§279 同行者
降りしきる雨音が聞こえる中、
じっとりと汗ばむ息苦しさと気怠さで目が覚める。
梅雨の末期特有である蒸し暑く不快な空気の中で、
エアコンも無ければ除湿器も無い旧時代の人々は逞しい。
かつての自分であるならば、間違い無く文明の利器に頼っていた。
せめて扇風機位は欲しい。
この時代の扇と言えば奴隷に扇がせる天幕式の大扇であって、
便利な団扇なんて物がある訳も無い。
大体ウッツに骨組みを作って貰った際は、
ナズにスープでも掻き混ぜさせるのかと言われた。
そういえば団扇、2枚作ったじゃないか。
1枚はナズの髪の毛を乾かす事に使っていたが、
もう1枚は納戸にしまったままであった。
とすれば、引っ越し道具の中に紛れ込んでいるはずだ。
もう1つはまだ骨だけであるが。
・・・また勝手に抜け出すと、この隣人たちは気が休まらないだろう。
まだ寝ているナズと軽くキスをして、アナとも軽くキスをした。
これで大丈夫だ。
キスする時にナズは覚醒したし、
アナも身を起こす前だったので完全に主導権を取れた。
どうせ直ぐ戻って来るのだから文句は言うまい。
パッとフィールドウォークで旅亭間を移動し、
引っ越し道具の中に挟み込まれていた団扇の1つを引き抜いて戻って来た。
後はベッドに腰掛けて、2人にも当たるような角度と強さで扇ぐ。
ソヨソヨソヨ~。
風が心地良い。
が、当然の事ながら扇げば熱量が発生する訳で、
腕も疲れるしトータルで言えばプラマイゼロ位だ。
反対側の腕と顔が涼しいのでギリギリセーフか。
そんな事をせずとも迷宮に行けば涼しいのだから、
本格的に涼を求めるならば中間部屋でも行けば良いのだ。
うーん・・・扇風機の構造位ならば自分にも解るので、作って見る?
幸いな事に、木ギアとシャフトは最も硬いと言わしめる木材で既に作った。
後はゼンマイと羽部分だ。
プラスチックが無いので、鼈甲を張り合わせれば良い。
本当にスチームパンクが出来るかもしれないな。
流石にボイラーの機構なんて解りっこないが。
暫く扇いでいると、アナが代わりますと言って手を伸ばして来た。
良いんだよ、これは。
団扇は自分で扇ぐための物だ。
恐らく奴隷に扇がせる専用のモップみたいな構造物ならあるのだと思う。
そんな事はさせないよ、君たちは大事な愛人なのだから。
***
食事を終え、エミーが机を片付けて行く。
迷宮がお休みになっている一団には今日も版画の作業を続けて貰うのだ。
自分は今日も今日とてする事が無い。
また酒を浴びても迷惑を掛ける事だし、かといって他にする事も無いし、
本当に主人の業務とは退屈で悩ましい限りだ。
だからなのか、奴隷を弄んだりして暇を潰すのは。
まったく碌でも無い。偏見かもしれないが。
えーっと、そうだな。
折角昨日の酒場で別の酒も見付けたんだ。
それも買って行こう。
アラ・・・何とか・・・いや、アラだ。
変な名前である。
異文化にはまだまだ慣れない。
甘酒と焼酎を足して2で割ったような、
フルーティで飲み易い、それでいて悪酔いもしない良い酒だった。
ホドワで出してくれるカクテルやミードも中々だったが、
自分にはこちらの方が合っている気もした。
米文化で育った訳だし?
米の酒の方が親和性もあるって事だろう。
ビールがあれば尚良いのだが・・・恐らく炭酸が。
・・・貴重品なんだろうなあ。
帝国解放会の宴席で出て来る位には。
こちらのビールはいわゆるクラフトビールと言う奴で、
風味付けはホップじゃ無いし味も甘かったり辛かったりするようだ。
喉越しや苦みなんてのは日本のビールだけだと聞いた。
期待するだけ無駄である。
版画組の仕事はジャーブとアナそれぞれに任せ、
自分は例の商店へアラを買いにやって来た。
大瓶1つで1000ナール。
エールの樽が1500ナールだったので量は大体同じ。
それならばエールより安い。
尚且つ飲み易く旨い。
晩酌用に1つ・・・いや2つ買っとこうか。
この大きさなら一気に2つ、持てない事は無い。
ついでにホドワの酒場にも紹介したい。
マスターは珍しい酒に目が無いそうだ。
この前の魚骨酒も喜んでくれていたし、ではマスターにも1つ。
結局合計して3つを買い、頑張って自宅の納屋に運んだ。
納屋には既に扉が作られていたので、
これならば盗られそうもない荷物は堂々と持って帰っても良さそうだ。
内側に鍵を付けられないだろうか?
