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異世界迷宮の追従を  作者: えぁりん
♯第冊章 実験
286/394

§273 実験

プタンノラの旅亭での食事を終え、作業を再開させる。


印刷組は前回と同じく、3層から4層を各30枚、

5層から6層の30枚を刷り終えたようだ。

次の階層辺りから地形がより煩雑になり、

インクを付け過ぎると失敗する可能性が出て来る。


上手に適量を落とす事を覚えて欲しい。

インクやパピルスはエミーが買いに走っているようだ。

偉い。


木彫りの作業の方が大変だと思うが、

ラティは既に慣れた手付きでサクサク彫れる腕前となっており、

ナズも覚えが早く既に11層まで仕上がっていた。

午後はジャーブにもやらせよう。

3人態勢で、ひとまず30層まで彫って頂きたい。


その前に、ラティは後半戦の2枚以上に跨った地図の統合作業かな?


両チームとも仕事に問題が無い事を確認し、

自分は再びシュメールの時計亭へ構えた実験室に戻って来た。

いや、ただの宿屋の一室だけどさ。


早く自宅に移りたいなあ・・・

掃除の為に部屋へ入られ、シャーレに入ったカビを見られたら、

普通に考えて生ゴミだと思って捨てられるだろう。


それにこんなガラス器具が所狭しと机の上へ並べられていたら、

騎士を呼ばれるかもしれない。

何せここは技術者を場外に出す事を禁じられているのだし・・・。


やばっ。

そう思うと、ここで道具を放置したままにするのは宜しく無い。


大きな布か何かで覆って置くべきだろうか?

気になってめくらないとも限らないしそれでは意味が無いな。

ま・・・まあ良い。

その時はその時だ。

オーバードライブで無双して脱出だ。


あ、名前が旅亭にバレている。

アララビ商店にも名前を繋いでしまっている。

どこの誰が買い付けたかも申請証に依って割れている。

何処からやって来たかも言ってしまっている・・・。


場合に依ってはホドワまで騎士が追って来るかもしれないし、

下手を打ったらトルキナとシュメールで戦争になるかも知れない。

駄目じゃん。

詰んだ?


