§378 相棒
イシャルメダはキッチンに戻して酒場で出す納品物の支度をさせ、
エミーとイルマは風呂場で薬を注入した。
まだ数回分残っているので、また3日後に追加で入てやろう。
念のためってやつだ。
それから上で寝ている最愛の妻にもだ。
とは言え、ナズには効くか効かないかイマイチ判らないのだが。
さて、それでは自分はケーキを作ろう。
レシピブックからスポンジケーキのレシピをパピルスに書き出し、
その様子をアナが覗き込みに来た。
「また、何かお作りになられるのですか?」
「そうだ、ケーキを作ってみようと思う」
「ケーキ、ですか。
話には聞いた事がありましたが、まさか私が頂けようとは」
「この国にはどんなケーキがあるのかな?」
「多くは甘く焼いた柔らかなパンのような物ですが、
そこに果物を入れたりジャムを入れたりと、
とても甘美な物だと聞いております」
ふむ。
日本でケーキと言えばショートケーキ、
クリームたっぷりで果実が挟まれたフワフワの奴を想像する。
所変われば、こちらの国ではパウンドケーキが主体らしい。
こちらの世界では生クリームは酪からしか作れない認識らしいし、
それらを潤沢に使ったりすればお高くなるだろう。
パウンドケーキでも勿論悪くは無いが、
お祝いならばデコレーションケーキが望ましい。
望ましいと言うか、完全に自分の価値観である。
お誕生日では無いので蝋燭は必要無いな。
パイはケーキの内に入るとして、その果物のパイをナズは作っていた。
ではアナだってケーキを食べた事がある勘定になる。
「ナズが以前果物のパイを作ってくれたじゃないか?
アナの言う甘く焼いたパンに果物が入っているならば、ケーキだろう」
「そう・・・ですね、言われてみましたら。
私は既にケーキを頂いておりました。ありがとうございます、ナズさん」
「い、いえ、あれもケー(コホッ)なのですか?」
「どちらかと言えば果物のパイもケーキなのだろうな。
勿論ナズの分も用意するから、今は寝ていてくれ」
「だそうですよ?楽しみにして待ちましょう、ナズさん」
(こくん)
レシピを書き写し、いざ進めやキッチン。†
目指すのは小麦粉だ。
アナはナズの看病で手が空かない。
ヴィーは自ら生み出した卵の温めだ。
ジャーブとパニは農地の探しに出掛けて行った。
イルマは掃除をしているし、元々台所事情には詳しく無い。
手伝って貰えるのはクルアチのみと言う事になる。
イシャルメダとエミーがラーメンの生地を捏ね繰り回す横で、
自分も小麦粉をボウルサイズの皿に入れて混ぜ始める。
その様子をクルアチは興味深く見詰めていた。
「クルアチ、素手で良いのでこれを掻き回してくれ」
「かしこまりました」
タマゴ、タマゴと・・・。
ありゃ、卵が無い。
牛乳とバター、コボルトスクロースまでは良いのだが、肝心の卵が無い。
そういえばいつもはナズが常連客の家から分けて貰っていると言っていた。
今はナズがアレなので、卵の供給が無い訳だ。
・・・か、買って来なければ。
酪も必要だろう。
考えてみれば自分の作りたいと思う料理は、
酪を必要とする物ばかりな気がする。
今後は自力で取って来る方向も考えねば。
買えば高いのだし、その際はエミーが頼りだ。
チラッとエミーを見詰めると、一生懸命ラーメンの生地と戦っていた。
この場では彼女も一端の戦士であった。
「ちょっと卵を買って来る。
クルアチはそれを混ぜ終わえたら、果物を切って甘く煮て置いてくれ」
「かしこまりました」
「行って・・・らっしゃいませ」
「あ、ユウキ、おデかけ?イってらっしゃ~イ」
イシャルメダが捏ねたラーメンの生地が中華饅のようで滑稽だ。
そのまま蒸したら饅頭のようではある。
蒸し器があればやってみても良いかもしれない。
これもウッツに・・・いやいや、ヘンテコ調理器具ばかり増えても!
