§162 終着駅
さて、明日は愈々(いよいよ)56層への突入である。
昨日は1日休みを出して英気を養って貰った。
若干名迷宮の虜になった者がいたようだが、危険な事をさせたくは無い。
練習用に潜る階層はせいぜいLvの半分位までだろう。
それって20層じゃないですか、ヤダー!†
自分達が登って来た軌跡を数日で追い越されそうではある。
それを言うと本来10年掛かる所を40日で登って来た自分は、
ジャーブから見たらどうなんだと思われている事だろう。
パワーレベリングの仕組みはアナにしか漏らしていない。
恐らくナズには伝わっているので、
自分の起こす奇怪な現象は一番奴隷の2人のみが認知している。
そういった意味で言うと、この2人だけは絶対手放す訳に行かない。
ボルドレックには勝たなければならないのだ。
それにはLv上げだ。
56層に行く練習も兼ねて、今日は55層で頑張ると決めた。
昨日の夕食時にはその旨を伝え、練習概要を説明したのだった。
*
*
*
今日の目標は55層のボス部屋だ。
トラッサの55階層は現状この国で潜る事ができる迷宮の最終らしいので、
屈強な探索者の終着駅となっている。
これ以上迷宮の深部に行きたければ国を出るしかない。
しかしここに至るまでには30年近くを要している訳であり、
現役をそろそろ終えそうなランカーが多く、
家庭を持つ高収入の探索者が中心だ。
更なる富を目指し心機一転新たな地へ、とは行き難い。
つまりその日の稼ぎが得られれば良い者達なのだ。
朝早くから集まって来ないし、夕方付近にもいないのである。
その時間帯こそが我々にはチャンスなのだ。
前回は運良くロールトロールが出て来なかったが、
アナが忖度した結果なのかもしれない。
今回はボス部屋を目指すと言う事もあり避けて通れない面もある。
さあ来い、天敵。
前回アナの探知ではパットバットが悉く発見できなかった。
パットバットは認知されないような特殊なオーラを出しているか、
気配を殺して移動するのかなのだろう。
そもそも洞窟コウモリはひっそりと密集しているのが定説だ。
よくある冒険物の映画なんかでは暗闇で主人公が音を立てると、
群れとなったコウモリが一斉に飛び立つ定番シーンがある。
我々人族には認知し難いのがコウモリの実態なのだ。
アナが選ぶ魔物のグループには、
パットバットが混じっている事を常に警戒するべきだ。
「ご主人様、角を曲がった所にピックホッグにロールトロールです」
「多分パットバットも混じるだろうから、
2匹程度は多くなる事を考えて行動しろ」
「申し訳ありません。その通りでした、気を付けます」
曲がった先に居ては壁越しとなって鑑定できない。
前衛3人が駆け出すと同時に、自分も確認のために外周へ回った。
パットバットは1匹、合計3匹の構成だ。
伝えるよりもオーバーホエルミングで狙い撃つ。
矢がゆっくりと飛んで行く最中に、耐性ダウンを3体に掛けた。
直ぐさま暗殺者に切り替える。
忙しいな。
魔法の心配が無い階層なので、
細工師は外す事も可能だがそれでは育成にならない。
ジョブをもう1つ加えるにはかなり大きなポイントの出費が必要となる。
現状、これが最適解なのだ。
矢で起こされたパットバットがロールトロールの背後から顔を出した。
これをアナが捕る。
ロールトロールはヴィーが受け、ピックホッグはジャーブが取った。
立ち位置的に最短距離でそうなってしまったが、
安心感で言えば逆の方が良いと思う。
ともかく取ってしまったので今更変更はできない。
魔法は最適解で水魔法だ。
ロールトロールには耐性では無いが弱点でも無い。
従ってヴィーが最後まで戦う事になる。
弓でしこたま狙って毒化を優先した。
3ターン目の水魔法を発動した時点でようやくアナがパットバットを石化、
ヴィーが頑張って耐えていたロールトロールの囲みに加わる。
ヒラヒラと飛び回るパットバットは耐性値が高いのでは無く、
攻撃自体が当て難いのだ。
ナズのように叩き落とす方が相性としては良いのだろうが、
アナのエストックではそれができない。
浮遊系の魔物に刺突剣では不利だ。
とは言えフワフワ漂う気まぐれ屋をナズの位置まで誘導するのは困難だし、
