§221 交換
昨晩に引き続き、夕食はこれまた豪華な物であった。
昨日は鳥の丸焼きが出て来たが、
今日はローストされたハムを目の前で切られる。
この宿の最上級の食事は毎日こんななのか。
1日,2日ならともかく、毎日これでは流石に飽きると思う。
中身が貧乏大学生なので飽食には慣れていない。
と言うか、こんな物を毎日食べているから金持ちがでっぷりしているのだ。
この世界の時代背景を考えれば、
健康のために運動をしましょう等と言った高尚な考えには至らないだろう。
そういえばボルドレックも、その配下の商人も太めであった。
偏見かもしれないが。
逆に迷宮へ行ったりあちこち客先へ出向く必要がある奴隷商は、
トラッサのシラーやルイジーナのザイード、ホドワのアクバル等も、
皆逞しい体付きだった。
ヨシフ君は・・・まあ、うん。
やはり運動は大事だ。
それはさておき、ヴィーは6回もロースト肉を取りに立った。
極上品はちょっとで満足するのが嗜みだろう。
ヴィーは年齢通りのガキンチョであった。
そして漏れ無くポンコツもその後に続く。
おい、28。
自分のテーブルではナズが1度だけ全員分のお代わりを取りに行って、
以来それきりだ。
そもそも1枚が結構なボリュームである。
アナとイルマは恐る恐る、ちょっとずつしか口に入れていない。
これはそういう物じゃないのか?
食事が下げられると湯桶が出て来る。
自分は主人だし拭かれる事も裸になる事も苦では無くなったが、
奴隷とは言え女性ならば男性陣と一緒では抵抗があるだろう。
それにヴィーはともかく、ラティは完全に一般人の思考だ。
従って昨日から2交代を申し付けている。
ジャーブとパニは外でお留守番だ。
暫くは全員で1つの部屋なので、お楽しみはお預けとなる。
大丈夫、可愛い女性が2人も横で添い寝してくれるだけで十分幸せだから。
こちらの夜はそこそこに冷える。
体を拭いて貰ったら湯冷めしそうで、直ぐに布団へ潜り込んだ。
フカフカのマットレスと掛け布団に挟まれて、
急速に意識が遠退いた。
*
*
*
「ご主人様、お目覚めでいらっしゃいますか?」
ナズの声に依って起こされる。
もう朝らしい。
正確に言えばまだ他の皆は眠っているが、
自分が他の者たちの前でナズやアナを求めない事を考慮して、
皆が目覚める前に挨拶だけでもして置きたいと言う思惑なのだろう。
朝の挨拶はキスでするようにと命令したのだ、
今でもそれは忠実に守ってくれている。
健気で可憐らしく感じるが、
皆が起きる前に起こして来ると言うのは多分アナの入れ知恵だと思う。
でかした。
「ちゅ・・・んむっ・・・あっ」
「おはよう、ナズ。起こしてくれてありがとう。
アナもおはよう」
「おはようございます。それでは・・・んっ・・・」
まだ寝ている他の6人を余所に、3人でいつもの日課を交わした。
その後、ナズは窓の戸を開ける。
朝の少し冷たい風に乗って微かな潮の香りがした。
昨日は綺麗な青空であったが、今日は晴れでも雲が少し出ていた。
「今日はこの町でガラス器具を扱う店を探したいと思う」
「ガラスですか?」
「昨日私達はこの町の雑貨屋を中心に回らせて頂きましたが、
ガラス製の食器や瓶を扱う店は見掛けませんでした。
この街でも高価な物なのだと思います」
昨日の昼にはシュメールまでの道を開拓するに当たり、
他の者には自由時間を与えていた。
どうせ食べ物か異国の珍しい物でも見て回るかと思っていたが、
アナはここに来た目的を理解していたようだ。
「そうか、普通の店には無いとなると・・・」
