表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界迷宮の追従を  作者: えぁりん
♯第卅章 外国
229/394

§216 目的地

パニと船内で待機する。

このまま落ち着くまでは船に残ると伝えた。


「怖かっただろ?

 もし今後転覆するような事になったら困るので、

 いつでも脱出できるようにここへ残るからな」

「あ、ありがとうございます。

 でも、もしそうなったら他の方々は・・・?」


「全員は助けられないし、ここへ飛べる移動魔法は本来有り得ないのだ。

 知られたまま生かす訳にも行かない」

「そうなのですか・・・」


「それより、服を乾かそう」

「え、あ、そうですね。でもどうやって?」


「どうってファイヤーウォールを・・・」


出したら船が燃える。


ファイヤーボールならピンポイントに狙えるだろうが、

燃やせるような木切れは無いし、

そもそもが水に浸かってしまっている。

パニに直接魔法を浴びせる訳にも行かない。


「無理か」

「そうですね・・・」


「ではせめて服を絞れ」

「かしこまりました」


パニは服と下着を脱いで服を絞った。

華奢な体がひ弱さを表している。

12歳のヴィーの方がまだ肉質は逞しかった。

ろくな物を食べて来なかった割には、だ。


服を絞り終えたパニに、食事を促した。

この様子では朝食なんて食べる訳には行かなかっただろうし、

船の浸水具合を察するに昨晩からこの状態だったと窺える。

多分夜も食べていない、或いは食べていたとしても、

これだけの重労働を続けたのだから腹ペコだろう。


パニにリュックを渡すと、

パンよりも先にペットボトルを手にし、一息で半分まで飲み干した。


「喉が渇いていたか」

「は、はい・・・あの、済みません。

 あっ、ユウキ様の分も必要でしたよね!

 申し訳ありません!いつものように飲めるだけ飲んでしまいました!」


「いや、いつでも魔法で作れるから気にするな。少し休め」

「は、はい。ありがとうございます」


パニをベッドで休ませようかと思ったが、

やはり大きな揺れは続いているし時折衝撃もある。

寝かす事は難しい。

そもそもベッドもずぶ濡れだ。


この部屋に残っている海水は殆ど無いので、

これ以上ベッドが濡れる事は無いと思う。

しかし濡れたシーツはそう簡単に乾く訳が無く、

シーツとマットレスを退けて木枠に腰掛けさせるのが精一杯だった。


自分は隣の2段ベッドの柱に寄り掛かって腕をからませた。

これで大きく揺れても安心だ。


パニはリュックが濡れないように再び二段ベッドの柱へ括り付け、

そこから弁当のパンを1つ掴んでモソモソと食べ始めた。


「この船は転覆寸前だった。間に合って本当に良かった」

「・・・正直に申し上げますと、僕はここで死ぬのだと思っておりました。

 毎日来て頂けていたユウキ様が今回なかなかお見えにならなかったので、

 この船は目的地に着けないと判断され、お見捨てになるのかと」


「い、いや、そんな事はしない。

 パニは大事なうちの子だ、大事な家族の一員なのだ。

 船を捨てるにしても、お前だけは絶対に救けるぞ」

「少しでもユウキ様を疑った僕を、どうかお叱り下さい」


パニも何だかロクサーヌ化している気がする。

いや、元々そうなのか?

