3 グラットニー
特に予定のない休日。
近藤が昼間から酒を飲んでくつろいでいると、不意にスマホが鳴る。
「こちらグレイトアッシュ!
いつでも君のハートにグレイトクラッシュ!」
電話口では、開口一番に決め台詞を言う。
怪人たちと戦っていた時にはよくこのセリフを口にしていた。
『あの……近藤さん……』
声の主はマネージャーの美代子だった。
声が震えている。
「え? 美代子さん? どうしたの?」
『実は……事務所に……』
『おお! テメーがアッシュか!』
この声は……聞き覚えがある。
「もしかしてあんた……グラットニーか?」
『いかにもだ! 俺を覚えていてくれて嬉しいぜ!
早速だがアンタに……』
「断る」
近藤は即座に通話を終了。
スマホの電源を落とす。
まずいな……。
天井を見上げながら焦りを隠せない近藤。
グラットニーは自分からヒーローが所属する団体の元へ押しかけ、対戦を申し込むのだ。
相手が拒否すれば、動画投稿サイトなのでその様子を公開し、徹底的にディスって馬鹿にする。
客観的に見てあまり気持ちのよくない行為なのだが、視聴者の受けはいい。
何故なら相手が対戦を承諾した場合、彼は必ず勝利するからだ。
今のところ、ヒーロー相手には無敗のグラットニー。
しかし、実は彼も怪人と戦った世代であり、ぎりぎり実戦を体験している。
怪人との戦いで、彼は一度も勝利を収めることができなかった。その負けっぷりはすさまじく、何度も民衆の前でこれ見ようがしにフルボッコにされたことから、サンドバックとのあだ名がつけられくらいだ。
そのうっぷんを晴らすかのように、グラットニーはかつての現役世代をリング上で血祭りにあげている。
いよいよ自分の番が回って来たのだ。
彼はいつも通り、動画サイトで近藤を馬鹿にするだろう。
雑魚狩り専門と嘲笑するネットの声にも拍車がかかる。
「やれやれ……だな」
誰もいない自宅のリビングで独り言ちる近藤。
子供を連れて妻が実家に帰ってからというもの、無駄に広い豪邸に一人で住んでいる。
……そろそろ潮時か。
ぼんやりと故郷を思い浮かべる。
久しく顔を見せていない母親に親孝行でもしようかと考えを巡らせて、現実逃避する自分自身から目を背けた。