圧された。なんという女・・・・・・。
こんな女を手に入れられるなんて。こんな船に、こんな女が乗っているなんて。
規模こそ大きいが、薄暗い天体地中都市に住み着いたヤツらが運用する、地味で実直な商売しかやらないオンボロ交易船に、何が起こればこんな女が紛れ込むのだろう。
感慨に浸ったのは、しかし、一瞬のことだった。
前触れもなく走りだしたC-683は、悲鳴が聞こえないことで女も付いて来ていると確信しながら、一度も悲鳴を聞かずに移動できたことにも驚きながら、希少な血筋の捕獲を改めて喜んだ。
女を背に従え通路を駆け抜けていると、腕に巻いている端末が着信を告げているのに気づいた。
走りながら目を向ける。端末の上の空間に文字列が浮かんでいる。
船体後部の格納庫に、希少元素が保管されているのを突き止めた仲間がいたようだ。
大喜びのコマンダーが、搬出用コンテナへの移送を指示している。
他の場所でも、航宙民族には奪うしか入手方法の無い機材などを見つけて持ち去る為に、船内各所を大勢が走り回っているらしい。
若い女を始めとした捕虜の奪取を目指すのも、少なからずいるようだ。
C-683のスモールスクワッドに十分以上遅れて船に雪崩れ込んできた奴等が、濡れ手に粟の略奪を謳歌している。
C-683だけが一人だけの捕虜だけを連れているのとは、対照的な荒稼ぎだ。
略奪戦の開始直後には、こんな上首尾は思いもよらなかった。
3年ぶりに目覚めて1時間もしないうちに、仲間の1人が殺られた時にはどうなることかと思った。
爆散して宇宙の塵と化す戦闘艇をモニターに確認し、右の眉をピクリとさせたものだった。
50艘足らずで編成されたラージスクワッドに加わり、マシンの催す加減速や転進の強烈なGを上下左右前後から断続的に食らいつつ、交易船への略奪戦に不安な気持ちで挑んだ。
武装した交易船を襲えと夢に命じられた時から、犠牲が避けられないのは織り込み済みだ。
まあ半分くらいは死ぬだろうと踏んでいた。
守る側も必死のはずだ。7つの天体集落を巡り、百光年以上の航宙を成して得た貴重な品々を、交易の果実として大事に抱えていたのだから。
それにしても、突撃開始20秒での損害は早い。
他所のスモールスクワッドの損害だから知ったことではないが、コマンダーの無能が知れる。
7人編成のスモールスクワッドを率いるカピタンの任に就くC-683としては、どうにか自分の配下だけは合理的に運用し、略奪を成し遂げねばならない。
死人の数はともかくとして。
相手が散塊弾で迎撃していたのだから、直線的な突撃では被害が増えるばかりなのだが、彼らのコマンダーには分からなかったらしい。
7つのスモールスクワッドを束ねたラージスクワッドの命運を、担える能力があるとは思えない。
広範囲にばらまかれ高速で飛来する金属の塊に対しては、早めの進路変更が必須だというのに。
彼らの戦闘艇に搭載されたレーダーは、回避が手遅れの距離になるまで金属塊を検知しない。
ケーシングを炸薬で吹き飛ばす発破熱を、検知するや否やで回避行動を起こさなければ、撒かれた金属塊はかわせない。
レーダーで検知してからでは間に合わないのだが、理解できないコマンダーはばら撒かれた金属塊の群れにレーダーを照射しただけで突撃した。
こんなのに従っては命がない。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/8/20 です。
物語の冒頭というのは、格別に気を使います。
作者に限らず、物語を編む人には共通でしょう。
ここでどうやって読者の気持ちを掴むかが、作品の成否や出来栄えを大きく左右するでしょう。
本シリーズの場合プロローグと本編の2回もの冒頭があるので、しんどさも2倍だなあなんて、最近思うようになりました。
自分で選んだ構成に自分で文句を言っているようではどうしようもないのですが、冒頭を巧くこなせていないと自覚するほどに、冒頭を描くことの重みに押しつぶされる感じです。
ここで「なぞかけ」と「伏線」を巧く張っていく必要があるのだと、最近になって悟るようになりました。
7年くらい執筆を続けてきて、遅すぎるのかもしれませんし、そんなこと考えなくても面白い小説を書けている作家さんも、おられるのかも知れません。
「なぞかけ」と「伏線」の違いを意識することすら、つい最近になってからでした。
「伏線」を張ることの重要性は以前から頭にはありましたが、それとは別に「なぞかけ」というものが重要な要素としてあるのだと、つい最近思うようになったのです。
上記2つの違いとは、作者なりの理解では、登場と同時に読者の頭の中に「?」を浮かばせるのが「なぞかけ」で、読者に余り意識されないように登場させて後で効いてくる要素が「伏線」だと思っています。
今回の物語の冒頭は、それを意識して書いています。
「マイロード」に喜んでもらうことを最重視しているかのような主人公、エキゾチックさを主人公に感じさせている異質な印象の女、天体地中都市の住民などについては、「?」を読者様の頭に浮かばせられていると信じたいところです。
それらの中には、割と早期に解消される「?」もあるでしょう。
早速次回に、ある一定の答えが示されるものも、あると思います。完全解消は保証しませんが。
逆に、最後まで読み切らないと解消しない「?」も、あるかもしれません。
読者様に良質の「?」を与えられていれば、最後まで読むつもりになって頂ける可能性もあるはずなのですが、はてさてどうでしょう?
一方で、「伏線」も張っています。
余り意識させないように、「しれっ」という感じで出した要素が、実は後で重要な意味を持ってきます。
こういう「伏線」の巧い作品というのは、2回3回と読みたくさせるのでしょうが、簡単に成せることではないでしょう。
こういった「なぞかけ」や「伏線」のセンスというのは、生まれ持った才能が無いとどうしようもないのか、努力で少しは改善できるものなのか、分かりません。
しかし、とにかくこれらを意識して書いて行こうと思っていて、その部分を見てくれる読者様がいて下さることも、心から祈っております。
今回示された「なぞかけ」の答えを追って、「伏線」がどれだったのかを考えつつ、次回投稿をお待ち頂ければ、それに勝る幸せはありません。