13.壊れた髪留め
南の王領の与えられた部屋でゴロゴロしていて寝てしまい、気付いたら朝だった。
「花火見れなかった」
「ギョッギョッ!」
「オニギリおはよう」
「ギャキャギャー!」
「お腹すいたな。そういえば夜ご飯も食べてないや」
起き上がり、簡単に身支度して食堂に向かう。
食事を終えたルキウス殿下とドミニクがお茶を飲みながら待っていた。
「マキ、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます。昨日は寝ちゃって手伝えなくてすみません」
「いいよ。それより、昨日は申し訳なかった」
何回も謝られても面倒臭いだけなんだよね。
「もういいですよ。怪我もないし。そんなことより、これ」
壊れた髪留めを見せる。
「直せないでしょうか?」
「オニギリが付いてたやつか?」
「みごとに壊れてるな」
「チョチョリーナ姫にグリグリ踏まれちゃって。正直、髪とか本気でどうでもいいんですけど、これだけはどうでもよくなくて」
手に取り壊れた箇所を調べるルキウス殿下。
「これは魔道具だな。私には無理だが、魔道具専門の魔術師なら直せるかもしれない。
王都に昔、城で働いていた魔術師がいるんだが今は城下で魔道具の店をやっているんだ。そこに持っていって行ってみよう」
帰りにそのまま城下に寄ることになった。
朝食を食べたらすぐに出発する。
行きのような楽しい雰囲気ではなかったけれど、馬から見るこの世界はやっぱり綺麗でなんだか泣きたくなった。
街の外に馬で下りて、ルキウス殿下、ドミニク、私、護衛のペイヤンの四人で城下に入る。
馬は勝手に邸に帰るので心配はらいないそうだ。
しかし、ルキウス殿下には専属護衛とかいないのであろうか。
「こっちだよ」
付いていくと、あまり治安がよろしくなさそうな地域にその店はあった。
「...ボロボロですね」
「はは。見た目はな。これでも新しい建物だよ。雰囲気作りでボロボロに見せているんだと言ってたよ」
なんの雰囲気作りなのか...
カランコロ~ン
扉を開けると能天気な鐘の音。
「いらっしゃい。ひっひっひっ」
ごちゃごちゃと怪しげな魔道具がたくさんある薄暗い店内に、
見た目、”THE 魔女の婆さん“という見た目の、イボのある曲がった高い鼻の不気味な老婆が所々歯の抜けた口で笑っている。
こんな絵にかいたような魔女がいるとは。
「ひっ!」
ドミニクが怯えている。
「...久しいなトーマス。元気そうだね」
「トーマス?」
「?」
「二人とも、トーマスは男だ。それに年も兄上と同い年だ」
「えっ!?」
「まあ、要するに変人だ。ロック伯爵家の4男だから身元は確かだよ」
「ロック伯爵の?!」
ドミニクびっくり。
「キェーー!!」
トーマスが急に大声を出すので、ビクッとする私とドミニク。
「トーマスうるさいよ。今日は仕事で来たんだ。マキ、あれを」
「あ、はい。これ、壊れてしまって。直せますか?」
髪留めを差し出す。
「どれどれ。おや、これは。シャドーの魔力だね。ひっひっひっ」
「シャドー?」
「マキ?」
「マキ、どこであれを?」
「...」
まずいね。ドミニクにはゼフと関わるなと煩く言われているのだ。
「ずいぶん執着されておるのぉ。。守護の重ね掛けと位置特定と、お前さんの生存確認。それと何か独自の魔法が練り込まれているのぉ。ひっひっひっ」
「...」
「「マキ?」」
「どういうことー?ペイヤン聞いてないよー?」
ペイヤンまで口だしてきたよ。
「...」
ゼフに貰ったなんて言ったら、そんなもの返せと言うだろうなと思って誰にも言っていなかったのだ。私は悪くないぞ!いいでしょ!友達作るくらい!
「...ゼフナート・ドドン君に頂きました...」
「マキ!なんで!」
「ゼフナートが?」
「ペイヤンに内緒にしてたのね」
「言ったらまたうるさいだろうなぁ。と、思って内緒にしていました!すいません!」
謝ったもん勝ちである。
悪いなんて全然おもってないけどね!
謝ることで、これ以上追求されることを防ぐことができるのだよ。
謝っているか弱い女の子を攻めることなどこいつらには出来ないからね!
