∮001 Lv0
私の名前はシャムシー。
王都に住んでいて、家もそれなりに大きいのです。
父の商売は地元の高級な雑貨店を3つほど構えていて、
競争相手になるようなお店もなく、毎日安心して暮らしています。
最近になって、父は私を連れ出して社交界に出席するようになりました。
父の考えは分かります。
今、私は14歳。
年頃になったのだから、そろそろ婚約者候補の一人でも見つけて置きなさいと母は言います。
そうはいっても外に出るような用事もなく、10歳から3年間通った基礎教育の場では、
他種族のお友達はできましたが同種族の、とりわけ殿方の友達は見つかりませんでした。
不幸にも私の代では10歳から13歳までの、
ある程度名のある家の出である殿方が居なかったのです。
勿論他種族にはいらっしゃいましたよ?
学友の中で見つけられなかった私の婚約者を、
何とか社交界で見つけて欲しいのだという父の意向は理解しています。
しかし私は家柄とか、財産だとかはそれほど気にはしていません。
優しく、真っすぐな性格で、働き者であれば、
貧しい出であっても家の跡でも継いで貰えば良いと考えていました。
そうは言いますが、やはり父の考えも一理あります。
私は両親に大事に育てられて来ましたし、父のお付き合いする方々は皆名家。
父からしてみれば貰い手が居ないからといって、
立場上どこの馬の骨とも解らない男性を私に宛がう訳にも行かないのでしょう。
その為に私を連れて、今日も宮中主催の晩餐会に連れ出すようです。
晩餐会の最中には複数の殿方からお声が掛かったりしますが、
すぐに結婚できる歳ではありませんし、あちらは30歳を超えている方が殆どで、
あまりにも年上のお方には私自身が恐縮してしまいます。
それにこのお料理。
私の家では使用人を雇ってはいますが、料理人はいません。
母が伝統的なエルフ料理を作ってくれるので、
昔ながらの味で育った私には宮中の料理は口に合わないのです。
ここに居るお方と結婚をしたら毎日これを食べるのか、
あるいはこれを作らねばならないのかと思うと気が滅入ります。
流石に料理ができる使用人を雇っても良いのでしょうが、
お食事が口に合わないというのは難しい問題です。
「今日はどうだったかい?」
帰りがけに父が聞いてきました。
「どう」とは、今日は私の眼鏡にかなう殿方が居たかどうかという事です。
他種族が合同で行う晩餐会。
その中でもエルフは全体の1/5ほど。
その中でも独身で結婚をしたいと思っていらっしゃるお方は少なく、
声を掛けられたとしてももう既に何度もお会いしている方だとか、
元々父の知り合いのお方だったりと、
そう滅多に思うような殿方にお会いできる事は無いのです。
「申し訳ありません、今日は特にそういった殿方とお話をする機会はありませんでした」
私の様な年頃の女性はダンスを誘われるまでは壁側に居て、殿方から声を掛けられるのを待つのです。
勿論誰に声を掛けられても一緒に踊りますが、
それは他種族であったりお年を召した方であったりと、分け隔てなくお付き合いするのがルールです。
エルフだけの結婚相手を探すパーティならそうではないのでしょうが、
この場はあくまでも宮中の晩餐会であって、本来は商売人同士や貴族家同士の付き合いの場のはずです。
私の様な殿方を探しに来ている少女の方が珍しいのです。
「そうか、残念であったな。次はまた10日後だ。良い男性が見つかると良いんだがなあ」
私はこのまま晩餐会に通いながら成人を迎えるのでしょうか。
あの場で拾ってくれる方を待ちながら。
私自身も焦りを感じるようにはなりました。
確かに、あの場にいる方と結婚をしたならば生活の方は安心でしょう。
しかし私の家には子は私しかおらず、
あの場にいる方でなくとも生活はできると思うのです。
私はそれまで思っていた事を父に伝えてみる事にしました。
「あ、あの、お父様。仮にですが、私が別の場所で見つけた殿方を連れてきたら、
お父様は許してくださいますか?」
「うーん、そうだなあ、その相手にもよるが、お前が選んだ者なら悪い奴ではあるまい。
もしかして、そんな人が居るのかね?」
「い、いいえ、まだ・・・そういった殿方のお知り合いは居ませんが、
外に出ればそういったお方と出会うかもしれませんので」
「そうか、お前もちゃんと考えるようになったか。私は嬉しいぞ」
帰りの乗合馬車を下りて自宅に入りました。
