§151 先入観
夕食に出された蛤に、アナもヴィーもパニも舌鼓を打った。
元一般人であったジャーブは食べた事があったようだが、
バター醤油味は初めての経験だったらしく、
気に入ったようで大事そうに食べていた。
魚醤自体がレアな調味料だし、手の込んだ調理は無かったのだろう。
またエミーを連れて行けばいつでも手に入るし、
自分で入手出来るならば大層な物では無い。
やはり深層階に挑める上級探索者や冒険者は、
それだけヒエラルキーが高いのだろう。
こういった物を探索者ギルドから買うと高く付くし、
自分が町民の立場だったら買取金額より少し色を付けて、
知り合いの探索者が居れば直接頼むと思う。
恐らく、皆そうしているのだ。
冒険者ギルドの方で大量に募集を掛けても、
アイテムボックスを持たない一般市民では
食材のような生モノは腐らせてしまう。
だからこそ特別な時にしか食べられない高級品なのだろう。
蛤を始めとして、ウサギの肉やトロ等は。
どうしても必要ならば多少高く付いても買取カウンターから買う。
エミーは言い付け通りにスープと焼き蛤の2品を出して来た。
いや、スープはナズが作ったらしい。
あっさり塩味の蛤エキスのスープに、
浮かんだ青菜がより一層旨みを引き立てる。
これ、魚醤を入れてパームオイルを入れればラーメンになるんじゃあ?
小麦粉はある。
練って伸ばして細く切るだけだ。
箸やフォークが無いので、食べ難いかも知れない。
木のスプーンの溝を彫って作ろうか?
加工道具が無いので、ウッツに頼んでみても良いかもしれない。
具材はこれからバラ肉が手に入る。
魚醤に浸して1日煮込めばチャーシューもどきになると思う。
今食べている青菜もスープに良く馴染み、
ほうれん草や青梗菜ぽい。
卵もあるし、絶対ラーメンができる。
よし、次回はラーメンだ。
ラーメンを作ろう。
蛤ラーメンだ。
らぁめん亭フジモト家だ。
・・・。
よく考えたら湯切りが必要なんだが、多分そういった物は無いと思う。
金物でそこまで精密な網目を作る技術がまだ無いはずだ。
布で良いか?
雑布で濾せば何とかなりそうだ。
残りの蛤のスープを啜りながら、ニヤけた。
「さて。今日も酒場に行くが、一緒に付いて来る者はー?」
「ハイハイハイ!」
「あっ、俺も良いでしょうか?その・・・、頼んでも」
「私はいつも頂いておりますので、気にしなくて良いかと思います」
「ええっとジャーブさん、
お酒の事でしたら果実のジュースとお値段はさほど変わりませんよ?」
「そうなのですか?」
「もしかして、高そうだからと遠慮していたのですか?
ジャーブさんらしいですねっ!」
「え、いや、別にそういう訳では!」
「以前から私のコップを見詰める視線には気付いていました。
今更取り繕っても意味はありません」
この3人はもはや既定路線だ。
酒の話で盛り上がれる位には仲が良くて微笑ましい。
エミーも無言・無表情で片手を挙げる。
彼女は歌を聞きながら黙々と食べるだけだ。
多分両方とも気に入っているのだろう。
「パニも行こうよ!」
ヴィーからパニへお誘いが掛かった。
おお、これは良い雰囲気だ。
女の子から誘われて無碍に断る男子なんて──
「い、いえ、僕はそういうのは・・・」
いたーーー!
