§143 修練
朝食を終わらせ、アナをボルドレック邸裏手にある崖の下へ連れて行った。
今日はそこでイルマを待つのだそうだ。
企画参謀、隠密行動、情報収集、もう殆ど忍者である。
そういえばボーナス武器Lv1は日本刀であった。
暗殺者を極めたら、アナは本当に忍者へ成れそうな気がする。
Lv30を突破したが何も起きないと言う事は、
転職可能となるには次の大台であるLv50が必要なのだろうか。
毒麻痺と睡眠そして石化、
全ての状態異常に掛ける事が条件かもしれない。
睡眠と石化は熟しているのだし、
毒と麻痺の武器をどこかで入手した方が良いだろう。
アナを置いたら次はヴィーとジャーブだ。
昨日の練習を基に、実戦をしたいと言い出した。
安全かつそこそこ面倒で、
尚且つ手数が多い魔物を所望される。
そんな都合の良い魔物がいてたまるか。
実力的には10階層位までなら凹られても平気だろう。
念のため回復アイテムを渡して置き、
毒の恐れが少ない9層に送った。
ボスのラピッドラビットは高速かつフェイント持ちで、
ヴィーの練習相手には丁度良いと思う。
何かあればジャーブが倒せるし。
周回には探索者が必要だ。
2人だけではボスを倒したら外に出るしかない。
入ったら階層は選べない。
そこでパニだ。
ボス部屋に入る必要は無く、一緒に行動する必要も無い。
10層の入り口で待機させて、
ジャーブ達がラピッドラビットを討伐するのを待つ。
合流したら9層の中間部屋に送るだけだ。
パニにはまず9層の中間部屋を覚えさせ、
その後10層の入り口も覚えさせた。
帰りの際は1層を覚えさせなくても、
10層入り口のゲートをくぐれば外だ。
早速パニが役に立った。
暇を持て余して可哀想ではあるが、それが仕事なのだから仕方あるまい。
流石に待っている間ずっと立たせたり床へ座らせて置くのはどうかと思い、
風呂用の小さい椅子を持たせた。
勿論、普通の奴だ。
パーティ構成はナズを外した、
アナ、ジャーブ、ヴィー、エミー、パニ、そして自分。
ナズは今の所一番Lvが高いし、
9層のボス程度では経験を積む恩恵が無いだろう。
逆にパニとエミーはLv1なので、十分に恩恵に与かれる。
アナは緊急時に位置確認を必要とするため、外す事はできない。
エミーが食器を片付けている間、
ナズは書写の続きを行っていた。
銅はクリアしたので、次は革だったはずだ。
確か革のページは書き写し終えたと言っていた。
「ナズ、革は何枚位あれば良い?」
「ええと、革製品を5種類とありましたね。
バンダナ、帽子、小手、グローブ、鎧が一番少ないです。
16枚あれば次に行けそうです」
16枚か・・・買取を出せる最小単位は30だ。
半分では安売りの利用ができない。
量が少なくて済むなら3割引きでも良いか。
「革以外に何か必要な物は?」
「革だけですと硬くて肌触りが悪いらしく、裏地に皮を使用するようです。
皮は・・・ええっと、全部で10枚必要になります」
なるほど、革は防御力こそあるがその分硬い。
触感を良くするための裏地が必要だと言う事か。
「ええと、革製品には硬革処理と言うのができるらしく、
完成した革製品に追加で皮と革を張り合わせる事で、
より防御力が増すのだそうです」
「それはスキルでは無く、手作業で?」
「いえ、スキルです。硬革処理を施すと少しだけ高く売れるそうですが」
「うーん、セリーの話では硬革の経験も必要だと言っていたので、
こちらもやって置くしか無いか」
「セリー?さんですか?」
「ああ、いや何でも無い。人から聞いた話だ。材料は?」
「そ、そうですか。
革装備に革と皮を1つとして数えて、バンダナなら2枚です」
「革の次はなんて書いてある?」
「次は鉄ですね、鉄製品を作れるように成ったら、
鍛冶師は1人前だと書いてあります。
私もいつか作れるようになるでしょうか」
「材料さえあれば、ナズなら直ぐ作れるだろう?」
「ええっ?そうなのですか?」
ひと道十年。
ロートルトロールが出現したのはトラッサなら20層だ。
ここまで潜るには早い人で1年3層らしいから、約7年。
平均だと1年2層と聞いたので10年だ。
10年間鍛冶師として修業と言う名の迷宮探索を続けて、
やっと作成できるのが鉄製品と言う事になる。
恐らくLv制限も掛かっているのだろう。
薬草採取士の例を見る限り、鍛冶師にも設定されているはずだ。
作製可能最低Lvが15から20に設定されているのだと思われる。
鍛冶師として1人前・・・。
きっと自身で作った鉄製装備で身を固めるのが、
彼らに取って最初の大きな目標なのだろう。
「ところで、鑄と言う材料は、何か使う装備品があるか?」
「スズですか?・・・ええと、確か最初の方に書いてありましたね」
おお?最初の方に書いてあると言う事は低級装備品か?