こう成らざるを得ない。
ここまでの間ロールトロールはヴィーがしっかりと抑えていた。
アナが囲みに加わったが、全く相手にせずヴィーを執拗に狙い続ける。
そこがトロール族の弱点でもある。
一方的にアナの攻撃を受けたロールトロールは程無くして石化した。
次で魔法は5ターン目となる。
ロールトロールは毒になったのかどうだろうか。
アナは見ていなかったようなので報告が無かったが、
毒が入っていなければまだまだ相当に時間が掛かる。
魔法だけで倒すのもかなり困難だ。
更なる威力アップを狙いたい。
勇者のオーバードライブと魔道士による中級魔法。
ここで頑張ればそれも視野に入って来る。
Lvアップも捗るだろう。
ピックホッグも石化が完了し、後は殴るだけだと思ったが、
どうせなので魔法で倒した。
その数なんと40発。
10・・・いや11~12異分程度で倒せるのならば、
それでも十分早い方なのかもしれない。
それでも消耗が激しいのは間違い無い。
精神的にもMP的にも体力的にも。
最大MPも増えたし、都度弓を混ぜればMPの枯渇は無いのが救いだ。
実戦闘自体はアナの石化に依り短くなっているが、
これが次層のゴーレム相手では殆ど役に立たないと解っている。
何かもう一手対策が欲しい。
だが現状ではこれが限界なのもまた事実。
余り一方的に倒し過ぎても騎士たちから怪奇な目で見られる可能性が高い。
順当に進んでここを攻略する段階となった時、
もう少し自分たちの強化ができていれば良いのだ。
***
1戦1戦はこれまでより10倍の時間が掛かるようになった。
昼まで掛けて倒した魔物の数は明らかに少なかったと感じる。
パーティ全体の消耗は石化のおかげでそれ程でも無いのが救いか。
そもそもが明日の練習なので、
ここでへばってしまわないと言うのは大事な事ではある。
20グループ程倒し終えた際に、
アナは中間部屋へ直接飛んで来た探索者の気配に気付いた。
時間的にはそうだな・・・1戦闘が約10分、魔物を探すに約1分なので、
20グループは大体3時間半程度だ。
家を出た正確な時間が良く解らないが、
現在の時刻は11時半・・・こちら的には8異時位だろうか。
エリート探索者たちが狩りを始めて、
迷宮の奥地までやって来る時間が今頃なのだろう。
中間部屋の位置が判明した事で、直ぐに迷宮の攻略は後半へと移った。
午後はボスを目指せるだろう。
次の2グループを目処に、ひとまずはそこで切り上げた。
いつものように家の廊下へゲートを出して帰宅する。
「あっ」
そこで一歩踏み出した瞬間にエミーとぶつかった。
風呂場に出して置いた水桶をキッチンへ運ぼうとしていたのだろう。
エミーの声を聴いた。
2度目だ。
一度目はナズの歌を初めて聞いた際、本当に微かな声で姉を呼んだ。
自分がゲートをくぐりながら詰まった事で、
後続のナズはまだこちらに来ていない。
聞いたのは自分だけだった。
エミーは持っていた盥を床に置くと、
平伏すように頭を下げた。
本来ならばここは叱責がある所なのだろう。
突然出て来た自分が悪いのだし、逆にエミーに怪我が無くて良かった。
自分の怪我は手当てで治療できるが、エミーが出血したら面倒な事になる。
立膝を突いてエミーを起こした。
「エミーは大丈夫か?」
「・・・(ません)・・・」
微かだが、返事が返ってきた。
声には成っていないが、息だけで出せる極々僅かな声だった。
エミーが喋った。
「エミー、今声が出たな?」
「・・・・(ふるふる。)」
それ以降は喋れないようだ。
口がモゴモゴと動くが、開かない。
遅れてゲートをくぐったナズも、その返事は聞いた。
「エミーちゃん、今声が!」
(ふるふる。)
エミーにも自覚が無いようだ。
しかし確実にエミーは良くなっているのだと思う。
「ご主人様!エミーちゃんが」
「解ってる、解ってるから騒ぐな。あまり驚くと却ってエミーに毒だ」
「は、はい・・・」
エミーを撫でてやり、水桶はナズが持った。
お茶を入れる所だったらしい。
鍋に半分、煮え立った状態でティーバッグが浮かんでいた。
「エミー、心配しなくても良い。さっきの事は怒っていないからな?
