19.伯爵の愛、王妃の狂気
~ジルベスタ・ドドン伯爵~
ゼフナートの魔力を吸いとる為の魔道具が動きだし、新たな魔力を集め戻ってきた。
ああ、まだ生きていたのか...と虚ろな心で想う。
全てが億劫で曖昧で動くことが出来ない。
息が出来ないような闇のなかを何処まで行けばいいのだろうか。
ドーン! ギャギャギャーーー!! と、大きな音がして窓から見ると、
ここから反対側にある北棟で何故かサイクロプスが暴れていた。
「ああ、疲れたな...」
ソファに深く腰掛ける。
ベッドのマドリットの体を眺める。
美しかった肌はひび割れ、髪は抜け落ち痩せ細り、血塗れだ。
蘇生魔法は成功した。
いや、今までも何度も成功してきた。
何度も何度もマドリットを甦らせ同じ数だけ失ってきた。
蘇るたび私を見るたびにマドリットは私を憎み暴れ自らの命を絶ってしまう。
どんなに愛していると叫んでも、増悪の言葉を吐き、罵り、憎み自らを破壊する。
「マドリット...」
憎まれて憎まれてそれでも君を想う。ここは地獄だ。
全ての始まりは、他国から皇太子の婚約者候補の姫が来たことだった。
何故かマドリットと、私を気に入りいつも側に侍らしたがった。
虚栄心が強く嗜虐的で人を妬み、僻み、色狂い。幼いながら本当に反吐が出るほど嫌な女だった。
マドリットは仲良くしているように見えた。今思えば、何かで脅されていたのかもしれない。
私達が14歳になった時。マドリットはあの女に呪われた。
呪いに興味があったの。
何故だと詰め寄る私にあの女はそう言って微笑んだ。
ずいぶん楽しかったらしく、皇太子の他の婚約者候補達を呪い、気に入らない侍女を呪い、街で目についた平民を呪った。
そして周りの者を魅了し、その罪は必ず揉み消された。
17歳になり、いつ呪いで儚くなるかもしれないから結婚は出来ないと泣くマドリットに必ず解呪するからと無理矢理結婚した。
マドリットがいつまで保つのか怯えながらも、幸せだった。
アントニアが産まれ、ソフィが産まれ、解呪の研究は少しずつ進んでいた。
その呪いはマドリットの体の芯まで染み込み不治の病のようにじわじわと彼女を蝕んでいた。
あの女が初めて作ったそれは、歪で粘つくような悪意に満ち、普通の解呪魔法では解く事が出来ない。
その頃は、マドリットの体内から反射魔法のようなものを放ち、根付いた呪いを引き離せないだろうかと考え、その研究をしていた。
自分の魔力だけでは足りなかったので、魔力の高いシャドーの女に自分の血を引く子を産ませ、その子供をわが身に吸収してしまえば魔力量を増やすことが出来るのではないかと考えた。
思えば、この頃にはもう私は狂っていたのだろう。
シャドーは一族の結束が強くお互いがお互いを護り合っているためなかなか手に入らなかった。
売人に手配して数か月たち、いい加減に焦れていた私に、その頃には皇太子妃となっていたあの女が声をかけてくる。
どこから情報を手に入れたのか私がシャドーの女を探している事を知っており、自分なら手に入れることが出来ると言うのだ。
そうして、シャドーの子供が産み落とされた日、マドリットは命を絶つ。
家に戻った私をマドリットは酷く攻め。泣き、叫び、浮気者と詰った。
愛していると、愛しているから生きてこれたのにと酷く泣く彼女を抱いて慰め、私も誰よりも愛していると繰り返し囁き抱きしめなだめる。寝入った彼女に安心し私も眠りについた。
朝、目が覚めるとそこには血まみれのベッド、血まみれの自分、そして手首を切り血まみれで息絶えたマドリットがいた。
あの女だった。
マドリットに私に愛人が出来たようだと、さも心配げに言いつのり、
街で腕を組む私を見かけたと、愛人と夜会に来ていたと尤もらしい嘘を吹き込み続けた。
子が出来たようだと教え、可愛い男の子が今日産まれたとマドリットに笑って告げたのだ。
絶望した。
シャドーの女を殺し、赤子の首を絞める。もう必要ない。彼女はもういないのだから。
死んだ筈の赤子が淡く光り、蘇る。反魂の術?シャドーの女がかけた護りか?