しかしナズは一度も扱っていないし、スキップできる物なのだろうか?
順番とかは存外いい加減なのだな。
「ええと、ここですね」
「済まないが、読めないので読んでくれ」
「はっ、はい、失礼しました。ええと・・・、
『迷宮では鉄や銅より下級の鉱物である鑄が取れる事もあるが、
鑄を用いた製品は柔らかく脆いので装備に向かない。
このため鑄製の装備品は存在せず、主に金物道具へ用いる。
金物工に成りたい者は比較的低層でも鑄を入手できるので、
無理をせず低層階のロートルトロールを狙うべきである』
・・・だそうです」
「じゃあ装備品では使わないのか?」
「そのようですね」
何と言う事か。
鑄は既に2枠以上もあるが、
装備に使わないのならばとっとと売り払いたい。
低層のロートルトロールでも入手できるともあった。
逆に言えば、低層のロールトロールでは鉄が落ちないと言う事だ。
ハチノスと同じ原理だろう。
やはり、ある程度の強さを示さないと鉄は入手できないのだ。
低階層のロールトロールで鉄や鋼鉄を集めるズルはできないのだな。
「じゃあ鉄製も何か作ってみるか。簡単な材料は?」
「少々お待ち下さい・・・ええと、これですかね。ロッドです」
ロッドか。
確かに使用する鉄の量は少なくて済むだろうが、必要な物では無い。
魔法使いの人口は少ないし、売る先に困るだろう。
折角実用的な物ができるなら、
空きスロット付与に賭けてみるのも良い。
丁度ナズは全てを鉄製で揃えている。
鉄の兜、鉄の鎧、鉄の籠手、鉄のグリーブ。
このうち鎧とグリーブ以外は空きスロットを持っていない。
ヴィーの籠手もそうだ。
それでは、兜、籠手、グリーブを作らせてみてはどうだろうか。
「兜、籠手、グリーブを作ったら材料はいくつ必要だ?」
「兜は鉄が9個、ブランチが8本、皮が2枚ですね、
籠手もほぼ同じです。グリーブは少し多めで、
鉄が14個、ブランチが13本、皮が4枚です」
「ええと、・・・済まないが合計で」
「す、済みませんでした。鉄が31個、ブランチが30本、皮が9枚です」
では早速買取カウンターで鉄31個を買って来よう。
他の材料は沢山あるので問題無い。革は16枚必要だったかな。
しかし、どうせなら後2つ作れば、次に行けるのでは無いだろうか?