それより、もしできるなら喋れるように練習してみてくれ」
(・・・・・・こく。)
「それじゃ、ナズ。後は頼んだ」
「かしこまりました、用意ができましたらお呼び致します」
(ぺこり。)
初めて聞いたあの時のエミーの声は高く、可憐だった。
あの声色で語り掛けられたら、どんなにこの家が明るくなろうか。
その声は周りを癒す、差し詰めカナリアのようだった。
小さいナズの声は、ドワーフらしく低くてやや太い。
肺活量や筋力の問題なのだろうか。
但し歌の際には高く透き通った声も出せるようなので、
そちらは経験と言うか、発声の技術力が高いのだと思う。
アナも体格は割と良い所為なのか低くも高くも無い。
ヴィーは声変わりしていないんじゃないのだろうか、子供のそれだ。
竜人族にも声変わりがあるかどうかは知らないが。
パニもテノールボイスで可愛らしい。
あれは苛めたくなるな。
男娼に置かれた理由が納得である。
そういう趣味は無いけど。
自室で横になった。
エミーの心には改善が見られる。
病気はどうだ、糸口は見付けたもののどうなるかまだ判らない。
そういえばカビはどうなったかと見に行ったが、
小麦粉の塊は薄黄色いままだった。
もう一度納屋に行き本を開く。
カビの発生的に果物の皮が適切であると書いてあった。
他にもブルーチーズに発生する青カビと同一である事や、
チーズをカビ床にした場合のみ
毒性のある物質が発生しない等も書いてあった。
勇み足で取り敢えずやってみずに、
しっかりとコラムまで読んでから行うべきであった。
つまり、チーズをカビさせて青くなればそれで正解だ。
しかしブルーチーズなんて洒落た物は食べた事が無いので、
実際にはどんな物か知らない。
ここがネックだ。
果物の皮は様々な雑菌やカビ類が元々住んでいる。
乾燥した大気中から発生を待つよりは可能性が高いだろう。
そういえば昨日ナズがフルーツを幾つか買って来た。
台所で小麦粉を練って小さく小分けにし、
果物の表面に押し当ててカビの胞子を移植する。
メロンっぽい物、オレンジっぽい物はタプスだったっけ?
それからどう見てもパイナップルだ。
それからマンゴーかな?
