第21話 Story about スパルタクス 1-1
暗闇の中に浮かび上がる、巨大な歯車に見えたそれは、実は、放射線状に配された百本以上のアームの内側の端によって縁どられ、描き出された、何もない空間だった。
(円ではない、球だ)
C-683ではない方の名で呼ばれるようになって数十日を経た、スパルタクスがつぶやいた。
手前側からも奥側からも、アームが伸びているのに気づいた彼の、内心の発言だ。
アームの端には、固定具が設けられている。人の身体を、無重力中で静止させるための器具だ。
固定された人は、球の中心方向を正面とする。
百基余りもある固定具が、全てそんな状態だ。
固定具の多くに人が収まれば、円卓会議ならぬ球殻会議の様相になるだろう。
固定具は、過度に華美だった。
荘重であるようでいて剽軽にも見え、禍々しいかと思いきや素朴にも感じられる。
地球にいたらしい実在の動物や、架空のモンスターなどをモチーフにした金細工が、固定された者の頭や肩の位置に見えるように配されている。
人が固定されると、その人の前にコンソールが、自動的に繰り出される仕掛けになっている。ディスプレイ付きのやつだ。
これらも例にもれず、過度に華美だ。
コンソールやディスプレイを使った効率的な討議を期したこの固定具は、参加者の席だ。
座席ではなく、立席だ。
それらが球殻を形成するように配されているここは、無重力世界の討議場だった。
球殻の外側から、人が続々と漂って来ている。無重力空間を、滑るように。
誰もが宇宙服を身に付けているが、これらがまた過度に華美だ。額の部分にも、腹のあたりのコントローラーにも、動物などがモチーフの金細工が輝いている。
虎の金細工で飾られた宇宙服は、虎の金細工で飾られた席を目指している。狼の宇宙服は狼の席を、龍は龍を。
(各人の家門や部族を、象徴する紋様なのだろう。
見たところ与圧された空間だから、宇宙服など不要に思えるが、威厳を取り繕うために着ておきたいのだろうな)
華美な固定具に、華美な宇宙服が次々に収まって行く。百基以上の席の、大半が埋まった。
見覚えのある男が、そんな中にいた。顔の部分は開放してあるから、識別は可能だった。
(例の無能なコマンダーだな。タルマシリン、とかいったか)
名前を憶えていることに自分でも驚くほど、陰の薄い存在だった男も、派手に飾られた宇宙服で宙を泳ぎ、派手に飾られた席に着いた。
彼と同じ動物をモチーフとしているが、彼のもの以上に派手な飾りつけの宇宙服を着けた男が、彼のすぐ近くにいる。
その動物を熊と呼ぶとは、スパルタクスは知らない
よく見ると、少し後ろにずらされた席が半分以上を占めていて、タルマシリンは後ろ側の席に、すぐ近くの人物は前側の席に収まった。
(タルマシリンの前の席に着いたのは、バイルク族の長だな。
セシーを拉致した時の俺は、あの部族の傭兵だったわけだ。
族長の後ろに控えているからには、タルマシリンは、今は族長の輔佐役といったところか)
この討議場の中で、一番華美な固定具とは、3つほどの固定具をはさんだ位置に、バイルク族は座を占めている。
百人以上もいる、各家門や部族の代表者とその補佐役の全員が、それぞれの固定具に身を収めて、一呼吸置いた。その時、
「諸君っ! 静粛にされたい。
我らが衆議一致してその君臨を熱望した、部族連合王国バクトラの偉大なる君主、クルトゴル大王が参上される。最大級の敬意をもって迎えられたい」
と、スパルタクスの正面近くにいる男が、声を張り上げた。
参加者の中で、唯一顔の部分を開放していないので、口の動きは分からないが、周囲よりは地味な金細工の小刻みな揺れが、彼の発声であることを教えている。
声の聞こえる方向も、驚くほどはっきりと認識できた。
そして、スパルタクスの真正面に配された、最も華美な座席のすぐ横の暗闇からにじみ出るように、最も華美な宇宙服が現れる。
モチーフとされる動物が蛇であることは、スパルタクスには分からなかったが、1つの胴から9つの頭が別れ、それぞれ異なる方向を睨む異様は、スパルタクスにも畏怖の念を覚えさせるものがあった。
黄金の九頭蛇が、配下の部族を睨む。
九頭蛇の宇宙服が九頭蛇の席に収まると、球殻を成す参加者たちが一斉に、右手の拳を左肩に宛てる敬礼のポーズを見せ、高らかに唱和した。
「よくぞお出まし下された、我らの尊崇する偉大なる統治者、クルトゴル大王! 」
臣下の声に、軽く手を挙げるだけで大王が応じると、最初に声を張り上げた進行役とみられる男が、また声を張り上げる。
「卓抜した武勇により、血気盛んなる我らに統一をもたらした英雄の魂、夷狄をすべからくすくませる眼光、同朋を遍く慰撫する寛容、それらに敬服し、我らが祖先が王位を献じた、偉大なる血筋を継ぐお方の御前にて、王国内の諸課題を評議いたそうぞ! 」
球殻を成す百人以上の参加者たちが、一斉に応じる。
「評議をいたそう、クルトゴル大王の御前ならばっ! 」
この唱和に続き、大王の隣にいる進行役が、金色に輝く、人の顔くらいの大きさの物体を、大王に差し出した。
