§246 心配
「「お帰りなさいませ、ご主人様」」
パニにプタンノラの旅亭の部屋へ向けてゲートを開かせ、そこで解散する。
アナとイルマは自分達を出迎えたが、ナズの姿が見えなかった。
「ではパニ、また明日だ。
明日は朝から用事があるので頼むぞ」
「かしこまりました、失礼します」
「ところでナズは?」
「夕食を取りに行ったのだと思われます」
思われますって。
昼以外は旅亭員が持って来るっていう話じゃなかったっけ?
1人1膳だと遅いから纏めて持って来るつもりかな?
それならアナもイルマも自分の分位は自分で持って来いよ。
流石のナズだって一度に9人分は持って来れないだろう。
と思っていたが、ナズが帰って来て納得した。
9人分の食事がキャスターワゴンに乗せられてやって来たのだ。
便利なワゴンがあるのか、この宿には。
流石に階段の上げ下ろしは手動だろうが。
確かにその方が効率も良いだろうし、
細工技術が進んだシュメールとは目と鼻の距離なのだから、
そういった物も普及は早いだろう。
「あっ、ご主人様、お帰りなさいませ。
今お食事をお運びしますね?」
「いつも済まないな?」
「いえ、滅相もありません。お食事の準備は私の仕事ですから」
「エミーにも半分任せたと思うのだが」
「はい、勿論です。
ですので、半分ずつ分担しまして、片付けはエミーちゃんです」
ああそう。
ホント、いつの間にそういう取り決めをしたんだ。
しかしそれはエミーと会話ができるようになって初めて成り立つ訳で、
もうエミーは心配要らないと言う事に他ならない。
エミーを引き取って一月半、実のところ長丁場を覚悟したが、
優しい一番奴隷のナズとアナ、同族で思いやりのあるジャーブ、
そして姉が来た事でエミーは寛解した。
寛解と言うのは完治したと言う意味では無い。
見た目上良くなってはいるものの、
何か有ればまた元に戻りかねない危うい状態を指す。
エミーの声量はまだまだ小さく聞き取り難いし、
何かミスをした際に叱り付けたりしたら再び心を閉ざす可能性がある。
まだまだ様子見の段階は続くのだ。
それに早く病気の方も解決してやりたい。
これが何とかなって初めて完全寛解と言えるだろう。
ナズが夕食のトレイを4つ並べ、隣の部屋にワゴンを持って行った。
帰って来るまで待つか。
既に自分を含め、アナもイルマも席に着いている。
「ああ、そうだイルマ」
「何でございましょう?」
「自分はナズとアナ3人で別の旅亭に泊まる事にした。
この部屋はエミーと2人で使って良いからな」
「ええっ?そ、それは恐れ多い事です。
そもそも、私達がベッドを使わせて頂く事自体──」
アナがイルマの顔前に手の平を突き出して制止する。
「ボルドレックの屋敷ではどうだったのだ?」
「ええと、私達は板の寝床でした。
私達だけで寝る部屋が用意されておりまして、
そこに木の棚で小高く作られた寝床がございました。
その上で1人1枚頂ける布を敷いて寝ておりました」
「商館でもそのような作りでした。
恐らくどこでも同じかと思います。
ナズさんたちのお部屋には枕があったようですが。
以前の主人の下では宿屋の床でした」
板の間に薄い布か。
ここでは寒い事は無いだろうから被るのでは無く敷くのか。
寒冷な地方でも毛布なんて与えられなさそうだろうから、
それを被って奴隷同士が身を寄せ合うのだろう。
やはり過酷そうだ。
もっと言うと一般的な奴隷は床に座り床で寝る。
外や家の土間で無いだけまだマシなのかもしれない。
自分はミチオ君に倣って今のような待遇を与えているし、
同じ日本人として雇用者を粗末に扱いたくは無いと思っているだけだが、
この世界の普通の人間として生まれていたのであれば、
そのような待遇を強いて疑問に思わなかったかもしれない。
ナズが自分の事を神様だと称する所以はこの辺りなのだろうか。
「素晴らしいご主人様」位の言い方なら胸を張っていられるが、
そんなに神格化されても困惑するばかりだ。
せめてイルマからは「変わった主人だなあ」位に留めておいてほしい。
「戻りまし・・・、お待たせしてしまいました、申し訳ありません」
配膳を終えたナズが戻って来た。
小走りに空いている椅子へ座る。
「いや、良いんだ。皆と一緒の方が食事も楽しい」
イルマが変な顔をしている。
今のどこか変だったかな?