アボカドっぽい、長細くてごつめの皮に覆われた物もあった。
5種類の果物の皮から取った新しい苗床を、
培養している桶の中に並べて置いた。
結果が出るまでは2,3日掛かるだろう。
幾つも並列比較しながら行う事は大事だ。
最初の1つがダメだった場合、また次の実験で2,3日掛かる所であった。
合理主義ではあるが理系では無いので済まんな。
エミーは自分が小麦粉を打っている姿から、
また自分が何か作るのではとメモの用意までしていたようだが、
作ったのは食事では無いのだ、済まない・・・。
だがその用意周到で学習意欲がある姿を褒めて撫でてやった。
魚を解した濃い目のスープに、小麦粉を練って作ったすいとん。
そしてフワフワのパンで昼食を取った。
魚介から取った出汁のうどんのような物だ。
スパイスが入っているので思っていた物とは若干違った味わいだが、
機会があれば自分でも作ってみたくはなった。
魚醤ベースの汁を作ればうどんが作れそうではある。
ナズが食堂時代に良く食べていた賄いだそうだ。
なるほど、全部適当に混ぜて放ったらかしで煮れば作れる簡単料理だな。
たまにはこういう胃に優しい物が良い。
明日の夜に胃が靠れる程の宴会がある事は目に見えている。
食べる前に、飲む!†
そんな便利な胃腸薬はこちらの世界に・・・無いだろうなあ。
アナもジャーブも、宇金が何から出るか知らない様子だった。
迷宮産ではあるし薬剤扱いなのだから、
所持モンスターは植物系なのだろうけども。
そして食後は55階層の続きだ。
中間部屋以外で休憩しているパーティをアナが察知し、
そこを目指して進めて行った。
エントランスと中間部屋以外で休憩できる場所と言ったら、
もうボスの待機部屋しかないのだ。
答え合わせをしたようなものである。
パットバットの強襲攻撃は盾持ちのヴィーとアナからすれば楽勝で、
ジャーブはロールトロールを取らなければ絡まれても平気だった。
ゴーレムと同様、体格差のある魔物は集中しないと拙いのだろう。
そういえば9層のスローラビットの魔物部屋で、
ミノのタックルを食らっていた。自分も被害者だ。
カウンター型戦士の欠点でもあるのか。
そこは敢えて防御を張って体で受け止めるとか、色々考えてみて欲しい。
ピックホッグは前衛陣3人に取って都合の良い壁扱いだった。
3匹も並べば奥の敵をこちらに寄せ付けない。
攻撃も突進や爪攻撃しかないので低めに盾を構えれば済む。
ロールトロールならそこを越えて来るが、それはヴィーが取った。
いや、ヴィーへ吸い寄せられるように狙って来る。
結局ラフシュラブがいる場合はいつも最後に残り、
アナに依る石化で終了するパターンが続いた。
極稀に出て来るブラックダイヤツナを見る度にトロを願ったが、
祈るだけ無駄であった。
そこだけ狙って料理人を付ける事も難しい。
バラバラのタイミングで毒が入るし、
石化すると若干魔法に弱くなるために、
後何ターンで倒せるかが全然読めないのだ。
実数が見えない数学は止めて頂きたい。
自分は文系だってば。
***
午前と同じ位の敵を倒した所でボス部屋を発見した。
待ち合うパーティはおらず、到着したら扉が開いた。
行くか、行かざるべきか。
勿論、行く必要は全く無い。
明日56層へわざわざ送って貰う必要が無くなる位だ。
56層でボスのゴーレムとやり合うなら話は別だが、
騎士団たちの殿を務めるだけなので、
雑魚さえ倒せればそれで事足りるはずだ。
「ええと、行く意味は無いと思うがどうする?」
「どういう事でしょう?」
「ご主人様の魔法と石化で何とか倒せておりますが、
ボスにも有効かどうかが判りかねます。何か情報がありませんか?」
「ええと、俺はやってみたいです」
「あっ、アタイも!」
アナは慎重に、ジャーブとヴィーはイケイケだ。
この階層ではボス2匹にお供の数も2匹。
合計4匹を相手取る必要がある。
56層ではボス2匹とお供4匹で合計6体だ。
その先の安全確認に慎重な理由も判る。
パットバットのボスが何なのか判らないが、
危なそうなら全員脱出だ。
パットバットが麻痺攻撃を持つので、
当然ボスも麻痺の攻撃は持っているだろう。
だからボスに張り付くのはジャーブとヴィーだ。
ナズとアナはお供を取る。
1人1体、取れるか?