しかし久しぶりにギョーザは食べたい。
ラーメン、ギョーザと来ればチャーハンだ。
たまには中華も良かろう。
飯の確保もできたし、ギョーザの皮だって作れる。
勿論ワンタン入りのスープだって。
米の存在によって、斯くも食生活が豊かになるとは恐れ入った。
ッパ飯よ。
──ガチャッ。
ラティだ。
部屋で静かにしていたと思ったが、喉でも乾いたのだろうか。
「あ、あ、あっ、あのぅ・・・」
「どうした?」
「ち、地図の写しを終えましたので、そっ、その、
ゆ、友人に借りてきた本をう、う、写してみようかと思ったのですが、
どっ、どこに見当たらないのです!」
「ああ、そうだった。ラティがいない時に拝借したのだったな。
ナズが臥せってばかりで退屈かと思って、アナが借りて行ったのだ。
ラティからだと返してと言い難いだろうから、回収して来よう」
「えっ!で、では、だ、だ、大丈夫です、お、お読みになった後でもっ」
「そうか?・・・あ、そうそう。
今日はジャーブとエミー、ヴィーとパニを結婚させる予定でな?
今お祝いのケーキを焼いているんだが、
ラティはケーキを・・・食べた事はあるよな?」
「は、はい、あ、あの、お、お、お友達、
いっ、いえ、以前のパーティのご、ご、ご実家で何度か」
「それはホドワの商店街にある食堂か?」
「い、いえ、そ、そちらはもっ、元メンバーと言いますか・・・。
おおおお友達は、あの、おっ王都の、ほ、本を貸して頂いた方・・・で」
ああ、例の金持ちの。
そりゃ、そういった家でならばケーキ位出て来るか。
「そうか、そのラティが食べた事があるケーキとは違うかもしれないが、
自分が知っているケーキを今作っている。
昼食に出すので、・・・そうだっ!その友人を呼んではどうだ?」
「おおおおお、お呼び!!しても良いんですか!!!」
「うちでの生活を見て貰えば今の境遇を解って貰えるだろうし、
ラティも世話になったならお礼ができるだろう。
本を貸して貰ったお返しだ」
「わっわわ、分かりましたっ、行って来ますっ!」
「ああ、構わないぞ。ホラ、パーティ、パーティ」
「ああああ、あの、あの、あっ、はいっ」
ラティを自分のパーティに入れ、
パーティジョブ設定でラティのジョブを探索者から冒険者に。
ラティは冒険者Lv7になっていた。
昨日のハイライトはボス部屋だけで、
通路では同一パーティには入れていなかったのだからこんな物か。
ラティは1人ゲートを開き、王都に住むという友人の家に消えて行った。
ラティも出掛けた事だし、ついでに自分も買い物に出た。
***
酪には生クリーム化する前にコボルトスクロースを入れて甘くして置く。
スポンジの生地が用意できたので、
パピルスを折ったり貼ったりして強引に模った型に入れ、
エミーに頼んで窯を用意して貰った。
──160度に予熱したオーブンで25分から28分焼きます。
まず160度が解らない。
フライパンでホットケーキを焼く時宜しく、
水玉が跳ねる程度で宜しいだろうか。
そこから25分か。
焼き過ぎても困るし、余熱でも焼けるだろうから、
ここはキッカリ25分で様子を見よう。
なあに、生焼けならもう一度焼けば良いだけだ。
砂時計を持って来て、2回引っくり返して半分で取り出せと指示をする。
自分だと絶対見過ごすので、
こういうのはキッチリやってくれるエミーに任せるのが良い。
適材適所だろう?
果たしてスポンジは上手く焼けるだろうか。
材料は間違えようも無いが、
焼き加減だけは素人と玄人の差がはっきりと出てしまう。
自分はその他の料理の準備をしよう。
ヴィーはタコスを欲しがるだろうし、
ナズにも精の付く物を食べさせてやりたい。
タコスの生地を練るのは、
いつもならばジャーブだったりパニだったりヴィーだったりした。
今日は2人とも出掛けてしまったし、ヴィーは動かせない。
そもそも彼女のための祝いの席なので、本人に準備させるのも筋が違う。
もっとこう、スキルで簡単に捏ねられない物だろうか。
ウインドウォールでは切り刻まれてしまうだけで終わるだろうし、
サンドウォールに突っ込んだら砂まみれになってしまう。
魔法の線は無しだ。
スラッシュ?