ここにいたよ。
ダメでしょ、そういう時は一緒に行かないと。
そんなだから妾奴隷に落とされてしまうのだよ?パニ君。
笑顔で睨み付けて、行けと威圧を掛ける。
「わ、わかっ、分りました。い、行きます」
よしよし、取り次いだ。
ではヴィーにエスコートさせよう。
「ヴィーから誘ったんだし、色々教えてやれ」
「うん、分かった!」
「よ、宜しく・・・お願いします」
これで頑なに行かないとか言われたら、お説教部屋行きになる所だった。
「それではまた後で呼ぶ。アナ、風呂を用意する」
「かしこまりました、待機しております」
と言ってもアニマルトラップを1匹倒せば十分賄えるので、
実際1人で行けなくも無い。
正面を誰かが持ってくれさえすれば、もうアナで無くても良いのだ。
MPは十分伸びたと思う。
もう直ぐ魔法使いもLv40に達しそうな勢いだ。
ベテラン・・・いや大御所の域に達したと言っても良い。
遊び人の補助スキルはMP中上昇をセットしてあった。
英雄の持つ知力中上昇を付けたら魔法の威力は更に上がるだろう。
そろそろ攻勢に打って出るべきか。
弓があれば一方的にMPを回復できるのだし、
次なる一歩を踏み出すべきである。
しかし風呂を用意する時間自体は動かしようがない。
現状では30分以上掛かる。
魔道士のジョブを取得して中級水魔法を出せるようにならないと、
根本的な問題の解決とはならないだろう。
それでも迷宮に行く頻度が1度で済む事は大きい。
それもボス1匹だ。
風呂場で勤しんだ後、ナズを酒場に送り届けた。
忙しそうに仕込をしていた女将さんに、
今後ナズを狙った者が来るかもしれないと言う事を伝えた。
それを返り討ちにする予定があるので、
心配せず逆に焚き付けてくれともお願いして置いた。
女将さんは非常に驚いていたが、
結局ボルドレックに狙われている事実がある以上、
いつまでも逃げ回っているのでは無く、
どこかで決着を付けなければイタチごっこだと説明して理解を得た。
女将さんからは、ナズを絶対に守るよう念を押された。
やはり女将さんは優しい人だ。
後で6人分のタコスを注文すると告げ、一旦家に戻る。
家に帰ると、今はヴィーが風呂に入っているとの事だった。
ジャーブと共に部屋で休んでいた風呂上がりのパニを呼び、
自室へ来るように言い付ける。
エミーは部屋にいなかったので、台所だろう。
彼女は洗い物をしているのだと思う。
これから野暮な話をするのだ、
聞かれない方が本人にも良いだろうと思っての配慮だ。
先に戻り、アナと椅子に座って待つ。
自室へ置いた豪華な椅子は居間へ置いた物と同じように座り心地が良く、
これに背凭れのクッションを追加したら、
そのまま転寝してしまいそうな勢いだ。
ナズとアナに用意した椅子は木製なので、
座布団位は用意してやった方が良いかも知れない。
ただここで頻繁に相談事をするアナはともかく、
ナズの方は休憩をするとなると居間でエミーと話しているようなので、
この椅子のうち1脚は不要だったかもしれない。
もう少し実情に合わせて用意するべきであったか。
──コンコン。
「うん?入って良いぞ?こちらから来いと言ったのだ」
「し、失礼します」
アナと話していたらパニがやって来た。
そんな畏まらなくても。
パニは恐る恐る部屋に入ると、
用意して置いた椅子にシャツを脱いで掛けた。
待て待て待て。
既にズボンの紐を緩めていたので慌てて止めた。
「待て、おい、パニ、待て。
そういうつもりで呼んだ訳では無いからな?良く周りを見ろ」
自分の隣にアナ、パニは対面へ座れるように椅子を用意して置いた。
3者面談の構図だ。
これから事を致すような構図に見える訳が無いと思うのだが、
先入観なのか品評でもされるかと思ったのか。
元はそういう奴隷だと教育された訳だから仕方が無いのか?
身請けした当日にそういうつもりは無いのだと言ったのに。
気が変わったとか思われた?