壁掛けを設置して置けば、もう誰も入れないぞ。
必要な時に外せば良いのだし。
後で頼むか。
このままホドワの酒場へ向かっても朝は仕込の邪魔になるだろう。
昼前頃に行けば良い。
一旦プタンノラの旅亭に帰り、持って帰れそうな荷物を抱えて往復した。
石鹸や使用しない分のランタン、シーツにしていた布類、
魚骨酒の瓶、練り酒の瓶、それから食器類だ。
服は着替えのローテーションで必要だし、
桶類は版画の際に必要なので、後は自宅に戻る時で良い。
しかし今持って行ける全てを運び終えても尚、
時間は大量に余ったままである。
何せゲートを挟んで1歩の距離なのだから、
部屋の中で移動させる位の時間しか経っていないのだ。
じゃあ、扇風機の図面でも書くか?
・・・と言っても、ホドワの家では全く必要ないんだよなあ。
朝晩は程々に涼しいし、日中は暑くなるが迷宮に行くのだし。
そもそも石の家は冷んやりして、日陰であればそこそこに快適だった。
やはり湿度だよ、凶悪なのは。
こちらの国は暑い。
寝具が通気性の良い麻布と言うのは納得であった。
泥落としの玄関マットに最適そうなので、
ついでに小さめの布を2枚買って置くか。
下駄箱として小さい棚も買って置こう。
麻布を売っていたのはサンドラッドの商店街だった。
早速向かって2枚を買い付け、垢すり用として薄手の物をもう1枚買う。
お風呂で体を擦っていた際に、
これまでずっと手拭いだったので物足りなかったのだ。
柔らかい布では刺激が足りない。
もっと擦られた感じが欲しい。
お風呂への情熱は尽きる事が無いのであった。
それを以てしても、まだまだ時間は余る。
朝食後から1時間も経っていない。
ダイダリの迷宮はこれ以上行っても攻略を進められないし、
そもそもが1人だ。
これがミチオ君ならば、
デュランダルとオーバードライブがあれば、
理論上どこまでも進めるだろう。
自分の体力では無理だ。
自分の体感する時間や消費する体力は本来の物と変わらない。
絶対途中でへばる。
意味の無い事はしない、それが自分流。
だとすれば、暇潰しにはアルバブールの迷宮だ。
こちらには一度も行った事が無い。
迷宮の外観を見るために1度送って貰ったっきりだった。
せめて1度位は中に入って置こう。
フィールドウォークでアルバブールの迷宮の近くに在った樹木を指定する。
ゲートを潜って出て見ると、小雨が降っていた。
丁度木の袂は雨宿りができるようで、
他にここを指定する冒険者や探索者が出て来ない位置まで避けて、
この辺りの様子を窺った。
ダイダリの迷宮周辺は湿地帯であったが、ここら一体は荒れ地である。
所々に小さく固まった草が生えているが、それもかなり疎ら。
低木もちらほらと見えているが、
迷宮の袂にあるような太い木は稀である。
迷宮の自由意思でこの木の横に口を開いたのか、
たまたま出現した位置の傍にこの木が在ったのか。
それは迷宮そのものに聞かねば判るまい。
人が寄り付けないような変な場所に出る事もあるのだと言うし、
お前は人を食いたいのか人に殺されたくないのか、どちらなのか。
放置すれば魔物を撒き散らして人を呼び、
人が入れば彼らを寄せ付けないように、
魔物の群れが、魔物の部屋が、やって来た侵入者を襲う。
寂しがり屋の構ってちゃんだ。
迷宮はヤンデレだった。
迷宮の割と近くの低木には赤い実が生っているように見えた。
あんな近くで実が生っているのにも関わらず、
誰もそれをもいで食べたような形跡が無い。
食べるに不向きなのだろうか?