まな板どころか机までぶっ壊れそうだ。
攻撃スキルの線も無し無し。
やはりスキルではどうにもならんな。
余りのボーナスポイント全てを筋力に振ってみる。
おおっ、これは良いんじゃないのか?
さっきまで生地の固さで握力を失いヘロヘロになっていた手が、
今はホットケーキの生地を抓るように軽い。
これがいつも生地を捏ねているヴィーの感覚なのだろう。
イシャルメダのポイントを振り分ける事ができたのならば、
Lv30分のポイントを筋力に振り分けてやれただろう。
そうしたらラーメン生地も軽く捏ねる事ができたのに。
やっぱりある程度Lvを稼いで固定させるしか無いのか?
パーティキャラクター再設定、・・・在ったらなぁ。
在ったらもっとロクサーヌやセリーが恐ろしい事になっていたか。
複数ジョブ持ちのロクサーヌとかセリーとか、考えただけでも恐ろしい。
歩く人間兵器だろうな。
(──ヴォン・・・。)
居間の戸はあれから開かれっぱなしになっている。
階段手前に設置された移動用の壁掛け絨毯に、
フィールドウォークのゲートを開いた音がした。
パニかラティが帰って来たのだろう。
「まあ、ここは室内ですね?」
聞いた事の無い女性の声が聞こえた。
ラティが友人とやらを連れて帰って来たらしい。
それもラティが先導せず、ゲストを先に送ったようだ。
で、ラティは?
──バターーーン!
物凄い音がしたので、多分それがラティだ。
勢い余って壁にでもぶつかったのか、轟音と共にちょっと家が揺れた。
どうしたものかと様子を見に向かう。
「あっ、あの!ラティさん?ラティさーーん!どっ、どうしましょう」
知らない女性は長身長耳であった。
この家に唯一存在しない種族、エルフである。
体躯を見る限り、まかり間違ってもドワーフでは無い。
エルフは他の種族とは異なり見た目で年齢が解らないし、
ドワーフのように耳の大きさで年齢を判断できない。
凡そ戦いには不向きな身体付きではあるが、
それでも以前はラティと共に迷宮に潜っていたメンバーと言う話なので、
人は見掛けに依らない。
何歳だか鑑定をしてみれば一発なのだが、
生憎ボーナスポイントは全て筋力に入れてしまっていた。
組み替えて捻出する事はできるのだが、
そんな事よりも今はその女性に抱えられているラティの方が重要である。
「おっ、おい!ラティ、どうした!」
「あ、あのっ、この家の方でしょうかっ!?
ラティさんがゲートを潜ってこちらに来た瞬間に倒れられてっ!」
あー・・・これは・・・MP切れだ。
Lv7の冒険者では王都まで往復+他人の送迎は厳しかったのだ。
完全に近い位に枯渇してしまって、意識を失ったのだろう。
この女性を送った後に直ぐに帰って来なかった理由として、
恐らくゲートを潜る前から気分が悪い状態だったのだ。
以前ラティが1人で向かった際には、
ある程度向こうで時間を潰してから帰って来ていた。
あ、いや、行きは自分が送ったので帰りだけだ。
正味1人分、そのMP使用量はたかが知れている。
今回はこの女性を迎えに行った訳で、消費MPは都合3人分だ。
図書館経由でこの女性宅まで向かって、
恐らく簡単な説明しかせずに帰って来た。
つまりあちらでの滞在時間は極僅か。
冒険者Lv7では3人分の王都への移動は不可能、と言う事らしい。
生地を触って粉だらけになっていた手を軽くシャツの裾でパンパンと払い、
ゲストの女性と共にラティを抱え、彼女のベッドに運び入れた。
「あ、あの、勝手にベッドで寝かせてしまっても宜しいのですか?」
「宜しいも何も、そこがラティのベッドだからな」
「ええっ、そうなんですか!?