可能性のある魔物はパットバット、ピックホッグ、
ロールトロール、ラフシュラブ、ブラックダイヤツナ。
どれもアナもナズも一度は経験しているし行けそうだ。
パットバットのボスを前衛2人が受けられるかどうかに掛かっている。
止める事はできないだろう。
パットバットと同じく浮遊して気まぐれに攻撃をまき散らしそうだ。
それらを全て説明し、準備をする。
「良いか、少しでも不安定になれば直ぐに引く。
アナが麻痺をしたら立て直すが、
それ以外の要素が絡んだら入り口に戻れ、いいな?」
「「かしこまりました」」「大丈夫です」「イクゾー」
既に扉は開かれている。
自分達が飛び込んで、失態を演じるのを期待しているかの如く。
迷宮と言う生物が口を開けて、今か今かと待ち侘びているのだ。
無知、と言うのが今日程恐ろしい事は無い。
今なら止める事ができる。
ここまで説明してしまった手前と言うのもある。
だがここを越えられないようでは、
ボルドレックとの決闘も無理だろう。
あちらの用意する戦闘奴隷はここを容易に熟して来るような、
歴戦の戦士をレンタルして来る可能性が高い。
当然だ。
ここがこの国では最高難度らしいから、
力自慢であるならば当然ここをクリアする。
ここを越えなければエミーの姉は手に入らないのだ。
「ええい、ままよ」
そんな台詞なんて日常で使う訳が無いと思っていた。
古臭い古典の、文語的表現だ。
しかしどういう訳か、それが今一番しっくりと来る。
奴隷ハーレムを夢見たミチオ君も、
ルティナの一件からは目標を変えた。
自分もここで知識を生かしてスローライフを送る予定が、
どういう訳か迷宮の最難関へ挑戦し、
女を賭けて権力者に楯突こうとしている。
しかしここを越えれば自分自身に箔が付く。
自信が持てるのだ。
今まで面倒だと逃げて来た色々な人生の選択を、
今ここで取り返すチャンスを与えて貰ったのだ。
「行くぞ!」「「「「はい!」」」」
全員一斉に駆け出す。
自分も2本撃ちがヒットする位置まで間合いを詰めた。
抗麻痺薬を指に嵌めた左手は、まだボスも確定していないのに汗ばんだ。
その位で弓のグリップが乱れたりはしないが、
心は落ち着いていないのが良く解る。
集中だ。
目の前のボスを正確に射るには冷静を取り戻す必要がある。
煙からボスに変化し、2体の大きなコウモリが現れた。
お供はラフシュラブとパットバットだった。
これならばナズとアナが抑えられる。
但し、立ち位置が逆だ。
「ナズ、アナ、逆に回れ!得意な方を!」
「「はいっ」」
お供の魔物が動き出す前に配置を修正できた。
既にヴィーは大きなコウモリに飛び掛かっている。
鑑定を行うとその名はバッドバットだった。
悪いコウモリ、良くない危険な感じがする。
毒麻痺眠り、流石にコウモリから石化は無いだろうが
麻痺眠りなら2人とも安心だ。
但し、毒耐性がジャーブには無い。
昔からコウモリは病原菌の塊だとも聞く。
このバッドバットが毒を持っていた場合、ジャーブは危険だ。
念のためアイテムボックスから万能丸を取り出して左手に追加した。
パーティライゼーションはいつでも使用できる。
オーバーホエルミングで状態異常耐性ダウンをばら撒く。
ジョブを入れ替え、暗殺者をセットする時間までは十分にある。
そしてそこから1射目の弓を引いた。
放つと同時にオーバーホエルミングの効果が切れ、
間髪容れずに水魔法を連射する。
いつもなら成り行きを見守る所であるが、相手は未知のボスだ。
早めに始末しなければならない。
追撃のオーバーホエルミングで2本撃ちを2回、
合計4本の矢をバッドバットに当てる。