元の境遇が悪ければ悪い程、悲観的に考え易いのだろう。


自分なら絶対何とかしてくれる、

そう信じて待てる位の信頼関係は、

まだパニとは築けていないのだと反省した。


「パニ、不安になってしまうのは仕方が無い。

 普通に考えればどう見てもこの船は駄目だった。

 だが、それを引っ繰り返せるのがこの自分だ。

 お前を見捨てる事は絶対にしないので、信じて待って欲しい」

「あっ、ありがとう・・・ございます」


パニが食べ掛けのパンを置き、床に平伏した。

や、めろ、パンが濡れる。

折角絞った服も濡れる。


「パニ、濡れるからめなさい。

 今はそのパンを食べるのがお前の仕事だ。

 また水を掻い出す必要があるかも知れないので、今は体力を戻せ」

「は、はい、申し訳ありません」


パニは体を起こし、食事の続きに戻った。


船の動きは相変わらず酷いものだが、

強烈な突き上げは収まったような気もする。

ひとまず窮地は脱したのかもしれない。

パニを部屋に残し、自分は甲板まで戻った。


とは言え、やはり物凄い波がぶつかっている事は判る。

揺れるし、物凄い音だ。

水飛沫みずしぶきが船に乗り上げ、

そこから僅かな海水が通路に入って来る。


その行く先は船倉だ。

最初はこうして溜まって行ったのだろう。

降雨の分もあったかもしれない。

やがて海水の重みで船体が下がり、更なる海水の侵入を許したのだ。


甲板は未だ戦場が続いていた。

船上の戦場で船長の視線上で洗浄・・・。

いや、ダジャレを言っている場合では無い。


パニがさっきまで着けていたロープを手繰たぐって自分の腹に結び、

あちこち転がり回っている手桶をキャッチして海水の掻い出しを手伝った。


船体が斜めになると、そこに水が集まる。

それを掬って船外へ放り投げる。

船夫たちの真似をすれば良いだけだ。


船縁ふなべりに掴まっているだけでも相当疲れるし、緊張感も凄い。

これをパニは夜通しやったのか。


明かりも無く、落ちたら助からないかも知れない。

そんな恐怖の中で自分が助けに来ない事への悲しみと苛立ちを感じ、

見捨てられたのだと思うのも無理は無い。


今回の件はたまたま運悪く、

木材の運搬や引っ越しが重なってしまっただけに過ぎない。

ちょくちょく様子を見ていた前半と違い、

毎日変わらない様子のパニと船を見て慢心が無かったと言えば嘘になる。


文明や技術背景を考えれば、

船旅が如何に恐ろしい事なのかは容易に想像が付いたはずだ。

忙しさにかまけて子供の様子を見忘れるのは、

父親・・・いや主人失格である。


パニはたまたま間に合っただけに過ぎない。

大事にするとはそういう事だ。

信頼関係がどうのとは、まさに自分が撒いた種であった。


空を覆っていた雲は黒から灰色になっており、

気が付けば海面はしっかりと青黒く見え、

夜明け・・・いや、もうすっかり日が出ている時間となったのだ。


突き上げるような船体の動きはパニを船室に戻して以来感じていない。


嵐を抜けたのだろう。

後1日の距離で危うく転覆し掛けたこの船は、

何とかその窮地を凌いだのだ。


何名かが体のロープを外して、帆を張り直す準備をしている。


そうなのだ。

強風にあおられて折れないように、

或いは船体が引っ繰り返らないように、嵐の際は帆を畳む。


船夫たちがそう判断するのであれば、嵐はもう終わった。

手間取った分急いで航行するのだろう。

食事も飲料水も海水に浸かってしまったのだし、

彼らには一刻の猶予も無いはずだ。


荷は?


船倉は完全に浸水していた。

食料品は多分駄目だろう。

工芸品ならばともかく、木製品も水を吸っては商品価値が下がる。

海上貿易はリスクがあるのだな。


死ななかっただけで御の字とも言える。

いや、船が港へ戻って来る事の方が大事だろう。

こんな船を1隻作るのに一体幾ら掛かるのだ。


国力とは兵器の数であり、船も兵器に数えられる。

戦争の少ないこの世界では、船の数が国力なのだ。

冒険者では運べない国外の珍しい物を持ち帰るに、船は必需品だ。


船夫たちが帆を張り直すと船は揚力を受けて浮き上がり、

ぐっと前に向けて船体が持ち上がった。

船首が小刻みに波を打つ衝撃で、

足元にはゴツンゴツンと軽快な衝撃が加わる。


「「「「「おおおおおおーーーーっ」」」」」」


船夫たちが声を上げた。


加速した船は荒波の海上を離れ、

うねって白く泡立っていた水面は光の反射加減からか、

青黒い濃淡の縞模様に変わった。


風が・・・寒い。


ブルブルっと身震いをしてクシャミをした。

濡れた服に強風が当たり、急激に体を冷やす。

たとえここが暖かな南の地方であっても、

気化熱で急速に冷やされてしまえばここだけ寒冷地だ。


心も落ち着きを取り戻し、冷静になるとドーパミンが失われる。

汗も引いた。

つまり、何かって言うと寒いものは寒い。


自分もロープを外して寒さを堪えるために飛び跳ねたりしていると、

以前自分を案内した船夫が声を掛けて来た。


「よお、ご主人、嵐の中どこに行ってたんだ?