ラティさんは奴隷の身分だとお聞きしたのですが」
「身分的にはそうであるが、ここがラティの部屋なのでな」
「ええ!?そうなのですね?・・・あっ、済みませんが、
ラティさんの主人であるお方にご挨拶をしたいのです。
今はご在宅でいらっしゃいますでしょうか?」
「ええと、ラティの主人であるアナは今2階にいるのだ」
「でしたら、呼んで頂いても宜しいでしょうか?」
「いや、まあ、うん。それよりも先に、ラティを起こさないと」
「あ、はい、そうですよねっ」
MPが尽きたならば回復薬を与えれば良いだけなのだが、
気絶してしまって居ては飲み込ます事が難しい。
パーティライゼーションで強壮丸を与えてみたが、
ラティは目を覚まさなかった。
気絶・・・と言うか戦闘不能状態から起こすには、
また別の一手が必要となるのだろう。
そういえば昏睡状態から強制的に目覚ませるアイテムが在ったっけな。
警策だっけ?
作って貰おうにも、ナズがアレではソレも不可能である。
「ラティさん、ラティさんっ!」
友人女性がラティのベッドの袂で彼女の顔を擦る。
体調は問題無いはずなので、眠ってしまっているだけなのだろう。
「MP切れに依る昏睡だと思う。
暫くすれば目を覚ますだろうから心配いらない」
「そう・・・なのですね?
ラティさんはちょっと前までは探索者だったと思ったのですが、
冒険者になられたと言う事は、まだ転職されて間もないのですか?」
「うーん、どうだろう。3日かそこらじゃないだろうか」
「3日!そのような状態でしたら私を送る事は大変でしたでしょうね」
そう言えばそうだった。
以前王都から帰ってきた際はまだ探索者であったので、
何処かの冒険者ギルドから送って貰って帰って来たはずだ。
アナと一緒に挨拶をさせた際も、
行きは送って帰りは冒険者ギルド経由で帰って来ていた。
なるほど、では初めて移動でMPの消費をした訳だな?
それではどの位の距離でどの程度消費し、
どこからが危ないかどうかも解るはずが無い。
ラティ、済まなかった。
完全に自分の説明不足である。
「そうみたいだな。以前1人で帰って来れたので、
大丈夫かと思って送り出してしまった。
自分の不手際で心配掛けさせてしまって申し訳無い」
「えっ?ええと・・・、
主人であるお方はお2階にいらっしゃるのですよね?」
「ああ、ラティの直接の主人はアナだ。自分はその夫だ」
「ええっ!?・・・ええと、お料理をなさっていらっしゃいましたよね?」
「そうだな、自分は料理も行う」
「えええっ!?」
「あ、うん。この家の家主であるユウキだ。
申し遅れてしまって済まなかった」
「まあっ!ではあなた様が!
私達を助けて下さったユウキ様だったのですね?
済みません、あの時は何のお礼もできず。
シャムシーと申します、その節はありがとうございました」
改めてエルフの女性が自分を認識したらしく、深々とお辞儀をされた。
「いや、礼など要らない。
逆にこちらが狩場の横取りをしてしまったような物だからな」
「そうは言いましても、
あの時助けて頂けなければ皆あの場で力尽きておりました。
その事は大変感謝しております」
「そうか、いや、しかし、済まなかったな。
もうちょっと早ければ、もう1人を助けられたかもしれない」
「夫の事ですね、大丈夫です。今は気持ちの整理も付きましたので。
それに・・・」
エルフの女性は腹元を擦った。
「私の愛する人は、私の愛せる物を残して行ってくれましたので」
そうだったのか。
この女性にしてみたら夫がいなくなり迷宮に行く必要が無くなった。
しかしそれでは生き残った他のパーティメンバーは困るだろう。
だが彼女が懐妊していたとなると、話が違って来る。
2人もパーティから外れる事になっては解散と言う道を選ばざるを得ない。
ラティがアレでは頼りになりそうも無い。
恐らくこの女性がラティと他のパーティメンバーを何とか繋いでいたのだ。
従って・・・ラティだけ締め出された、多分。
あれか?
