プロローグー1
歳越 宇宙として、14作品目の投稿となります。「銀河戦國史」シリーズとしても14作品目です。
ここ一年ほどは、短編から中編というべきボリュームの作品を続けてきましたが、久しぶりに今回は長編作品となります。
再来年までかけて完結へとたどり着く予定となっております。
長いですが、作者の手元で作品は完成しておりますので、尻切れトンボになる懸念が無いことは、先に伝えさせて頂きます。
加えまして、銀河系を舞台とした壮大なスケール感や、歴史物語としての重厚感については、長編となったことでかなり演出できているのではないかと思います。
更には、戦闘シーンやミリタリーテイストや恋愛や友情といったエンターテイメント的な要素も、たっぷりと詰め込んだつもりです。
プロローグを2週にわたって投降した後、時間を遡り、本編の物語が始まります。
本シリーズの他作品を読まれた方にとってはお決まりの展開ですが、エリス少年が登場する1万年後の未来が描かれた後、エリスにとっての過去の歴史に当たるエピソードが始まるわけです。
毎週土曜日の17時に投稿することも、これまで通りです。
ご存知の方もおられるかもしれませんが、「なろう」では3か月くらい先までは投稿予約が可能で、既に実施済みなのでそこまでは間違いなく投稿されます。
作者の身に何かが起こらなければ、それ以降も確実に土曜日の17時に投稿しますので、その点は安心して読み進めて頂きたいです。
では、最後のエピローグまで、一人でも多くの方に読んで頂けることを切に祈りつつ、物語を始めたいと思います。
岩石天体の冷たく無機的な表面に、墓標の如く起立する金属塊だった。
3千年以上も前に撃破され、この天体に激突して事切れた巨大な航宙戦闘艦が、エリス少年の時代には古代戦跡資料館として整備されていた。
重装甲を貫いて艦内に飛び込んだミサイルの爆風で、乗員の身体は1つ残らず蒸発したらしい。
古代遺物として発見された艦の中には、遺体はおろか肉片の1つも見つからなかったという。
真空の宇宙では、腐敗なんてしないのに。
「うわっ、熱でドロドロに溶けてしまって、何の機器だったかもわからないや」
操作盤だったと思われる艦内設備を閲覧しながら、エリス少年は感嘆の声を上げた。
かつかつと靴音を鳴らし、古い戦争の爪痕を見学している。
元来は貧弱な重力しかない微小天体の上だが、この時代の重力制御技術が軽快な足音を生む。
「あれは・・・・・・マルチイオンスラスターの制御盤かな?
古代に当たるこの時代には、無限落下航法なんて無かったのだったな。こんなにも原始的な動力が、メインだったなんて・・・・・・おっと、こっちには遺体があるぞ」
ひとりごちながら、説明文に目を通す。「えっと・・・・・・同じ微小天体に衝突して果てた1人乗りの戦闘艇を、資料館の中に移設展示したのか。ひゃあ、まるで生きているみたいだ」
繰り返すが、宇宙で腐敗は起きないので、3千年前の遺体も綺麗に残る。
水分が飛んでミイラ状態ではあるが、過日のパイロットはほぼ原形を留め、骸を今日に晒していた。
カッ、と見開かれた眼に込められたのは、恐怖か、驚愕か。
今はトイレへの案内標識に向けられているその眼は、移設前には何を見ていたのだろう。
漆黒の虚空かもしれないし、荒涼な岩肌かもしれない。
断末魔のままと思われる骸の顔が、想像を掻き立てた。
≪違うっ! 俺は、人間だ! ≫
「え? 」
聞こえた気がした声が、気のせいだと気づくのに、2秒ほどかかった。「ああ、びっくりした。声が聞こえたと思っちゃうくらいに、生々しいのだよな、この遺体」
少し鼓動を高めた胸を押さえて、エリス少年はコンタクトスクリーン上の説明文を読み進めた。
大昔のコンタクトレンズよろしく、眼球に直接装着するスクリーンが、資料館から送られる信号を文章に変えて表示してくれる。
「培養奴隷だったのか、この人。
機械の中で人工的に生み出されて、機械のようにこき使われちゃったのだって、酷い話だ。
もしかしたらこの顔、怒っているのじゃ・・・・・・」
断末魔の恐怖や驚愕の表出かと思った、大きく見開かれた眼が、少年の中で印象を変えた。
死の瞬間に自身の境遇の理不尽を悟り、創造主や使用人の悪意を見抜き、怒りを燃え上がらせた。そんな風にも思われる。