 探したんだが見付からなかったから落ちたかと思ったぜ」


「あ、ああ。ウチの奴隷と交代でこの作業をな」

「へぇ?そうか。船長が話があるんだとよ」


「そうなのか?話と言っても通じないと思うが」

「俺が通訳するんで」


船長はこの状態でも舵を握り締めていたのだろう。

職人気質と言うか、流石海の男だ。感服する。


「xxxxxxx」

「xxxxxxxxxxx」


2人が話し、船長がこちらを向く。


「xxxxxxxxxxx」

「嵐の時にどこに行っていた、と聞いている」


「労働するのは奴隷だ。一緒にいた奴隷にやらせれば良いかと思ってな。

 自分はあちこち見回っていた」

「xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx」


「xxxxxxxxxxxxxxxx」

「ではアンタがあそこで水を掻い出してたのは何故だ?」


「自分の作業が終わったので奴隷を休ませようかと思ってな。

 この船は安全になったのだろう?奴隷にも休息が必要だ」

「xxxxxxxxxxxxxxxxxxxxxx」


「xxxxxxxxxxxxxxxxx」

「確かにもう安全にはなったが、何故分かった?」


「何故って、そりゃ船倉に溜まった水を全部掻い出したからな。

 自分が汲み出さなければ沈んでいたぞ、この船は。感謝して欲しいな」

「xxxxxxxxxxxxx」


「xxxxxxxxxxxxxxxx」


船長が指をさすと、通訳してくれた船夫は船内に戻って行ったようだ。


確認の為か?

雰囲気から察するに、船の一大事に自分が放っつき回っていて、

海水を汲み出す仕事を手伝わなかったと思われているようだ。


確かにそうだけどさ、最後はやりましたよ?