投稿小説に多いざまぁ物だろうか。
パーティ追放されたラティは今こうして自称最強チート商人ユウキの下で、
能力を見初められ以前より良い暮らしを・・・。
いやいや、自分の過大評価が過ぎるな。
それよりもお目出度ならおめでとうと言ってやりたい所なのだが、
そんな空気では無さそうだ。
余計な事は言わない方が良いか。
最善は尽くしたのだから、この女性の夫を守る事は無理だった。
いや、そもそもこの女性ですら助かる事など在り得なかったはずだ。
それを彼女は理解している。
その縁があってラティがここにいて、この女性もここにいる訳だ。
良かった・・・とは言い難いが、
命を繋ぐ事ができた事は不幸中の幸いだと考えるしか無い。
「す、済みません、お目出度い席なのですよね?
湿っぽい話になってしまって、申し訳ありません」
女性の方から空気を呼んだ。
気配りの術を心得ている。
流石令嬢?
「い、いや、その。うん、子供が無事で良かった」
「お誘い頂きまして何なのですが、
本当に私がお邪魔してしまって宜しかったのでしょうか?
都合が悪いようでしたら出直すのですが・・・」
「ラティの事か?ラティは人を運んだ事は初めてだったので、
MPの管理と言う概念を知らなかったようだ。
ラティらしいが、自分の責任でもある。
驚かせて済まなかったな?」
「いえいえ、とんでもありません!
それよりも、まさかご当主様自らお料理をお作りになって、
皆さんに振舞われているとは思いもしませんでした。
本当に変わったお家なのですね?」
エルフの女性は自分の手を見てそう言った。
一般常識で言えば、料理人でも無い金持ちが他人を迎え入れるために、
自ら料理を振る舞うと言うのは変わっていると言える。
何ならラティがベッドに寝かされている時点で驚かれていた。
「そう・・・だな。自分は異国の出で料理の心得があるのだ。
こういった時に出す料理をいくつか知っているので、
今回は自分が率先して用意したのだ」
「まあ、そうなんですの!」
「それにウチでは基本的に奴隷は奴隷として扱っていない。
この家で生活している他の者も妻を除いて皆奴隷なのだが、
他の家よりはだいぶ緩く生活させている。
だから、ラティを身請けたいと言う提案は申し訳無いが・・・」
「あ、はいっ、そのお話はもう大丈夫です。
ラティさん自ら、今の生活が気に入っているのだと言っていました。
大事にして頂いているのだと。ちょっぴり羨ましい限りです」
再びこの女性はラティの頭を撫でた。
以前のパーティ内では仲が良かったのだろう。
寧ろ、ラティの心の拠り所になっていたのでは無いだろうか。
お嬢様であるはずなのにそれを鼻に掛けず、優しそうだし。
「そうか・・・じゃあ、それは良いとして。
こんなに早くラティが戻って来るとは思わなかったので、
まだ全然用意ができていないのだ、申し訳無いが」
「結婚式?をされると言う話でしたが、まだ準備中なのですね?」
「あ、ああ、そうなのだ。
うちの奴隷2組を婚姻させる事になったので、そのお祝いでな?