≪違うっ! 俺は、人間だ! ≫
今度は、声が聞こえたのではい。得たばかりの知識が生んだ、想像だ。確信を伴った。
「チェルチェン近郊の会戦で、犠牲になっちゃったんだな」
これは、少年が元から持っていた知識だった。彼の時代には有名な史実だ。
銀河帝国ガウベラの侵攻を、宇宙保安機構が要塞チェルチェンの近くで撃退したことで知られる。
独裁国家の侵略を、平和と民主主義を背負った勇者たちが粉砕した。
敗れた帝国は、トカゲのしっぽ切り的に戦功厚き勇将を置き去りにして見捨て、皇帝を祖国へ逃がした。
そんな定説からも、正義が悪を倒した戦いと解されている。
勇将の乗っていた戦闘艦が、この資料館だと比定された。遺体が無いので確証はない。
「世間の認識を、鵜呑みにしちゃいけない」
歴史学者の父は言ったものだ。「銀河帝国という呼び方からして、後の5次にわたる銀河大戦や銀河暗黒時代を現出させた諸帝国と混同した、間違った認識だ。
ガウベラは、最大でも千光年程度を領有したに過ぎない、直径が十万光年にもなる、銀河系円盤の中で。銀河帝国と呼び得る大きさじゃない」
侵略を企てたというだけで悪と呼ぶのも、父は否定的だった。「地球連合の一部の人々が挑発したことを示す史料も、見つかっているからね」
地球連合とは、地球系人類が中核となって構成された諸勢力の集まりだ。
少年の時代から見て、約1万年前に地球で起こった全面核戦争の折に、宇宙へ避難した者たちの末裔が宇宙系人類と呼ばれている。
他方で、地球に居残った者たちの末裔は、地球系人類と呼ばれる。
数千万人が、数万隻の宇宙船に乗って逃げたといわれる避難者は、大半が銀河系のどこかで絶えたらしい。
僅かに生存できた集団が、宇宙に適応し、銀河系各所で勢力を伸長させた。
地球に残った者たちも、全面核戦争による荒廃から苦難を越えて復興し、宇宙系に遅れること約5百年で、宇宙への進出を開始した。
それぞれに活動域を広げた宇宙系と地球系は、全面核戦争から数えて4千年ほど経った頃から、再会するようになった。
だが、互いの記憶も記録も無くしていた各勢力にとって、相手は宇宙人も同然だった。
再会は友好的なものもあったが、多くは敵対的だった。
特に、航宙型と呼ばれる宇宙系人類による、略奪が頻発した。
特定の天体に根付く定住型宇宙系人類に対し、航宙型宇宙系人類は絶えず宇宙を移動し続け、場当たり的に暮らした。
産業技術や倫理観が壊滅的に劣化した為に、定住型や地球系に遭遇すると、略奪に及びがちだった。
地球系には、航宙型の略奪を退けるのは容易だった。
宇宙系に比して、先進的な科学技術と大きな集団規模を、保持していたから。
長らく小集団で宇宙をさまよった宇宙系がそれらを退行させた一方で、地球系は、全面核戦争による荒廃を経てもなお、集団規模が宇宙系よりはるかに大きく、それは科学技術を維持発展させるのにも有利だった。
だが、地球系の被害は皆無ではなかったし、定住型の宇宙系にとって航宙型は、深刻な脅威となる場合が多く、定住型のいくつかと友好関係を築くようになっていた地球系には、航宙型による略奪は座視できる問題ではなかった。
そこで創設された機関が、宇宙保安機構だった。
地球系や、地球系と友好関係にある定住型は、自分たちを地球連合と名乗っていたが、それを守るのが使命だ。
航宙型の各集団が個別で略奪に及ぶ限りは、宇宙保安機構は無敵だった。
優勢な科学技術を駆使し、相手を大きく上回る規模の集団を有機的に運用し、地球系も定住型も守り抜いた。
だが航宙型も学習し、狡猾になる。多くの航宙型が連携し、定住型を支配下に置いてその力をも吸収することで、増強を遂げて行く。
その行き着いた先に、巨大な帝国が出現することもあった。
エリスの父が言うように、銀河帝国の名がふさわしい規模の集団が現れるのは、銀河史における中世や近代だが、千光年程度を領有する帝国は古代にも現れた。
こうした古代帝国の1つによる大規模な侵略を、宇宙保安機構が撃退した決戦が、チェルチェン近郊の会戦として知られる史実だった。
「でも父さんが言うように、地球系による挑発があったのなら、単なる侵略ではないよな。
