第10話 Story about C-683 2-1
一心不乱に駆けている。
これが夢であることを、C-683は良く分かっていた。
こうやって何度も、夢による教育を受けて来たから、夢を夢と認識するのに手間はかからない。
地球時代の遺跡からアイディアを得たという、円柱の列に飾られた廊下を見ている。
いや、見せられている。
左側に柱が、反対側にはクラスルームの扉が並んでいる。
その廊下を、駆け抜けている誰かの視点を、与えられていた。
(この景色が、後の任務に意味を持つのかもしれないぞ。
しっかりと、頭に刻んでおかねば。我が主の為に)
夢で見たことは、任務遂行の役に立つ。
先の略奪戦で標的の心理を推察できたのも、夢で彼らの暮らしを疑似体験したからだ。
夢はロードからの、大切な教育であり、啓示であり、福音であり、檄でもあるのだ。
(だが、何だろう。今までに無い感じ。懐かしいく、切ない・・・・・・気のせいか? )
この夢は誰かの記憶で、その誰かは、異様な感情の高ぶりと共に、この廊下を駆けたらしい。
泣きながら走っている気もするが、過去のものだけでなく、過去を想う記憶の主の現在の感情も、紛れ込んでいるかもしれない。
(地球の古代に倣ったらしきこの建物の構造が、有用な情報なのか。
得体の知れない感情の方なのか・・・・・・?
まあいい、先入観は持たず、全てを記憶するよう努めよう)
廊下を駆けて行った先には、2つに分かれた分岐があった。
右側にあるのは、突如として飾り気の失せた丸い筒状の通路だ。
薄暗い奥深くへと導いている。
(憧れ。恐れ。孤独。この丸い通路を見るたびに、記憶の主の心を占めた気持ち・・・・・・なのか。
感情の高ぶりと共に駆けたのと、これらの気持ちは、時を異にしているかもしれない。
同じ場所に紐づけられた感情ではあっても)
強く気持ちを揺さぶる丸い通路を横目に見ながら、円柱の続く廊下の方を選んで進む。
C-683ではなく、記憶の主の選択だ。
もう走ってはいない。歩いている。
歩いて行きついた場所で、何らかの乗り物に乗り込む。
4列で座席が並び、真ん中に通路がある。「公共交通」「海底トレイン」などのワードが想起される。
(学び舎と住居エリアを結ぶ、海底の公共交通機関、といったところらしい。
いかにも任務に必要となりそうな情報だ。
ここを襲撃して略奪をするよう指示が出るのかも。記憶しておこう)
乗り物が動き出した。滑るように進む。
少しすると、頭上の光景が開放的になる。壁が透明素材になったのだ。
壁の向こうは、海底だった。
景色の揺らぎと、後から後からとめどもなく昇っていく無数の気泡が、それを教えている。
(エタノールの海。生き物のいない海。生き物?・・・・・・地球にいるヤツか。
前に夢で見た地球の海底には、無数の生き物が泳ぎ回っていたな)
映像以外で伝わってくる情報も汲み取りながら、過去に見た別の夢も反芻しながら、C-683は今与えられている夢での疑似体験を吟味する。
住居エリアと学び舎を結ぶ海底トレインを、記憶の主が日常的に使っていたのだと、C-683は理解した。
どこかの惑星を周回する天体、つまり衛星の、エタノールの海の底に作られた都市でのことだ。
気密や保温や放射線への防御を考えて、こんなところに都市が創られたらしい。
住居エリアに滑り込んだ海底トレインから、降りて行く映像が後に続く。
壁は不透明に戻っていて、灰色の円筒の中にいる。
通路を歩き階段を上ると、街に出る。
空は無くて天井があり、とても低い。3~5mくらいか。
ごつごつした岩の天井だ。天井の上は海だ。岩肌のところどころに、丸窓があるのでそれが分かる。
海底洞窟都市という言葉も、映像とは別の情報としてC-683に伝わってきた。
5m幅ほどの大通りを歩く。大勢の人が行き交っている。
通りの両サイドに建物が並び、店やオフィスなどが入っている。
(全て、岩を掘り込んで作った施設だな。まさに、海底洞窟都市だ)
通りをどんどん行くと、人影はまばらになって行く。
目抜き通りを過ぎ、脇道と呼ぶべき場所まで来たらしい。
一つの施設に入った。記憶の主の、我が家らしい。
父母を見上げる。足元に駆け寄ると、父がほほ笑んで優しく抱き上げてくれた。
(うん? 幼少の記憶か。
ずっと以前の記憶に代わっている。時系列が混交しているな)
父に抱かれる。体温が伝わる。
あたたかく、心地いい。人生で一番幸福だった時間。
母にも抱かれる。温かさに柔らかさが加わる。
宇宙で一番安心できる場所。気持ちいい。
(父母に甘えた子供の頃の、記憶の主の暮らし・・・・・・こんなものが、任務の役に?