式と言っても自分は種族に伝わる婚姻の儀式を知らないので、
せめて自分の知っている料理を振舞おうと思って」
「まあ、そうなのですか?それは何とも心温まるお話です」
「うん、それで今回、お祝いのケーキを作る予定だったのだ。
今焼いているのだが、どうだろう。上手く焼けたかな?」
そう言って扉の方へ目を向ける。
焼く方はエミーに任せたが、
エミーだってスポンジケーキを焼いた事は無いだろう。
焼き加減を知らなければ取り出すタイミングを知りようも無い。
時間だけ正確でもオーブンの温度までは正確では無いのだから、
熱し過ぎて焦げてやしないかと心配になってきた。
「ラティさんからは、仕えている家は裕福なのだと聞いていたのですが。
ご当主様は迷宮に行く他に、色々な事をなさっていらっしゃるのですね?」
「あーえっとだな。自分は金持ちでも何でも無く、只の迷宮探索者なのだ」
「ふふふっ、ご謙遜なさらなくっても。
ラティさんのお話では毎日がとっても幸せだと言っていました。
どんな主人の元で暮らしているのかと、ずっと気になっていたのです」
「はは、そうなのか。
ラティに取って良い家だと思われているのであれば嬉しいな。
いつもラティには迷宮で助けられているのだ。
彼女の描いた地図を見た事があるかな?」
「ええっと、はい。何度か通路の簡単な見取り図を書いていましたね?」
簡単か。
それもそうだ、画版が無ければ迷宮内で筆を走らせる事は難しい。
覚えていた限りを宿に戻ってから描くとなると、
ラティの事だし殆ど覚えていられないだろう。
「ウチではこのような物を作って貰っているのだ」
ラティが描いたパピルスを1枚取り出して見せた。
精巧に描かれた、迷宮の完全な地図だ。
ええと・・・数字を見るに32とあるので、
これは先日トラッサで取った最新の地図だ。
そう言えば、つい先程清書を終えたと報告が有ったな?
「まぁ!これほど細かく精密に描かれた地図を見るのは初めてです!
ええと・・・ラティさんが!?これを?」
エルフの女性は、何度も裏表を確認して食い入るように地図を見回した。
彼女も迷宮探索者だったと言うのであれば、
地図だけを見て迷宮を探索している気持ちになれる事だろう。
しかし32層の魔物であるケープカープと戦った事は無いはず。
確か19層で全滅し掛けていた訳だし。
「ああ、そうなのだ。それを売ってラティは稼いでいる。
自分達よりも遥かに高給取りでな?凄い才能だ、ラティは」
「まあっ、そうなんですか!?ラティさんが?」
商売の話が出たのでついでに乗せて貰おう。
ここでカモーツの宣伝を捻じ込んで置く。
「そういえば、そちらの父上殿は商売をなさっているのだとか」
「はい、そうですね。最近私も父の手伝いを始めましたが、
商売の話は難しくって大変です」
「どんなものを商っているのかな?」
「生活雑貨が主ですね。
お店に卸す商売ですので、直接の販売はありませんよ?」
「そうか、いやな。以前ラティに持たせた飲料の事なのだが、
自分はあれを取り扱ってくれる相手を探しているのだ」
「まあ、あの不思議な香りの飲み物を、ですか。
家族で頂いてみましたが、
何とも言えない・・・不思議なお味ですね?
強い苦味がありましたが酪で割ると飲み易くなって、
それがクセになると言いますか。
香りも味も、これまでにないお飲み物でした。
どちらから仕入れられた物なのでしょう?」
仕入れ・・・は無いな。
原材料である果樹の原産地では無いが、
現地人でも製法を知らずにいるので産地はここと言う事で良いだろう。
「アレは自分が作ったのだ。うちの庭で栽培している木の実から作る。
今後はアレを高級な飲料として売って行きたいと考えていてな?」
「えええっ!?」
「まあそんな訳で、1つ父上殿にご相談をお願いしたい」
「もしや、そのために私を?」
「いや、そこは本当に結婚祝いの食事会なのだ。
飲料の件はついでなので、話半分位に聞いて置いて貰えたら。
ラティが本を借りたりして世話になったお礼を兼ねているので、
純粋に食事を楽しんで行って貰えればと思っている。
・・・当のラティが気を失ってしまっているが」
「はあ・・・そうでございますか」
「・・・う、うーん」
ラティがモゾモゾと動き始めた。
気が付いたらしい。
「おーい、ラティ、起きろ。朝だぞー」
やる気のない声掛けで、ついでに頬をペチペチと叩く。
「ふ・・ふにゃぁ・・・あさ・・・朝・・・ハッ!」
ガバッと体を起こしたが、再び倒れ込む。
貧血か?