いや、まだ詰んで無いよ。

見付からなければ良い話だ。


ドキドキしながら実験を再開した。

取り敢えず後でシーツを持って来て被せよう。

そっちは沢山ある事だし。



   ***



ペニシリンの抽出過程は6つのステップがあるようだ。

濾過、溶解、分離、吸着、剥離、濃縮だ。


まずは濾過のために先程買った綿の糸を、

りを戻してほぐし、ねて綿わた状にする。

綿わたその物を買えば早いのだが、そんな物は雑貨屋に置いていない。


雑貨屋に置いてある物は綿わたでできた製品であって、

一般市民は綿わたから何かを作る事なんてできっこない。

そんな技巧があればそういう仕事に就いている訳で、

ハンディクラフト用の少量の綿わたなど売っていないのだ。


綿わたその物を扱うのは製糸を行う商人の所だろうが、

そういうのは大体産地に建てられるのであって、

こんな町中に工場などある訳が無い。


工場どころか生産者が直接糸を結っているかもしれない。

何せこんな時代なのだし、機械化された工場なんて絶対に有り得無い。

奴隷による手作業だろう。

富岡製糸工場のような過酷な環境が予想される。

アレは絹糸の工場だったが、やる事はほぼ同じだ。


地球の歴史で見ても、旧時代綿花の世界的産地といえば古代エジプト。

綿花の収穫や綿糸の作成は、主に奴隷の作業だったとか。

ここの世界でも似たような物なのだろうな。


ぶつくさ言いながら、1巻きの糸玉を綿わたに変えた。

これをガラスコックがある入れ物の底に、パピルスで覆って漏斗を作る。

青カビをウォーターウォールの純水で伸ばした液体を注ぎ、

固形物を取り除いた。


ガラスコック付きビーカーの下に付けられたガラス管を伝って、

下に置いたビーカーへ透明な液体が注がれた。


その液体に油を入れるのだそうだ。

オリーブオイルは何だか癖がありそうだったので、

パームオイルを使用する。


油と一緒に掻き混ぜる事で、

水溶性の物質と脂溶性の物質に分けるそうだ。

ペニシリンは水溶性物質らしく、

油に溶けている物はカビの毒素。


それが何であるかまでは詳しく書いていないが、

カビなんて普通に食べたら腹を壊すので、これは危険な物質なのだろう。

ここで作成したピペットが役に立つ。


水と油は直ぐ分離するので比重の軽い油であれば当然上になる。

上澄みだけをピペットで掬って捨てる。

ガラス以外の容器では内容物が横から見えないし、

液体を捨てようと傾けた所で、

中々上澄みだけを選んで捨てる事は難しい。


ドレッシングを掛ける際にシャカシャカする人が多いが、

ドバっとサラダへ掛けてやれば上と下の層が均一に流れ出るので、

振りまくったとしても殆ど意味を為さない。

つまりスポイトやピペットでなければ、

分離している油分を捨てるには難しいと言う訳だ。


さて、油分を分離した液体にはまだまだする事が残っている。

工程の3番目、分離は意外と大変なようだ。


この著者が言う「文明」とやらが崩壊した後に、

スポイトやら遠心分離機をどうやって手に入れるのだろうか。

日本なら学校の理科室にある程度置いてあると思うが、

著者は外国人のようで、翻訳された書物のようだ。


外国の学校の事情は知らない。


油分を取り除いた液体には、

水溶性の物質と不溶性の物質が残されている、・・・らしい。

そう本に書いてあるから、そうなんだろう。


自分の見た目には、どこからが溶けている物質で、

どこからが溶けていない物質なのか判断できない。

いやきっと誰が見てもそうだろう、ただの透明な液体だ。

これを遠心分離器で強制的に分離させ、

溶けない物質を強引に沈殿させるのだ。


早速遠心分離機を取り出してみた。

取っ手をクルクルと回すと柱と腕が連動して回り、

腕の先の機工物はぶらんぶらんと揺れる。


おおっ、良いんじゃないのか?

検品検査官が玩具だと称したのも判る気はする。

これだけ見ていても十分楽しい。


が、今は真面目な時間だ。


先に出荷されたガラスシリンダーをケージから2つ取り出し、

液体を2つに分けて注ぐ。

まだまだ溶媒の方が多いので、

全てを分離させるには後3回はやらなければならないだろう。


遠心分離機の腕の先にセットされたシリンダーは、

その重みでブラブラと揺れていた。

完璧では?


細工師たちの技術力は思った以上に高かった。

知識やアイデアが無かっただけで、その腕前は職人のそれである。


レバーを回して回転力を徐々に上げて行き、

液体を分離させた。


・・・いや、させたけどさ。

どの位やれば良いのこれ?

書いてないよ、そこまで。

何分間?回転数は?

色も変わらないんじゃあ、分離したかどうかの見極めもできないよ?


