§142 提案
いつものように全員を酒場から帰した後、暫くは家で休息を取る。
そして再びアナと2人で酒場に戻り、片隅の空いた席に座った。
ナズの仕事が終わるまではここで待つしかない。
イマイチ時間の感覚が判らないし、
営業終了後にナズを1人にするのも拙いからだ。
前回と同じように追加の酒を注文して、アナが頼んだ何かを口に入れる。
今回はナッツと野菜の炒め物だった。
ピリッとした風味にシャキッとした歯応えが、良い塩梅である。
やはり閉店間際ともなると酔い潰れた客や、
騒ぎ過ぎて何が何だか解らなくなっている者など、
人混みで一杯の時と比べて局地的に騒がしく、そして物寂しい。
始めは今日行った練習の成果などを聞いていたのだが、
そのうちエミーの姉に関する提案があった。
アナなりに色々考えていたようだ。
「ナズを囮に?」
「はい、それが一番有効な駆け引き材料になるかと」
「交換では無く、決闘なのか。それで囮か・・・」
「如何でしょうか。
相手がどのような用心棒を連れて来られても、
ご主人様であれば十分勝てると思われます」
うーん・・・。
アナにスキルを色々説明した手前、戦略的には勝てると見込んだのだろう。
しかし、何が起こるか判らない世界だ。
実際この世界の理に付いては殆ど無知だし、
この世界の金持ちだけが知っている特権を行使した何か強大な力や、
知られていない法律や法則などがあった場合は、
素人平民の知識で太刀打ちできるとは思えない。
その辺り、もう少し詳しくミチオ君が解き明かしてくれていたらとは思う。
特権階級に近しい立場で、情報収集ネットワークを行使できたはずなのだ。
公爵や皇帝に顔が利くならば、決闘や奴隷調達の裏技を教えて欲しかった。
尤も。
ミチオ君が抱えている奴隷達の親族までを気に掛けた描写は無かったし、
誰かを助けたり手を貸したりする性格では無いのだろう。
虐められていた過去もあってか、かなりその辺りはドライな様子だった。
だとすれば自分が頼れる範囲で、
決闘のルールに付いてもう一度精査した方が良いかとは思う。
アムルの小悪党を罠に掛けたような事とは違い、
相手は金も地位も実力もある大富豪だ。
立ち会う騎士に圧力を掛けたり、
あの手この手で約束を違える事は当然の事。
決闘中にも平気で介入して来たり、
不利な条件を付けて来る可能性は十分有り得る。
失敗したら自分が死ぬだけで無く、ナズが不幸になる。
他の奴隷達を死後解放にして置いたとしても、
その後の収入が安定して得られなければ再び奴隷に落ちてしまうだろうし、
エミーはもうまともな生活を送る事すら不可能となるだろう。
「ちょっとリスクが大き過ぎる。他の手を考えろ」
「・・・私もナズさんと共に、身を差し出す覚悟です。
ジャーブもヴィーも、事情を話せばきっと同じ選択をするかと思います」
何?
そんなにうちの子達って結束力が強いの?
知らなかった。
ジャーブとヴィー、ナズとアナ、ナズとエミーは、
普段から一緒にいるようだし仲も良さそうだとは思っていた。
アナもエミーを大事に思ってくれているようだ。
そこまでは良いとして、
ジャーブはともかくヴィーってそんなキャラだっけ?
「うーん、でもなあ。相手の出方が不明だし、
自分は決闘に関して規則をあまり知らない。
負けた側が再戦できないのと、勝ったら装備を頂ける事位しか」
「ご主人様は騎士団長様と懇意になさっておられませんでしたでしょうか」
「お、そういえばそうだったな。懇意と言う程では無いが」
「それから、トラッサ商館主様とも顔を繋いでおられます」
「うーん・・・まあ、そうかな?」
一応こちらに対しては太客だと思われているだろうが、
だいぶ負けさせてしまっている手前強気に出られる相手では無い。
「実力者の面前で決闘を行うように持っていければ、
卑劣な手段は封じられるかと思います」
「む・・・まあそうだ。確かに」
良く考えているな、流石はアナだ。
誰かが入れ知恵したんじゃないのかと思える位に的確だ。
だが逃げ道を奪ったとしても、どういう状況で対決に臨むかが判らない。
解っているのは、アイテムの使用・・・自爆玉を用いても良いと言う事だ。
前回盗賊の元締めとやりあった時、
アイテムの使用可否を事前に決めていなければ、
暗黙の了解で許可されると知った。
だから強壮剤は使い放題であった。
身代わりのミサンガを持っていたとしても、
自爆玉を用いられ、相手も死ぬ覚悟で2発を使われたらゲームオーバーだ。
金持ちならそれが可能だろう。
自爆玉ってどの位手に入れ易い物なのだっけ?