円盤形を基礎として、幾つもの出っ張りがごてごてと林立している。
出っ張りのいくつかが九頭蛇の装飾であることからすると、王権を象徴する器物らしい。
残りの出っ張りは取手であるらしく、大小のそれがある。
進行役が小さい方を持って差し出し、大王が大きい方を持って引き寄せた。
取手に何かしらの操作を施すと、九頭蛇の1つから液滴が飛び出した。
無重力の宙を、波打つ球体が踊るように泳ぐ。
大王がそれに吸い付いて口腔内に収め、飲み下すと、一呼吸おいて進行役は再びその器物を受け取り、隣の臣下へと送った。
盃と呼べそうな道具ではないが、これで盃を交わしたことになるようだ。
面状の円卓ならば2つしかない〝 隣 〟という場所は、球殻状の配置ならばいくつも出現する。
この討議場においては、進行役も含めた5人が大王の〝 隣 〟に位置するが、彼らは王国の中でも地位の高い部族の長だろう。
スパルタクスはそう判断した。
大王の頭上に当たる場所には、席が配されていない。真横と斜め下に当たる隣が4つあり、真下にいるのが進行役だ。
(大王の右真横の隣が、臣下の最高位で大王に次ぐナンバーツーかな。左真横はナンバースリーか。
あの器物を盃に見立てて、位の高い者から順に受け取り、中の液体を回し飲みするようだな。中身は酒か? )
スパルタクスの視界中央に大王が、その周囲に王国の幹部が見えている。
(この視点は・・・・・・)
今更のように、スパルタクスはそれの意味を考えた。
夢の中であることは、既に承知だ。
今回の夢が、セシリアによるものであるのも理解している。
彼の住居艇のコンピューターに入っていたデータが、元らしい。
ロードが、スパルタクスに見せる必要が生じるかもしれないからと、インプットしておいたものだろう。
「ここのコンピューターをハッキングしていて、おもしろそうなものを見つけたのよ」
と言われて眠りについた記憶も、スパルタクスにはある。
夢で見せる形で保存されているデータだから、スパルタクスに夢で見せることでしか、出力できないとも言っていた。
その夢が見せている視点は、計ったようにど真ん中に大王を置いている。
大王も進行役も、その視点を意識していると見える。
殊更に、スパルタクスの方に顔を向けている感じがする。
おそらく、そこに記録用のカメラがあることを、大王も進行役も分かっている。
参加者全員に認知されているカメラで撮った映像を、スパルタクスが夢に見ているわけだ。
「大王の恩顧を賜り」
敬礼を崩し、盃を受け取ったナンバーツーの発言だ。「右覇星王たる我らの営みも高収益であります。あなた様の威光がもたらした収益です。
感謝のしるしとして、希少元素を百トンほど献上させて頂きます。
あなた様の御代が、永遠にでも続きますことを、我ら一族は心より・・・・・・」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2023/1/7 です。
物語を一気に拡散させる場面が到来しました。
スパルタックスについては、住居艇に閉じこもってセシリアだけを相手にしていた状況から、新たな場に進み出ることを予感させる場面です。
「いよいよ物語が動き出したな」とか「何だ、何が起こるんだ、興味深々だぞ」とか思ってもらえていたら、しめたものです。
ですが、「なんだかややこしくなってきて、いっぱい人も出てきそうで、面倒臭いな」とか「何が言いたいのか、どんな場面なのか、さっぱり分からんぞ」とか思われていたらどうしようと、作者としては不安で仕方ないです。
作者が思い描いていることと、読者様が受け取ったものに、どれくらいの差異があるのか。
致命的なくらい差ができてしまっているのか。
多少なりとも共通のイメージを描けているのか。
確かめる術もない故に、気がかりです。
無重力空間で行われる、参加者が球殻を描く形で配置された、部族連合王国の評議会。
こんなもの、作者ももちろん、誰も見たことはありません。
読者様の多くは、想像すらしたことも無いのではないでしょうか?
これについて、作者と読者のイメージを一致させ、なおかつ説明一辺倒にらず、楽しんで読み進めてもらえる文章にする。
その方針で自分なりに頑張って見たつもりなのですが、上手くやれた気分にはなれそうにありません。
とりあえずは、宇宙に住む部族の長が集まって話し合いを始めた、ということだけでも認識して頂ければ、この先を理解するのに不都合は無いかと思います。
ですがここで、「面倒臭い」「分かりにくい」で読むのを止めてしまわれることを、作者は危惧しています。
こんなにも面倒臭く分かりにくい場面は、多分ここだけだと思いますので、なにとぞもう少し読み進めてやって頂きたいと、心よりお願い申し上げます。
物語の拡散行程では、どうしても説明的要素が多くなりますが、最低限のことを汲み取って先に進んで頂ければ、もう少し楽しんで読めるシーンも出て来るはずなので、よろしくお願い致します。