無視して手を合わせ、頂きますを強行した。
ここでも主食はパンだ。
その代わりに狙い通り焼いた魚が出て来た。
魚醤は使用されていなかったが、
塩焼きの魚はどうやって食べようが旨い。
だがこれは小骨が多く、あまり良い魚では無さそうである。
高い魚であるならば小骨が少なく実入りは多くて食べ易いはずだ。
その辺りを見るに、この旅亭が高級では無い事を示しているのだろう。
ただ小骨が多かろうが小魚だろうが魚は旨い。
持って来た魚醤の壷の封を開けて、自分の皿に垂らした。
「お前たちも掛けるか?」
「ではお願い致します」
「私はこのままで大丈夫です」
「あ・・・あの・・・」
「遠慮しなくて良いぞ?イルマ」
「は、はい。ではお願い致します」
食事の途中でナズにも先程の話を共有する。
「さっきアナには知らせたのだが、
自分はシュメールの旅亭へ泊まる事にする。
そちらは2人部屋なのでベッドがやや狭くなるが、
残りの期間は3人で過ごそう。
勿論朝はここへ戻って来て、食事を取ったら迷宮に行くぞ」
「えっ、ええと、はいっ!またお勤めができて嬉しいですっ」
──ブハッ。
ナズはニコニコ顔で夜のご奉仕を進んでやると宣言した。
イルマがいる手前明言は避けたのだが、
びっくりして口の中にあるものを噴き出してしまった。
い、良いよ。じゃあ覚悟しておけ。
今日は色魔だぞ。
・・・ボルドレック位の金持ちなら、
妾2人や3人も侍らしてのお楽しみもあったのだろうから、
彼もまた色魔のジョブを開放しているのだろう。
くそう。
自分もイルマを加えて4人で楽しみたい。
アナは健気に自分の吹き零した嘔吐物を手拭いで拭き取って片付けた。
い、いや、済まんな。
一応イルマを加えても良いかどうかその時に聞くからさ、許して?
***
食事を終えて暫くするとエミーがワゴンを転がしてやって来て、
トレイを回収して出て行った。
その際にこちらの部屋で寝て良いぞとも言っておいた。
昼にはベッドを移動させてくっ付けさせたが、
これで晴れて1人1台使用できる。
めでたしめでたしだ。
──コンコン。
「ん?誰だろう」
「エ・・・・・・す。・・・・・・を・・・・・・した」
聞こえない。
微かに聞き取れるあたりエミーだと思う。
壁を隔てるとこれだ。
「入って来ていいぞ」
──ガチャッ
「失・・・ます。お湯をお・・・ち・・・しました」
同じワゴンに湯桶が乗せられており、エミーはこの部屋に4つを置いた。
えーっと、エミーはこの部屋で寝るのだし、
自分たちは向こうで泊まるのだからこの部屋では2つで良いのかな?
いや、向こうで湯は頼んでいないので5つか?
あれ?隣はヴィーとラティが居てジャーブとパニも居るから、
これもう女性と男性に分けるべき?
何が正解なのか良く解らない。
「あー、エミー。こちらは女性陣の部屋にしよう。
あっちはジャーブとパニの部屋にした方が良いと思う。
食事はさっきの状態で良いが、体を拭くのと夜寝る時は移動しようか」
「かしこ・・・りました」
3つを預かってナズとアナに持たせて砂時計の旅亭へゲートを出して運び、
この部屋には4つを置かせた。
湯桶が2つになったワゴンを、エミーは隣の部屋に運んで行った。
「イルマ、後を任せた。
先程も言ったように、こちらは女性陣の部屋にするからな」
「かしこまりました。お休みなさいませ、ご主人様」
火の灯ったランタンを持ってナズとアナを送った旅亭に移動した。
ランタンをベッドの袂に置く。
既にナズとアナは準備ができていたようであった。
自分も服を脱ぎ、まずは清拭だ。
久しぶりに誰にも邪魔される事無く静かな時間を共有し、
ゆっくり体を拭き合った。
その間にナズとアナ、交互に何度もキスをした。
2人は本当に可愛い。意地らしい。
自分に対して何かをしようと、自ら進んで乗り出して来る。
ある意味主人の扱いが上手いと言うか、
主人たらしと言うか、
自分が何を望んでいるのか、
どうしたら気に入って貰えるのか的確に突いて来る。
ナズはそれらを経験則でやって来る。
一度選択を間違ったり、自分が怪訝を示した事を避ける学習速度は速い。
アナは・・・持ち前の忖度だろう。
出世欲があったし、全てを理解した上でやって来る。
これがこの2人だけでは無く、
身の回り全ての人物からこのような態度で接して来られたら、
誰だって勘違いだってしそうだ。
ある意味、彼もまた被害者だったのかもしれない。
裸の王様は自ら進んで裸になった訳では無い。
知らず知らずのうちに、引き返せない急行列車に乗せられてしまったのだ。
しかし美女にこうして奉仕されている今、
そんな事を考えるのは野暮ってもんだ。
素直にこの可愛い2人から癒されておきたい。
理屈ばかり捏ね回すが、結局の所自分にも余裕が無いのだ。
だって久しぶりだ。
はち切れんばかりの感情が、体の一部をはち切れんばかりにしている。
ジョブ設定を使用して、色魔を・・・・・・付けたッ!