食事は済ませてきたので、母からはお茶だけを頂きました。
「おかえりなさい、どうでした?」
「ああ、今日はマーダックさんの所と商売の話が進んでな──」
「まあ、そうなんですの?あそこの──」
父と母が話を始めたので、私は自室に戻りました。
私の家は高級住宅街にあるので、外に出て遊ぶような子はいません。
何でしたら外を歩く人もほとんど居ないのです。
外に出ると言ったって、この辺りでは若い殿方は見掛けないのです。
一定以上の富をお持ちでしたら外出するには冒険者を利用しますし、
ちょっとした所であれば馬車を頼むでしょう。
流石に私の家の規模では専属の馬車を持つことは難しいのですが。
そんなお方は貴族家の中でも本筋の方や、商人であっても商売人を相手にする大商人だけです。
若い方が集まる平民たちの暮らす街の方へ出向いてみようと思い、
母に頼んで大人し目の服を用意して貰いました。
明日、朝食を済ませたら冒険者ギルドという所に向かってみましょう。
*
*
*
「いいこと?変な人に絡まれたら直ぐ助けを呼ぶのよ?」
「大丈夫ですよ、お母様。ここは王都ですし、
流石にそんな方がいらっしゃったら普通の方は生活できません」
母は私が初めて1人で平民の町へ行く事に対して、とても過保護に心配しました。
父は仕事で朝早く出るので、内緒です。
でも、いい人に巡り合えればきっと褒めて貰える、そう思って私は家を飛び出しました。
私の家は王都でも上流階級の人々が住まう所にあります。
路地を2本曲がると大通りで、そこはある程度に人通りがあって馬車も動いていました。
ここまではいつもと同じです。
今日はここから反対方向に向かい、
扉の無い装飾だけの門を抜けて一般市民の街並みへ抜け出ました。
ここから冒険者ギルドまではまっすぐの路。
流石に私だって冒険者ギルド位は数回行った事があります。
母に連れられて母の実家に行った時や、他種族のお友達家族に誘われて海を見に行った時など。
冒険者ギルドは人がどんどん吸い込まれ、溢れ出てくる不思議な所でした。
皆一様に、どこから現れて、どこに向かうのでしょう。
その多くは迷宮を探し求めて旅をする方々なのだとか。
私も商売人の娘、彼らの営みが私たちの生活を潤しているのだという事は解かっています。
今日もお仕事頑張ってください。
冒険者ギルドの傍までやって来ましたが、どこかに行く用事はありません。
この辺りでかっこよくて優しそうな同族の男性が居ればお声を・・・って、
何を言っているの、私ったら。
私からお誘いを、おさ、おさ、おささささ。
急に恥ずかしくなったので、向かいにあった食堂に入りました。
直ぐに給仕が来て注文を聞かれたので、ハーブティと果物をお願いしました。
朝から優雅にお茶などを飲んでいるのは私だけでしょう。
他の方々は一目散に食事を終えると、物騒な物を担いで出て行きます。
その他には・・・商人の方でしょうか、
パピルスの束をめくりながらパンと牛乳を交互に齧っておりました。
家とは違う不思議な情景、不思議な空間。
そこから見える切り取られた風景を見て、私は半日をそこで過ごしました。
家に帰るなり、母からは質問を浴びせられます。
「おかえりなさい、どうでした?」
「今日は冒険者ギルドの前にある食堂へ行って参りました」
「それで、良さそうな方は見つけられましたか?」
「お母様、まだ家を出て1日です。
そんなに早く見つかる訳が無いですし知り合っても話し込むほどの仲にはなれませんよ」
「でも、ほら、あなたのお眼鏡に適いそうな人を見かけたとか、そういうのは無いのです?」
「毎日通っていれば何れは見つかりましょう?急いでも良い事はありません」
「そうは言ってもねえ、心配なのですよ、あなたの事が」
「解かっております、お母様」
母の問答を切るように自室に戻りました。
確かに、あの場所で日がな1日お茶を飲んで黄昏ていても殿方からはお声は掛からないでしょう。
でもあの場所でなら人の行き来は垣間見えますし、
恰好良い男性が居たら後を尾けても良いかもしれません。
なんにせよ、見つけるまでが大変なのです。
何せいろいろな種族の方がいらっしゃいましたから。
その後帰って来た父の前では母も他愛のない会話だけに済ませ、
私が今日外に出て行った事をさらに追及してくる事はありませんでした。
食事を済ませて自室に戻り、今日一日の事を思い出して反省します。
明日も同じお店に行って様子を見ましょう。