気になったので近寄ってみた。
なあに、小雨が降っていようがちょっとだけなら大して濡れまい。
実は赤や黄色、やや紫に黒ずんだ物も含めて見た目が綺麗で、
特に熟して紫色になった物からは甘い香りがした。
甘い実ならば食べられると思うのだが、
迂闊に異世界の知らない植物の実は食べない方が良い。
花も付いているようで、花からは知った香りが漂っていた。
朝晩に良く飲むジャスミンティーの香りだ。
ジャスミンと言う名前かどうかも知らないし、
この花がジャスミンなのかどうかすら知らない。
自分は植物博士では無いのでな。
多分ジャスミン自体はハーブで野草なのだから、
自分に解る事は絶対これでは無いと言う事位だ。
これがいわゆる物語の主人公、例えばミチオ君のような人物であれば、
この花はどうだとか、この実はどうだとか、この香りはどうだとか、
地球に生えている物と比較をして食べられるかどうかが判るのだろう。
知らん。
でも綺麗だし良い香りだし、気になるので幾つか持って行きたい。
食べられるなら食べてみたいが、放置されているようなので期待はしない。
この花が本当にいつも飲んでいたハーブティーの原料であるならば、
煎じたら飲めるかもしれない。
持って帰ってエミーに聞けば判るだろうか。
花と青い状態も含めて熟れ具合の違う4種類をポーチにしまった。
もぎった手には、甘酸っぱくフルーティーな香りで一杯になった。
一応毒があっても困るので、アクアウォールを出して洗う。
そういえば直接手をガッツリ突っ込んだ事は無かったが、
中に手を入れてバシャバシャと洗うと手の平がピリピリと痛んだ。
Lv40だしな・・・。
あまりやるものでは無い。
探索者のLvが勝っているからピリピリ位で良いかもしれないが、
全然ジョブLvが育っていない者・・・、
例えばクルアチなんかに手を洗うよう命令したら、
腕ごと千切れてしまうかもしれない。
便利だが恐ろしい。
使い所を考えないと。
思えばお風呂に浸かりながら壁魔法なんて、出して良い物では無かった。
怪我しなかっただけまだマシで、今更過ぎて後の祭りだ。
「xxxxxxx?xxxxxxxxx!」
そのまま迷宮に入ろうとした所、知らない男から声を掛けられる。
生憎人間語は判らない。
探索者ならブラヒム語でお願いしたいが、
相手はエマーロのようだったので、そうで無くっても恐らく通じる。
と言う事はこのエマーロ、
人間語で喋って来た訳だから第二、第三言語の話者なのか。
羨ましい限りだ。
「済まない、人間語は判らない。ブラヒム語かエマーロの言葉で」
自分がどの言語で喋ったかは不明だが、
相手は自分に理解できる言葉で返して来た。
「お?人間なのに分かんないなんて変な奴だな。まあ良いや。
さっき拾ってたその果実、とても食べられた物じゃないから、
悪い事は言わんから止めとけ。
アンタ若そうだし、この辺は初めてなのか?」
「えーっと、そうだ。フローダルの出身で、この辺には疎い。
これは良い香りがしたので、食べられないかなと思ってな。
丁度持って帰って誰かに聞こうかと思っていたのだ」
「ぷっ・・・ははは、そうか、それ、滅茶苦茶酸っぱいからな。
酒にもジュースにも加工できないし、どれだけ熟れても酸っぱいまま。
腐ったら苦いし、豆の方だって煮ても焼いても苦い。
花や葉っぱも渋いし、根や茎も苦いから残念な果実だよ」
「えっ、これ酸っぱいのか!
・・・パッと見た目には良い香りなんだがなあ」
「そういうこった。
流石に腹は壊さないと思うが、赤いの齧って見れば分るぜ」
「ほう?・・・(カリっ)」
・・・・・・・・・・・・・・すっぱ!
滅茶苦茶酸っぱい!