バッドバットにはパットバットと等しく矢が刺さらなかった。
弾かれて散らばり、戦場のデブリとなる。
動き回るヴィーの周りに貯めてしまうと、
うっかり踏んで滑って転びそうだ。
撃ち込んだのはジャーブの方だったので、今の所心配は無い。
パットバットの2倍はある大きさで、
更に黒く塗りつぶしたように見えるバッドバットは、
動きも素早くヴィーは翻弄されていた。
ボス部屋は迷宮よりもやや天井が高くあり、
その大きさでも悠々と上空に退避するのだ。
幾ら何でもヴィーのジャンプ力では届かない。
なるべく他の者へ狙いが行かないように追い払い、
低空飛行した場合には盾で受けたり薙いだりしている。
それで良い。
一方的にやられないと言う形で十分だ。
ジャーブはカウンター型だ。
失敗しても防御があるし、相手の出方をじっと待っている。
全く読めない急降下に対してしっかりと反撃を与えているのを確認した。
この状態が続くのであれば安心だ。
水魔法の3ターン目を発動させる。
この時点でアナがラフシュラブの石化を完了させ、ナズの下に付いた。
ナズはいつの間にかパットバットを踏み付けて一方的に槍で突いており、
2人で囲むと程無くして石化した。
やはりナズとコウモリは相性が良いらしい。
「ヴィー、離れてナズと代われ!」「あいっ」
「えっ?あっ・・・、はいっ!」
近くのジャーブへ加勢しようとしていたナズをヴィーに付けさせる。
アナはジャーブが受け持っている方に派遣させた。
空中に逃げようともナズにはリーチの長い槍がある。
届かない所まで飛行されても、ナズはその槍を投げ付ける。
確かに、相性抜群だ。
ジャーブはカウンターをせず急降下を剣で払って床へ落とし、
アナが盾で押さえ付けた。
アナ1人では力不足だったようで、
バッドバットは荷重を払い退けて再び宙を舞う。
そう、アナは意外と軽いのだ。
装備も軽めを選んでいるのでナズのように踏み付ける事は難しい。
「済みません!折角の機会を」
「大丈夫です、今度は俺も加わりますっ」
再びジャーブはカウンターの体勢を取り、バッドバットを誘う。
「ヴィーちゃんそっち」
「あいっ!」
ナズの方は空中を浮遊するバッドバットを槍柄で叩き落とし、
ヴィーの足元に送った。
ヴィーがバッドバットを踏み付ける。
ヴィー自体の体重は軽めだが、装備は重装備だ。
足と盾で押さえ付けられたコウモリは、
藻掻きながらキィキィと鳴いた。
直ぐにナズも抑え込みへ加わり、
2人の女子による一方的な囲みの時間が始まった。
くわばらくわばら・・・。
アナの方も抑えに成功したようで、
ジャーブが大剣を押し付け、逃げないようにアナが盾で退路を塞いだ。
そして2匹を石化させて終了した。
「ヴィー、剣を貸せ」「えっ、あっ、はいどーぞ」
石化された塊を叩きつつウォーターストームを浴びせる。
10回以上からは数えるのを止めたが、
多分30回程度の魔法でバッドバットは煙へと変わった。
コウモリの目が2つ手に入ったが、また良く解らん物を・・・。
ギルドカウンターで売却する際に聞けば良い。
もうアナもジャーブも知らない未知の領域なのだ。
馬芹が何から出るか知らなかった時点で、
彼女らの持っている知識は頼りにならない。
「ふー、どうだった?」
「意外と行けますね、びっくりしました」
いや、行けると豪語していたのはジャーブだろう・・・。
意外って何だよ、ダメ元じゃないか。
そんな気軽に命を懸けないで欲しい。
「ご主人様の作戦のおかげですねっ!」
「私は信じておりましたので」
嘘吐け!
一番不安そうに思っていたのがアナじゃないかッ!