仕事はきっちりやる男、それがユウキです。

やったのはナズ達だけどさ。


先程の船夫が走って戻って来て船長に報告を入れる。


何を言っているかは解らないが、

普通では有り得ない荒業をやって退けたのだから、

こんな糾弾では無く寧ろ誉めて頂きたい。


「xxxxxxxxxxxxxxxxx」

「xxxxxxxxxxxxxxx」

「アンタ凄えな、ホントにアレを1人でやったのか?」


「それ以外に誰がやったと言うのだ。

 誰も手伝いに来なかったから1人で頑張ったのだぞ。

 酒でも出して褒めて頂きたい」


「xxxxxxxxxxxxxxxxxxx」

「xxxxxxxxxxxx!」

「海水に浸っちまって出せる物が何も無くなっちまったが、

 港に着いたら必ず礼をすると船長が言っている」


「それは有り難い。まだ船倉には海水が残っていたから、

 後は皆で掻い出そう」

「そうだな、その時はまた手伝って貰っても?」


「当然だ。そのためにウチの奴隷は早くから休ませている。

 全て掻い出さないと次の荷も困るだろう?」

「よし分かった、じゃあ直ぐにやっちまおう」


「xxxxxxxxxxxxxx」

「xxxxxxxxxxxxxxxxx」


船夫が船長に何かを告げると、船長は手を差し出して来た。

がっちりと握手をして解放される。

意外と怪力だった。


通訳をしてくれた船夫が声を上げて他の船夫を集め、

各自に手桶が渡された。

これから船倉に残った海水の掻い出しである。


自分は桶2つを要求し、部屋で休むパニに声を掛けて仕事を命じた。


手際は流石と言うか、ちゃんと船夫たちは水の集まる場所で汲み出し、

それを手渡して桶リレーを行う。

階段下なのでいちいち持って歩いては疲れるし、渋滞も起きてしまう。

自分は廊下で船夫から受け取りパニへ、パニは別の船夫へ渡した。


この作業はMPの消費が無くて良い。

左から右、右から左へと桶を移動させるだけ、

単純作業が如何いかに楽であるかと言う事は心底身にみた。

楽であれば給料は安い、仕方が無い。


切った張ったの迷宮探索は常に考える事が多く、それだけ実入りも多い。

どこの世界に行っても楽には儲からんのだな。



   ***



「xxxxxxxx!」

「「「「xxxxxxxxxxxxxxxx!」」」」


結構な時間の桶リレーを繰り返すと、

部屋の奥から船夫の張り上げた声が聞こえ、一気に騒がしくなった。


多分終わりを意味したのだと思う。

殆ど自分達で掻い出したので、大した量では無かったはずだ。

いや、その後にも入って来ていた分もあったか。

積み荷からも流れ出ていたし、

1つ上の船室に残った海水が染み出て船倉へ流れ落ちたのだと思う。


自分達はタライと風呂桶でゲートtoゲート、

こちらは手桶で人力リレーなのだから、

それなりの回数が必要となるのは仕方無い。

しかしそれももう終わりであり、この船は既に危機を脱している。


船外にいる側の船夫から纏まった量の手桶が渡され、

自分も船倉にいる側の船夫へ送った。

手桶は元々そこにあったのだろう。


「パニ、ご苦労。全て終わったようだぞ?良かったな」

「はい、ユウキ様もお疲れ様でした」


「先程は船長に感謝された。港に着いたらお礼があるらしい」

「それは何よりです」


「何を他人事のように、お前もだぞ」

「えっ、いえ、あの、僕は特に何もしておりませんので・・・」


「自分の留守をお前に任せたのだ。

 褒賞もお前に任せた分があって然るべきだろう?」

「そうなのですか?良く解りませんが、ありがとうございます」


船夫たちは甲板に戻る者と、

船倉へ残って手拭いで水を最後まで掻い出す者とに分かれたようだ。

数名は船室の掃除を始めだした。

やはりベッドシーツを絞って桶に溜めている。

自分たちがやるような作業はもう無いのだろう。


甲板に出ると先程よりも更に外は明るくなっており、

雲の切れ目から光が差し込んで幻想的な景色となっていた。

大天使ミカエルの降臨か、はたまたヨハネの黙示録か。


ごめん、キリスト教には詳しくないから適当な事を言った。

ともかく、宗教画によくあるような光のカーテンが美しかった。

学術的には薄明光線と言うらしい。


只でさえ生死の境を垣間見たのだ。

この美しく神々しい風景を見て、

古代人たちが天使の降臨を想像しても不思議では無い。


そして既に日は傾いていて、じきに夕暮れとなる事が窺えた。

もうそんなに時間が経ったのかと思える位、

今日1日はあっと言う間であった。


昼・・・食べそこなった。


宿へ帰って食事を取ろうにも、

流石に下げられてしまっているだろう。

もう暫くすると夕食の時間だ。


そもそも船夫全員が後片付けに追われている状況では、

こっそり帰れた所で戻って来るタイミングを計り兼ねる。


今日はこのまま一夜を明かすしか無さそうだ。

あの濡れた部屋で。

生乾きのシーツで。


・・・やだなあ。


いつリザードが襲って来るか判らない荒野よりは遥かにマシかもしれない。

1日だけなら何とか堪える事ができると思う。

これが初日とか2日目とかなら直ぐパニを連れて船からダイブしていた。


いや、実際に海へ落ちる訳では無いぞ。

姿を消して海に落ちたかと思わせれば良いだけだ。


「xxxxxxxxxxxxxx!」


マスト上の見張りが声を張り上げた。

指を差して何かを伝えたようだ。

他の船夫達も何か声を上げた。


よく判らないが、あちらに何かあるのだろうか。

薄眼で見てみたが、やはり自分の目には何も確認できない。

ぼんやり暗くなり始めた東の空。

その反対側は太陽がギリギリ目視できる位の光加減になっていた。


そして青黒い色で覆われた海面との切れ目に黒い線が1本見える位だ。


・・・?