シークヮーサー?も真っ青な酸っぱさだ。
いや、シークヮーサーを生で齧った事なんて無いけどさ。
「うええええ・・・本当に酸っぱいな!確かに、これは駄目だ」
ぺっぺっしながら口に入れた果実と唾液を吐き捨てる。
男はニヤニヤしながら更に付け加えた。
「一応食えない事も無くってな。
蜂蜜酒にほんの少し削って入れたりする事もあるらしいが、
まあ基本的に酸っぱいのと苦い。甘いのは匂いだけだな。
虫が寄って来るからそれすら嫌われる」
ああ、まあ、そうだよね。
これだけ甘い香りがすればハエやら変な虫やら一杯集まって来そうだ。
そうかー食べられないのか、残念。
一応皆には珍しい物だろうから、持って帰って見せびらかそう。
ジャーブやヴィー辺りに齧らせて反応を見るのも面白そうだ。
べ、別に虐めたい訳じゃないぞ。
ただ単に珍しい物を共有したいだけだ。
「そうか、色々ありがとう。
自分の国の連中には珍しい物だろうから、
ちょっと土産に持って帰って反応を楽しむよ」
「ははは、あまりやり過ぎて喧嘩にならんようにな。そいじゃ俺はこれで」
男は手をひらひら振って迷宮に入って行った。
1人で潜るのだろうか?
ともすれば初心者なのかな?
自分もこの迷宮に入れるのは1層だけだから、
追い掛けて見付けられなかったら別のフロアと言う事になる。
彼の後を追って入ると、
先程の男は1階のエントランスを少し進んだ所にいた。
「ちょっと待ってくれ、ええと名前、名前」
「うん?まだ俺に用か?俺はヴォーダンだ」
「そうか、ヴォーダンは1人か?自分はユウキと言う。
1人で行くなら一緒にパーティを組まないか?」
「えっ?良いのか?」
「ああ、折角知り合った縁だ。
自分はこの迷宮が初めてで1層からしか潜れなかったから丁度良かった」
「そうか、それじゃ宜しく頼むぜ、相棒」
「宜しく」
彼は腕を曲げて差し伸べた。
二の腕で、或いは肘で挨拶をしたがっているのだと思う。
こちらもそれに応えて腕を出す。
エルボータッチで挨拶を交わし、
自分はアイテムボックスからミスリルジャケットを、
ボーナス武器1のマサムネを取り出した。
デュランダルはやり過ぎだ。
絶対引かれる。
弓も有り得ない。
魔法で戦うのはもっと無い。
この位ならちょっと強い奴程度を演じる事ができる。
「えーっと、俺は探索者に成って無いんだ。パーティを頼んでも?」
「ああ、勿論だ。友に答えし信頼の、心のきよむ誠実の、
パーティ編成!」
ヴォーダンをパーティに誘う。
即座に決定をして、彼は自分の仲間に加わった。
さて、これから彼を生かすも殺すも自分次第・・・では無くって、
一応ステータスを見させて頂く。
・ヴォーダン エマーロ ♂ 19歳 村人 Lv4
銅の剣 皮の手袋 皮の鎧 皮のブーツ
設定:村人 Lv4
取得:探索者Lv1 農夫Lv1
「ここは初めてなので先行は任せるよ。
他の迷宮ではある程度先に行っているんだが、
ここではヴォーダンの援護をしよう」
「分かった、あんまり自信は無いが宜しく頼む」
ヴォーダンが先行して進み、出て来たのはニードルウッドであった。
彼は真っ先に駆け出して行き、まずは両手剣で一撃を与えた。
ニードルウッドの回して来た腕を剣先で止め、
そこからカウンターの一撃を放った。
中々良い動きだ。
自分も駆け出して行って縦に裂く。
スルッと剣が通ってニードルウッドは2つに割れて煙へ変わった。
ふむ・・・。
Lv65ともなれば1層の敵はボーナス武器1でも1発か。
「お・・・おい、アンタ一体レベル幾つだ」
「ま、まあそんなに強い訳では無いがな、この剣が良いのだ。
じいさまの形見でな」
「へ、へぇ・・・羨ましいな。
俺なんかやっとの思いで買ったのがこの銅の剣だ」
「元は何だったんだ?家は農業でもしてたのか?」
「よっ、良く分かるな。うちは兄弟が多くってな。
兄たちが農園を継ぐ事になったら下の兄弟には何も残らんからな。
1つ上の姉貴は食堂で働き出したが、一番下の俺は他に芸も無くってな。
せめて農場へやって来る魔物を倒せる位になれれば、
まだ家にも席があると思って頑張ってるんだ」
「偉いじゃないか。
そのまま独り立ちするのでは無く、家のためと言うのが実に偉い。
自分なんて家からこれを盗んで飛び出して来た感じだ」
