第24話 Story about スパルタクス 1-4
一同が静まったのを見て取ると、進行役が久しぶりに声を出した。
「それでは、バイルク族の序列を更に引き上げる、という結論でよろしいですかな、大王」
「うむ。バイルクに協力したアフシ族ともども、2階級以上の特進を認めよう」
「そんな! 大王! このような新参どもに、2階級・・・・・・」
「黙れっ! 大王の裁定に、異を唱えるか! 」
この言葉を口にする瞬間が、この男には一番の快感なのだろうと分かるような声色で、進行役は喚いた。
「よい、よい」
いきり立った進行役を、大王はなだめた。「古参の者どもも、新参に追い抜かれるのには不満もあるであろうが、まずは牙を抜かれた自分たちを反省するがよい。
猛々しく荒ぶっておった祖先の姿を、今一度、予に見せるのだ。航宙民族の誇りを、思い出すのだ」
「・・・・・・・御意」
「お・・・・・・仰せのままに」
絞り出すように、古参の族長たちが応じた。
勝ち誇った満面の笑みと、屈辱に打ちひしがれた渋面とに、評議の場が二分された。
勝者がすっかり余韻に浸ったタイミングを見計らったように、進行役が、こっそりと大王に何かを耳打ちした上で告げる。
「特進の件はそれでいいが、それとは別に、バイルク族への調査は実施してもらおう」
「何ですとっ! 」
棘のある声を、笑みを残したまま発したところに、バイルク族長の驚きが示されていた。
「大王の裁定に、異を唱えるおつもりか」
お気に入りのセリフを、もう一度言えた進行役は嬉しそうだ。
「しかし、培養奴隷の使い道については、ご理解いただけたのでは。
勇猛な制圧戦には、培養奴隷の大量消費が必須だと・・・・・・」
「バイルク族の勇猛な姿勢には、評価を与えよう」
自分が大王であるかのように、進行役が唱える。「しかし、培養奴隷の扱い方には疑問が残る。
制圧戦以外に培養奴隷を、申告した以上に使役しているようなら、処罰の対象となるのは当然だ。無論、特進の件も考え直さなくてはならない」
評議の場の明暗が、たちどころに逆転した。
「さすがは大王! やはり見るべきところを、見ておられる」
「大王の仰せの通りだ。制圧戦を隠れ蓑に、王国に対して不正を働いていた可能性は残っているのだ。徹底調査して、実態を究明せねば」
しおれていた古参達が、3度目の勢いに乗る。
それに続いて、ほとんどの代表者が声を上げ始めた。
50人以上の声が討議場に乱れ飛び、喧々囂々の様相を呈す。
「静粛に! 」
叫んだ進行役は、議場が静まるのを待って言葉を続けた。「調査の件、異論は御座いませぬな」
「・・・・・・それが、まことに大王の意であるのであれば・・・・・・」
鬼の形相で進行役を睨み据えながら、バイルクの族長がうなるように言った。
調査の発案者が進行役なのは、分かりきっていた。
耳打ちされるまで、大王の頭に調査の件など無かったはずだ。
大王の一番近くにいるというだけで、大王一族に仕える名も無き従僕であるはずのこの進行役が、王国の意思決定に重大な影響力を持っている。
そのことへの怒りが込められた視線だと気づいているだろうが、進行役は軽く受け流し、大王に視線を転じた。
「大王、これで、よろしいですな」
「いかにも。特進はとりあえず認めるが、調査も実施する。
調査の結果によっては、特進は取り消され処罰が与えられる可能性もある。
バイルク族に、不正の無いことを祈るぞ」
この後もいくつかの討議が行われたらしいが、割愛されていた。セシリアによる編集か。
夢が終わってから目が覚めるまで、どれくらい経ったのか。長かった気もする。
だが夢に与えられた衝撃は、目覚めた後にもスパルタクスを震えさせていた。
「捨て駒だと・・・・・・いくらでも犠牲にして構わないだと・・・・・・」
震える手が優しく包み込まれた。
手を握ってくれているのがセシリアだと気づくと、思うより先に抱き寄せていた。
「そんなこと言ったの。ロードは? 」
「お前は、内容は知らないのか? 」
「夢で見るしか、取り出せないデータだって言ったでしょ。
一年近く前の記録だという情報は取り出せたけど、それ以上は取り出せなかったわ」
「しかし、編集されていたぞ」
「夢を見る者が知りたいと感じることだけが、選び出される仕組みなのかも知れないわね」
「・・・・・・そう、なのか? そんなことが、可能なのか? それで、あんな夢になるのか? 」
セシリアは、余った方の手を上に向けて、分からないの仕草をたっぷりの愛嬌と共に見せた。
スパルタクスは、夢で見た内容を、かいつまんでセシリアに伝えた。
「いくらでも消費できる捨て駒だって、ロードは思っているわけね」
「あんな浅ましい我欲のぶつけ合いの中で、あんなくだらない自己顕示欲を満足させるために、あんな陳腐な王国の臣下の1つに命じられて、俺たちは命がけの働きを続けて来たのか。
何十年も、1人虚空を彷徨って。畜生っ! 」
「タックは、まだ生きているわ。消費なんてされてない。
生きて支配から脱してやればいいのよ」
「・・・・・・何より悔しいのは、あんな風に思われていたと知ってなお、ロードの声に、底知れぬ畏怖の念を抱いてしまっていることだ。
どうしても逆らえないようなプレッシャーを、あの声には感じてしまう。
逆らうどころか、怒りの感情を持ってしまっていることにすら、恐怖がこみ上げる。
今震えているのは、悔しさではなく、恐怖なのだ。
情けないだろ? 男のくせに、みっともないだろ?