「商館や港で荷を扱うような大商人と言う事になりますね」
「しかし、この街ではそういった伝手が無いからなあ。
とりあえず誰でも会ってくれそうなのは商館かな?」
「私は他の路地を回り、そういった物を扱っている店が無いかを探します。
昨日は一般市民の集まる商店が中心でしたので、
今日は宮殿のある方面の店を当たってみます」
「宮殿?と言うと目の前だよな?」
「はい、その裏手は貴族の住まいがあるらしく、
高級な物を取り扱う店はそちらに集まっているようです」
この旅亭からは港も見えるが宮殿も見える。
防犯の為だろう、
流石にこの窓から直接宮殿の中を覗き見る事はできない。
ただし旅亭は宮殿の門と目と鼻の位置に位置していた。
庭園位ならば良く見える。
大通り1本挟めば王宮なので、そりゃ高いだけはある。
こちらが町の中心かと思っていたが、
宮殿と反対側に高級店が立ち並ぶと言う事は、
この街では宮殿の向こう側こそがメインストリートなのだろう。
確かに商店や民家が立ち並ぶエリアは川も近いし、
高潮や洪水などの危険があるならば、少しでも高い場所に住むのが普通だ。
より港に近いと言う事は、こちら側は労働者階級のエリアだったのだ。
「では自分は商館に行った後、
港近辺でガラス製品を取り扱っている商人がいないかを聞いて回る。
一応パーティを組もうか。
パニを付けて回り、何か見付けたら宿に戻ってくれ」
「かしこまりました。
ご主人様のお探し物を見付けられるように頑張りましょう、ナズさん」
「えっ?私もだったのですか?」
別にナズはどっちでも良いと思うが、
高級店を回るとなるとアナ1人では心細いのだろうか。
生まれも育ちも奴隷ではそういった店に抵抗感があるかもしれない。
ナズなら元一般人だし、それなりの店でも1人で買い物ができる。
それに2人で行けば大義名分主人の使いだと言って堂々と入れる、
そういった具合だろう。
元一般人ならジャーブもラティもいるが、
ジャーブでは目的を理解できないと思うし、
ラティは連れて行きたくないのが心情だと思う。
残りのジャーブ、ヴィー、エミー、ラティ、イルマは別部隊だ。
目的地は当然迷宮である。
一旦パニに送らせて、午前中いっぱい地図でも作って来て貰おう。
今日の予定は決まった。
ベッドから起き上がって伸びたり肩を回したりしていると、
エミーとヴィーも目覚めた。
エミーはイルマを揺さぶって起こす。
ジャーブもパニも真ん中で寝るヴィーの激しい寝返りに目覚めたが、
ラティだけは只1人、涎を垂らしながら眠っていた。
シーツ、替えてくれるのかな・・・。
***
「では先程説明した通り、お前たちは迷宮でちょっと稼いで来てくれ。
無理はしなくて良い。ジャーブもヴィーもいるし低層ならば余裕だろ」
「ええと、やはり俺ではパーンを止めきれないと思いますので、
ナズ殿の槍をお貸し頂きたいのですが」
「お、そうだな。パーンは確かに危険だ。ほい、解毒丸と滋養丸。
パーンが出たらその階層は飛ばして構わない。
銀貨11枚を渡せば大丈夫だろう?」
「分りました。無理をせず稼いで参ります」
「道順に関してはラティがいるから迷う事は無いだろう。
アナよりは索敵が遅くなるが、地図を描かせる方を優先してやってくれ」
「ヨロしく!ラティ姉ちゃん!」
「は、はいぃぃ、頑張りますぅぅぅっ」
「回顧に巡る行程を、共に目指さん行路の先を、
フィールドウォーク!・・・どうぞ、皆さん」
「いっ、行ってきまぁぁぁっス!」
「では行って参ります」
「パニありがとー。何だかご主人サマみたいだね」
「えっ、いえ、僕はその・・・」
──バシッ!
