15 俺はまだ、夢を捨てない
目を覚ます。
真っ白な天井。
清潔な白いシーツ。
ベッドの周りには白いカーテン。
腕には点滴の管。
ここは病院だ。
すぐに理解した。
「ふぅ……」
身体を起こす近藤。
すこぶる調子がいい。
点滴の管を引き抜いて身体を動かしてみる。
「ちょ! 目を覚ましたんですか⁉」
看護師が慌てて駆け寄って来る。
どこも悪くないと説明するが、安静にしろと譲って聞かない。
大人しく従うことにした。
「俺は……負けたのか」
ベッドの上で仰向けになると、少しずつ記憶がよみがえる。
近藤はグラットニーに敗北した。
容赦のない一撃を食らって。
最後にあいつはなんて言った?
あきらめるな?
……なんで?
しばらくして医師が近藤の様子を見に来た。
超人化したヒーローは普通の人間とは身体の作りが異なる。近藤は治癒力強化の特殊能力を持っているので、ヒーローの中でも特に回復が早い。
医師は彼の身体を診た時にあれこれとぼやいていたが、異常なしとの診断を下す。このまま体調に変化がないか経過観察が必要だということで、退院は数日後に。
近藤は気持ちを切り替えるためにトイレで顔を洗う。
じゃぶじゃぶと冷たい水で顔をすすいで鏡の中の自分の顔を見つめると、実にさっぱりした顔つきをしている。
戦う前とは大違いだ。
病室へと戻る。
するとそこにはフルーツバスケットを抱えたタイチ君と母親の姿があった。
「あっ! グレイトアッシュ!」
俺を見つけてタイチ君は笑顔で籠を抱えたまま駆け寄って来る。
「これお見舞い!」
「ありがとう……タイチ君」
「僕のこと覚えてくれてたの⁉」
「ああ……忘れるはずないだろう」
近藤や優しくタイチ君の頭をなでる。
「この子、ずっとグレイトアッシュさんを心配していて、
どうしてもお見舞いに行きたいと言うものですから……。
お約束もせずに来てしまいました……すみません」
申し訳なさそうに母親が言う。
「いえ……構いません。
むしろ来ていただいてありがとうございます」
近藤は感謝の気持ちでいっぱいだ。
こんな風に幼い子に応援してもらえたら、どんな辛い戦いでも怖くない。
またリングの上に立てるはずだ。
近藤は胸が熱くなるのを感じた。
そして、敗北の恐怖をまったく感じていない自分がいることに気づく。
今までずっと絶対無敗の名を守りたいがために、自分よりも弱い相手と戦い続けてきたが……これからは違う。
相手の実力がどうとか関係ない。
強敵たちとの戦いに決意をもって臨もう。
もしグラットニーに再戦を申し込まれたら、間違いなく受け入れるだろう。
いや……今度は自分から頼みに行くべきか。
一度負かした相手と戦ってくれるとは思えないが……。
「タイチ君、俺はあきらめないよ。
またグラットニーに挑戦して、あいつに勝って見せる」
「本当にっ⁉」
「ああ……本当だ」
俺はまだ、夢を捨てない。
近藤の夢はヒーローであり続けることだ。
誰かが応援してくれるのなら、その声に応えよう。
それが俺の生きる道だ。
それからタイチ君とヒーローについて話をした。
彼はかなりマニアックなことも知っていて、その知識の深さには驚かされる。
むしろ近藤の方が知らないことを教わったくらいだ。
いろんなヒーローの名前を上げて、それぞれの個性と良さを語るタイチ君だったが、それでもやっぱりグレイトアッシュが一番好きだと言ってくれた時は、本当に嬉しかった。
「またねー!」
母親に手を引かれながら、こちらを振り向いて笑顔で手を振るタイチ君。
近藤はエレベーターホールまで彼を見送りに行き、扉が閉まる時は深々と一礼。
絶対無敗の名を失った近藤にとって、タイチ君はまさに救いの手を差し伸べてくれた神様のような存在だった。
「あの……失礼します。
少しお話よろしいでしょうか?」
一人の男が話しかけてきた。
タイチ君の見送りが終わるのを見計らって声をかけたようだ。
背の高い筋肉質な清潔感のある男性。
年齢は20代後半くらいだろうか?
ジーンズに革ジャンという服装。
声の調子で誰なのか分かった。
「グラットニーか?」
近藤が尋ねると彼はにやりと口元をゆがませる。
この感じ……間違いないな。
「ああ、そうだ。顔を貸してくれ」