まだ夕焼けが深く広がっている訳では無いので、あれは夜空の色では無い。

そうか、目的地だ。

うっすら大陸が見えて来たのだ。


ただし、ここからはまだ時間が掛かるだろう。

見えたか見えていないか、ギリギリ。

やはり到着は明日なのだ。


順調に航路を進んでいた事へ安堵しつつ、

船室へ戻ってパニとパンを半分にしてかじり、

湿った窮屈なベッドでパニの背中の体温を感じながら目を閉じた。


  *

  *

  *


ドタドタと動き回る足音が気になって、不快感で目が覚める。

船夫達が急ぎ足で駆け回っている事は何かあったのだ。


何が?

敢えて問う必要は無い。

目的地に着いたのだ。


荷が運ばれている様子では無かったので、恐らく到着準備だろう。

係留ロープの準備やマストを畳んだり、

オールでゆっくりと接岸したりと、忙しいはずだ。


パニはまだ眠っていた。

昨日は一晩中、そして昼も重労働をしたのだ。

恐らくパニに取って初めての肉体労働だったのでは無いだろうか。

しかも即死オプションと死の宣告付きの。


死に物狂いで限界まで働いたのだと言う事は良く解る。

このまま寝かせてやりたかったが、ここは宿屋では無く仮眠室。

直ぐに追い出されるし、接岸したらもっとうるさくなる。


到着したら宿を取ってやるので今日は1日寝てくれ。

あっ、いや、冒険者にさせないとな。

うーん、しかしこちらは明日でも良いと言えば良い。

目覚めが良ければで。


パニの体は冷たく冷え切っていた。

ベスタ曰く、竜人族は体温調節に難があって、

朝晩は冷たくなってしまうのだとか。


ヴィーは朝から元気であったが、それは毎日暑い位の気候であるからだ。

北国の生まれならば昼型だった事だろう。

温めてやろうにもシーツはまだ湿気っているし、どうにもならない。

せめてこすって温めてやろうかと、背中をさすった。


気怠そうにうめいた後、パニは目を覚ました。


「ユ、ユウキ様ですか・・・おは・・・ようございます。

 済みません、寒くって、体が動きません。

 少しだけお待ち頂けませんでしょうか」


「だろうな、まだ今直ぐ動く必要は無さそうなので、

 このまま温めてやるからじっとしていろ」

「も、申し訳ありません。ユウキ様の手を煩わせてしまって」


「気にするな、今日はこれから忙しくなる」

「そうなのですか?」


船が目的地へ着いたら冒険者に成って貰う、

そう前以て言って置いたはずだが、この様子では多分忘れている。

その位の一大事が起きたので仕方あるまい。


まずは体を洗って服を着替えさせて、次に食事。

転職は何時から可能なのか判らないので、

体を洗っている間に聞きに行こうか。


パニの体の温かさが少し戻ったような気もする。

パニ自身も手足をり合わせて体を温めていた。


「もう大丈夫です、動けます」


「よし、ではもうじき接岸だ。甲板に行こう」

「はい、準備致します」


パニはベッドの柱に括り付けてあるリュックを背負って靴を履き直した。

グショっと言う気持ちの悪い音が聞こえる。

靴も洗ってやらないとな・・・。

直ぐには乾かないだろうから、ナズに1足サンダルを作って貰おうか。


もう殆どナズは靴屋さんになっている。

これまで自分とラティ以外、全員分の靴を揃えて来た。


そして・・・甲板に出た。


明るいが、日はまだ僅かにしか出ていない。

夜明け前、いや夜明け丁度だ。

ハッキリと陸地が目の前に見えた。


石とレンガで覆われたシルクスの港とは違い、

こちらは石垣で整えられた立派な港に、

倉庫や他の建物は木造であったが綺麗に作られていた。


レンガを積んだような壁では無く、塗り込んである。

セメント、と言うよりは漆喰のような。

より和風に近い建物が並んでいた。


「xxxxxxxxxxxxx!」

「「「「「「「ウォォォォォォ!」」」」」」」


船長が何かを叫ぶと、船夫たちも勢い付いた。


船夫達は陸と反対側の船縁ふなべりへ一列に並び、

長い手漕ぎオールで接岸位置を調節していた。


──ゴトンッ!