うーん、パニの信頼を得るにはまだまだ遠そうだ。
4日目では仕方無い所もあるか。
そういえば家での過ごし方に付いては、
説明を誰かに丸投げしようと考えていた訳で。
そんな事で信頼関係とか言えた物では無かったな。
人生日々反省だ。
脱いだシャツを着させて椅子に座らせると、
自分が口を開くよりも前にアナがパニへ忠告した。
「パニ、ご主人様が仰らない事はしなくて良いのです。
余計な先入観を捨てて、言われた事だけをしなさい」
えぇぇぇぇーっ!?
アナがそれを言うか?
THE・忖度娘のアナから出る台詞とは思えない。
自分の言いたい事が解るのはアナだけだと言う余裕だろうか。
ま、まあ良いや。言わんとする事はそれだ。
「は、はい。申し訳ありませんでした」
「さて、ここへ呼んだのは先程食事の際に尋ねた件だ」
「ええと、どういう事でしょうか」
「この家で、自分はお前達に選択の許可を与えている」
「は、はい。それは初日に伺いました」
「酒場に行くかどうか尋ねた際の、行かないと言う選択は尊重する」
「は、はい」
「だが、ヴィーからの命令は絶対だ。必ず『はい』と返事をするように」
「えっ?ど、どういった事でしょうか・・・?」
「お前のこの家での仕事は家事手伝いと、
いずれ冒険者となり皆の移動を助ける事、
それからヴィーの管理だ」
「ヴィー様の?・・管理とはどういう事でしょうか」
「ヴィーはまだ子供だし、落ち着かない所がある。
アレは元々盗賊でな?常識が無いし無茶をする」
「えぇっ!?そ、そうだったのですね・・・」
「そこで、ヴィーの言葉も含めて常識的な事を教育させ、
生活の補助ができるようにと、ご主人様はあなたをお選びになりました」
アナが補足をする。
先程相談していた内容だ。
そのために部屋へ呼ぶのだとも言って置いた。
「ぼ、僕がヴィー様の・・・?教育係と言う事でしょうか?」
「概ねその認識で良い。後は、これだ」
昨日拾って来たボレーを10個、机に置いた。
竜人族はボレーを食べなければいけない。
どういう理屈なのだろうか。
鳥ならば胃酸が少ない胃袋で消化を助けるために、
固く尖った小石などを食べて咀嚼の代わりにすると言う。
竜人族は鳥が先祖だと言う話を聞いた。
ナズの歌っていた歌にもそのヒントがあるようだ。
ヴィーが言っていた。
しかし亜人として進化した竜人族には歯があるし、
咀嚼のための小石は必要無いだろう。
確かミチオ君は、奴隷商からボレーを与えないと力が出ないと聞いていた。
子供は卵なのか胎生なのかは知らないが、
卵を産む際のカルシウム源になるのかもしれない。
そうだとしたら男性も必要とする辺り、色々納得が行かない。
要するにこのボレーの中に含まれる成分の何かが、
魔法的に働いて竜人族の強靭な骨格を作ったりパワーを生み出すのだろう。
クラムシェルのドロップアイテムであるシェルパウダーが重曹のように、
ボレーを砕いた何かの成分が竜人族の滋養強壮に成り得るようだ。
「い、頂いても?」
「お前たちには必要だろう?ヴィーと合わせて半分ずつだ。
これからはお前が必要とした時に、ヴィーにも与えるように。
無くなったら言ってくれ、また取りに行く」
「か、かしこまりました。ヴィー様の体調管理も仕事なのですね?」
「そうだ、お前にはヴィーと仲良くして貰わなければならない。
彼女の機嫌を損ねる事は厳禁だ」
「それが先程ご主人様の仰った、
ヴィーの頼みは断らずに聞くようにと言うご命令です」
「か、かしこまりました」
「ただし、明らかにヴィーの方が間違っている事や、
皆に被害が及ぶような事は何としても止めろ。
その際は必ず報告をする事。仲良くやって行って欲しいからな」