平民は魔法使いに成れない。
その位には入手が困難のはずだが、
貴族間では贈答品として普通に用いられる。
入手のルールがありそうだ。
「相手がどうやって戦うかも知り得ないと難しい。
特に一撃必殺の自爆玉を用いられたら、
自分がどんなスキルを持っていたってひと堪りも無いぞ」
「私達には強力な助っ人がおります」
「うん?」
「エミーの姉です。
決闘をする事を説明し、失敗したら妹も死ぬのだと教えれば、
自ずと協力を得られるはずです。
そこから対戦相手などの情報を入手できるかもしれません」
「うーん・・・確かにそうだとしても、
下級の奴隷にそんな情報を教えるだろうか」
「協力さえ得られれば、私が忍び込んででも情報を探って参ります」
ああ、そういう。
隠れる場所の提供や、そういった書類の置き場所、
人と会う場合は場所や人物などを特定して貰えると言う算段か。
「さ、流石アナだな。何から何まで綿密過ぎて驚いた」
「ありがとうございます」
そこまで凄い能力があるのに、
なぜこの娘は中古奴隷に収まっていたのだろうか。
猫人族ならではでの能力を積極的に使わないと云う欠点が、
これまでのアナの環境に大きく関与していたように思う。
思えばとんだ有能を捕まえたものだ。
そして彼女を下に扱わなかった自分へ対して、ナイスボタンを押した。
人を見る目とかでは無い。
そんな物は自分にある訳が無い。
十分理解している。
ただ単純に、運が良かっただけだ。
たまたま、そのポテンシャルを持つアナが申し出てくれて、
たまたま、自分の気まぐれで2人とも1番と設定し、
たまたま、これまで生活して来た中で彼女と解かり合える状況が発生した。
主人から奴隷へ一方通行の関係であったならば、
彼女はここまで自分やエミーに協力しただろうか。
ナズもそうだ。
自らを差し出す計画なんて、承諾する筈が無い。
「良く考えたな、素晴らしいぞ。
アナのような部下を持てて、とても満足している」
「も、勿体無いお言葉です」
褒めて遣わして撫でまくりたい所だったが、
残念な事に対面テーブルだったのでもう一杯酒を勧めた。
「では一度、ルスラーンとシラーに会って話をしてみよう」
「はい、こちらはイルマに話を通して参ります。
明日の朝食が終わりましたら、
私をボルドレックの屋敷へお願いできますでしょうか」
「解った。無茶はするなよ?」
「心得ております」
綿密な計画・・・と言っても、果たしてそう上手く行くのだろうか。
構図としてはいつでもラスボスに挑めるRPGだとして、
自分はまだ冒険の序盤を終えた辺りだろう。
果たして勝てるのか?
攻略本があって最適な装備やアイテムを駆使すれば勝てるかもしれないが、
この世界はゲームなんかでは無く、リアルワールドだ。
やり直しが利く訳も無いし、失敗したら全員が不幸になる。
チートで何とかなると言う話では無い。
相手を殺せば済む訳では無いからだ。
正規ルートで交渉をして交換条件を成立させ、
ボルドレックを生かした状態で負けを認めさせる。
相当困難な局面だ。
勝っても奪えないと言う状況が、奴隷とその主人の安全を保障している。
ナズを交渉の場に連れて行ったとしても、「交換しろ」で終わる話だ。
どうやって決闘に話を持って行くのだ。
相手から寄越せと言われない限りは、こちらから吹っ掛けられないだろう。
こちらから吹っ掛けても、決闘を拒否されて終わりだ。
相手側から決闘が申し込まれる構図を、なかなか思い描けない。
金持ちなのだから、金を積んで解決するのが基本だ。
買えなければ裏の手を使って始末する。
そういう輩に目を付けられるのは拙い。
5、6人の刺客から囲まれて一斉に自爆玉とか恐ろし過ぎる。
この作戦はボルドレックがまだナズを探していて、
向こうがナズに気付き、自分が拒否をする状況を作らなければ成立しない。
幸いナズの歌は評判を集めているので、
その噂を奴が聞き付ける事は時間の問題だ。
まだナズを探しているか、
そして殺そうとするのでは無く、
手中に納めようとしているのか、
そこが問題だ。
頭を抱えて悩んでいると、厨房が暇になった女将さんがやって来た。
「どうしたんだい、さっきから。何か有ったのかい?」
「ああ、女将さんか。ちょっとな」
「悩みがあるなら言ってごらんよ、話せばすっきりするさね」
「金持ち相手の決闘で注意しなければならない事って何だと思う?」
「ええ!?アンタ決闘するのかい?」
「い、いや、そういう訳では無いんだが、いや、あるのか?」
「ま、まさかナジャリの事かい?
ボルドレックに見付かって因縁でも付けられたのかい?」
鋭いな。
鋭いがちょっと違う。
因縁を付けるのはこちら・・・、いや付けて欲しいのだ。
そして見付かったのでは無く、見付けて欲しいのだ。
「う、いや、ちょっと違うんだが」
「なんだい、びっくりしたよ。
もし危なそうなら、歌は暫く休ませて良いんだからね?