「へぇなるほど。そんだけのモン持って行っちゃあ、合わす顔も無いわな」
「そうなんだよ、それで転々としながら今日初めてここに来たって訳だ」
「俺はいつも1人で3層まで行くのが日課だったんだ。
ユウキの旦那は他の迷宮に潜ってたんだろ?どこまで行けるんだ?」
「ダイダリの迷宮なら9層は行けるな。
ただし出て来る魔物の構成にも依るから、苦手なのが出たら困る。
あっちはパーンとかラピッドラビットが出るのが後の方らしい」
「へー、そうなのか。こっちは・・・どうなんだろうなあ。
ニードルウッド、スパイスパイダー、ミノの順だぜ」
低階層のミノのボス、ハチノスは革を落とさない。
頑張って倒してもお宝はごく稀だ。
とすると彼の戦利品はブランチ、リーフ、偶にスパイダーシルク、
そしてスパイスと皮だ。
頑張って銅の剣を買えるまでは、もっと安い武器で頑張ったのだろう。
Lv5に至っていないので、戦士も剣士にも就く事ができない。
探索者には直ぐ成れるはずなのだが、転職はしていないようだ。
戦士や剣士目当てなのだろうか。
続いて出て来たニードルウッドを、今度は横に切り裂いた。
「こんなに簡単に倒されちゃあここで戦う意味は無えな。
旦那、悪いが3層突破したら4層の探索をお願いしても?」
「ああ、構わない。道順が判らないので、そこまで頼む」
「よし来た、じゃあ最短で行くぜ。助かるよ」
***
成り行きで仲間になった即席のパーティで、
気の良さそうな男と共に階層を進めて行った。
探索者無しでソロで籠る場合は、
順番に階層を突破して行かなければ目的の狩場へ辿り着けないのか。
それでは効率が悪いと思うのだが、
そうする事で魔物の攻撃パターンの復習など、
時間を掛けて経験を積む事に繋がっている訳だ。
そしてある程度の対処法を覚えてから、晴れてパーティを組むのだろう。
いきなり初心者同士、Lv1のままパーティを組む訳では無い。
とすれば、自分が無双して彼をパワーレベリングさせてしまうと、
本来彼が覚えるべき魔物の習性や特徴をすっ飛ばしてしまう事になる。
それは彼のために成らない。
精々ちょっと稼がせてやる位にしないとだ。
経験値取得倍増のボーナススキルを解除し、
代わりに結晶化促進を最大で振って見た。
魔結晶は随分前からボーナス倍率で育てていなかったが、
折角なので以前アナの目の前で黒から紫に変えた物を懐へ忍ばせた。
「旦那は強ェなあ、もうハチノスだよ。
こいつは全然アイテムを落としてくれないが、たまーに革が出るんだ。
そん時は一杯やって帰るんだが、今日は出ると良いなあ」
目利きは通常ドロップ率アップも有効になるのだろうか。
下駄を履かせられるのはレアアイテムだけなのか、気になる所ではある。
仮にレア枠の無い魔物もドロップ率の下駄を履かせられた場合、
低階層で高難度のボスアイテムを狙える事になる。
そうであれば有用だ。
実験すべきだろう。
ボスの待機部屋での順番待ち中にジョブを入れ替えた。
「そういえば探索者には成らないのか?」
「ああ、そういう手もあるかもしれないが、俺はやっぱり剣士だな。
剣士の方が力は付くし、集落での聞こえも良い。
農家としては何かって言うとやっぱり武人の方が大事にされる。
そりゃアイテムボックスがありゃ買い出しには便利かもしれないが、
買い物を頼まれる位の空間を手に入れるには、
これまた時間掛けて修行を積まないとだ。
時間掛けてまでして補助職よりかは、やっぱり剣士の方が良い。
戦士だと剣士よりも火力が落ちるって話だから、
武器も良い奴を選ばなきゃならんが、そんな金の余裕は無いしな」
「戦士から騎士や賞金稼ぎになる道も無いのか?」
「そんなに俺は強く無いからなあ・・・。
畑周辺に出て来た魔物を散らせればそれで良いんだ。
結局自警団へ入る事になるんだし、
賞金稼ぎだと逆に狙われる事もあるからおっかなくって」
「なるほどな、所変わればジョブも変わるって事か」
「場所じゃなくて生まれ育ちや立場かな?」
「剣士の先は何か良いジョブへ成れないのか?」
「屠竜士なんて俺にはとてもとてもっ。
ドラゴンなんて見たら俺は逃げさせて貰うね、勝てっこ無い。
自警団の連中だって見掛けたら素直に騎士団へ駆け込むよ」
うん・・・?