この手の本はそういう事がいい加減である。

「こういった事ができますよ。へー、そうなんだ」

位の知識までしか与えられていない。


本格的に作りたいのであれば、それ専用の書物を持って来るべきだった。

いやまあそんな本を読んだところで、

高度な精密機器を用いる前提で書いてあるのだろうけどさ。


駄目だよ。

ちゃんと異世界でも薬を作る方法、と言う本を出してくれないと。

自分が読んで来た異世界小説では何の役にも立たない。


主人公である「俺君」が「チート」で何でも作り上げてしまうのだから。

何だったら魔法で何でも解決するような治癒魔法があったり、

そもそもが病気になって退場とか言うストーリーは皆無である。


・・・もう良いだろうか。

結構な時間回したし、結構頑張って回したので結構な速度で回っていたぞ。

もう結構、コケッコウ、名古屋名物烏骨鶏。

い・・・いや?名古屋名物はコーチンだった、失敬。


ゆっくりと回転数を落としながら、シリンダーケージが直立するまで回す。

手を止めてそのままの状態で、

上澄み1/3をスポイトで吸い取って捨てた。


どこからどこまでが必要な部分であるか判断できないので、

安全マージンを取っただけだ。

捨て過ぎかもしれないし、

これでもまだ不純物が混ざっているのかもしれない。


そして当然、沈殿物が集まっているであろう下1/3も捨てる。

必要なのは水に溶けているであろう中間部分だけである。

どうせ最初の1回で成功するとは思っていない。

まずは工程を覚えるためのお試しである。


ええと、この量は・・・。

2つのシリンダーから未使用のビーカーに入れ替えてみたが、

その量は5ミリにも満たなかった。


ま、まだ慌てるような時間では無い。

あと2回、いや3回分の量がある。

そうすればこのビーカー1センチ位の量にはなるだろう。


ただし、再び遠心分離機を回転させるのにはもう腕が疲れた。


・・・チッ、チッ、チッ、チーン。


手の空いている者にさせれば良い。

体力がありそうなのはヴィーだが、任せるのは危険だ。

次点でジャーブだが、ジャーブは木彫りと言う難しい作業が行える。

ナズもだ。


となると、アナか、パニか、イルマか。

エミーは・・・うん。

もうちょっと話せるようになってくれないと居心地が悪いので、

このうち不器用そうなアナに任せよう。

イルマもパニも、印刷作業ならば卒なく熟せるので、

その手は止めない方が良い。


「うぉっと!」


彼らの作業場に戻って来ると、

刷り上がったパピルスが床一面に散らばっていた。


「も、申し訳ありません、直ぐに片付けます」


「い、いや、良い。インクを乾かすにはこの位の場所が必要だな。

 仕事を優先してくれ。大した用事では無いからな」

「申し訳ありません」


床に散らばったパピルスを回収しようと、

慌てて集め出したパニの手を止めさせた。


「アナ、ちょっとこちらの作業を手伝ってくれ」

「はい?かしこまりました」


「では、イルマ、後は宜しく」

「かしこまりました」

「行ってらっしゃいませ、ユウキ様」


アナは床に散らばったパピルスを踏まないように、

ぴょんぴょんと跳ねながらゲートに向かって行った。


そしてシュメールの旅亭で広げられた実験施設に驚きの声を上げた。


「ご、ご主人様、これはっ!」


「シー!シー、だ。ここは旅亭なのだから、騒ぐと隣に聞こえる」

「もっ、申し訳ありません」


「これは薬を作るための実験器具だな。

 全て揃ったのでこれからはここで作ろうと思う」

「す・・・全てですか。これで・・・」


アナは錬金術師を知らない。

と言うか、トルキナへ住まう者ならば基本的に知らないだろう。

机の上に広げられた実験道具は、

この国以外の住民に取っては未知なる物だ。


いや、この国の住民たちだって中に入った事がある者は少なく、

見ただけではこれが何であるか判るはずも無い。

但しこれら全てが怪しい機材ばかりであるので、

城内の関係者がここにいるのかと疑うには十分ではある。


そもそもがこの世界で初の道具であるはずなので、

この実験セットは誰がどう見ても摩訶不思議で奇妙奇天烈のはずだ。


「うん、アナにはこの機械を回すのを手伝って貰おうと思って」


遠心分離機のハンドルを回し、アナに見せた。


尻尾がピンピンだ。

アナはこういった未知なる物に対し、

興味をそそられる事は知っている。


大工の施工も、自分が引く図面も、ずっと真剣に見詰めていたし、

木彫りや印刷に対しても、

その仕事を取り上げられた際には尻尾がしなだれていた。


元は不器用なのだから仕方あるまい。

残念ながら玩具では無く仕事なので、

成果が出せなければ首切りである。


但し、この分離作業は回すだけだ。

クルクル回る機構が面白いかどうかは兎に角として、

力一杯回すだけなので誰にでもできる。

アナなら加減ができるので壊される心配も無い。

・・・多分。


「このガラス管はシリンダーと言う」

「しりんだあですか。初めて聞きます」


「うん、この国にも無いし、そもそもガラスが珍しいだろうからな」

「はっ、はぁ・・・」


「これに薬の元の液体を入れて、装置の先に穴があるだろう?