*
*
*
な、何とか体力は持ったが、もう無理だ。
最後の仕事としてジョブ設定を開き、ジョブを元に戻した。
おやすみ・・・。
***
「お休みになられましたね」
「今日は2回も可愛がって頂けました。
以前、私達の相手だけで精一杯だと仰っておられましたので、
今日のご主人様はかなりお疲れなのでしょう」
「私はもう少し事務的にご奉仕させて頂くものだと思っていました」
「そうですね、私も商館で同室にいた者からはそう聞いておりました。
早く御満足させられれば早く自由になるし、
私達にはそれ以上の事を求められていないのだと」
「ご主人様は、私達を単に夜の相手と言うだけでは無く、
とても大切に扱って下さいますね」
「それだけでなく私達が満足できるようなご配慮を下さいます。
・・・そうですね、まるで恋人同士が営むような」
「そっ、そうですよね。
単にご主人様がご満足なさるだけに終わりませんよね。
それは思っていたのですが、言葉にして良いのかどうかと・・・」
「以前、ご主人様がどのような奥様をお選びになるのかと、
ナズさんに言った事がありますよね?」
「はい、ありましたね。その時は私達はどうすれば良いのかとも」
「ご主人様はどなたもお選びにならないのかも知れません」
「そ、そうなのですか?・・・そ、それだと私たちは安心ですね?」
「恐らくですが、私たちがその役目なのだと思います」
「・・・アナさんがそう言うのであればそうなのでしょうか?」
「ご主人様と同じ人間族のラティが迎えられた時、
一緒にお風呂へ入れられましたが、
ご主人様は見向きもされませんでした。
ラティはご主人様と同族であるので子を儲けさせたり、
一緒にご奉仕をさせて頂く事に成るのかと思ったのですが、
お風呂を一緒にされたのは私達に説明をさせただけで、
寝室も別になさっておいでです。
明確に私達と差異を設けておられます」
「そうですよね、それは私も感じました。
ヴィーちゃんが来た時と同じように、私達とは待遇に差を感じます。
私達以外にご主人様は興味を持たれないのでしょうか?」
「いえ、ご主人様はイルマを迎えようとしておられます」
「イルマさんですか」
「イルマとクルアチがご主人様に迎えられた際に、
これまで秘密にされていた事を幾つかお話しされましたよね?」
「ええと、そうですね」
「今回の宿も、イルマはエミーと同室にするのでは無く私達と同室でした。
そうやって少しずつ私達に慣れさせているのかと」
「そ、そうですよね。
イルマさんだけが同室だと言われた時は違和感を持ちました。
では、やはりご主人様は・・・」
「ナズさんはイルマをどう見ていますか?」
「あまり隙を見せないと言うか、
いつもピリピリと気を張っていて、話し難さは感じますね」
「屋敷生活が長かったからでしょう。
そうでなくとも、一般的な奴隷であれば待遇にはとても敏感です。
気を抜くと下位の奴隷に役目を取って代わられたり、
エミーのように虐められたりする事が普通にあります」
「でもイルマさんは病気ではありませんでしたっけ?」
「お忘れですか?
ご主人様はエミーとイルマの病気を解決するために、
わざわざこの地に来たと言う事を」
「そ、そうでした。と言う事は病気が治れば、
イルマさんはご主人様のお手元に置かれるのでしょうか。
私たちはイルマさんに取って代わられますか?」
「ご主人様の事ですので、そうは思いません。
イルマは私達と同じ1番に据え置かず、3番としました。
やはり私たちは特別なのだと思います」
「これから・・・どうなるのでしょうかね」
「それは判りません。
家も広くなる事ですし、私たち奴隷にも部屋が割り振られるのでしょう。
また新たな奴隷をお求めになられるかもしれません。
私達の待遇について気にする必要は無いかと思うのですが、
問題はイルマの方です」
「どういう事でしょうか?」
「イルマにご主人様の温かいお気遣いが伝われば良いのですが」
「そちらですか・・・」
「そうです、そちらです。
私たちは引き続きご主人様のご寵愛を受けられるかと思います。
それは良いのですが、イルマの方が心配です。
かつて私達が困惑したように、
イルマもご主人様の待遇には戸惑っているように見受けられます。
私達の輪に入れられた際、重圧を感じなければ良いのですが」
「アナさんは・・・ご主人様のように良く気が付くし、お優しいですね」
「ナズさんだってお優しいですよ?
ご主人様のように懐が広く、何でも受け入れて頂けます。
他の者にはこのような話など絶対にできないと思います」
「ありがとうございます、アナさん」
「いえ、こちらこそ。おやすみなさい、ナズさん」
「おやすみなさい」
──ナズとアナは、いつものようにお互いの掌を合わせて夜の挨拶を行い、
2人の真ん中で既に夢の世界へ旅立った主人の後を追った。
∽今日の戯言(2022/02/25)
1か月ほど執筆から離れました。
そして再開した時にかなりの設定を忘れていました。
長考は執筆には毒です。
長編作者が途中でいなくなる理由が良く解りました。
ハーレムの原作者さんは凄いですね。
web版は1年動かなかったかと思いますが、
ちゃんと単行本に向けて大幅な加筆をされていたので、
まったく離れていた訳では無いかと思いますが。
楽しみにしている読者からみれば、
「続きをお願いします!」と言いたくはなります。
私もその口です。
が、それは作者を苦しめ、感想欄からも遠ざけるのだと言う事を知りました。
かといって放置も放棄につながりますし、何が正解なのか分かりません。
世の中の作者様のやる気が戻りますように。
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