「かしこまりました」
「自分からは以上だ。エミーが風呂から上がったら酒場に行く」
「緊張しなくても大丈夫です。美味しい料理に、飲み物もあります。
酒場と言っても酒以外も頂けますので、パニはジュースを頂きましょう」
「そ、そうなのですか。僕はてっきりお酒しか無いものだと」
「それで断ったのか、お前は先入観で色々損をする奴なのだな」
「これからパニは色々な事に挑戦して行きなさい。
ご主人様の下ではそれが許されます。
自分自身を高めて行きたいと、そう思える素晴らしいご主人様です」
ちょ、何を言い出すのか、アナは。
そんなに褒められると照れるじゃないか。
本人を目の前にして良くもまあ言えたもんだ。
本心なのだろう、だから惜しげも無く協力してくれるのだ。
ナズも、ジャーブも、この3人は本当に尽くしてくれている。
ヴィーは・・・まあ懐いてくれてはいるようだ。
エミーはまだ良く解らないが、本心らしい気持ちは前回少しだけ垣間見た。
胡散臭い宗教団体がする改宗の説得みたいな流れになってしまったが、
言いたい事はヴィーと仲良くしてくれと言う1点のみだ。
後は宜しく頼んで置きたい。
「じゃあもう、部屋に戻って良いから」
「あの、この前にお預かりしたウサギの毛皮の売却代金なのですが・・・」
「それはお前の駄賃だ。
どうせ家にいたら暇だろうから、仕事の合間に買い物を楽しんで良いぞ。
ウチでは定期的に小遣いを出す」
「ええっ!?」
パニが驚いてアナに視線を合わせたが、それにアナは頷いて肯定した。
一番奴隷の眼力だ。
1発アウト、ノックダウンだ。
有無を言わさず終了した。
これだよ、これ。
ナズかアナが居ると話が早くて助かる。
「戻って良いぞ?」
「は、はい。あの、ありがとうございました」
パニは部屋を出て行こうとしたが、ボレーをしまい忘れている。
「おいパニ、ボレーだ、ボレー。お前のアイテムボックスに入れて置け」
「は、はいっ!」
「ちゃんとヴィーにも与えるのですよ?忘れてはいけませんからね」
「はいっ!だ、大丈夫です!」
***
その後はエミーの風呂を待ち、
風呂から上がった事を申告して来たので6人全員で酒場に向かった。
アレンジされて食べ易くなったタコスの辛さは、
パニにはギリギリ平気だったようで、
ヴィーの「食べられなかったら私にちょーだい」は却下されたようだ。
但し、2切れ目は半分与えていた。
良いぞパニ君、良くやった。
ジャーブも酒が進む丁度良い辛さのタコスを片手に、
ホドワの酒場でも1杯を楽しんだようだ。
待てよ・・・酒飲みにはラーメンだ。
締めの1杯は日本で大人気の文化だ。
アルコールで靠れた胃は、
油膜で保護してやると緩和されるのだ。
酒の宛に油物が多い理由なのだから、
締めのラーメンは理に適っている。
ここで出してみては・・・?
ま、まずは最初の1杯を成功させなければ話に成らない。
それはいずれやってみる事にして、
今日は6人の子らと共に、酒に歌にと楽しんだ。
「ところで、あの歌っておられる方はどなたなのですか?」
と、パニが言うまでは和やかであった。
∽今日のステータス (2021/10/27)
・繰越金額(白金貨2枚)
金貨 90枚 銀貨198枚 銅貨123枚
酒場代 (1360й)
ミード ×2 200
タコス(大) ×12 780
カクテル ×3 150
カルーア ×1 80
ジュース ×5 150
銀貨-13枚 銅貨-60枚
------------------------
計 金貨 90枚 銀貨185枚 銅貨 63枚
・異世界39日目(夕方)
ナズ・アナ34日目、ジャ28日目、ヴィ21日目、エミ14日目
パニ4日目