地球系の人が帝国をして、攻撃するように仕向けた上で、それを侵略と決めつけて撃退したのだとしたら、いったいどっちが正義なのだろう? 」
今回の投稿は、ここまでです。 次回の投稿は、 2022/8/6 です。
新作の連載開始を機に、基本的な言葉の使い方を確認しておきます。
惑星という言葉をどう定義するか、作者はけっこう悩みました。
現代の天文学における狭義では、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星の8つだと、作者は認識しています。
地球から見上げた星々の、ほとんどが同じ動きに見えるのに、上記の内地球を除いた7つの天体だけが、異なった動きをするように見えます(地球はもちろん地球からは見えない)。
古代の人には、それらの星が「惑って」いるように見えた。それで惑星と呼んだわけです。
しかし、よく観察してみると、「惑って」いるように見えた星たちも、それなりの法則性を持って動いていることが分かりました。
そこに古代の人は、大いなる神秘や超自然的な存在を感じとったことでしょう。
不動の動者に言及したのはアリストテレスでしたが、中世のキリスト教神学者にも、神の存在を証明するのに天体の法則性を根拠とした人は、少なからずいました。
これほどまでに惑星の動きというのは、人の歴史や文化や宗教に影響を与えてきました。
現代人にとっては、ちっとも神秘的なことではありません。
地球から見て上記7つの惑星以外は、地球自体の自転や公転を反映した動きのみを示し、上記7つの惑星は、地球と同じく太陽の周りを公転しているから、地球から見える動きが独特になる、ということにすぎません。
科学技術が、不動の動者からも神からも、居場所を奪ってしまった格好です。
「惑って」いるように見えつつ実は法則性もあるという奇妙な動きの原理が、ニュートン力学や天体観測技術によって、説明されてしまいました。
更に最新の天文観測では、上記8つの惑星以外にも、恒星の周りを公転している天体が見つかっています。
太陽系以外にあるので「系外惑星」と呼ばれていて、「惑星」の仲間に分類されています。
こうした「系外惑星」は余りに遠すぎるために、「惑って」いるかのような動きを地球から観測することはできません。
それどころか、直接視認することもできず、分光分析等の観測手段で、間接的にその存在が確認されているものがほどんど(or全部)でしょう。
「惑って」いるように見えることなど全くないのに、地球から「惑って」いるように見える天体と同じ原理の動き方をしていることから、「惑星」の名を与えられているわけです。
「惑って」いるように古代人には見えたけど実際は「惑って」などいない天体と、「惑って」いるように見えることすらない天体が、「惑星」なのです。
一方で宇宙には、恒星の公転軌道から飛び出したり、銀河系外から飛び込んで来たりした、ランダムな軌道をもった遊離天体もあります。「惑って」いるという表現もふさわしいでしょう。
宇宙時代の人類には、「惑って」いる様は間近からはっきりと観測されることでしょう。
でもこれらに「惑星」という語は使えません。「惑って」いないし、「惑って」いるように見えもしない恒星の公転軌道を整然と周回している天体に、「惑星」の名を奪われてしまっているからです。
作品の中でエリス少年がいた場所も、微小天体の上などと味気の無い言葉を当てましたが、ランダムな軌道をもった「惑って」いる遊離天体のイメージで描いています。
「微小惑星」などと書いてしまいたい気持ちもあったのですが、そうすると、どこかの恒星の公転軌道を周回している「惑って」いない天体ということになってしまいます。
「惑って」いない天体に言及するときに「惑星」の語を使用し、「惑って」いる天体を描く時には「惑星」の語は使えない。
しかし、現代の一般的な天文用語の使い方に、作者一人でケンカを売っても勝ち目はないので、従うしかありません。
そんなわけで、作中に「惑星」と出て来た時には、どこかの恒星の公転軌道を周回している「惑って」いない天体を意味し、遊離天体とか微小天体とかが出て来た時には、「惑って」いる天体である可能性がある、というちぐはぐな状況を、読者様には是非ご了承頂きたいと思います。