衝撃と共に重めの音が鳴り、

港側にいる者へ渡してあったロープが引っ張られて、

船は波止場の係留杭ボラードに固着される。


甲板にいた船夫が接岸面側の船縁のロックを外し、

そこにタラップを掛けてロープで縛った。

そして待ち構えていた船長が下りて行った。

続いて船夫たちが板やらロープやらを持って降りて行く。


自分達が下りるのはもう少し落ち着いてからで良いだろう。

我先にと行くような場面でも無いし、そもそも別に急いでいない。



   ***



船夫達の降船があらかた済んだようなので、自分たちも下船した。


初めて踏み入れる異国の地だ。

ええっと、国の名前は・・・しまったな、もう覚えていない。

困りものだ。


異世界その物が異国の地と言うなれば、

もう既に2か月程前には外国と言う物を経験したが、

これはそういう話では無い。


自分は生まれてこの方海外旅行なんてした事が無かった。

自分の稼いだ金で、いや勝ち得た褒賞で、自力で初めて国外に出たのだ。


感極まって始めの1歩が震えた。


「おっと」

「ユウキ様、お気を付け下さい。濡れていて滑り易いですね?」


ぐにゃっと膝の力を失って蹌踉よろめき、パニが支えてくれた。


「あ、ああ、ありがとう。助かった」


滑った事にされたが、滑った訳では無い。

感極まって震えただけだ。

言い訳がましいが、助けて貰った事には謙虚に感謝した。


下船すると直ぐ、例のブラヒム語を話せる唯一の船夫がやって来た。


「やあ、ダンナ。あんたのお陰で俺たちは無事に到着できた。感謝するぜ」


「それは良いんだが、積み荷が濡れてしまっただろう?」

「その事なら心配無い。元々荷は波が被ったり水に浸かって当然なんだ。

 だから油紙で巻いてあってニカワや蜜蝋で覆ってある。

 たとえ船が転覆したとしても、木箱さえ回収できたら中は無事だ」


「そうなのか、凄いな。

 濡らしてしまって申し訳無いなと思いながら、

 水を抜いたが心配無用だったかな」

「おう、荷は無事、俺たちも無事、アンタ凄えよ。

 どうやってやったのか知らないけど、ただの商人じゃなさそうだな?

 シルクス様から書状を貰える位なんだからどんな成金かと思ってたけど、

 そうじゃなくて実力者だったんだな」


「ま、まあな」

「それで、船長からの礼なんだが、

 宴席ったって言葉も通じないんじゃ用意してもしょうがないって事で、

 特別に宿屋を取るからそこを使ってくれとの事だ。

 どうせ来たばかりでどこにも取ってないよな?

 旅立ちの暁亭って言うこの街で一番高い旅亭の一番良い部屋だ。

 ゆっくり観光したり商売してくれよ、じゃあな!」


「お、おう。またどこかで会ったら宜しくー!」


話の解る船夫はまだ仕事があるのか、用件だけを伝えて船に戻って行った。

そうだよな、積み荷が無事なら、これから運び出しだ。

船倉には相当量の木箱があったので1日、いや2日以上の作業だろう。


到着して酒や食事、体だって洗いたいだろうが、

彼らは荷を降ろすまでは仕事なのだ。

では早速その何トカ亭と言う所で世話になろうか。


その前にこの街の冒険者ギルドだ。

シルクスに一旦帰らねば。


ここは相当に離れた異国の地。


ワープでパニと2人で帰ったらまたMP切れでのたうち回るかもしれない。

その際、パニには強壮丸を渡していない。

あの場にいたのがナズだからこそ助かったのだ。


ナズは実体験で自身のMPが枯渇したし、

木材の運搬作業に於いても2人以上で運ぶのは無理だったと説明した。

今回桶を手で受け取った事でやらかしたと判断できたから、

咄嗟とっさに強壮丸を飲ますと言う対応ができた訳だ。


ワープでの移動は危険だ。


ではフィールドウォークならば?


