14.マリア嬢
ゼフに声を掛け、無視される毎日にも慣れてきて、今日も元気に声を掛ける。
「ゼフ、おはよう!」
私が見えていないかのように通りすぎるゼフ。
「なんだか、さすがに同情してきた」
少し離れた所にたまたまいたドミニクに声を掛けられる。
「あれ。いたんだドミニク。おはよう」
「おはよう。ねぇ、もうやめたら?」
無視して教室に向かう。
嫌なのだ。このままにしたくない。
私はしつこくゼフに付きまとって、今とてもカッコ悪くて無作法でストーカーで目玉を愛する変態でキモ女だ。
でもそんなことどうでもいい。嫌なんだから。
ストーカーですから。キモいから。しょうがないのだ。
痩せた私を心配したルキウス殿下やドミニクは私を見かける度に寄ってきて菓子をくれるようになった。
そして目の前で食べさせられる。きちんと食べたか確認のためだそうだ。
嫌がると押さえつけられ無理やり口に入れられる。アーンである。
そのため、女子の目がまた更に厳しくなり“媚び骨”と陰でのあだ名が増えた。
酷いあだ名でへこむ。
**********
花火の打ち合わせでまた王城に来ている。
今日はこの間の反省と今後の改善点、最終テストの日程などの調整だ。
ドミニクはルキウス殿下の側近になることが決まり、見習いとして休みの日や放課後は王城に来ているので私とは現地集合だ。
騎士コースなので護衛騎士になるのかと勝手に思っていたけれど、
護衛騎士は剣術がそうとう出来るエリートじゃないとなれないらしく、ドミニクがどうなるかまだわからないんだそうだ。
秘書か補佐官になるかもしれないんだって。
本当は騎士団団長の息子さんが護衛騎士に内定してたのだけど、ある女性に夢中になってしまい、見習いの仕事も剣の稽古もサボりまくりで問題視されてるんだそうだ。
ヒロインは騎士団団長の息子コースなのかな。
でも仕事サボりまくりは良くないよね。
ヒロインに魅了されて悪役令嬢にざまあされるパターン?でもチョチョリーナ姫も立派に悪だし。髪留めの恨みは深い。
この乙女ゲームは先が読めないなぁ。リアルって怖いわ。
考え事をしながら歩いていたので目の前に出てきた人に気づかずぶつかりそうになった。
「こんにちは!どこ行くの?」
なんとヒロインのマリア嬢である!
「こ、こんにちは。あの、はい。ちょっと用事がありまして第3魔術師隊まで」
「へえー!そうなんだぁ。マリアも一緒に行こっと」
笑顔で無理やり腕を組んでくるマリア嬢。何なんだこわいこわいこわい。
「いえっ。あの、いちよう機密の用事なのであの、出来れば遠慮してもらえると」
「はぁ?あのさ、あなた平民よね?マリア貴族なの?わかる?」
「えっ?はい。わかります」
「マリアが行くって言ったら言うこときかないと。不敬だよぉ?」
「えっ?」
「あのね、マリア知ってるの」
「へ」
「あなた、ルキウス様とドミニク様と仲いいよねぇ。ズルいなぁ。二人ともマリアのなんだけどなぁ」
「ええっ」
「だからね。平民のあなたは私に協力するのよ。気に入ったら将来ご褒美あげてもいいかなぁって思ってるからね」
微笑むマリア嬢。顔は可愛いよ。すんごーく可愛い。
この人、転生者なのかな。聞きたいけど聞いたらまた面倒臭い事になりそうだよね...
どうしよう。いくら私でもこのままマリア嬢を連れていってはいけないとわかる。
「申し訳ありませんマリア様。私が呼び出されているのは第3魔術師隊で、ルキウス殿下でもドミニク様でもないのです。ちなみに第3の隊長はブタ顔の小男ですし、隊員もデブやハゲに脂ぎったスケベ揃いです」
「えっ!やだ。そうなの?」
嫌そうな顔も可愛いですね!うまくいったようだ。しめしめ。
「ルキウス様もドミニク様も居ないならいいわ」
さっと腕を話すマリア嬢。
「あ、あなた、ガゼ様って知ってる?」
「...いえ。知りませんが」
「王城に居るはずなんだけど見つからないのよね。ねぇ、もし
見つけたらおしえてくれる?」
「はい。わかりました」
「よろしくー。じゃあねぇ」
マリア嬢は去っていった。
というか、ガゼさん攻略対象なの?付きまとって速攻で殺されるマリア嬢の未来が見えるよ。
もしかして本来はガゼさんは王城に滞在するはずだったのかな。
「おい」
転生者と関わった人はゲームの強制力に影響されなかったとしたら?
