5 憧れ
「危ない!」
手を伸ばした近藤は男の子にお茶がかからないよう、急須を素手で受け止める。
多少しぶきがかかったとしても液体が頭から降りかかるよりはマシだろう。
とっさの判断ではあったが、大事には至らず男の子は無事。
ちょっとだけ熱いと言って顔をしかめたが。
「おい! 四郎! 大丈夫か⁉」
「えっ……ええ、これでもヒーローですから」
店主は慌てて奥へ行ってタオルを取りに行く。
「この馬鹿っ!」
「痛いっ!」
男の子の頭を叩く母親。
老夫婦は二人してあわあわ。
「あっ……あの、大丈夫ですか?」
「ええ、これでもヒーローですから。
ほら、見てくださいよ」
近藤は急須を受け止めた左手の袖をまくって見せる。
熱湯を被って赤くなっていた手が、見る見るうちに元の肌色へと戻っていく。
「この程度の怪我、なんてことはありません。
すぐに回復するんです」
「すっごぉい! 本物のヒーローだ!」
男の子は目をキラキラと輝かせて言う。
本当に大したことはしていないのだが、彼の眼に近藤はヒーローのように映ったようだ。
スーツを着ていないとただの一般人と変わりないので、自分の正体を示すには実際に身体能力を見せるに限る。
ヒーローによって授かった特殊能力は異なるが、身体機能の強化である場合が多い。
近藤は筋力や瞬発力などの一般的な身体機能の他に、再生能力を授かっている。
どんな怪我をしてもすぐに再生するので、怪人たちに対してしつこく食らいついて勝利を収めた。
絶対無敗の名は再生能力と近藤の粘り強さのたまものだったりする。
「すごい! すごい!」
男の子は嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
ヒーローの存在を身近に感じて喜んでいるのかもしれない。
「おじさんはなんて言うヒーローなの?」
「グレイトアッシュだよ」
知ってる? とは尋ねなかった。
どうせ知っているはずがない。
「え?! グレイトアッシュ⁉
うぎゃぱらぽぺぴぁぱあああああああ!」
いきなり奇声を上げる男の子。
急にどうした?
「この子、グレイトアッシュさんの大ファンなんです!」
「え? そうなんですか?」
男の子の母親の言葉に耳を疑う。
「でも……なんで?」
「昔のヒーローが大好きなんですよ、この子」
昔の……ね。
悪気はないのだろうけど。
話を聞くと、男の子はヒーロー名鑑などをよく読んでいるようで、昔のヒーローには詳しいらしい。
特に好きなのはグレイトアッシュとジャイアントソルジャーの二人。
ジャイアントソルジャーの名前を聞いて、懐かしい気持ちになった。
近藤にとって恩人ともいえるヒーローである。
「握手して! 握手して!」
「ああ……もちろんだ」
男の子の求めに応じて手を差し出す近藤。
幼くか細い手がその手を握り返す。
彼の肌から感じる仄かなぬくもりが、忘れかけていた勇気を思い出させてくれたような気がした。
「君の名前はなんて言うんだい?」
「僕はタイチ!」
「そうか……タイチって言うんだね。
覚えておくよ」
「僕もヒーローになれるかなぁ?」
そう尋ねるタイチの瞳は真っすぐに近藤を見つめている。
どう答えるかは決まっていた。
「ああ、もちろんだ。君が夢を捨てなければ」
あの時のジャイアントソルジャーのように、そう答えた。