「と、トドかなかった・・・アタイやくに立ってない・・・」
「い、いや、ちゃんと追い払って、
他の者に迷惑を掛けないよう制御できていたじゃないか。
それで十分だぞ?」
「でも・・・」
最も威勢が良かった子が最も反省をしている。
まったく、どいつもこいつも。
「ともかく、崩れるような事も無かったし、
自分たちは一応55層でも通用した。
これは誇って良いぞ?お前達はこの国の迷宮を制したのだ」
「そ、そういえばそうでした。ここが最終階層なのですよね?」
「うーん、最終階層と言うのは違うな、許可されている中で、だな」
「ここで修業を積めば、私はもっと強くなれますか?」
「これ以上強くなってもなあ・・・。
もうアナは誰にも負けない位の強さを持っているぞ」
「ありがとうございます、ご主人様。
とても・・・とても嬉しいです。
何とお礼を申し上げて良いのか判りません」
アナの表情が変わる。
普段あまり感情を表さない娘が、飛び切りの笑顔を見せている。
夢が叶い、気が緩んだのだろう。
元々向上心が強かった娘だ。
自身がこの国の最終層に辿り着けた事で、
自己肯定感が強まったのだ。
戦闘奴隷である者の矜持は、強くなり主人に認められる事だからだ。
それはつまり、これまでずっと気を張っていたと言う事に他ならない。
ひとつの目標が達成されたのだから、
これからはもう少しゆったりと構え、気を緩めて欲しい。
「俺はまだ実感が湧きません。
奴隷になった時は30層位で潰されて終わるのだと思っていました。
それが20層でも楽々、ここでも何の不備無く戦えて、
おまけに迷宮を制してしまいました」
「ジャーブ、お前は自身で思っている以上に強いし才能もある。
やはりお前を選んで良かった。
これはお前を買った翌日からずっと思っていた事だ。
以前窮地に陥った際、救出する事ができて本当に良かった」
「も、勿体無いおこ・・・とば・・・を・・」
ジャーブが男泣きした。
何と言おうが今迷宮の最深層にいるのだ。
そしてそこで勝利を収めた。
苦戦では無く、善戦だ。
感極まったのだろう。
そういう自分はこの後の56層から先も攻略して行く気満々で、
ここで終わりだとは微塵も思っていない。
今そう言ってしまうと折角の雰囲気をぶち壊してしまうので黙って置いた。
空気の読める日本人だ。
「よし、では56層へ行って帰ろう。今日は終わりだ」
「「はい」」
56層に上がると迷宮への通路には柵が置かれ、
騎士2人が行く手を阻んでいた。
「ご苦労様です」
「ボスを倒して来たのだな。この先は進めないぞ」
「はい、解っています。明日が楽しみですね」
「ちょっと待て、お前何故それを知っている」
ん?・・・機密事項だった?
俺なんかやっちゃいました?†
隠してもしょうがないので素直に言う。
「ルスラーン様から明日の同行を許可されましたユウキと申します」
「ルス・・・し、失礼しました。様子見と言う事でしょうか」
「まあ、そんな所です。それでは失礼します」
「ハッ、お声掛け痛み入ります」
ダンジョンゲートの横へ家に繋ぐゲートを出し、そのまま帰宅した。
∽今日のステータス(2021/11/06)
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv50
設定:探索者(50)遊び人:水魔法/知力中(43)
魔法使い(45)英雄(43)細工師(43)暗殺者(14)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv43
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv42
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 騎士 Lv42
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv41
・エマレット 狼人族 ♀ 19歳 料理人 Lv32 OFF
・パニ 竜人族 ♂ 15歳 探索者 Lv40
↓
・フジモト・ユウキ 人間 男 21歳 探索者 Lv52
設定:探索者(52)遊び人:水魔法/知力中(44)
魔法使い(47)英雄(45)細工師(46)暗殺者(20)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv44
・アナンタ 猫人族 ♀ 20歳 暗殺者 Lv43
・ジャーブ 狼人族 ♂ 28歳 騎士 Lv43
・ヴィクトラ 竜人族 ♀ 12歳 竜騎士 Lv42
・エマレット 狼人族 ♀ 19歳 料理人 Lv32 OFF
・パニ 竜人族 ♂ 15歳 探索者 Lv41
・収得品
赤身 × 1 削り掛け × 4
鉄 × 7 鋼鉄 × 1
ヒレ ×21 コウモリの牙 × 92
コウモリの目 × 2
・異世界44日目(朝)
ナズ・アナ39日目、ジャ33日目、ヴィ26日目、エミ19日目
パニ9日目、56層同行まであと1日
・トラッサの迷宮
Lv 魔物 / ボス
51 ブラックダイヤツナ / ※
52 ラフシュラブ / ※
53 ロールトロール / ※
54 ピックホッグ / ※
55 パットバット / ※バッドバット