「おい」
ふふ。私ってルキウス殿下とドミニクの恩人のようなものだね。
「おいっ!!!」
ビクッとして振り向くと暗がりにドミニクがいた。
「...そんなとこで何してんの?」
「あの変な女が見えたから隠れてた。そしたらふらふら歩いてきたマキが捕まって、心配して様子みてたんだよ」
「あ、そうなんだ。なんかドミニクのこと探してたよ」
「ちっ」
「舌打ちだなんてお行儀が悪いですねぇドミニク君は!」
からかってみる。
「ふーん。何だっけ。ブタ顔の小男?デブやハゲに脂ぎったスケベ揃い?」
「あれは仕方がなかったの!苦肉の策だよ!」
「ふぅん。さてな、どうしよっかなー」
「あんたいつからそんな意地悪な子になっちゃったの!私悲しいよ!」
話しながら歩いていたら第3魔術師隊の部屋に着いて、ノックして許可を得てから中に入る。
「こんにちは。この間は練習参加できなくてすいません」
「いいよいいよ!それより髪の毛、大変だったね」
「短いのも可愛いよ!」
「気にしないで」
皆、事情聞いているんだね。
「俺の毛生え薬使う?」
「ミカエルさん、それ使ってても禿げてるのでいいです。気持ちだけ頂きます」
「...」
「皆揃ったね。では、始めよう。皆座って」
ルキウス殿下の声に皆席につく。
コンコン カチャ
ノックの音と共にドアが開く。
ぴょこっと顔を出したのはマリア嬢だった。
「やっぱりいた!嘘つかれてるなぁってマリアの勘が働いたんだよねぇ」
私の事をきつい目で睨む。
「マリア嬢、どうしたの?今、会議中なんだ。勝手に入ってきては困るよ」
「ルキウス様ぁ。マリア、会いたくて探していたんですぅ」
「そう?ありがとう。でもここは、勝手に入ってきたらいけない区画だよ。どうやって中に?」
「ロベルト君がいれてくれましたよぉ」
ロベルトというのは騎士団団長の息子さんですね。
いつも思うけど、なんですヒロインはハーレムをしたがるんだろうね。
たった一人でも自分に夢中になってくれるなんて夢のような話だと思うけどな。
「ロベルトね...」
「はい。ロベルト君はマリアがしたいことが俺のしたいことだよって。うふふ!だからお城に入れてって頼んだんですよぉ」
「そう...ドミニク」
「はい」
めちゃくちゃ嫌そうな顔でドミニクが立ち上がりマリア嬢を拘束する。
「えっ?えっ?ドミニク様?」
「悪いが邪魔だ。それにここには正式な許可なく入ってはならない。連れていってくれ」
「はい」
「やだぁ。何で?痛ぁぃ。ドミニク様ぁ」
泣き出すマリア嬢を構わず引き摺っていくドミニク。
カチャ バタン
二人が出ていきしばらく沈黙。なんかなんといっていいかわからないのよね。
「さぁ、続けるぞ!この間の時に色がぼやけた件だがどうなった?」
「あれはですね。魔方陣の改良で改善できました」
「問題は煙が多い事だな。どうにかなりそうか?」
「そうですね。そこら辺もあとちょっと実験してみないと」
何事もなかったように続けるようだ。
ドミニクも戻ってきて会議は続き、最終テストはお祭りの1週間前に決まった。
かなりギリギリだ。
「日程がギリギリだがやるしかない!よろしく頼む!」
「「「「 はいっ!! 」」」」
会議が終わり、お茶でも飲んでから帰りなさいよとルキウス殿下の私室へ。
「あの後、マリア嬢はどうした?」
「はい。ちょうど、マリア嬢を探しているロベルトに会ったので彼女を託し、立ち入り禁止区域に侵入したことを伝えました」
「そうか。ロベルトは何と?」
「すまない。と」
「それだけか?」
「はい」
「そうか...」
「ただ、ちょっと気になることが」
「なんだ?」
「二人が帰るのを見届けようと後をつけたのですが、チョチョリーナ姫殿下が現れまして。二人を自分の離宮に連れていきました」
「チョチョリーナが...それは、嫌な感じだな。
あの二人は、というか私とチョチョとロベルトは幼馴染みなのだ。
ロベルトの父親の騎士団団長のが私の剣の師だったので幼い頃からロベルトは王城に来ていたんだ。
一緒に剣を学び、学問も共に学んだ。チョチョも懐いていて、幼い頃はロベルトと結婚すると騒いでいたよ」
マリア嬢、大丈夫だろうか。殺されてたりして...