MPは盛れるだけ盛った状態である。

一般的な冒険者ならばMPが足りなくて飛ぶには困難な距離のようだが、

自分は魔法使い6人分以上のMPを盛る事ができる。


それでもワープでは一度に2人すら厳しかった。

加えて、更にあれから1日分の距離を移動している。


しかし消費が少ないフィールドウォークでならば、

シルクスまで行けるのでは無かろうか。

距離依存で消費MPが比例的に増えるのであれば、

理論上は5倍以上の距離を飛べて然るべきだ。



   ***



冒険者ギルドは直ぐに判った。

靴のマークの看板で間口は広く、建屋の扉も無くて開放されている。

どこの国でもこのスタイルなのは変わらないのだろう。


入って直ぐ右にあった物は貼り付け絨毯では無く、

麻布に模様の描かれた物が吊り下げられていた。

この国は・・・絨毯が高価?


所変わればと言う奴だ。

恐らく絨毯に加工するだけの毛皮を持った家畜が飼育されていない。

或いはそれ以上に麻布が安価であり、

染めたり絵を書く技術が浸透しているかのどちらかであろう。


パニの話では食べ物が豊富だと言っていたが、

それは肉では無く穀物なのだろうか。

麻布が掛けられている位だ、穀倉地帯、農業国家なのだろう。


そういえばシルクスの港町では、

ここから輸出されたらしい乾燥トウモロコシが陸揚げされていた。

後でこちらでは幾らで売っている物なのかを見て置きたい。

唐黍粉トウキビコが安く手に入るなら嬉しい話だ。


そんな事はさて置き、

冒険者のスキルであるフィールドウォークを道化師にセットして、

詠唱する事無くフィールドウォークを使用した。


冒険者自体に職を変更してしまうとMPがかなり減ると思う。

Lv1だし。


──ヴォンッ。


ワープと何ら変わりないゲートが開き、先にパニを入らせた。

自分が先に入っては、ドクターストップを掛ける者がいなくなる。

移動に失敗してここでのた打ち回られても、パニだって困るだろう。


・・・?


余り減った感じがしない。

ワープよりかなり消費が少ないと言う事は良く解かった。


続いて自分も通過する。

何ら気分に変化は無い。

寧ろ余裕だ。


試しにもう1度往復してみた。

全然平気だった。


更にもう1回・・・うーん、あまりこういう事はやらない方が良い。

2人進んで大丈夫なら一度に2人ずつで良いじゃないか。

また枯渇したら大変なんだぞ?

めとけめとけ。


・・・い、いや、MPだ。減ったのだ。

5回の移動でちょっと気持ちが凹む位で賄える。

船の上ではワープである必要性があったが、

この国とシルクス間に限って言えばフィールドウォークで事足りる。


海水を被ってビタビタのままであるパニを放って置くのも可哀想なので、

実験はここまでにして冒険者ギルドから宿へと急いだ。


そこで改めて朝食を取る。

あっ、パニの分は無いよな?

皆に少しずつ分けてもらおうか。


取っていた部屋に入ると既に机には4つのトレイが並べられ、

アナもナズもイルマも、パンを少し齧った所であった。


「ご主人様!お帰りなさいませ、その恰好は・・・」

「お、おかえりなさいませ、如何でしたでしょうか?」


「ああ、船は問題無くあちらに着いた。

 パニが餓えているので食事を少しずつ分けてやってくれ。

 それから下の受付で追加の湯を貰って来て貰えないか?

 海水をかなり被って気持ちが悪い」

「あ、それでしたら私が」


アナが小銭を受け取り、追加の湯を注文しに出て行った。


4人部屋なので食事は4人分。

少しずつパニに切り分け与え、パニは全員に感謝を述べて回った。


パニとイルマは初対面だ。

お互いに軽く挨拶をしただけであったが、

後で落ち着いたら皆に紹介せねばならない。


あちらの国の旅亭も良い部屋だとは聞いたが、

そこは何人入れる部屋なのかは聞いていないし、

そもそも9人泊まれるように食事などを手配しなければ。


パニが食事を終えた位でアナが湯桶を持って戻って来た。

アナに食事をさせ、体はナズに拭いて貰った。

手の空いたイルマがパニを拭こうとしたが、パニは全力で拒否していた。



   ***



「それでは、ナズはアレクスムの鍛冶ギルドへ。

 パニは・・・そうだな。冒険者への転職の儀式を受けられそうか?」

「えっ?・・・て、転職ですか?」

「ええと、そういえば僕には仰っておられましたね、緊張致します」


「体の方は大丈夫か?