それからは狂ったように蘇生魔法の研究に没頭した。
魔法陣の開発、他者の魔力を集めより力の強い陣を完成させる。孤児や、魔力の多い転生者を浚い実験を繰り返す。
マドリットとの子供たちが大きくなってきたため二重生活に入る。
シャドーの子は魔力を搾り取り、魔法陣の始動に使う。
何度も失敗を繰り返しているうちに、だんだん怪しまれるようになってくる。
王妃となっていたあの女に、私に司法の手が回らないように後見してほしいと頭を下げる。集めた魔力を融通することで話がつく。
そしてついに術は成功して、マドリットは蘇る。
一番初めの彼女は、私を見た瞬間に発狂し近くにあったナイフで首を切って死んでしまった。
二番目の彼女は、虚ろで何も見ず話さず、少し目を話したら首を吊っていた。
三番目の彼女は、私を裏切り者と罵り暴れ叫び、魔力を暴走させて死んでしまった。
何度も何度も繰り返した。
私の事を見たくないと、彼女が自らの目玉をを乱暴にくり抜き投げつけた眼球や、
私に触れられ汚れてしまったと引き抜かれた毛髪。
沢山の子供を浚い魔力を集める。何度も何度も繰り返す。
何年か前にたまたま手に入れた鳥獣人が、光の眷属だった。
魔力の塊のような一族だ。逃げ出せないように、仲間に見つけられないように厳重に封印を施す。
死なないギリギリまで何度も魔力を抜く。
シャドーの子の魔力と合わせるとどういう原理なのか大きな魔力に変換される。
好都合だ。
二人の心臓から直に抜いた血液を魔法陣の構成に組み込むと効率が良い。
この地獄はいつまで続くのだろう。
「マドリット」
愛していた。心から。君が僕を嫌っても。
手放すことのできないこの執着を。
二人でいれば幸せで、それが全てだ。
「疲れた、な」
体が重くて動かない。酷く眠い。
窓から眺めるサイクロプスは生命力に溢れ、さも楽し気に屋敷を破壊し、おかしなダンスを踊っている。
「ははは」
ああ、マドリット。君に見せたいよ。君はきっとキラキラした目でサイクロプスを見るだろう。そして
「ジル!面白そうだわ!見に行ってみましょう!」
そう言うんだ。
横に立つマドリットの手を握り立ち上がる。久しぶりに体が軽い。子供の頃に戻ったようだ。
行こう。愛しい人
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~王宮・王妃の宮~
「どういうことよ?!どうして私とお母さまが拘束されなければいけないの?!」
チョチョリーナが叫ぶ。
王妃の宮にはマウルカナム王国国王ジークフェルムと、皇太子のケイトス、第三王子のルキウスと護衛の騎士達が訪れていた。
「妃よ、なぜだ?」
王が沈痛な表情で問う。
王妃は艶やかに笑う。拘束されてなお美しく咲き誇る大輪の薔薇のようだ。
「どれのこと?」
「...いつからだ?」
「さぁ。わからないわ」
「理由は?」
「楽しいわ」
「楽しいから私の婚約者候補たちを、侍女たちを、民を呪ったか」
「ええ」
「ドドン伯爵の妻女も母上が?楽しいから?」と、ルキウス。
「マドリット?.....うふふ。ふふ。ははっ!あはは!!あの子は一番楽しかった!大嫌いだったの!あはは!最高に楽しかった!あの絶望した顔!!あはは!」
いきなり目をギラギラと輝かせ、興奮して笑い出す王妃に皆戸惑う。
「マドリット嬢?君の親友だった?」
「親友ね。ふふふ。あの子何でも言うことを聞いたわ。婚約者を殺すよって冗談なのに真に受けて!バカな子!一度なんて死んだ犬に、ぷっ!ぷぷぷ!あははは!」
笑い転げる王妃。
「バカな女!本当に嫌な奴だった!あばずれが!いつも愛されて!笑って!!腹が立つ!」
「お母さま?」
「チョチョ。あなた人殺しよねぇ。恐ろしい子」
にんまりと笑う。
「陛下、チョチョリーナが恐ろしい罪を犯しましたので、責任を取って私はしばらく国に帰りますわ。」
「はっ?」
「なにを言っているのだ?」
「母上...?」
「お母さま?」
「私、なにも知りません。なにもしておりません」
「お母様?!」
「狂って、いる、のか?」
皇太子が困惑したように呟く。
「...王妃を北の離宮に連れていけ」
急に静かになり下を向いて何かをぶつぶつと呟き出す王妃。
三人の騎士に連行されていく。
「ぎゃっ!ぎゃぁぁ!!」
チョチョリーナ姫の顔がどろどろと溶けだす。
「ぎゃぁ!!痛い痛い痛い痛いぃぃ!!」
「母上だ!母上の口を塞げ!!呪いをかけているぞ!」
叫ぶルキウス。
ぎゃあぎゃあと転げ回るチョチョリーナの元に駆け寄り、急いで癒しの魔法をかける王。
「いかん。魔法が効かぬ」
チョチョリーナの顔はどろどろに溶けて骨が見える。
口を塞がれ強く拘束されたた王妃の目は喜色に輝き、たいそう美しかった。
たとえその心が邪悪であっても。