「僕もロベルトは憧れでした。騎士を目指していたのであの人に勝つことを目標としていたんです」
「今は鍛練もサボって訓練では散々らしいな」
「はい。なんとか元の様に戻ってほしいけど」
「ああ」
「しかし、あのマリアとかいう人はなんなのですか?!付きまとってベタベタ触ってくるし。気持ち悪いです」
「私もだ。何度注意しても効果がない。もしかしたら何かの病気なのではないだろうか?」
「確かに。精神の病気か、脳を損傷でもしているのかもしれませんね」
「若いのに気の毒だな」
「きちんと治療しているのでしょうか。気になりますね」
なんか、ヒロインが病気の人みたいな扱いされてるよ。
「あまり腕の良くない治療師に、診てもらってるのかもしれないな。今度、学園の治療師に診てもらえるよう手配しておこう」
「それはいいですね」
ぷぷぷ。なんか2人の純真さに笑ってしまいそう。
「ん?どうしたマキ?」
「また変なこと考えてんだろどうせ」
「なにいってるんですか!おかしな人達ですね」
「...」
「自白してるのと一緒だ」
**********
「ゼフ、今日の昼休み、進路のことで先生に呼ばれてるから裏庭行けないんだ」
「...」
いちおうね。言っておかないと。
もしも、もし万が一来てくれた時に私が居なかったら嫌だからね。
進路といっても、3段に上がるかの確認と、上がった時のクラスの説明をしてもらうだなのだけどね。
呼び出してきた主任の先生の部屋は最上階だ。
階段を駆け上がる。あとちょっとだ頑張ろう。
息切れしながら上って、最後の踊り場でマリア嬢に出会った。
ああ、これ待ち伏せだな。
場所は人気のない階段。非常にまずい。階段落ちだ。
この急な階段では落ちたら死ぬ可能性が高い。
私の知る知識では階段落ちで死んだヒロインや悪役令嬢は居ない。いや、居るかもしれないけど私は未読である。
マリア嬢が転生者だとしたら、
自分が階段落ちで死ぬとかないない!と簡単に思っているに違いない。
「ねぇ。あんたのせいで大変な目にあったんだけど」
「...」
「ムカつく」
「...」
ドンッ
「あ」
いきなり押されて吹っ飛ぶ。
えっ?落ちるの私?!
まずい何か魔法で何とかしないと!頭が回らない。どうしようどうしよう。
スローモーションのように階段を下に落ちていく。
フワッ
何か魔法で着地しなければと思うのにパニックでうまくいかず、落ちるっ!と思った瞬間、硬い何かに包まれる。
ドカッ
ガツッ
「えっ?」
ゼフだった。真っ青な顔をしたゼフが私を抱き止め下敷きになっていた。
「ゼフ!」
頭を打ったのか目がぐらぐら揺れて、口はかすかに何かを伝えるように動き、
目を閉じる。
「ゼフ!」
人気のない階段下は、かなり大きな音がしたはずなのに相変わらず人気がない。
早くゼフを助けないと。
「誰か!誰か!助けて!」
「オニギリ、おっきい声出して!人を呼んで!!」
「ギャ?ギャギャギャーーーーーーー!!!!」
**********
私は医務室のベッドで眠るゼフを見ていた。
瞼が痙攣して薄く目があく。
ベッドの隣に座る私を見てとても不思議そうな顔をして言った。
「君が好きだ」
ゼフの目から涙が溢れだす。
「君が好きなんだ」
溢れる涙は止まらなくて、まるで水道の蛇口をひねったかのようだ。
「ゼフ、私も、私もゼフが好き」
つられて私も泣いてしまう。
今まで無視されてずっと苦しくて、喉の奥が詰まったように息が出来なかった。
ゼフが好きだった。
失いたくなくて付きまとって避けられても止めれなくて。
いつの間にか、気づかぬうちに私は恋をしていた。