 ここに嵌めて、最後にクルクルと回す。

 これならアナにもできると思う」

「や、やってみても宜しいのですか!」


ピンピンの尻尾が更に毛羽だった。

アナが興奮している。

可愛いなあもう。


「こんな感じで・・・」


結構な勢いを付けて回し、遠心分離機のアームが高速回転でブレて見え、

シリンダーが横向きになる様子を見せた。


「この位の速度が出るように回してくれ」

「か、かしこまりましたっ!」


アナにハンドルを譲り、正面の椅子に座らせた。

最初は恐る恐るゆっくり回し始めたが、

ハンドルの力加減を掴むと段々と加速して行き、

最後にはシリンダーが側面に傾き始めた。


遠心分離機からキコキコと軽快な音が鳴り響き、

アナは一心不乱に回しているようだ。

さっきまでピンピンだった尻尾は、

真剣な時は力が入らないのかくにゃりと垂れ下がっている。


よしよし。

では後3回お願いしよう。

自分でやったら明日には腕がパンパンに腫れ上がっている事だろうよ。


その間に、自分は次の手順の準備を始める。


分離された溶液から溶けている不純物を取り除くためには、

炭に浸して吸着させ、そこから更に抽出するとある。


炭は引っ越しの時に余っていた分を持って来たが、

プタンノラの旅亭の方に置いてあった。

さっき行ったついでに持って来れば良かったが今更だ。



   ***



沢山は必要無いと思うので1欠片を持って来たが、

どうやって潰すのだと考えて、再び擂り鉢を取りに戻った。

思えばこの擂り鉢も理科の実験で使ったような乳鉢だと思うと、

ここはもう理科室そのものである。


迷宮に立ち寄り、乳鉢と炭を煮沸消毒した後、

炭を砕いて溶液があるビーカーに混ぜた。

量が判らないので、ひたひたになる位だ。


アナの分離作業を中断させ、

上澄みをピペットで掬い取ってビーカーに2杯目を注ぐ。

ビーカーには炭で嵩増しした分と合わせて2センチ程が溜まっていた。


シリンダーを交換し、再びアナに回させる。


ええと次の工程は・・・、

本を見ながら作業の手順を確認する。

炭に吸着したペニシリンだけを抽出するために、酢を使って溶かすようだ。

先に混ぜてもダメだろうから、溶液が全て準備できるまでは待つしかない。


アナの分離作業を待つ事にする。


はっ!


