11.恋慕と忘却と友情
クラスでは相変わらず一人だけれど、ゼフナート・ドドンくんとは挨拶したりするようになった。
昼休みに裏庭の私の場所でオニギリと居ると、時々現れてオニギリの発声レッスンを眺めていたりする。
だが残念なことに、実習のペア組は断られてしまった。
体が弱くて調子が悪いことが多いので、私と組んでも付いていけないだろうから迷惑をかけることになるって。
それに、自分といるとますます友達が出来なくなってしまうからと言われる。
確かに、魔力の差でゼフナートくんに無理させてしまうのは私も嫌なので、しかたないか。と諦めもつくのだけれど、
自分と居ると友達ができないとかそいういうのはちょっとカチンと来てしまった。
「何でそんなこと言うの?!」
「本当の事だ」
「違う!ゼフナート・ドドンくんが居なくても私には友達は出来ないの!!」
「何言ってるの。そんな輝いているのにそんなはずないだろ」
うんざりしたように返される。
「してない!面倒くさそうにするな!」
どうしたんだろうか。頭に来る。こんな怒鳴るのも、自分じゃないみたい。
「なんで怒るの?」
「怒ってない!」
「そう」
沈黙。
聞こえるのは芝生に無造作に転がっているオニギリから聞こえるキュッキュッという音だけだ。
ちなみにそれはオニギリの寝言かイビキである。寝るとそんな音を出すのだ。
主の様子がおかしいのに寝るとはね。
「ゼフって呼んで」
「え?」
「俺のこと」
「えっ?ゼ、ゼフくん」
「ゼフ」
「ゼフ」
「特別」
初めて目が合う。
「えっ!?」
なんかよくわかんないけど去っていくゼフナート・ドドンくん。
今のはなんだったんだろうか。
まるでイケメンヒーローが好きな子だけに名前呼びを許すシーンである。
猫背で骨と皮だけで何も見てないような虚ろな瞳の骸骨なのに。
彼は見た目だけでなく雰囲気も幽霊みたいで怖いので、健康を取り戻してイケメンになる展開は無理であろう。
だけど、少し仲良くなれたのかな。嬉しい。
ゼフって呼ぶんだ。
特別か。
それがどういうものなのかは内向的なのでとても聞けないけどふにゃふにゃと勝手ににやけてしまう。
顔が熱いな、今日は気温が高いのかな。
それから少しだけゼフの昼休みの裏庭訪問回数が増えて、時々だけど魔方陣と錬金術の実技も一緒にいるようになった。
ゼフが体が弱いのは深刻みたいで、人に見つからないような隅でしゃがみこんでいたり、真っ青な顔でフラフラしながら帰る姿をよく見かけるようになる。
急にそうなった訳ではないと思う。
ただ単に私がいつも目で追って探してしまっているからよく見つけるようになったのだ。
半ばストーカー化している私。
これだから迂闊に陰キャに声をかけてはいけないのである。
ちゃんと治療とか受けているのかとか、ご飯を食べたかとか私が心配しているのを察すると仮面?てくらい色のない無表情でどこかに行ってしまう。
関わるな、詮索するなと態度で示される。
とても心配ではあるけれど、距離を取られて避けられてしまって本当に何かあったときに助けられなくなってしまうのが怖くてなにも言えなくなってしまった。
その日も帰りの馬車でいつものようにペイヤンに今日の授業や実習の出来事を報告しながら帰宅する。
入り口からホールを抜けて階段を上がる途中でぐちゃぐちゃな顔をした千太郎くんと会う。
「あれ?どうしたの?なんか変だよ」
泣いた?と言いそうになったが、
私に目も向けずそのまま邸を出ていってしまった。
顔を見合わせる私とペイヤン。
さっき千太郎くんの来た方からぽこたんが歩いてきたので聞いてみる。
「千太郎くんの様子がおかしかったですけどなにかあったんですか?」
「別れようってさっき言ったのよ」
「えっ!」
「怒ってどこかに逃げちゃった」
「そんな。でも。なんで。」
驚いて言葉がでなかった。
「まぁいつかはこうなると思ってたしね。でも、あんな取り乱すとはおもわなかったけど...