聞いた事の無いジョブが出て来た。
剣士の先に何かあるかどうか、
ブラフで聞いてみたつもりだったが、やはりあるようだ。
そりゃそうだ。
戦士に有って剣士に無い訳が無い。
それが?ドラゴンを倒す?
トリューシとか言ったな。
屠殺?竜を?
ドラゴンスレイヤーって事か。
ならば剣士のスキルのスラッシュで、
ドライブドラゴンやランドドラゴンに止めを刺せば良いのか?
これまた勇ましそうなジョブだし、勇ましそうなスキルがあるのだろう。
彼は無理だと言っていた。
30層には潜れないのだ。
騎士に就くのだってその位が要求される。
戦士Lv30だろう?
運良くドラゴンとは出遭わなかったとしても、
その位の階層へ潜れる実力が無いと騎士には成れないのだ、本来は。
自分はズルしてジャーブを更に上級職へと就かせてしまった。
彼は作物を荒らす低階層の魔物を追い払えればそれで良いのだと言う。
身の丈に合った、家族の役に立つポジションで収まろうとしている。
迷宮に潜ろうとする者達も様々なのだな。
***
ハチノスからは期待通り革が出た。
結局の所目利きのドロップ率アップは通常枠にも有効なのかどうか、
試行回数がたった1回で判るはずなど無かった。
たまたま運良く出ただけなのかもしれないし、
下駄を履かせた結果出たのかもしれない。
それでもヴォーダンは久しぶりの革を手にして喜んでいた。
4層はエスケープゴートが出て来て、
ボス部屋まで進めたが相手はパーンだと言う事で、自分は身を引いた。
当然彼も行く気はさらさら無いようだ。
剣士に成れればそれで良いらしいので。
序盤に経験値取得上昇で盛った状態の自分がある程度倒してしまった事で、
村人Lvはだいぶ初期に5へと上がってしまっており、
4層のボス部屋到着時には戦士と剣士、薬草採取士と、農夫。
ついでに僧侶が解放されていた。
恐らく過去に素手で魔物を蹴散らしたのだろう。
1人で3匹が出る4層は厳しいのだし、1人で潜るのはいつも3層まで。
安全マージンを取って地道に努力する彼の姿勢は正しい。
無謀に迷宮で散る事は、家族だって望んでいないだろう。
ただ彼はもう目標の剣士に就く事ができるので、
「行けそうだぞ?」とだけ言って背中を押してやった。
拾ったアイテムと育てた魔結晶は彼に譲り、
パーンの待機部屋から1階層に戻りそこで彼と解散した。
報酬の半分を申し出られたが、
自分は道案内して貰っただけでも十分だと説明し、
全て持ち帰ってもらった。
探索者に頼んで各階層へ送って貰うとなると銀貨9枚分である訳なので。
半日ではあったが有意義な出会いであり、
また1つ自分はこの世界の条理を知れたのだった。
∽今日のステータス(2022/04/15)
・繰越金額 (白金貨29枚・利用券2枚)
金貨 74枚 銀貨 5枚 銅貨 22枚
食品店 (3000→2100й)
アラの大瓶 ×3 3000
雑貨店 (1800й)
麻布 ×3 900
小さい棚 900
金貨- 1枚 銀貨+61枚
------------------------
計 金貨 73枚 銀貨 66枚 銅貨 22枚
・異世界81日目(朝)
ナズ・アナ76日目、ジャ70日目、ヴィ63日目、エミ56日目
パニ49日目、ラテ28日目、イル・クル25日目
プタン旅亭宿泊11/20日目 シュメ旅亭宿泊11/20日目
・アルバブールの迷宮
1 ニードルウッド / ウドウッド
2 スパイスパイダー / スパイススパイダー
3 ミノ / ハチノス