ホントはお金だって払ってやりたいんだけど、あの子が拒否するからね」
「うん?初めて聞いたぞ、そんな話」
「ほら、あの子の借金、私たちがちょっと出したじゃないか。
その事を気に病んでるようでね。
投げ銭も給仕の報酬も、その時の金を返すまでは受け取れないって」
ナズめ・・・、勝手な事を。
ナズの収入ならば主人の収入なのだが。
自分の財布からナズのバイト代が漏れ出ていると言う事実にまでは、
彼女も頭が回らなかったようだな。
まあでも自分だって受け取りは拒否したのだと思うので、
結局の所はそれでも良かった訳なのだが、
話す順序と言う物があるだろうが。
それとも主人の意思決定を汲んで、先回りしてそういったのか?
バイト代の話があったはずだが、その時に自分はいなかった。
自分ならこういうだろうと思い、その場で納めた?
だとすれば空気は読める。
報告が無い事にちょっと苛立った。
あ、いや。
そもそもルスラーンの前で歌う事になると、
いきなりで上手く歌えなかったら困るからと言う名目で、
練習して来いと言って送り出したのだった。
そうか。
練習をしに来ているのに、
お金を貰っては悪いと言う事なのだな。
済まんナズよ。
危うく冤罪で裁く所だった。
裁くと言ってもチョップ位だが。
「そこはナズの好きなようにさせてやってくれ。
何ならそのお金、自分が立て替えるぞ」
「良いんだよぉ、そんな事は。それ以上に儲けさせて貰っちゃってるしさ」
女将さんは手で丸を作ると、けらけら笑って厨房へ戻った。
タコスかな?
家を譲る位には儲かる算段らしいので、気にしないでも良いか。
実際、ここに来たらいつも10個頼む常連となってしまったのだし。
マスターが最後の客を見送ったので、
洗い物をしていたナズが切り上げてやって来た。
「お待たせしました、ご主人様。いつでも大丈夫です」
「よし、帰るか。アナから聞いたぞ?大変な作戦のようだが済まないな」
「い、いえ、私にできる事がその位ですので・・・」
ナズは献身の子だ。
報われて欲しいし、報いてやりたい。
有能な部下に囲まれて幸せだ。
2人を抱き寄せて、撫でながら帰路に就いた。
2人を侍らせて良い気分のまま自室に連れて行こうとしたが、
アナから明日の水を用意するように言われ、そこで我に返った。
どうせ明日もまた二日酔いだ。
そうなると当然朝は起きられなくて、エミーが桶を抱えてやって来る。
事前回避だ、アナは良く気が利く。
そして寝る前にはナズからハーブティーを差し出された。
そのまま寝るのでは無く、一杯飲めと。
それを見越して、家を出る前に自室へ用意して置く当たり流石だ。
ナズも良く気が利く。
何から何まで駄目な主人だ。
済まない、娘たち・・・。
Zzz。
*
*
*
目が覚めたが、頭痛は無い。
多少酒が残っているのかな?とは思うが、普通に目が覚めた。
左にはアナがいるが、ナズはいなかった。
ヴィーが「パーンー」と叫んでいるので、多分2人は台所だ。
ナズの朝を解放するには、ヴィーのお使いも解決しなければならなかった。
パン代は銅貨で済むのだし、次回はエミーに纏めて渡しておこう。
自分はいつもどこか抜けている。
これで何度目だ?
そんな事で有力者に喧嘩を売って大丈夫なのだろうか。
朝に残された唯一の仕事を終えたナズが部屋へ戻って来た。
既にアナは体を起こし、待機をしている。
アナには狸寝入りが通用しない。
仕方無く体を起こし、ナズと朝の挨拶を交わした。
「おはよう。ヴィーの相手をさせて悪かったな。
結局早起きさせるなら、あまり変わらない」
「い、いえ、朝の支度が無いのでとても楽をさせて頂いております」
「これからはパン代をエミーに──うぶっ」
痺れを切らしたアナから強引に口を塞がれて、話が途中になった。
おい、立場とかどうなっているんだ。
完全に逆転されている。
「おはようございます、ご主人様」
「おは、おはよう・・・エミーに金を渡して置いてくれ・・・」
「か、かしこまりました・・・」
ほらみろ、ナズがドン引きだぞ。
2人が見詰め合って、目で何かをやり合っている。
これは火花が散った。
逃げよう。
「あー、今日は珍しく二日酔いにならなかったので起き──うわぶっ」
ナズとアナが倒れ込んで来て、一気に口を塞がれた。
この光景、前にもあったような気がする。
2人が見詰め合ったら狩りのサインだ。
学習した。
喧嘩では無く、合図を送り合っていただけだった。
2人は阿吽の呼吸ができる程仲良しだった。
もみくちゃにされながらも、何とか2人の肩を叩いて口を外して貰った。
∽今日のステータス(2021/10/21)
・繰越金額 (白金貨2枚)
金貨 94枚 銀貨164枚 銅貨 11枚
酒代 (1300й)
タコス(大) ×10 650
カクテル ×6 300
ジュース ×6 180
カルーア ×3 90
ナッツ 30
野菜炒め 50
銀貨-13枚
------------------------
計 金貨 94枚 銀貨151枚 銅貨 11枚
・異世界36日目(夕方)
ナズ・アナ31日目、ジャ25日目、ヴィ18日目、エミ11日目
パニ1日目