「ラティ、目が覚めたか?」
「ラティさん、大丈夫ですか?」
「はっ、はわわわ、もっ、申し訳ありましぇぇぇんっ」
「いや気にするな。
お前のMPでは2人で王都から帰って来るには少々足りなかったようだ。
誰かを送迎するのはもうちょっと迷宮で鍛えてからにしよう。
帰りは自分が送る」
「はっ、はっ、は、はいっ、あ、あのっ、すす済みませんでしたぁっ」
「ふふ、ラティさん。慣れない方にはやっぱり昔のままですね」
「ええっと、ラティは当初からこんな感じだったのかな?」
「そう・・・ですね?
今は私相手ならば普通にお喋りできると思うのですが、
初めてお会いした頃はこんな感じでしたね」
「ではやはり、自分にはまだ慣れていないだけなのかな?」
「さあ、どうでしょう?とても尊敬しているのだと言っていましたよ?
恐れ多くって上手く話せないのだとか」
「ああああああわわわ、シャ、シャムシーさん、だ、だめ、駄目ですぅっ」
「そっ、そうか、それなら良いんだ。
ラティ、復活したなら暫くこちらの方と話しをしながら待っていてくれ。
まだ準備ができていないのでな、自分は調理に戻る」
「は、はいぃっ!」「お待ちしておりますね?」
──バタン。
来客した友人にまで世話を掛けてしまう辺りがラティっぽいが、
彼女相手ならばラティも普通に話すのか。
羨ましいな、それだけ信頼があるのだろう。
ラティに普通に接して貰うためには、
まだまだ自分は超えなければいけないハードルがあると言う訳だ。
・・・恐れ多いか。
ヴィーと食事を巡って争う位には自由奔放のようだが、
自分に対しては一応それなりの敬意を払おうとしているようだ。
奴隷に落ちてからでは無く、
探索仲間を求めていた時に迎え入れていたならば、
もう少し彼女の態度は違っていたのだろうか。
・・・いや、それは無いな。
ラティの友人自ら、昔はこうだったと言っていた。
あれが信頼度0のデフォルト状態なのだ。
主従関係で無くったってラティはラティなのだろう。
通路を隔てた隣りのキッチンからは甘く焼けた良い香りが漂っていた。
そして既に机の上には釜から出されたスポンジケーキが乗っている。
エミーが焼き加減を見ながら取り出してくれていたようだ。
勿論見えるのは上面だけであって、
横はパピルスが覆っているので断面までどうなっているかは定かではない。
それでも狐色になったスポンジケーキの焼き具合には概ね満足である。
エミーもクルアチも、興味津々に自分の次の一手を待っているのであった。
さて、デコるぞ!
∽今日のステータス(2022/09/21)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv72
設定:探索者(72)魔道士(50)勇者(40)
道化師:下雷魔法・荒野移動/知力中・知力大(46)
僧侶(49)目利き(46)薬草採取士(49)
・BP170(余り1pt)
キャラクター再設定 1pt 7thジョブ 63pt
獲得経験値上昇×20 63pt 詠唱省略 3pt
必要経験値減少/10 31pt ワープ 1pt
MP回復速度×3 7pt
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv72
設定:探索者(72)魔道士(50)勇者(40)
道化師:下雷魔法・荒野移動/知力中・知力大(46)
僧侶(49)目利き(46)薬草採取士(49)
・BP170
キャラクター再設定 1pt パーティジョブ設定 1pt
パーティ機能解放 1pt パーティライゼーション 1pt
MP回復速度上昇 1pt 7thジョブ 63pt
詠唱省略 3pt
STR 99pt
・繰越金額 (白金貨30枚)
金貨 73枚 銀貨 35枚 銅貨 48枚
食材購入 (25й)
卵 × 5 25
アイテム購入 (2000→1400й)
酪 × 5 2000
銀貨-14枚 銅貨-25枚
------------------------
計 金貨 73枚 銀貨 21枚 銅貨 23枚
・異世界112日目(朝)
ナズ・アナ106日目、ジャ100日目、ヴィ93日目、エミ86日目
パニ79日目、ラテ58日目、イル・クル55日目、イシャ29日目