*
*
*
「おはようございます、お嬢様」
朝は使用人の1人であるレクチェから、扉を叩いて起こして貰えます。
私が戸を開けると着替えを持ってやって来てくれるので、受け取って自分で着替えます。
流石にやって貰うなんて言う事は子供の頃だけですよ。
着替えをしながらレクチェに聞いてみました。
「レクチェは今の主人とはどこで知り合ったのですか?」
レクチェは使用人であるけれど、家は直ぐ近くで毎朝歩いてこの家に奉公をしてくれます。
つい2年前に結婚し、既に子供も居るのです。
私にとっては先輩ですから、頼りになります。
「そうですね、食材の買い物を申し付けられる事がありまして、
そこで知り合った料理人が今の夫です。
珍しい食材は直接料理人に頼むことが基本ですので、その方がたまたま同種族の方だったんです」
「そうなのですね・・・では私も商人のエルフの男性を探した方が良いのでしょうか?」
「お嬢様の場合はどんな方でも大丈夫でしょう。職業に拘らず、お優しい方を是非選んでください」
服を着替え、髪を解いて貰いながらアドバイスを受けました。
「そういった方はどこに居ますかね?」
「若い男性の方でしたら冒険者ギルドよりは探索者ギルドに多く集まりますよ。
冒険者ギルドに出入りするにはある程度の実入りが必要ですので、
収入がある・・・言ってみればそれなりの年齢です。
逆に探索者ギルドですとこれから迷宮を始めたり、
商売を始めるにあたって大口の取引相手がおらず、
直接ギルドから買い付けを行わなければいけない若者が中心ですので」
「な、なるほど、よく知っていますね。では今日は探索者ギルドという所に行ってみます」
「はい、私も応援しております。頑張ってくださいませ」
やはりこういうのは同世代の方が頼りになります。
食事を終え、レクチェのアドバイス通りに探索者ギルドに向かいました。
場所はレクチェに聞きましたので安心です。
言われた通り探索者ギルドでは、多くの若い方で溢れていました。
こんなに人が来るのであれば商売としては大儲け間違いなしでしょうね。
でもここは国家が運営しているギルドなのですから、
皆さんは商売人ではなく王国の雇われ人?なのでしょうか。
皆さんは列を作って薬を買っているようです。
滋養剤に毒消し丸、聞いた事がある薬の名前が聞こえます。
ここで薬を買って迷宮という所に向かうのでしょう。
その中に1人、エルフの男性を見かけました。
私たちエルフは見かけだけでは年が解りません。
その代わり、耳の角度が判断材料になります。
あの男性はツンと尖っているので、私と同じくらい若いのでしょう。
ここからは後ろ姿でお顔は見えませんが、興味を引いたのでじっと注目させて頂きました。
その男性が薬を買い終わりこちらに向かってきました。
あっ、あら、どうしましょう。
そこそこに優しそうな顔で、逞しい体です。
私の横に・・・来たと思ったらそのまま横を通り抜けて、ギルドを後にして行かれました。
そ、そうですよね。
入り口に立っているんですから、当然ここを通って行くだけですよね。
男性を見失わないように後を尾けました。
3つ目の角を曲がった所で・・・見失いました。
がっかり。
どこに行ったのでしょう?
目の前には大きな建物が3つ。
このうちのどこかに入ったのでしょうが、私には見当が付きませんでした。
1つは騎士団、看板がありますのですぐ解かります。もう2つは知りません。
見たところ騎士のようでは無かったのでどちらか2つなのでは無いでしょうか?
暫く待ってみましたが、出てくる様子は無かったので再び探索者ギルドに顔を出しました。
「すみません、どなたかお探しですか?」
受付の女性から声を掛けられました。
まさか、結婚相手を探していますだなんて言えません。
他に返す言葉が見つからなくって焦ってしまいました。
「す、すみません、な、なんでもありませんっ!」
結局そのまま逃げるように走って帰りました。
──ドンッ。
「うわっ!」
家に帰る方向の大通りに向けて角を曲がると、誰かとぶつかってしまいました。
「すっ、すみません、急いでいたもので。壊れた物などありませんでしょうか?」
「いや、俺は大丈夫。あっ・・・さっきの・・・いや、何でもないんだ。
何をそんなに急いでいたんだ?」
「い、いえ・・・」
男性の顔をよく見ると、先程見失った優しそうなあのお方でした。
こ、これってもしかして運命?
やったわ、私?