 辛いなら一先ひとまず休んで、また明日でも良いぞ?」

「い、いえ、大丈夫です。十分休ませて頂きました」


「そうか、無理はするなよ?」

「はい、大丈夫です」


「そうか。それから・・・ナズはもう条件を満たしているので心配するな。

 既にあちらとも話は付けてある。

 ちゃっと行ってササっと転職して来ればそれで良い」

「は、はい、かしこまりました・・・?」


「パニの方は良く解らないので、駄目だったら理由を聞いて来てくれ。

 条件だけなら達成しているはずなので、多分心配は要らないと思う。

 転職ができたら何か購入できる物があれば購入したいので、

 それも合わせて聞いて置いてくれ」

「はい、やってみます」


ナズをパーティに入れ、3人でアレクスムの冒険者ギルドに飛んだ。


「済まないが、冒険者に転職を希望したいのだが」

「はい?・・・ええと、貴方様でしょうか?」


「いや、こちらの竜人族の男だ」

「はい、ええと・・・とてもお若いですね。この方は貴方様の?」


「奴隷だ」

「ではこちらに主人の名前を書いて頂いて、

 転職手続き料の銀貨10枚をお支払い下さい」


か、金取んの?

ギルド神殿の箱トカに触れてピカーとかモヤモヤ~で終わるんじゃないの?

セコイな。


・・・そうでも無いのか。

手続きをするのは職員だし、これも仕事の一環だ。

条件を満たさない者が殺到した所で業務の妨げになるし、

一定の足切りは必要である。


・・・と言うか、条件って探索者Lv50だけで本当に良いんだよな?

若干不安になる。


「ナズ、代筆を」

「あ、はい。・・・ユ、ウ、キ、フ、ジ、モ、ト、これで大丈夫です。

 行ってらっしゃいませ、パニちゃん」

「あっはい。ありがとうございます、ナズ様。

 それでは行って参ります、ユウキ様」


「ああ、駄目でも怒らないからちゃんと話を聞いて来いよー」

「か、かしこまりましたー」


パニは受付の女性に連れられて扉の奥へ消えて行った。


「では次はナズだ。

 お前の場合はそのまま制約無く転職させて貰えるから行って来い」

「あ、あの、それでは以前お借りした本を返却したいと思うのですが」


「お、そうか。もう終わったのか」

「はい、昨日最後のページを・・・」


そういえばそんな事を言っていたな。

丁度転職の日に製作手帳の写しが終わったのか。

タイミングが良過ぎる。


借りた本を返却した日が次へのステップアップの日だ。

おっと、その前にナズの職業を鍛冶師へ戻して置かなければ。


 ・ナジャリ  ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv52


これで良し。


「では行って来い。後で迎えに行く」

「はいっ、頑張って参ります!」


頑張るも何も、条件は既に満たしているので頑張る必要など無い。

そもそも頑張った位で条件がくつがえるなら、

もう何だって有りだろう。


笑顔でナズを見送り、

自分は新大陸へ向けての準備を始めるべく、

新たな拠点となる街の冒険者ギルドへ移動した。


フィールドウォークで、だ。


うっかりワープを出すととんでも無い事になりそうなので、

暫くは封印して置こう。

∽今日のステータス(2021/12/24)


 ・ナジャリ     ドワーフ ♀ 16歳 隻眼  Lv4


  ↓


 ・ナジャリ     ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv52



 ・繰越金額 (白金貨30枚)

     金貨 36枚 銀貨 52枚 銅貨 27枚


   宿代シルクス          (60й)

    お湯追加 ×2           60


   転職受験料(冒険者)       銀貨10枚   


            銀貨-11枚 銅貨+40枚

  ------------------------

  計  金貨 36枚 銀貨 41枚 銅貨 67枚



 ・異世界60日目(昼前)

   ナズ・アナ55日目、ジャ49日目、ヴィ42日目、エミ35日目

   パニ25日目、ラテ7日目、イル・クル4日目

   サンドラッド到着まで1日、シルクスの旅亭2/2泊目

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