ジャーブがパニの背中を叩いてゲートに入って行った。
全員がゲートに入って行ったが、パニはゲートを出したままだ。
どうした。
「パニ、ゲートを閉じて良いぞ」
「あの、パーティを解除して頂けないので、
多分ラティさんは忘れているのでは無いかと・・・」
・・・あんのアホ!
「い、行って来い」
「はい、行って参ります・・・」
その後、パニがくぐった事で一旦ゲートは消えたが、
再びゲートが開いてパニだけ帰って来た。
ま、この場合パニもパーティ編成スキルを持ってはいるが、
パーティリーダーの仕事とするならばラティがすべき事のはずだ。
ラティはどこまでもポンコツ過ぎる。
1から10まで全部言う必要がありそうだ。
「では改めて、3人は店を見て回ってくれ。
まずは何か買ってくれと言われるかもしれない。
先日パニに渡した金が余っているだろう?
何か買って情報を引き出すのも1つの手だ。宜しく頼むぞ」
「わ、解りましたっ、頑張ります」
「3人で行けば心強いですね」
「ぼ、僕はアナ様の従者と言う事にして下さい・・・」
パニも高級店は苦手なタイプか。
パニは極貧生活者だった。
アナやパニにルティナのような高級店での振る舞いを求める事は酷だ。
ギリ平(※ギリギリ平民)では無く、
ちゃんとした振る舞いのできる平民ならば、
然う然う奴隷になんて落ちやしない。
そういう枠であるはずのラティがアレでは先行き不安過ぎる。
仕方あるまい。
ナズ達は徒歩で王宮側に向かったので、
エミーに部屋の鍵を預けて自分は冒険者ギルドへ飛んだ。
冒険者ギルドは大きな川を隔てて向こう側にある。
橋を渡って振り返ってみると、
確かに王宮や高級旅亭がある川向こうは高級感に溢れており、
ギルド建屋などが並ぶこちら側周辺は至って普通の町並みだ。
もっと向こうは2階建では無く平屋で、
王城からの距離がそのまま貧富の差として表れている。
まだ開いていないが酒場や飲食店、娼館などもあった。
そちらには用が無いので、
もう一度ギルド建屋に入って受付で商館の場所を聞く。
「この街でガラス製品を扱っている所は知らないか?」
「ガラス製品でしたら頻繁に荷役作業がありますので、
気になる札をお取り下さい」
「い、いや、仕事では無くてだな、依頼主の商会は知らないかな」
「うーん、そういう情報は知っていてもちょっと教えられません。
勿論知りませんけど。
そういったお取引先でしたら商人ギルドか、
商館の方でお聞きになっては?」
尤もだ。
そしてその場所を聞きたい。
「ではどこにあるかな?」
「商人ギルドでしたら橋を渡ってこの斜向かい、
商館でしたらここを出て右に行ったところの橋を渡り、
そのまま真っ直ぐ行けば左手にありますよ」
「解った、ありがとう」
つまり両方とも川の向こう、王宮のある側だ。
まずは商人ギルドへ向かってみる。
目の前に架かる木製の大きな橋を渡り、
斜向かいと言われた大きな建屋に入った。
「こんにちは、初めてですかな」
おっと、そうだった。
商人ギルドに競売所が併設されている場合は、
声を掛けて客の注文を取るルールだったな。
国が変わっても同じ制度であると言う事は良く解った。
「ああ、そうだ。競売もここであるのか?」
「はい、ございますよ。私はその仲買をしておりますイマールと申します」
耳が尖がっていてチビでは無い。
エルフだ。
フローダルにもエルフが多かったが、ここでもチラホラと見掛けた。
反対にトラッサやホドワでは殆ど見掛けなかった。
木が無いからだろう。
エルフは森を愛する民族と言うのが定説だ。
植物の少ない所ではエルフ達も好んで生活をしないのだと勝手に推察した。
「色々話を聞いても?」
「はい、大丈夫ですよ。あちらへどうぞ」
奥のパーティションの商談机に案内される。
ここでは個室では無く衝立位の高さで囲われており、
大きな声を出したり席を立つと隣が丸見えである。
ここは湿度も高そうだし、小部屋にすると夏場は暑苦しいのだろう。