ちょっと巻き込んじゃうかもしれないけどごめんね」
そうなんだ。恋愛スキルが底辺の私はなんて言ったらいいかわからない。
隣にいるペイヤンも黙ってる。
それから何日か、屋敷は千太郎くんがぽこたんに怒鳴る声がいきなり聞こえたりして非常に殺伐とした雰囲気だった。
使用人達も、声をかけると千太郎くんが怒りだすのでどうしていいかわからないようで、二人のことを心配げにソワソワと窺っていて落ち着かなかった。
**********
学校が休みで城に花火の打ちちわせに行く日。
ドミニクが迎えに来てくれるのを待ってる間、練習場で厳つい騎士達に混じって棒術の稽古するぽこたんとガゼさんをみていた。
ガセさん。
初めて王城に行った日に会った二足歩行のガチムチ猛禽類。光の一族である。
家出した弟さんを探している。
あの時マルセルさまにエストレナム邸に誘われたガゼさんは本当にその日の内に現れてそれからずっと滞在している。
私とはあまり時間が合わないのでめったに会うことはないのだが、ぽこたんは棒術の稽古を時々つけてもらっているらしい。
カンカンカンとすごい早さで打ち合っている。
止められた棒をぐるんと回して後頭部に打撃。当たった?
「虫が止まったようだな」
ガゼさん煽る。
「!」
カンカンコンカンカンカンコンカン。足下、脇、回り込んで頭!
ぽこたんが激しく繰り出す打撃は全く効かない。
ぽこたんがこんなことになっていたとは。かなりの高さでバク宙連続するぽこたん。バク宙?!
「やっ!」
渾身の一撃を軽々受け止められた。
その時キュイーンとその場の空気が一気に無くなる感覚がして、ガゼさんの立っていたところの地面が抉れた。
避けたガセさんを第2第3第4の真空砲みたいなのが襲う。
「ぼこたん。やりすぎなのでは?」
「私じゃないわよ」
第5、第6砲を避けてけろっとしているガゼさん。
「なんだ?小僧」
そこへ闇落ち千太郎が現れた。
ニコニコしながらこっちへ来る。
「なんだぁ。浮気?ぽこたんだめだよぉそんな。ふふふ」
キャラ変してますね...
ふふふ。と笑う千太郎くん。
「ちょっとなに?は?なにしてるの?」
いつも平常心のぽこたんも流石に動揺を隠せないようである。
「どうしたら取り戻せるのかずっと考えていて。凄く苦しかったよぽこたん。ほんと悪女だよね。でも今、二人を見た瞬間わかったよ!この人が居なくなったら戻ってくるって!」
パアーっと両手を広げうっとりしている。
「この人関係無いんだけど」
「うふふ」
人の言葉聞いてませんね。愛で狂う千太郎氏。
というかですね、千太郎くんもぽこたんも自分達のことで一杯で気付いてないけど、私の隣にいるガゼさんめっちゃ怖いから。
目なんてギラギラして覇気がやばい。痛いんだが。体がバラバラになりそう。
戦いの神様なんじゃないの?この人。なんか死ぬかも。意識が...
「マキ!!」
颯爽と登場したペイヤンにサッと抱っこされ彼らから距離をおく。
「ペイヤン~」
泣きべそで抱きついてしまう。死ぬかと思った。
「うーん。これは出たら死ぬなぁ」
ジリジリと更に後ろに下がって、光の玉を空に打ち上げた。
「これでお城の偉い誰かくるよ!...転移陣でも間に合わないかもだけど」
私達のやり取りなどノールックで3人の方は修羅場。
「小僧!よくわからんがケンカは買うぞ!!」
ひぇぇぇぇ。こ、怖い。ペイヤンと抱きしめあう。
それで、ピカーっとなって、目が開けられなくて何があったのかよくわからない。
ちょっとたって薄目開けたら千太郎くんが燃えていた。
燃えるというと生易しい。
小さな太陽になっていた。
肉と髪が溶ける臭いとかグボォという謎の音と、べちゃっと首が落ちるのを見てペイヤンの胸に吐いてしまった。
「...」
「......すいません」
仕方なくないですか?嫌そうにすんな!
「死んだよぉ」
「千太郎くん?!」
「すまん」
は?ガゼさん、謝っても遅くない?
謝るならしないでほしい。というか殺すなよぉ。何してくれてんの?!