「ナズ、鎧はどうだ?」
「ええと、これですかね。鉄18個とブランチ12本、皮は4枚です」
「剣は?」
「3種類あるようです。カトラスとレイピア、鉄の剣です。
鉄の剣は両手で持つ剣だと書いてあります」
ナズがページをペラペラと捲る。
見た所、鉄なら──と言う順番では無く、
武器なら──防具なら──と言う順番のようなので、
ページが飛び飛びになって面倒臭そうだ。
「一番売れそうなのはカトラスかな?」
「鉄が7個でブランチは10本、皮が3枚ですね」
じゃあ鉄は合計38個だな。
それ程量は必要無さそうだ。
ロールトロールを38匹倒すとなると現段階では厳しいし、
周回は鋼鉄を狙うようになってからで良いだろう。
その時は売る程鉄が余るはずだ。
「ではちょっと買って来る」
「行ってらっしゃいませ」
(ぺこり。)
朝イチと言う事もあってか、買い取りカウンターは空いている。
正確には、朝イチで薬を買いに来る探索者達が粗方の用件を終えた後だ。
ここから夕方までの間は、
日常生活で必要な分を買いに来る一般市民たちがチラホラといる位。
自分も漏れずにその類である。
まずは鑄とウサギの毛皮を売却する。
買取カウンターで出されたトレイの上に、
金属の固まりをカチャカチャと音を立てて積み上げる。
9層にあった魔物の部屋を再び制して来たので、
ウサギの毛皮もそこそこに集まっていた。
次に鉄と革を購入する。
前回倒したロールトロールの分が1つあるので、合計37個。
所詮は素材だろうと思っていたら、何と金貨2枚を要求された。
びっくりして思わず聞き返してしまった。
そういえば、革は売却すれば安宿一泊分だと言っていた。
150ナールで売れるらしいので、購入なら600ナールだ。
鉄は多分もっと高い。
3割引が利いて24395ナールだとすると、元は3万ナールを超える。
やはり鍛冶は材料を買ってまでしてやるべきでは無い。
完成品を武具店に売却したとしても、果たして原価に届くだろうか。
諦めて兜と小手の分だけを購入し、後は拾う事にした。
合計17個。
それでも3割引きを使用して14840ナール。
これにモンスターカードを買って合成して・・・、
なんて事をしていたらあっと言う間に破産だろう。
それで鍛冶師達は自分で迷宮に潜る必要があって、
素材を集められるだけの強さが無ければ1人前になれないのだ。
世間の厳しさが良く解った。
トレードだけではどうにもならない。
食料品以外は全て高額商品だ。
武器も防具も、仕事道具も人材も。
生活するだけなら問題無いが、
ちょっとでも良い暮らしをしようと思うと途端に難易度が跳ね上がる。
それがこの世界なのだ。
やはり、贅沢は敵だ。
早く鉄を買う側から売る側になるべきである。
家へ帰ってナズに鍛冶をさせた。
難易度が高くなったのか、革製品は2つを作って息切れをしたようだ。
昨日アニマルトラップからぶんどって来た強壮剤を与え、
残り3つは何とか一息で作り切った。
一仕事終えたナズが机に突っ伏して疲労を訴える。
「ちょっと一息で作らせ過ぎたかな、一旦お茶でも飲んで休憩しよう」
(こくり。)
直ぐさまエミーが3人分の紅茶を用意して、暫くの休息を取った。
勿論ナズには追加の強壮剤を与えた。
机にはバンダナ、帽子、小手、グローブ、鎧、5つの革製品が並ぶ。
鑑定した結果、小手には空きスロットが1つ、鎧には2つ付いていた。
何かをセットして売れば材料費はペイできるだろう。
しかし、現状で余っているモンスターカードは無い。
残念ながらそういう事は要らないカードが余り出してからだろう。
「では硬革処理をやってみようか」
「はい、それでは」
強壮剤を1粒と、皮と革2枚ずつを手渡した。
ナズは錠剤を呑み込むと机に置かれていた革のバンダナを手に取り、
反対の手で皮と革を持って防具作成のスキル詠唱を行った。
光が消えると、持っていた革のバンダナは硬革のバンダナに変化していた。
スキルスロットの変化は無く、空き無しのままだ。
お茶を飲み干した後、ナズは再び鍛冶に向かった。
次の課題は鉄だ。
革で2つ、3つで限界だった。
鉄ならば1つか2つでダウンだろう。
無茶な事はさせたく無い。
どうせ材料的にも沢山は作れない。
兜と籠手を作成できる分しか買っていないのだ。
「ナズ、段々と難易度が上がって大変だろうから、
無理をせず兜1つで終わって置こう、行けそうでも止めて置け」
「はい、かしこまりました」
ナズが詠唱を終えると、鉄の兜ができ上がっていた。
驚きの空きスロット3である。
「おおっ!良くやった!折角だしその兜はナズが使え。以前のは売ろう」
「あ、はい。そうですね?