「して、どういった物をお探しで?」
「ガラス製品を買えないかと思って遥々やって来たのだ」
「と言うと、シルクスからですか」
「そうだな、ただのガラス製品の買い付けでは無く、
直接職人に図面を見せて発注したいのだ。
そういう顔の利く商人を探している。
外部の者はシュメールの街に入れないと聞いたので、
そういった伝手が欲しい」
「うーん、そういうのは難しいですねえ・・・。
この国の商人でもあちらには入れませんので、
あちらの商人に直接話を持って行きませんと。
ここらでは大規模な取引をしている商会は、
イレンヌ商会とクリシュナ商会がございますね。
流石に私ではお取次ぎできません」
「ちょ、ちょっと待ってくれ?」
ポーチに手を突っ込み、
忍ばせた鉛筆でメモ帳にイレンヌとクリシュナと書いた。
ゴソゴソしただけにしか見えないと思う。
「後は、モンスターカードの取引なんかは?」
「それでしたら私共でもお受けできます。
1つのご依頼当たり400ナール、ご売却でしたら1割頂きます」
随分安いな。
所変わればと言う奴だろうか。
既にジャミルには大量の発注を掛けてしまっているが、
こちらで発注をすれば恐らく被る事は無いだろう。
今後ジャーブやヴィーたちを別部隊として戦わせるにあたり、
ウサギのカードは必須であると考えた。
こちらでの相場も気になる。
「ではウサギとコボルトのモンスターカードをお願いしたい」
「はい、モンスターカード2枚ですね、期間やご予算などは?」
「できるだけ早く欲しい。予算の方はちょっと相場が幾らか判らない」
「そうですな・・・コボルトが前回5900ナール、
ウサギのカードは7日前ですが7200ナールで落札されております」
微妙に高いな。
迷宮が保護されていない事で、産出が減ったり偏寄ったりするのだろうか。
その階層に挑戦する者が少なければ当然出現は少なくなる。
やはり所変われば、か。
「では大体その位でお願いしたい」
「はい、それでは2つのご依頼で800ナール頂戴致します。
落札した場合はどちらに報告致しましょうか?
サンドラッド内でしたら無料で、国内でしたら銀貨3枚になります」
「この街の暁の味わい亭?とか何とかって言う旅亭に暫く滞在している」
「旅立ちの暁亭ですね、かしこまりました」
エルフの仲買人へ800ナール支払ってその場を後にした。
続いて商館だ。
こちらは大型商人との伝手を得易い。
一介の個人商売人と違って様々な取引先を持っているだろうし、
奴隷の取引先は金持ちや大商人、貴族だ。
確か向こう側の橋を渡った真っ直ぐの左側だと言っていた。
既に橋は渡ったのでこちら側だ。
1つ向こうの大通りまでの間に食堂が2軒あった。
海辺なのだし魚はあるだろう。
商店では米も見た。
米と魚、魚醤があれば焼き魚定食もあるかもしれない。
期待してちょろっと覗き込んでみたが、
なにせ言葉も文字も判らないし、
朝なら軽食なのだろう、客はパンと野菜炒めを食べていた。
昼に見るべきだ。
いや、ナズが居ればメニューも解っただろう。
失敗した、2人ずつに采配するべきだった。
この所ずっと重ためな食事だったので、
胃に優しい米料理が偲ばれる。
今日の昼にもステーキが出て来たら、もう内臓が参ってしまうぞ。
こちらの商館は周りにある他の商店と同じような店構えで、
それなりに大きな建物であり、入り口も大きかった。
いや特段大きい扉と言う訳では無いな。
周りと比べれば普通だ。
トラッサやホドワの商館の扉が、佇まいの規模から見て小さ過ぎただけだ。
そこには必ず理由があると思うのだが、
納得でき得る理由には辿り着けなかった。
少し離れた所にあった食堂は扉など無く広々と開放されていた。
どうせフィールドウォークで入って来られてしまうのだ。
戸があっても無駄なのだろう。
そういった意味では、
商館は扉もガッチリ作られていてノッカーもちゃんとあるので、
商館らしいと言えばらしい。
ここでもノッカーを叩いて待った。