「あっ、あの、お、お名前はっ」
「お、俺はガンダルって言うんだ。いつか騎士になる男、ガンダル、覚えてくれよ」
「いつか・・・と仰いますと、今は騎士様では無いのですね?」
「ははは、俺みたいな若い男が騎士っていうのはまず無理だ。
迷宮で修行を積んで、強さを認められないと騎士にはなれないんだ」
「では今は修行中なのだと?」
「そっ、そうなのだ。今日は記念すべき日、修行が始まった俺の大事な1歩目の日なんだ」
「どういうことですか?今までは修行をなさっていなかったのですか」
「えーっと、騎士に成るにはまず戦士にならなきゃならない」
「そうなのですか」
「その戦士になるにも、迷宮である程度修行して強くならなければならないんだ」
「そっ、そうなのですね。騎士様になるのは大変なのですね?」
「そんなわけで、今日俺はさっき戦士にして貰ったんだ、修行が認められたって事さ!」
「素晴らしいですね、ガンダル様ならすぐに騎士になれるでしょう」
「いやー、それがそうもいかなくって」
ガンダル様がばつの悪そうな顔をなさいました。
何か問題があるのでしょうか。
戦士になる修行がどの位難しいかは存じませんが、
こうして認められたのでしたら騎士になる修行もすぐなのでは?
「騎士に成るにはここから10年くらいは修行が必要なんだ、
この国で一番若くして騎士になった伝説の人物が24歳でね、
だから14歳の時には戦士になっていたんだろうなあ」
「そうなのですか、14歳・・・私と同い年の時にその修行をこなされていたのですね」
「き、君は名前は、名前っ!聞いてなかった」
「す、すみません、私ったら。名乗りもせずにお話を聞いてしまって。
シャムシーと申します、学友からはシャムと呼ばれていましたのでぜひシャムとお呼びください」
「ところでシャムは何を急いでいたの?」
「わ、私はその・・・」
どうしましょう?
探索者ギルドの受付に声を掛けられて恥ずかしくなっったから逃げてきました?
そんな事を言ったら笑われると思います。
でも他に取り繕う言い訳がありませんでした。
「・・・という訳なんです」
「ええと、誰も待っていないのに何で探索者ギルドに?」
そう言われて、顔が赤くなってしまいました。
優しそうな男性が居るか探しに来ました、何てそんな事言える訳がありません。
どどどっ、どうしましょうね。
ガンダル様は回答を待っておいでです。
「あ、あのっ、ガンダル様を探しにっ・・・来ました」
わ、私ったら何て事を。
口走った後で物凄い顔が赤くなったのが判ります。
耳の先までほてって熱いです。
顔をそむけてしまいました。
「お、お、俺っ?そ、そ、そうなの?
た、確かに、さっきギルドですれ違った時はとても可愛い人だなって思ったんだけど、
お、俺に何か用だった?」
か、可愛いって、言われました。
もう私の冒険、ここで終わりで良いでしょうか。
「あ、あの、も、もしよろしければ、わっ、私もガンダル様の行く場所へ連れて行っても貰えませんでしょうか」
「えっ、いや、それはどうだろう、行く場所は迷宮なんだけど、
シャムが戦えるとは思えないし、良い所のお嬢様なんだろ?危険な目には合わせられないよ」
迷宮・・・。
魔物が出て危険な場所だとは聞きますが、皆そこに稼ぎに行っています。
それ程危険な場所であればだれも行かないし、
そんな所は稼ぐような場所に成らないのではないでしょうか。
私が行って役に立てるとは思いませんが、
折角お知り合いになったのですからもう少しガンダル様とお近づきになりたい物です。
「も、もう少し詳しくお話を聞きたいのですが・・・」
「そ、そ・・・それは是非したいんだけど、俺は毎日迷宮で稼がないと宿代がきつくって。
ゴメン・・・稼がないと暮らしていけないんだ」
「そうなのですね、戦士さんというのは生活が苦しいのですか?」
「いやそういう訳でもないんだけど、俺はまだ駆け出しで強い魔物相手に戦えないからさ・・・」
そうですか、若いという事はそれだけに迷宮で渡り合える力もなく、
暮らしていくのがやっとなのですね。
迷宮に籠って稼ぐという事を簡単に考えていましたが、
そこはやはり危険な魔物が居て、倒すのには相応の経験が必要で、
その為には何年も修行をしないといけない、ガンダル様は今日最初の一歩を踏み出したのだとか。
それではお引止めしても申し訳ありません。
「そ、それでは、明日もまた会って貰えますか?」
「おっ、俺で良ければ!」
「でででででは明日の朝も探索者ギルドの入口におりますのでっ!」
「わ、分かった、また明日な!」
ガンダル様は何度も振り返って手を振って下さいました。
私もその度に手を振り返しました。
これから危険な迷宮で戦う事に無事と豊穣を祈って。
アドバイスをしてくれたレクチェにはお礼をしないと。
帰り掛けに以前から私の髪留めを羨ましがっていたので、小物屋で買って帰りました。
レベル0(ガ1)1年目春




