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異世界迷宮の追従を  作者: えぁりん
♯第一章 旅立
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§001 決断

「着替えはどうしようかな・・・」


藤本結城は1人で呟いた。


これからキャンプへ行くかのようなしっかりとしたリュックに、

買い揃えた道具や替えの下着を詰める。


だが、行く先はキャンプでは無く異世界だ。


現代日本の常識に囚われない、

何が起きるか解らない世界、それが異世界だ。


しかしながら、結城はこれから行く先を知っている。

いやちょっとだけ知っている。


よくある異世界モノの小説は、

いきなり死んで、いきなり未知の世界に放り出され、

唐突に命令が下ったり、謎の力が働いたりする事が前提だろう。


結城もそのような本の読者の1人だったし、

ある意味そのような世界には憧れがあった。


理不尽な今の世界に1発逆転、

そうはならなくとも、少なくとも今より良い生活を夢見る・・・。

別に異世界モノや転生モノを知らなくても、

誰しも考えそうな事である。


就寝前の布団の中で、とある物語の中に生きている自分を・・・。

幾度となく妄想して楽しんでいた、お気に入りの世界があった。


  「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」


それがその小説のタイトルである。


この物語は未完で継続中であったが、休載が続いていた。

もう続きは見られないのでは、と言った噂すらあった。

だからこそその後のストーリーを想像で補ったり、

その世界で「自分ならこうして生きたい」といった想像が広がった。


妄想の世界でも十分過ぎる程に楽しめていた結城に取って、

「憧れの世界に行けるチケットを手にした」と理解した時は

激しく心が躍った。


   *

   *

   *


結城の家は、病気がちだった父が他界するまでは父子家庭であった。


母は父親の病気が悪化するもっと前に、

  ──以前から交際していたであろう

男と出て行った。


病院に入ろうかと言う時になって、

充てにしていた預貯金は母親に持って逃げられた後だと判り、

2年と言う短い闘病生活の中でこの世を去った。


大学生活の3・4年を父の看護に明け暮れたため、

単位こそ何とかなったものの、就活では大きく後れを取り、

父を送り出した時点でその望みは完全に途絶えてしまっていた。


このまま就活浪人をするか、

退学して直ぐに始められる職に就くか・・・。

ある意味、究極の選択をしなければいけなかったのだった。


同学の友人たちは次第に疎遠になり、

就活を決めた者から集まって遊び始めた。


就活に失敗した結城には、当然そんな暇も余裕も無い。

そもそも、来年からはどうやって生活していこうかと悩む程であった。


しかし父に対しては疎ましく思う事は無く、

寧ろ最後まで支えた事に充実感があったのだ。


結城が異世界への扉を発見したのは、丁度そんな時だった。

苦境から脱出した人のブログや、

人生相談のホームページを回っていた時に、

よくある広告の中に気になる文言があった。


  ──自殺を決意する前に! 24時間受付!


女性のオペレーターが大きく描かれており、

何でも相談に乗りますよ、と誘っている「如何にも」なその広告は、

他の広告と比べて異常な位大きく目立っていた。


普通こういった広告は定格の大きさがあって、

それ以上は出しゃばらないはずだ。

ここを押せと言わんばかりのこの広告は他と比べて明らかに異質であった。


もっと言うと閲覧していたブログのレイアウトを完全に無視して、

本文が見えなくなるまで重なってしまっている。


よくある広告ならクリックはしない。


そもそもこんな大きさでは、怪しいウイルスサイトに飛びそうだ。

しかし短文で説得力があった。

結城は気になってしまった。


金儲けで騙すようなサイトなら本能で危ないと分かるが、

これは逆にそういった人への救済だ。

金を取りますとは書いていないのだ。


困窮者を騙して借金をさせる?

そんなサイトだったとしても、騙される程に追い詰められてはいない。

元々結城の思考は前向きで、誘導に乗るほど情弱でも無かった。


政府機関の電話相談窓口であるならば基本的に無料だ。

民間なら支援を受け始めてからは有料なのかもしれない。

自立できたら寄付や返済が始まるタイプかもしれない。


変に知ったような文言で説教を垂れる人生相談のブログよりも、

「取り敢えず話してみませんか?」と言う謳い文句に結城は興味を持った。


「へーこんなサイトがあるんだ」


結城は呟いてその広告をクリックした。


  ──選んで下さい


クリック先には何かを選択する項目が並んでいた。

まずはプレイするゲームの世界を選ぶような項目、

次に、登場種族を選ぶ項目、登場する国家の数・・・。


テーブルトークゲームなどで使う世界を設定をする項目のようだ。

そのようなゲームがある事は知っているが、

知識だけでそんな仲間が結城にはいるはずも無い。


放課後に辺鄙へんぴな部室に集まってゲームを興じる集団では無く、

友人同士吊るんでカラオケやゲーセンに繰り出す、

いわゆる陽キャのグループであったからだ。


それより、何故自殺を思い留まらせるサイトに、

ゲームの世界観を設定をするような項目があるのだろうか。

結城は益々気になった。


普通はキャラクターメイク画面があって、

世界そのものを作ってから遊ぼうだなんて言うゲームは聞いた事が無い。

不思議に思ったその時、結城の頭には衝撃のような閃きがあった。


(もしやこれはあの世界への扉なのでは無いだろうか?)