これが処世術なのだ。
「...悪いと思ってないよね」
「誤魔化そうとすんな!」
「こんなに思ってることが顔に出てる人をペイヤンは初めて見たよ」
なぜか通じない事に動揺する私。
「えっ!?あの、すいません!」
「謝っているけど心こもってないよ」
「顔がちょっとにやけてんだよ」
「ペイヤンは誤魔化されてショックだよー」
「......」
「どういう事か説明」
「はっ、はいっ」
結局、裏庭でのゼフとの出会いから交流、実技のペアのこと、髪留めをプレゼントされたこと全て吐かせられる。
「ドドン伯爵家にはあまり関わってもらいたくないのは確かだけど、それ以上に隠すような事はやめてほしい。私はこれでも君の事を友だと思っているんだ。心配させないで」
「そうだぞ」
「ひっひっひっ。話は終わったかい」
「あ、すいません」
「これは無理だね」
「えっ!そんな!」
「オババにはわからないシャドーの特別な魔法がかかってるからね。それがなんなのかわからないと直しようがないのさ。下手に弄ると守護魔法が発動してお嬢ちゃん以外の周りにいる人間全てが攻撃されるようじゃのぅ」
マジか。なにげに恐ろしい魔道具だったよ。チョチョリーナ姫に発動しなくてよかった。
ルキウス殿下もそう思ったようで、青い顔をしている。
「作った人間が直せばいいじゃろ」
「はい。壊したのを知られるのが嫌でこっそり直そうとした私が良くなかったです。正直に謝って、直してもくれるよう頼んでみます」
「それがいいの。だが、その本人はもう壊れたことに気づいてると思うぞ。位置把握も生存確認も動作が不安定になってるからのぉ。ひっひっひっ」
えっ。そうなの?まずいね。
「そうとう心配しているだろうのぉ。これだけ執着されておればのぉ」
ちょっと、不安になるからやめて。
「心配しているところに壊れたから直せなんて笑ってポイッと渡されたら発狂ものじゃのぉ」
おい、やめろ。
「大嫌いになるかもしれんのぉ」
ううう。そんな。
「...トーマス、止めてやれ。苛めるな」
「ひっひっひっ」
店を出て取り合えず今日はもう帰るかという事になった。
はぁ。なんだかため息。
明日学園で、ゼフに謝ろう。
**********
店から少し離れた所にある貧民街の裏路地から、私達を酷く暗い目でじっと見つめるゼフが居たことに私は全然気付かなかった。
「ゼフナート、何をしている。行くぞ」
振り向くと背の高く貴族然とした冷酷そうな黒ずくめの男と、他国人だろうか浅黒い肌の妙な色気のある色男が待っている。
「次の祭りでは沢山の迷子が出るだろうな。仕入れ時だ。いいのを取っておくように」
「お任せを」
二人の不穏な会話を聞きながら後ろを歩く。知らぬうちに唇を噛みしめていて血が流れる。
ゼフナートの血はシャドーの独特の甘ったるい強い香りを放ち、それに気付いた黒ずくめの男に見咎められる。
「噛むな。お前の魔力も命も私のものだ。その血の一滴もだ。無駄に使うことは許さん」
「...」
「もうすぐだ。もうすぐ、マドリットが戻る」
「...」
痩せた猫背の少年は更に背を丸め、自分にやがて訪れる絶望と破滅を、今では救いのように感じ切望した。
**********
次の日の学園
私は、ゼフに謝ろうと気合いを入れて来ていた。
だけど、彼は優しいから許してくれるだろうと甘く考えていた。
話しかけた時に、物凄い冷たい目で見られるまでは。
「あの、ゼフ?」
一瞬ドキッとするよな視線を寄越したあとゼフは私を無視し歩いて行ってしまう。
「ま、待って!」
走って追いかけ回り込んで逃げられないように腕を掴む。
生きているのが不思議な位細い腕だ。
「なにか?」
「あの、ゼフに貰った髪留めを壊してしまって。ごめんなさい!それであの、直せないかと思って」
拒絶されている事にショックを受けて声が震えてしまう。
髪留めを差し出す私の手も少し震えてしまっていた。
「捨てれば?」
捻れて壊れてしまったそれを一瞥して興味無さげに吐き捨てる。
「そんな!」
「...手、さわらないで」
「あ、」
私の手を振り払って行ってしまう。
トーマスに言われた言葉が現実になった。嫌われた。
「ゼフ、おはよう」
「ゼフ、実技のペア組んでもらえないかな」
「ゼフ、帰るの?また明日!」
「ゼフ、いい天気だね!」
「ゼフ」
「ゼフ」
それからは毎日ゼフに話しかけた。
返事もしてくれなかったし、もうこっちを見てくれることも無かったけれど。
「ゼフ。今日、オニギリがギャギィギュゲェギョって喋ったよ!もうちょいで”かきくけこ“が言えるようになるかも!」
「ゼフ、裏庭の樹に花が咲いたよ。昼休みに時間あったら見においでよ!」
「ゼフ」
「ゼフ」
「ゼフ」
もう何度、返事の返ってこない会話を繰り返しただろう。
どうすれば彼を取り戻せるのかわからなくて空回る私はまるで道化だ。
「はぁー」
「ため息つくと幸せ逃げるよ」
帰りの馬車でペイヤンに言われる。
「もう逃げた後だからいいの」
「ふーん」
「...ペイヤン、なんか私を慰める言葉言ってみて」
「えぇー。面倒臭いよぉ。ペイヤンはマキがドドン家と付き合うの反対だから慰める言葉よりおめでとうと言いたいよぉ」
そうなのた。ペイヤンだけではない、ルキウス殿下もドミニクもこんな感じ。
縁が切れてよかったよかった。と喜ぶばかりで慰めや励ましましてや応援などしてくれないのである。
唯一オニギリだけがゼフに会えなくて寂しそう。
仲間がいることでかろうじて私の心が折れないでいてくれる。
それと、なんか痩せた。
このままではいつか許してもらえる日が来たときに、骸骨コンビだ。