だが、私は今、自身の怒りの感情が、怖くて怖くて仕方がないのだ」
氷の縄に縛られたかのように、心が冷たく戒められる。ロードの声を聞く、スパルタクスの素直な気持ちだ。
勇気が、闘争心が、冷やされ鎮められて行く。
冷め切って、恐怖におびえるだけになってしまう。
冷たくなったスパルタクスの心に、だがその時、一つの熱源が生じた。
震える手を包んでくれていた柔らかな感触が、彼の肉体の最も敏感な部分へと滑って行ったためか。
熱源が、すさまじい勢いで膨張する。
高精度に的を射抜く刺激が、肉体を火柱に変えた。
「欲しいものを、思い出して」
目の前にぶら下げられた餌が、欲しいものの本体ではない。
その向こうにある広い世界。そこを思いのままに飛び回れる自由。
肉体を焔に変えた刺激が、それらを照らす。
「そうだ。俺は、自由が欲しい」
抑圧されてきた幾千の欲が騒ぐ。自由を渇望した。
刺激は、肉欲だけを喚起するのではない。
彼女との行為も、肉への欲だけを充足させるものではない。
彼女をもっと知ることへの欲、想像を形にする創造への欲、それらも確かにある。
肉への欲など、きっかけに過ぎなかった。
そして何より、セシリアの笑顔。
行為の中にも後にも彼を満たしてくれる、あの笑顔。
そこに到達するための探求と創造こそが、行為の真相だ。だからこそ、
「自由が欲しい。自由になりたい」
湧き立った渇望が、氷の戒めを引きちぎった。
セシリアが点火した焔が、ロードへの畏怖を燃やし尽くした。
「やってやるぞ、私は。ロードに支配されたままでなど、いるものか。
自由になってやる。自由を、手に入れてみせる」
肉体は、度が過ぎるほどに荒ぶり猛っている。それを、セシリアがオーラルに慰めた。
解けて行く。溶けて行く。融けて行く。
勇気も渇望も発熱も、セシリアの口腔内で。
「脱出の、手段なのか? 培養奴隷の、救済が目的だったのか? 」
セシリアがここまでする不思議を訪ねずには、この先に進めない気がした。
「もちろん、脱出したいし、培養奴隷を救済したい気持ちもあるわ。
殺されるのも、監禁されたままでいるのも嫌だし、培養奴隷という存在を知って以来、自分に何ができないかって考え続けて来たもの事実よ」
「でも、今は、違う思いなのか? 」
熱望の込められた、スパルタクスの問いかけだった。
「命と引き換えにしてでも、あなたには自由を与えたい。
拉致される瞬間に、そんな気持ちが生まれたわ。
それまでの、培養奴隷を救済したい思いとは、違う気持ちかもしれない」
「・・・・・・・そうか」
それで、充分だと思った。
もう、何かを考えるのは止めようと思った。
いよいよ極点を窺いだしたセシリアの律動に、ただ身をゆだねるだけになった。
ロード以外の何かに心身をゆだね切ってしまう。
培養奴隷にとっては最も勇気の試される壁を、スパルタクスは力強く撃ち抜いた。
セシリアのオーラルな慰めに、勢いを得て。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/1/28 です。
夢の編集の仕組みについて、かなり強引な事をしれっと書いてしまいました。
誰が編集したわけでもないのに、必要な情報だけが選び抜かれ、夢の中での疑似体験として取得される、そんな都合よすぎるシステムを当たり前のように出したわけです。
もしかしたら、不要な部分は見ていないのではなく、憶えていないだけかもしれません。
それなら作者自身にも覚えがあります。
長い夢を見ていた気がするのに、起きた後に思い出せるのは断片でしかなく、恐らく一番印象に残ったシーンだけが記憶に残ったのだと思われます。
スパルタクスも、もっと長い夢を見ていたのだけども、起きた後憶えていたのは、この時の彼に必要な部分だけだったのかもしれません。
その場合でも、セシリアによる編集が無かった、とは言い切れません。
セシリアと出会ったことでスパルタクスの意識は変化し、関心の対象も移ろった事でしょう。
夢を見る直前に何らかの暗示を与えた可能性もあり、それが記憶に残ることと残らないことの選別に影響を与えたとするなら、ある意味ではセシリアが編集したことにもなるのではないでしょうか?
ロードに対する怒りも、セシリアと出会っていなかったら、無かったかもしれません。
捨て駒扱いされていたことへの怒りも、セシリアと出会っていなかったら、持てなかったかも知れない。
同じ人間が同じものを見ても、記憶に残ることや沸き上がる感情は、タイミングによって違ってくる。
こんな哲学めいた発言で、このシーンの強引さはすっかり正当化できたものと、作者は満足しております。