──キィ。
「どちらさまで?」
木の扉が少し開かれ、中から男の声がした。
この商館は扉自体に小窓が無い。
「あー、ユウキと申します。
ここでガラス製品を買い付けたいと思いやって来たのですが、
そういった取引先を紹介して頂けないかと思いまして、
こちらに顔を出させて頂きました」
「かしこまりました、中でお話し下さい」
そういうと、男はガチャガチャとドアのカギを外して扉を開き、
自分を館の中に迎え入れた。
ドアロックチェーンがあるのか。
それならば小窓は必要無いだろう。
間口が広かった事への納得できる回答を得られて満足した。
鎖自体は大きくて重そうだが、
確かにドアを固定するチェーンのような物を見付けた。
大扉に付ける鍵は閂位だけかと思っていたのに。
何気に進んでいた、古代ローマ。
驚く事ばかりである。
入り口で応対した男は商談ルームらしき部屋まで自分を案内し、
ゆったりと広いソファへ座るよう促すと鈴を鳴して背後に立った。
──俺の後ろに立つんじゃねえ・・・。†
いや、マジで。
プレッシャー半端無いから。
何もしないから止めて欲しい。
でもその位には信用が無いのだろう。
異国から来た取引先を紹介してくれと言う謎の男。
しかも若い。
怪しさプンプンである。
自分も圧迫感を受けているが、
同じようにこの用心棒も自分から圧迫感を受けている訳だ。
じゃあ足組みでもしようか。
リラックスリラックス。
──カチャ。
「どうも」
年配の男性が奥の扉から入って来た。
自分が入って来た扉とは違うと言う事は、
この奥が自室、或いは事務所であり、
この部屋が緩衝エリアになっている訳だ。
他に通路や部屋などは無かったので、
賊の侵入を防ぐと共に奴隷達が逃げ出す事も防止しているのだろう。
全部1つの通路で繋がっていたトラッサの商館とは大違いである。
・・・逆に言うと、それだけ物騒だとも言える訳だ。
用心棒が背後で睨みを効かせるのも納得だ。
「はじめまして、ユウキと申します。
この度シルクスから遥々やって参りましたのは、
ガラス器具を注文したいと考えました次第にございます。
出回っております市販品では無く、
自分の設計する物を作って頂きたいのです。
そういった商人や伝手をご存じありませんでしょうか」
この国、この街、この商館がそうなっている背景を考慮できたので、
できるだけ丁寧にかつ真摯な態度で挨拶を始めた。
「ほぅ、ガラス製品ですか。
多くはあちらで売られている物を買い付けて持って来るだけですが、
ご自身の意匠を用いたいと言うのは、これまた珍しいですな」
「はい。装飾された器や彫刻などは自国でも手に入るのですが、
逆に簡素な物やガラス器具などは中々入手が難しく、
どうしても作って貰う必要が出て来たのです」
「器具?とは?」
「薄いガラスで蓋ができる透明な皿に、液体を少量掬い取る道具。
スプーンのような大雑把な量では無く、
本当に1滴単位で掬い取るための物ですね。
それから加熱する際に鍋から不純物が混入するのを防ぐガラス鍋、
そういった物を入手したいのです」
ポーチから設計図を並べて見せた。
シャーレ、ピペット、ビーカーだ。
コック付きのフラスコや遠心分離機等も描いたが、
高度な機構物は見ても解って貰えないと思う。
そういう物は直接職人だ。
「こ・・・これは、なんと精密な絵図。
失礼ですがこのような物で何を?」
何を、ってそりゃあ薬だ。
カビからペニシリンを抽出したい。
そんな事を言っても解って貰える訳が無いし、
薬を密造すると知られたら拙い事になると思う。
たとえ元が生薬では無くスキルを使わなかったとしても、
そもそもがこの世界にまだ存在しない物を作り出すのだ。
効能を知られたら大混乱になってしまうだろう。
「ええと、こういった物でなければ作れない・・・料理、そう。
料理を作りたいのです。
自分は錬金術の果てに美味しい料理を思い付きました」
「と言う事は、元は錬金術師なのですかな?