思い付くのは、あの世界。

ミチオ君が最初に戸惑って適当に設定した、あの画面だ。


心臓からはバクバク鳴る音が聞こえる。

全身は熱く感じられ汗がドバっと噴き出ている。

あの世界に行けるのかもしれない、緊張のあまり足が震えた。


異世界で、知識を活かして、特別なスキルで無双する。

誰もが憧れるそのチケットが・・・ここにあるのだ。


この異世界に行く事は簡単だ。

交通事故でうっかり女神に拾われたり、

心臓発作で苦しんだりする必要が無いのだから。

痛みや死ぬ事も無く、安全に向かう事ができる。


それに強制でも突然でも無いから、こちらには用意をする時間がある。

どうせならしっかり準備して行こうと、

ブラウザの画面をそのままに通販サイトを開こうとした。


(マウスが・・・え?・・・何だこれ、フリーズしてる・・・)


嫌な汗が出た。

さっきまで期待と興奮で熱くなっていたのに、

今度は焦りと戸惑いで急激に体が冷えて行く。


パソコンは例の世界設定する画面でフリーズしてしまっていた。

インターネット回線のアクセスランプも消灯しており、

通信はしていないように見える。


普通なら何もしていなくても、

制御のために何かしらのデータのやり取りがある。

ランプは常に点滅して然るべきなのだ。

そのランプまでもが消えてしまっていた。


いや、全てが固まってしまっていた訳では無かった。


設定画面内限定でマウスは動いたし、

ボタンは押せば反転し、もう一度押せば元に戻った。


クリックするたびにピッピッっと安っぽいゲームメニューの音が鳴る。

このサイトだけは機能している、考えられるのはそういう事だ。


結城は安堵した。

熱したり冷ましたりした心情に、

新たに冷静さが加わり、鼓動の音が意識に入って来た。


異世界への扉が開けっ放しになっており、

既に結城はあちらの世界へ片足を突っ込んでいるのだと理解した。


このサイト以外の、全てのパソコンの機能が停止しているのだ。

先程まで、煩く鳴り響いた心臓の鼓動は聞こえない程に収まり、

流れ出た汗は・・・気化熱なのか冷やされて結城の体を急激に凍えさせた。


(なるほど、準備時間か・・・)


幸いな事に結城のデスクトップパソコンには、

お宝と言われるようなデータは保存していなかった。

結城自身がいなくなった所で、誰かに触られても困る事は無い。


そのようなファイルは全部スマホでも見られるように、

外部ディスクに保存してあった。

と言う事は、まずはそれの処分をしなければならない。


仮にこの異世界転生が失敗したとしても、

溜めるだけ溜めて見ないようなお宝コレクションは、

もう無くなってしまっても痛手では無い、そう割り切れた。


(いやちょっとは名残惜しいが)


最近は集める事が優先で、消化と言う点に於いては見さえしていなかった。

こういった物から卒業する良い機会だったのかもしれない。

そう、驚く程にすっぱりと手放す事を決断できた理由は、

先駆者の生活環境を知っていたからだ。


結城は童貞だった。

中学の時に付き合っていた彼女はいたが、

教育熱心な「元」母親に反対されていた。


高校に入ってからは疎遠になり、そして自然に消滅してしまった。

結果的に、健全な交際と言う範囲でしか女性経験は無い。

今思えばエリート志向が強い母親だったのかと振り返った。


その後も親の離婚で、受験で、父の介護でと、

結城には恋愛をしている余裕がなかったのである。


そもそも男を作って出て行った母親を前に、

「こいつらに騙されたくない」といった反感が芽生えてもいた。


合コンに呼ばれた時でも、

積極的に話し掛けてきた女の子を何度も袖にしていた。

そんな事もあってか友人の中では安パイと思われていたらしく、

父の病状が悪化するまでは誘われる事が多かった。


別に女体に興味が無い訳では無いし、性欲だって普通にある。

いまいち信じられないだけなのだ。

と、心の中で言い訳をするのであった。

∽今日の戯言(2021/07/21)


実はこの戯言、本文を書いた日ではなく、

随分先の話ができてから書いております。


当初はこの項目はありませんでした。


冒険記録に対する矛盾が無いようにするための私的なメモ・・・

がいつの間にかこの欄外を生み出し、

そして記録が不要だった1章に食い込みました。

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