いや、先入観は良くない。フラットな気持ちで全てを記憶することが、ロードの為になるはずだ)
何度も抱き上げられ、頭を撫でられ、共に食卓を囲み、手を繋いで街を歩く。
繰り返すうちに、父母の顔が近くなる。
いつしか母の顔は通り過ぎ、少し見下ろすくらいになる。
(なんと、心やすらぐ時間だ!
こんなに暖かく柔らかなものに包まれた時間を、私は知らない・・・・・・何だ? 苦しい?
心地いいのに、苦しい。なぜ記憶の主は苦しいのか?
いや、苦しいのは、私・・・・・・違う! そんなはずは・・・・・・。
睡眠指導装置に少し、バグが生じたか? )
夢は、父母と過ごす時間の心地よさを、執拗なまでに訴えて来る。
そこに生じる苦しい気持ちは、C-683には謎だった。
夢の主の気持ちなのか、彼の気持ちなのか。それすらも分からない。
(この感情も略奪の役に立つのか? ただのバグなのか? 一応、記憶には留めるか)
父母との時間の後、ここへ来たルートを逆さに辿って、夢はスクールに向かう光景を見せた。
友人と待ち合わせ、語り合いながらの登校。
(友情。恋。競争。評価。劣等感。将来への不安。明確な夢を持てない焦燥。
友との語らいに頻発するこれらの情念が、任務に有用な情報かもしれないな。
略奪の標的となる誰かの、行動傾向を知る為か? )
注意深く、C-683は、自分の見ている夢を咀嚼する。
友達も恋人も将来も、自由に選べる者たちの抱える、迷いや悩みを観察する。
自由だからこそ生まれる、不安や孤独も。
(痛み? どこが痛い? 何が痛むのだ? こんなにも自由を謳歌する日々で、夢の主はどうして痛みを感じている?
・・・・・・痛いのは、私・・・・・・? 何をバカな! 他人の記憶を、夢で追体験しているだけではないか)
これまでの夢では、感じたことのない気持ちに戸惑うC-683は、そのたびにそれをバグだと解釈した。
こんな気持ちは放っておいて、有用な情報に専念すべしと気を引き締める。
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、2022/10/22 です。
エタノールの海の底に、都市と学園があって、それを海底トレインが繋いでいる。
出発地点と到着地点では、トレインは地底に潜り込んでいて外の景色は見えないけど、中間では海中に姿をさらす場所もあり、エタノールの海を底から見上げる光景が車窓に望まれる。
後書きでこんな説明をしなくても、読者様の頭にこの映像を作りだせていないならば、作者はまだまだ相当修行を積まなければなりません。
更に、本来なら後書きでやってはいけないような説明をすると、円柱の並ぶ廊下を駆け抜けるシーンは、前出の誰かの回想の中と同じものです。
誰かは後ろ姿を眺めていましたが、C-683は後ろ姿を見られていた人の記憶を、夢の中で辿っているのです。
SF的なセンスオブワンダーを醸し出すと共に、物語の基本構造を示してこの先の展開を予感させる。
そういったことを成し遂げようと、作者なりに知恵を絞ってこの場面を描いたわけですが、成功していますでしょうか?
成功していれば、この段階で多くの読者様に、この先を読まずにはいられない気持ちになって頂けているはずなのです。
作者には、読み返す度に、まだ何か足りないような気がしてしまうのですが。
それが何かが分かるようなら、改善のしようもあるのですが、分からないから始末に負えない。
でも、とりあえず今描けるものを書くしかない、と自分に言い聞かせながら、稚拙を承知で描いて投稿することを、恥も外聞もなく継続する所存です。
ちなみに、先の展開を予感させておいて、その予感の通りに展開したのでは、小説として成立していません。
が、余りに予感とかけ離れた展開をしたのでは、支離滅裂になってしまいます。
ちょうどいい具合に、小気味よく、何かしらの感動を伴って読者の予感を裏切る。
この先において、作者はそれに挑戦したつもりですので、読者様には予感に読者様なりの肉付けを施して、予感から予測へと昇華させた上で、読み進めて頂けると嬉しいです。
いい裏切りをできているか、ドキドキしながら作者は投稿しています。