中々一般人が就く事は難しい、珍しいジョブですな。
それを鞍替えしてまで料理を作りたいと言う事ですか・・・ふむ」
商会主は腕を組んで考え事をしているようだ。
名前は・・・
・サイクリッシュ 人間 男 47歳 奴隷商 Lv34
ついでに。
・ナイドゥ 人間 男 38歳 戦士 Lv41
おーLv41、結構な強者だ。
奴隷商の方も結構なLvだった。
丁度その時、給仕がハーブティーを持って来た。
若く、美人で、胸が大きい。
控えめそうな顔立ちで言ってみれば上玉だ。
彼女は奴隷なのだろうか。
こういった店では客に1番の商品を見せ付けて、購買欲を煽るのだろう。
ミチオ君はやり手の商人アランにまんまと乗せられた。
そういった物語なのだから、等と言う野暮な詮索は無しだ。
服屋だって知らない客が来たらまずは1番高い服を勧める。
──これはちょっと・・・、ではこちらなどは。
そうやって徐々にランクを下げて行って、
客の買えそうなラインを見定めてから見繕うのだ。
そうであった場合、彼女はこの店最高の奴隷だと言う事になる。
しかし彼女を買って帰ったら、多分ナズとアナが嫉妬する。
要らない軋轢を作りたくは無いし、もう十分だって。
イルマの病気を治したら3枠目だ。
お腹一杯、もう満足です。
情が移ってもいけないので、なるべく顔は見ないようにした。
「解りました。
そういう事でしたら私共を贔屓にして頂いている、
シュメールの商人をご紹介致しましょう。
その前に、ユウキ殿の腕前を見せて頂きたい」
「腕前?どういう事でしょう」
「お料理をなさる、との事ですよね?
これらの器具が無ければできない料理に至るまでには、
他にも様々な料理を思い付かれたのでしょう。
何か料理を作り、振舞って頂けませんかな?」
えっ・・・。
何それ踏み絵?
ではやって見せて下さいとか、良く言うなこの人。
大体調理道具も材料も無しにどこでやるんだよ。
家で下拵えしようにも既にぶっ壊されてしまっているだろうし、
調理場を何とかして貰わないと無理だろう。
「生憎、材料も道具も持ち合わせておりませんし、
今は旅亭に泊まっておりますのでそういった事ができなくて・・・。
残念ながら──」
「材料はこちらでご用意しますし、
場所もこの館にある炊事場を使って頂きましょう。
こう見えても沢山の奴隷を抱えているので、
当館は調理場も材料も整っております」
「そ、そうですか。では追加の材料などは買いに行かせて頂いても?」
「お作りになられた料理の材料費等は後程こちらで負担致しますので、
是非お願いしたい。
この家には私と妻、息子夫婦にそこの用心棒の5名が居ますので、
是非異国の珍しい料理を振舞って頂きたい。
それを交換条件に致しましょうか」
無論タダで紹介して貰えるとは思っていなかった。
それなりの対価、金銭や物品などを要求されるかとは思ったが、
まさかその要求が料理だなんて。
確かに料理を思い付いたと言ったのだから、
自分は料理人だと思われている。
料理人と言うジョブ自体には就いていなかったとして、
最低でも精通した者だと言う事実は覆しようも無い。
や、やるしかないのか。
この世界ではまだ有り得無い料理。
しかもここでやれと言われた。
ナズに手伝って貰う訳にも行かない。
そもそも今から味付けを教わるのでは遅過ぎる。
大体教えて貰うにしたって材料も台所も無い。
エミーなら実力は更に上だろうが、彼女はまだ多くを話せない。
料理のノウハウを教えて貰うにはハードルが高過ぎる。
詰んだか?