アナの前で堂々とサバイバル教本を広げてしまっている。

そういえば以前、料理をした時も本を見ながら作っていたが、

その時にアナは帰って来た。


みっ、見られてるよな。

使用した後片付けた覚えも無かったが、

いつの間にか料理のレシピブックは棚へしまわれていた。


恐らくアナが察して片付けたのだ。

と言う事は、自分の知る文字やら記号、

綺麗な紙で製本されたレシピ集の写真なども見られている事になる。


冷や汗が出て鼓動も早くなる。

焦りで目がチカチカする。

そんな状態にも拘らず、

アナはこちらを気にも留めず一生懸命遠心分離機を回していた。


恐らくアナは解ってやっている。

気付かない振りをすると言う配慮をだ。

そう思うと、益々焦りと恐怖心を覚えた。


背中は汗でびちょびちょだ。

さっき一生懸命回した分の熱量もあるが、それが引かないのだ。


「ご、ご主人様、後どの位回せば宜しいのでしょうか・・・」


「お、おおっ、そ、そうだな。そのままゆっくり回転を緩めて、

 そぅっとシリンダーが真っ直ぐになるよう回転を緩めてくれ。

 あ、ある程度直立したら止めて良い」

「かしこまりました」


アナが回転の手を緩めると回転するアームは目で追える速度に成り、

シリンダーはゆっくりと縦向きへ方向を変える。

やがてそれは止まり、分離したであろう溶媒が完成した。

やはり見た目ではまるで判断ができない。


手順であるからそれに従ってやっているが、

これで本当に合っているかどうか不安である。


「アナ、一応聞くが・・・」

「はい?何でしょうか」


「以前、出しっぱなしにしてしまった料理の本を片付けたのはお前だな?」

「・・・はい、その通りです。貴重な物だと分かりましたので、

 皆が気付く前にしまった方が良いのではと考えました」


「そうか。ならば今こうして行っている事も、

 自分の持っている書物に依る物だと理解しているんだよな」

「はい。ご主人様がエミーの病気を治されると仰られた際に、

 恐らくそのような方法が書かれているのではと思っておりました」


ふー。

・・・アナが勘付いたのはもっと前と言う訳だ。


聡明だ。

これ程までに賢く先が見通せる子が、

奴隷の身であるのはかなり勿体無い。


手放した元主人に感謝し、

魔物の部屋で散らなくて良かったなとねぎらった。


ナズだってそうだ。

何かしらの要領が悪く、親からは探索者に向かないと判断されたのだ。

そしてかなりの容姿を持っていたにも拘らず、

酒場の女将さんは客を取らせるような真似をしなかった。


ナズのような才能の塊な子を、

やはり妾の奴隷として転がしているのは勿体無さ過ぎる。


自分がその才能を引き出してやれているかと言ったら判らない。

もっと自分には計り知れない天賦を持っているのかもしれない。

持っていないのかもしれない。


そんな事は解らないが、少なくとも今の働きは評価してやりたい。


「アナ」

「はい、何でしょうか?」


「いや、良い。ありがとう」

「ええと?こちらこそ、ありがとうございます」


3巡目のガラスシリンダーから上澄みを捨ててビーカーに足した。

最後の4巡目をセットする。

流石に3連続ともなるとアナも大分疲れたようで、

終わった時点で息を荒げていた。


「ご苦労だった、少し休んで良いぞ」

「はい、それでは・・・拝見させて頂いても宜しいでしょうか?」


「ああ、もうナズもアナも隠し事は無しだ。

 自分はこの本を見ながら、それに従ってやっている。

 これらの器具も全て、自分がかつて見た事のある本の知識からだ。

 流石にこの本には書いて無いが」

「なるほど、そうなのですね。

 大きな風呂の部屋や、ご奉仕をする専用の椅子、お作りになる料理、

 全てがこういった書物に書かれているのでしょうか?」


「いや、風呂は・・・自分の知っている風呂はもっと小さかった。

 大きく作ったのは、お前たちと一緒に入りたかったからだ。

 皆で入った方が楽しいだろう?」

「そうですね、とても気持ちが良く、幸せな気分になりました。

 ご主人様は知識をそのままにせず、

 他の皆にも分け与えられるように手を加えられる事がお上手なのですね」


まあ、そういったらそうなのかもしれない。

同じ事を同じようにするだけでは芸が無い。

自分に合った、生活に即して変更しなければ勝手が悪いからだ。


「そして・・・ご主人様が師と仰ぐ人物の事なども書物なのでしょうか?」


「えっ?・・・いや、ええと、そうだな。

 彼の伝記だから、書物になるのかな?」

「そうでございますか」


そうだな。


ミチオ君の物語は書物・・・では無くネット小説であったが、

書籍化もされていたし書物と言う事でも間違ってはいないだろう。


それは架空の人物の、架空の世界のお伽話だった物であったはずだ。

自分が今こうしている世界だなんて言う事は夢にも思わなかった。


聡明であるアナに、

この世界は自分が読んだ事のある小説の世界なのだと言っても、

にわかに信じては貰えないだろう。

現実に生活し、現実に人が死に、この世界全てが機能している。


自分が自由にこの世へ干渉して行けると言う事実が、

この世界はレールに従った物語では無い事を証明している。


「彼が解き明かしたようにジョブを集め、

 彼に倣って強くなり、そこから先は独自に研究を進めている。

 アナのジョブである忍や、魔法を反射して身を守るスキルは、

 自分が独自に研究した成果だ。

 書物の知識は重要だが、それをどうやって自分の物にするか、

 そしてそれだけに頼らず思考や研究を重ねて行く事が大事なのだ」

「そうでございますか。

 ご主人様は並々ならぬお方だと思っておりましたが、

 今はその全てが納得できます。

 ご主人様のようなお方に選んで頂き、私は幸せです」


アナは元々向上心が強かった。

地球で言う所のエリート志向と言う奴だ。


旦那がエリートなら高収入。

地位があれば周囲にマウントを取って行ける。

そのためには自身も磨いて行かなければならない。


享受する事だけを夢見ているのでは無く、

自らその人物に釣り合うよう努力をする。


それがアナの行動原理だ。

だが、ずっとそれでは息が詰まるだろう。

自分だってそんな高尚な人物では無い。


「アナ、お前の自分に対する評価は嬉しいが、

 そんな大それた人物では無いからな」

「ええと・・・?どういう事でしょうか」


「これらは単に、自分が助けたいと思った者に施しているだけに過ぎない。

 知恵も技術も他人の物で、自分はちょっとしか努力していないのだ。

 過大評価し過ぎると幻滅する日も来るだろう。

 アナ自身もそれ以上高みを目指さなくて大丈夫だ。

 もうこれ以上大変な事はしたく無いのが正直な所だ」

「普通のお方でありますともう既に、

 奴隷へ慈悲を与えようと思う事など殆どありませんので、

 やはりご主人様はお優しく、賢く、素晴らしいお方です。

 私もご主人様が思われた事を興すに当たり、

 少しでもお役に立てるよう自力を尽くして参ります」


諭してみたが、意味が無かった。


だが、重圧を感じないようにしたいと言う意向は伝わったはずなので、

これからはもう少し手を抜ける。

安堵のため息を吐きつつ、作業を続ける事にした。


先程びっしょりだった汗は既に引き、

やや寒く感じる位であった。


気持ちを落ち着け、実験を再開する。


残りの工程はこの炭を混ぜた溶液に酢を混ぜ、最後の工程へと入るのだ。

次は愈々(いよいよ)アルコールランプの出番らしい。

自分が黙々と進める作業を、アナは尻尾を揺らしながら興味深く見守った。

∽今日の戯言(2022/04/08)


良い子は薬の錬成なんて真似はしないで下さい。

全てはフィクションでございます。

理論上可能である事と絶対に成功する事は別次元ですし、

できる事とやっていい事も別次元です。


宜しくお願いします。





・・・これでよしっ!(何が)



 ・異世界79日目(昼過ぎ)

   ナズ・アナ74日目、ジャ68日目、ヴィ61日目、エミ54日目

   パニ47日目、ラテ26日目、イル・クル23日目

   プタン旅亭宿泊9/20日目 シュメ旅亭宿泊9/20日目

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