自分が作った物を自分で身に着けるだなんて、ちょっと感動です」
「皆の靴はナズが作っているじゃないか」
「そ、そうなのですが、あの、ちゃんと迷宮で活躍できると思うと・・・」
そうか。
これまでナズは、自身の活躍度合いが目に見える形になれないでいた。
その事が枷になっているようでもあった。
これからはナズの修練度が自分たちの装備に追い付く。
店で買うよりもナズの製作した装備の方が強くなる訳だ。
ダマスカス鋼以降の製品はそもそも購入が難しい。
必然的に材料を揃えてナズを頼る事となる。
飛躍的にナズの価値が高まる訳だ。
そうなればナズも鼻が高いだろう。
「ああ、これからみんなの装備はナズを頼って行く事になる。
明日以降で良いから、籠手を作ってみてくれ」
「はいっ!がんばりますね!」
エミーは静かに拍手を送り、ナズを祝福した。
でき上がった装備は売却するために納屋に片付けさせず、
自分のアイテムボックスへとしまった。
彼女たちはスキルやスロット数を判別できない。
同じ装備が複数出て来たので、一緒にしては拙いからだ。
幸い各自の装備は棚の高さで決めているらしく、
その運用法であるならば混ざるような事は無い。
一番背の高いジャーブが6段目。アナ、ナズ、ヴィーの順番で、
一番下は自分のガラクタが置かれている。
自分の装備はアイテムボックスだし、
地球から持って来たチートグッズ達は暫く使っていないリュックの中だ。
流石にうちの子たちは弄って見るようなマネをしないと思うが。
棚に収まっていない装備品はいずれ売ろうと思っている物だ。
ゴチャゴチャと床置きして積み重ねてしまっているが、
流石に混ざらないと思いたい。
低級装備だし混ざっても直ぐに解ると思うが。
あー・・・そういう所だぞ、自分。
その甘い考えがこれまで幾度と無くトラブルを引き起こして来たのだ。
さっき作成して貰った防具も含めて、さっさと売り払う事にした。
合計で9945ナール。
さっき支払った材料費分も取り返せていない。
材料を買って作って売るのは明らかに赤字だと思う。
どうしてもスロット付きの物を狙う以外はなるべくしたくない。
後は昼食の時間まで弓の練習に勤しんだ。
∽今日のステータス(2021/10/22)
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv40
強権の鋼鉄槍(詠唱中断 +)身代わりのミサンガ(身代)
鉄の兜(-)抗縮の鉄鎧(麻痺耐性 +)鉄の籠手(+++)
鉄のグリーブ(-)
↓
・ナジャリ ドワーフ ♀ 16歳 鍛冶師 Lv40
強権の鋼鉄槍(詠唱中断 +)身代わりのミサンガ(身代)
鉄の兜(+++)抗縮の鉄鎧(麻痺耐性 +)鉄の籠手(+++)
鉄のグリーブ(-)
・繰越金額 (白金貨2枚)
金貨 94枚 銀貨151枚 銅貨 11枚
アイテム売却 (3390→4407й)
鑄 × 94 2820
ウサギの皮 × 57 570
アイテム購入 (21200→14840й)
鉄 × 16 10400
革 × 18 10800
装備品売却 (7650→9945й)
硬革のバンダナ 625
革の帽子 650
革の小手 1500
革のグローブ 2000
革の鎧 1250
鉄の兜 1625
金貨- 1枚 銀貨+94枚 銅貨+112枚
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計 金貨 93枚 銀貨245枚 銅貨123枚
・異世界37日目(朝)
ナズ・アナ32日目、ジャ26日目、ヴィ19日目、エミ12日目
パニ2日目