オーバーホエルミングで無双とか、
この世界で生きて行くのは楽勝だとか、
浅く考えていた過去の自分を恥じたい。
実際に生活し、大きな交渉事をするには本当の実力が必要なのだ。
さもなければただの町民、いやそれ以下だろう。
この世界では、並に暮らす以外は何をするでも高く付く。
たとえ住む世界が変われど生き残っていくためには、
やはり自分自身の能力を伸ばして行くしかないのだ。
今できる事か。
こちらの世界に来て作った物は、
マヨネーズ、チリソース、タコス、クレープ、ピザ、うどん、ラーメン、
そしてカレーだ。
マヨネーズでは弱過ぎる。
こちらの国には既にあるかもしれない。
チリソースだけでは微妙だ。
料理とは言えない。
タコス?
いやいや、金持ちの食卓に乗せる物では無い。
あれは軽食だろう。
料理、と言わしめる物では無いはずだ。
例えるならば、パンを置き替える位の小さなおかずにする1品である。
ピザ・・・弱い。
チーズを載せて焼いただけのパンだと言われたらそれまでだ。
うどんやラーメンは出汁を取る所が大変だ。
エミーがいなければ買い付けられないし、
この国で同じ物を入手できるかどうかすら怪しい。
何だったら同じ物が売っていたとしても、
それがこの国では現地語の商品であった場合、そこで終了だ。
・・・カレーか。
それしかないのか。
幸い、この国には米がある。
カレーライスが再現できる。
ルーは残り半分。
5人分の量でギリギリだ。
自分達の分は、あの1回ぽっきりだ。
一発逆転のチートアイテムとして、
カレールーを使用するなんて全く想像していなかった。
こちらに来て、カレーが恋しくなったら数回に分けて食べよう、
そんな安易な思いから持って来ただけだ。
ミチオ君があれこれ哀愁してアレも無い、コレも無いと愚痴っていたので、
せめて自分はカレーだけでも持って来ようと思ったに過ぎない。
仕方あるまい。
イモ、ニンジン、玉ねぎ、それから米を買って来よう。
豚バラはエミーのアイテムボックスにある。
米を炊くのが大変なのだよな。
焚ける道具も探さねば。
あれこれ考えて纏まったので、
答えを待っていたサイクリッシュに返事をした。
「解りました。
では自分の考えました料理を1つ、今晩の夕食にお出し致します。
ご賞味頂きましてこれはと思えましたら、
その時は何卒シュメールの商人をご紹介頂きたく」
「ほぅ、今晩で良いのかね。
それでは必要となる材料を用意したら裏口の戸を叩いて下され。
このナイドゥに案内させます」
「では、一旦失礼させて頂きます。また後程」
「楽しみに待っておりますぞ」
商館を出て直ぐ近くの木から旅亭へと戻る。
ナズとアナ、パニはまだ帰っていなかった。
エミーは1人留守番をしていたのでパーティに加え、
これから買い物に行くので手伝ってくれと言って連れ出した。
∽今日のステータス(2021/12/28)
・繰越金額 (白金貨30枚・利用券3枚)
金貨 30枚 銀貨 80枚 銅貨 87枚
迷宮案内費(パーン回避) 銀貨11枚
仲介料 (800й)
依頼料 800
銀貨-19枚
------------------------
計 金貨 30枚 銀貨 61枚 銅貨 87枚
・異世界62日目(夕方)
ナズ・アナ57日目、ジャ51日目、ヴィ44日目、エミ37日目
パニ27日目、ラテ9日目、イル・クル6日目
サンドラの旅亭宿泊2/10日目




