5.穴ってなんだ?
魔法をきちんと効率よく使いたいのならば、誰かに小さな穴を開けてもらうとよい。
笛で例えると窓とかエッジと呼ばれる部分だ。体は楽器。魔法は音色である。
穴の付近で起こる魔力の乱れが元となり、体内の魔力が共振してスムーズに効率よく魔法を発動できる。
下手な相手に穴を開けてもらったり、自分で無茶苦茶に開けたりしてしまうと各々本来の魔力を十分に発揮することができなくなってしまう。
というようなことを授業初日の座学で学び、午後から新入生たちはクラスごとに穴あけをしてもらう。
このためだけ学園に入学し、穴あけ後は来なくなる子も少なくないようだ。
家庭の事情で働かなくてはならないとか色々事情のある子供たちだ。
上位貴族には、入学前から家で魔法の英才教育を受けている子もいる。コネとお金で穴あけの上手な魔術師に依頼して幼い頃に開けてもらうのだそうだ。そういう子たちは今日は来ていない。
会場では懐かしい集団予防接種のような感じでまさに流れ作業である。
「終わったらクラス全員で一緒に教室に戻るから端の方で待機しててくださ~い」
「お喋りしてないで前の人が進んだら詰めて行って~」
「終わった人はすぐに魔法試さないで!待ってなさい」
担任のマシュー先生の声や、
「押すなよ!」
「ちょっと緊張してきたね」
「トイレ行きたいのだが」
クラスメイトたちのガヤガヤ声でなかなかに賑やかである。
そして私の番。
穴を開けてくれるはヨボヨボのおじいさん魔法使いは、私の両手を取る。
「はい。ちょっと目を瞑って」
目を瞑ると、喉のところが風邪のひきはじめなようなイガイガしてきた。
「熱っ!」
急にそこが物凄く熱くなって驚いて目を開けてしまう。
「はい終わり。普通より大きいのが開いたようじゃの。魔力が相当多いな。今熱くなった所がお前さんの穴の場所。そこが急所になるから人に言わないようにの」
大きいのが開いたとなぜか嬉しそうなおじいさん。
早く飛び級して知識の塔にある自分の研究室まであがっておいでと勧誘を受ける。
終わって端の方で皆が終わるのを待っていると、女の子が声をかけてきた。
「すごいわね。塔の隠者さまにスカウトされるなんて。あなたの後ろに並んでたら聞こえてきたわ。私、アンナ・マウリーヨカ。マウリーヨカ伯爵家の長女よ。よろしくね」
「あ、はっはい!マキといいます!よ、よろしくおねがいします!」
アンナ・マウリーヨカちゃんは銀髪のクールビューティで、在学中にマウリーヨカ伯爵家の専属魔術師を青田買いしてくるように親に言われているのだそうだ。
もし良い成績で卒業したらうちに就職しなさい。と言われる。
お、おう。押しが強い。取りあえず友人から始めましょうと握手をさせられた。
「家の専属とかもあるんですね」
「まあね。天災の復興とか農地の整備もあるし、盗賊の排除もあるしね。レベルの高い魔術師は引く手あまただから確保にこっちも必死なのよ。平民の子をまだ純真なうちに恩を売って取り込むのが基本よ」
「...それ私に言っていいんですか?」
「ああ。あなたはさっき塔の隠者に誘われてたからもう上から目をつけられてるわ。研究塔のエリートコース。私はいちおう保険で声をかけたの。もしいつかどこかの領地で平凡な人生を望んだ時には思い出してもらいたいの」
「はあ。そうなんですね。わかりました。もしそんなことがあったら思い出します」
「よろしくね」
知り合いができた。
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放課後、馬車乗り場に向かう。
ペイヤンが馬車の横で誰かと話しているのが見えた。
生徒みたいだけど知り合いかな?
近づいていくと私に気づいたペイヤンが手を振ってくれる。
隣にいるのはやっぱり生徒みたい。12歳くらいの男の子だ。
「初めまして。私はドミニク・ロンデルダ。ロンデルダ侯爵家の次男です。あの、マルセル伯父上に君のことを頼まれたので挨拶にきました」
「マルセルさまの?」
「はい。マルセル伯父上の妹が私の母になります。ちょうど私も今期入学なので、君を助けて、面倒を見るようにと...」
マルセルさん...過保護ですね。流石です。
でも知らないことが本当に多いし周りに知ってる人も居ないのでありがたい。
「ありがとうございます。私はマキといいます。わからないことが多くて不安だったので心強いです。」
そう答えるとほっとしたようにニコッとするドミニク君。えくぼが可愛いですねぇ。
「よかった。僕のことはドミニクと。」
「あ、はい。私の事はマキで。敬語もいいです」
「わかった。マキ。よろしく」
ドミニク君にこにこだよ。
少しだけマルセルさまの弟のシュヴァルツェさまに似ている。大人になったらかっこよくなるんだろうなあ。
「ほんじゃ今日はドミ坊はどおすんのぉ?一緒に乗ってく?家まで送ろっかぁ?」
二人でニコニコしていたらペイヤンが声をかけてくる。
「いや、うちの馬車が待ってるからいいよ。ではマキ、明日ね!それと、僕ら同じクラスだからね!」
手を振ってドミニク君は行ってしまった。
同じクラスだったとは...全然知らんかったなぁ。
「友達できたなぁ」
「へへへ」
馬車の小窓を開けて馭者席のペイヤンと話しながら帰る。