憧れの王子様
昔々のおはなしです。
あるところに王子様がいました。綺麗な身なりをして、背筋をピンと伸ばし、髪はさらさらで、とても目を引く青年です。
彼は街の人たちにとても優しく、そして礼儀正しく接しました。
「まあ王子様。今日も素敵でいらっしゃいますね。お元気そうでなによりですわ」
「こんにちは。変わりありませんよ。あなたもご健勝でありますように」
「よう王子様。ニワトリの様子はどうだね」
「今朝も卵を産んでくれました。ありがとう」
「やあ王子様、今日も男前でありますねぇ。どうです、今夜一杯。うちの店に来てくださらんかね」
「晩酌はお城でと決めておりますので、失礼」
「お城、ねぇ……。ああ、いや。なんでもねぇですよ」
王子様は買い物を終えてお城に帰りました。王子様一人が住む、綺麗にはしているけれど狭くて寂しいお城です。王も王妃も、召使いもいませんから、部屋も、ベッドも椅子も暖炉も、一つで十分です。
王子様は一張羅のお召し物を脱ぐと丁寧に手入れをしてから小さなクローゼットにしまいました。
もうお気づきかと思いますが、この青年は本物の王子様ではありません。
小さなころに母親が聞かせてくれたお伽噺が大好きで、そのキラキラとした物語に登場する王子様に憧れました。幼い憧れをそのままに、彼は王子様のように振る舞う青年になっていました。
ある日、王子様がいつもより少し足を伸ばした場所にある泉に水を汲みにでかけますと、見慣れない少女がいました。少女は可憐で、美しく高価そうなドレスに身を包んでいて、本物の貴族様のように見えました。そして、たった一人で困っているようでした。
「どうしましたか? 何か助けが必要でしょうか」
王子様は少女に話しかけました。
「ああ、高貴なお方。貴方のような方に見つけていただいて、私は幸運です。実は、お付きの者とはぐれてしまい、道に迷っているのです」
少女は、王子様のような格好をした青年を、ひょっとしたら本物の、どこかの王子様だと勘違いしたのかもしれません。青年は嬉しくなって、一段とキリリと表情を引き締めました。
「この辺りの土地には少しばかり詳しいので、お役に立てると思います。どちらへ向かわれますか?」
「丘の上の別荘に遊びに来ていたのです。屋敷の場所をご存知でしょうか?」
「わかりますとも! 差し支えなければご一緒します」
「ありがとうございます。 あの……ところで……貴方も、お一人ですか?」
「はい……。あ、あ……こうしてたまには、一人考え事でもしながら散歩をするのが趣味でしてね。馬車も馬もなくご婦人を歩かせてしまうのは大変申し訳ないのですが……」
「なるほど、そうでしたか。実は……靴ずれでもう一歩も動けないところでして……車に乗れるものと少し期待してしまいました。お恥ずかしいですわ」
「畏れ多くもこのような提案は大変に不躾ではございますが、私の背にお乗りくださいませ。おぶって、お屋敷までお送りいたしましょう」
「まあそんな……」
少女は頬をほんのりと染めながらも、青年の申し出に甘えました。
青年は、少女をおぶって丘の上にある貴族のお屋敷に向かいながら、どうして自分でもそうしたのかわかりませんが、空想上の自分の国やお城について話をしました。少女は知らない土地の知らない風習と信じて話を聞いてくれているようでした。
屋敷が見えるところまでくると、少女を探す声が聞こえてきました。青年は、ハッとすると慌てて彼女を地面に降ろしました。
「お迎えがあるようですね。慌ただしくはありますが、私はこれで失礼いたします」
青年は焦るように言って、少女の返事も聞かぬままに、まるで逃げるようにその場を去りました。
もし、全てが嘘だと明らかにされてしまえば、貴族や王族のふりをしたことを厳しく咎められてしまうかもしれません。本来ならば、貴族の少女に触れるなど不敬極まりない身分なのです。
それからしばらく後のことです。
“お姫様が休暇中に出会った謎の王子様を探している”という噂が、この小さな街にまで流れてきました。
小さな街の王子様は、この噂に震え上がりました。もしかしたら、あの時の少女がお姫様だったのかもしれません。盛大に嘘をついてお姫様を騙し、挙句におぶって歩いたことが知られてしまったのかもしれません。
あの時の王子様ごっこを後悔しながら、青年はしばらく隠れるように暮らしました。
けれども、そのかいもなく、青年はすぐにお城の兵隊に見つかってしまいました。小さな街の王子様は、ここに暮らす人々の間ではあまりにも有名人でした。
兵隊から知らせを受けて駆けつけたお姫様は、ひれ伏す青年に言いました。
「ああ。やっと見つけました。運命のお方」
「お探しの王子は幻にございます。私は大罪を犯しました。縛り首になる覚悟でございます」
「そんな青い顔をなさらないでください。私の王子様」
「ごらんの通り、わたくしめは王子などではございません。卑しい、いち平民でございます」
「貴方が王子でないことなど、とうにわかっておりますよ」
「それならばなおさらでございます。こんなボロを着た恥ずかしい嘘つきめを“運命の方”などと、どうかおやめくださいませ」
「ボロをきているからなんなのです。私は王子という身分や財産に惹かれたのではありません。 どうか、どうか私のお城に一緒に来ていただけないでしょうか」
「ありがたきお言葉……そうまでお心を砕いていただいて、どうして断ることができましょうか」
お城では、お姫様とお姫様に見初められた青年の結婚式が、盛大に執り行われました。
幼いころから王子様にあこがれた青年は、本物の王子様になることができたのです。
心の内では王子様を馬鹿にしていた小さな街の皆は、この顛末には驚きを隠せませんでした。
それから二人は、国民にも愛される政をおこない、末永く、幸せにくらしました。
ラジオトークのハッシュタグ企画 #お題で創作 に参加しました。
お題は「子どものころ、将来何になりたかった?」です。
ちなみに、なりたかったもの「王子様」はオカン・ダヨさんに決めていただきました。
オカン・ダヨさんによる朗読
→ https://radiotalk.jp/talk/728536




