14 君が夢を捨てなければ
降りしきり雨。
流れる血潮。
町はずれにある廃工場。
幼い近藤は倒れて動かなくなったジャイアントソルジャーの身体をさする。
「大丈夫⁉ 死なないで!」
必死に呼びかけるが、ジャイアントソルジャーはまともに返事もできない。
「ぐわああああああ!」
遅れて駆け付けた仲間たちの手によって、怪人たちが倒されていく。
ジャイアントソルジャーは一人で複数の敵を相手に戦い、近藤を守ったのだ。
彼が戦っている間、近藤は祈り続けた。
奇跡よ起これと。
無論、何処にいるかも分からぬ神がそう簡単に願いを聞き入れるはずもなく、ジャイアントソルジャーは力尽きてしまう。
「四郎君……どうか……俺の手を握ってくれないか」
「……うん」
言われたとおりにジャイアントソルジャーの両手を握りしめる近藤。
「君は確か……ヒーローになりたいって……言っていたね」
「うん……僕もジャイアントみたいに立派なヒーローになれるかな」
「ああ……なれるさ……きっと。君が夢を捨てなければ……」
それが最後の言葉だったと思う。
近藤に看取られながら、ジャイアントソルジャーは命を落とした。
民衆が一人の英雄を失った瞬間だった。
奇跡など起こるはずもないのだ。
「なぁ……まだやるつもりなのかよ?」
呆れ気味にグラットニーが言う。
近藤はハンドレッドクラッシュをすでに何回も発動している。
その全てをグラットニーは受け止めたが、まったく倒れる気配がない。
「もっ……もう一回……もう一回だ……」
必殺技を発動するたびに反撃をくらい、ボロボロになった近藤。
いくら回復能力があるとはいえ、こう何度も致命的な一撃を食らったらタダでは済まない。
「もう止めとけ、お前は負けたんだよ」
「おっ……俺は……負けてない。まだ……」
よろよろと立ち上がる近藤。
ぽつぽつと雨が降り始めた。
「あの時……ジャイアントソルジャーはあきらめなかった。
俺を……俺を守ろうと必死になって……。
仲間が駆けつけるまで……ずっと戦い続けて……」
「昔話はよしてくれ。
年寄りの昔話ほど退屈なものはない」
「だから……俺も……俺もぉ!」
「うぜぇんだよぉ!」
グラットニーの右ストレートがさく裂する。
リングロープまで吹っ飛ばされた近藤だが、何とか両足を踏ん張ってこらえた。
「俺は……俺はまだ……負けてない。
まだ……まだ諦めてない!」
「だったらなんだってんだ。
今から俺に逆転できるってのか?
無理だろ、絶対に」
「無理じゃない! 俺はやれる!」
震える腕でファイティングポーズを構える。
怖くて震えているんじゃない。
心が勇み立って震えているんだ。
思えば最初に怪人と戦った時も、こんな風にボロボロになっていた。
絶対にあきらめないと何度も立ち上がって戦いを挑んで初白星を挙げたんだっけ。
それから一度も負けることなく、どんな敵にもしつこく食らいついて……勝利した。
だから……。
「俺は……俺は負けちゃいけないんだよ!
俺に期待してくれる人達のために……
絶対無敗の俺の二つ名に希望を見出した人たちのために。
俺は……絶対に負けちゃいけないんだっ!」
そう言いながらも、グラットニーに勝てない事実を近藤は心の中で認めている。
何があっても逆転は不可能だろう。
それでも抗い続けなければならない。
無様に降伏なんてしてはダメだ。
あの日のジャイアントソルジャーのように、俺の勝利を信じている人のために戦うのだ。
たとえそれが、たった一人の子供だけだったとしても。
「グレイトアッシュ! 負けるなー!」
「がんばれ! アッシュ!」
「あきらめないで!」
観客席から声援が聞こえる。
一人や二人じゃない。
ここに集まった人たちの中に俺を応援してくれる人がいる。
近藤はこみあげる嗚咽をかみ殺しながら、目の前の敵を睨みつける。
グラットニーは呑気に会場を見渡していた。
「聞こえるか……この声がよ」
グラットニーが声のトーンを落として言う。
「逃げ続けていたら、この声も聞こえなかったはずだぜ。
この声は間違いなく今のアンタに向けられたものだ。
絶対無敗のグレイトアッシュではなく、
しつこく抗い続けるアンタの勝利を誰もが願ってるんだよ」
「お前……何を……」
「さぁ、最後の力を振り絞って必殺技を使ってみろよ。
もしかしたら奇跡が起こるかもしれないぞ」
「…………」
近藤は拳を握りしめる。
最後の最後で、もしかしたら……奇跡が起こるかもしれない。
そう信じて最後まで戦い続けるのだ。
たとえそれが……無様な結果に終わったとしても。
奴を倒せ。
絶対にあきらめるな。
最後の最後まで……絶対に。
「ハンドレッドクラッシュ!」
近藤の声が開場にこだまする。
燃え盛る拳がグラットニーの胸をとらえる。
……が。
「ここまで……だな」
グラットニーの胸から黒煙が上がる。
しかし、奴は平然と立っていた。
「だが、あきらめるにはまだ早い。
これからもヒーローとして戦い続けろ。
それがお前の使命なんだろ。
とりあえず今は、眠っとけ」
次の瞬間、強い衝撃を受けて近藤の意識が途絶えた。