頭がバカになってたら、いきなり王城から転移陣で魔術師長とその他が現れた。
「これは...ガセ様。どういう事かは後で聞きます。とりあえず千太郎の魂を留めるぞ!この世界に体が馴染みきっていない転移者だ!まだ生き返るぞ!」
そなの?生き返るの?異世界凄いな。何でもありか。
「ちっ!破損が酷い。完全体に戻すには魔力が足りない!マキとぼこたんも手伝ってこっち魔力ください!城に魔術師援軍要請!出来れば上以上の全員!ガセ様も待機お願いします!」
「「はいっ!!」」
「おう」
もう大騒ぎ。大変だったよ。
そんなこんなで千太郎くんは生き返った。
**********
「調子は?」
「うん。平気」
「そう。よかった」
まだ無理やり留めた魂が定着するか安心できないので王城の魔術師長の近くに入院することになった千太郎くん。
ぽこたんに、お見舞いに行きたいから付き合ってほしいと言われて付いてきた私は、二人の邪魔になら無いように部屋の隅に立っている。
「一皮むけた気分だよ」
「そう。少しスッキリした顔してる」
「うん。もう大丈夫。てかさ、俺もしかしたら不老になったかもしれないみたい」
「「!!」」
「生き返るのに魔術師長や城の魔術師達、ぽこたんとマキちゃんに魔力いっぱいもらっだけどやっぱり全然足りなかったみたいでさ、最後の手段でガゼ様に魔力貰ったろ。あれで、ガゼ様の眷属になっちゃったって」
ファンタジーだよなぁ。人間じゃなくなっちゃったよ。なんて笑う千太郎くん。
光の眷属のそのまた眷属って...
「それでも、二人とも俺の友達でいてくれる?」
「当たり前。ほんと死ななくてよかった」
泣き出すぽこたん。
「私がもっとちゃんと話していたらこんなことにならなかったっ」
「泣かないで。いいよ。だって俺怖かったでしょ。執着してしがみついて」
「ううう。そんなことない。私が悪い。
別れるって言ったくせに千くんはずっと私を好きでいたらいいって思ってて、
もう私にそういう気持ち持ってないことに気づいてほしくなくてちゃんと話すことから逃げた」
「「......」」
「気付いてる?前の世界のこと、昔の気持ちとか全部。薄れていってる。千くんを好きだった気持ちも無くなってて。きっとお互いそうだって。怖くなって。いつか離れていく位なら平気な顔して自分から捨てようって」
「ひどいなぁ。俺はこっち来てからもぽこたんを好きになったよ。大切だった」
そっか。もう好きじゃないか...って言いながら泣きそうな顔でくしゃっと笑う千太郎くん。
窓から差す日の光で茶髪の前髪がキラキラ光ってまつ毛長くて。
と、いうか、私ここにいていいのでしょうか。いたたまれない。
アオハル映画をリアルで観ることになるとはね。空気に徹して無になるよ!
しかし実は私も気付いていた。前の世界のことがどんどん離れていっている。孤独とか衝動とか憎しみ、羨望。真っ黒い心の中。
人の作文読んでるように他人事に感じていたのだ。
それペイヤンに相談したことあるんだよね。忘れていっててどんどん私が私じゃなくなってるって。
“へー!!”と適当に返されて、なんだ。大したことじゃないのかな。ペイヤンにしたらほんとどうでもいい事だし、そしたら私もまぁいいか。と。
ペイヤン偉大だよね。
今ではすっかり保護者だし。
考え事をしている間にボーッとしてしまい、気付くと千太郎くんとぽこたんは円満にお別れして友達になろうとか握手してた。
解決してよかったねぇ。ホッとしたよ!
**********
学園の昼休みにいつものようにオニギリと過ごしていたら、
ゼフが来てプレゼントをくれた。
「わぁ!いいの?!髪飾り?」
「ん。作った」
あ、午前の実技が金属魔道具の製作と構成だったね。
「魔道具だね!凄い!いいの?嬉しいなぁ。これは?なんかお皿みたいなのがついてるね」
それは、髪止めのピンなのだけど中身の無い半球体の皿のような物がついていた。
「ん。オニギリがいつもポケットだから。外見たいかなと思って。その丸いのにオニギリを嵌め込む」
「...へぇ」
微妙である。目玉の付いたピンを付けねばならぬようだ。
「あと、マキの居場所を俺がわかる魔道具になってる」
「あ、そ、そうなんだ!うん。...話したいときすぐ見つかるしね。誘拐とかも怖いしね」
若干ひくわ。ヤンデレ枠多くない?
「付けてみて」
「う、うん」
「心配だからね」
こうして私は、目玉の髪止めを付けているキモい女となり、すれ違う人達に気色悪い奴を見るような目で見られることになる。
まあね、オニギリも嬉しそうにしてるし、ゼフも嬉しそうだからいいけど。