§009 拠点
トラッサの町は、迷宮を求める冒険者が集まる都市だった。
町の南門から入り、店終いの支度を始めている商店を抜け、
がらんと広い町の中心部を横切る。
広場には井戸があり、
横に据えられた大岩へ移動用ゲートが開く。
冒険者達がゾロゾロと出て、そこからどこかへ散って行く。
町に着いたのが夕方前と言う事もあり、
今日の探検も店終いなのだろう。
この後は酒盛りか、娼館か。
あまりキョロキョロしてはいけない。
行商なのだから、ここは向かうべき場所なのであって、
街を渡り歩いているならば、珍しい物など無いはずなのだから。
観光は後でゆっくりすれば良い。
なるべく落ち着いている様子を保ちつつ、
騎士団の直ぐ近くにある大きめの宿を発見したので、
今日はそこへ泊まろうと勝手に決定した。
ルスラーンに「着いたぞ」と教えられ、馬は騎士詰所に入って行った。
「隊長、アムルの件は如何でしたか?」
同じような恰好の、恐らく騎士がルスラーンに話し掛ける。
隊長だったのか、それが1人で街道を移動して来たのだ。
単独行動する位なんだから相当強いのだろう。
キュッと胸が締め付けられ、また汗がドバッと出て来た。
下手を打ったら、その場で捕縛されていたかもしれない。
「ああ、調査隊は解除しろ。まずこれを確認してくれ」
隊長と呼んだ騎士に6枚のカードを渡してこちらを向いた。
「もう少し待っていてくれ、えーっと」
「ユウキです」
「そうだった、ユウキだな。どうだ?ここは我々騎士団の分所だ」
「あはは・・・。そ、それはまたの機会で」
この隊長はまだ自分の入隊を諦めていないらしい。
持って来た物を換金するまでは商人と言う身持ちを変えられないのだ。
いや、弟がと言ってしまった。
少なくとも後数年は、この隊長の前では商人でなければならない。
「確認しました、全員盗賊でしたが懸賞金は掛かっておりません」
先程の騎士が出て来て報告した。
「それでしたら、こちらはどうでしょうか?」
避けて置いたカードを取り出して見せる。
「何だ、まだカードを持っていたのか?なぜさっき一緒に出さなかった」
「こちらは別の機会で襲われまして」
頭目の遺体だけは少し離れた場所に埋めたのだ。
実力者の死体が転がっていると目を付けられかねないし、
一味が残っていたのなら報復も怖い。
だからアムルで倒した盗賊の数は、
遺体で数えたら6人分で正解なのだ。
先程の騎士が、再び建物の中に入って行く。
「これは、と見せる程にそいつは強かったのか?」
「ええと、その者が盗賊かどうか判らなかったので荷を見せてしまい、
待ち伏せしていた子分達が一斉に荷を持って行ってしまいました。
慌てて追い掛けたのですが、その者しか見付けられず・・・」
「それで商人の癖に大した荷を持っていなかったのか。
どの一味か名前は覚えているか?」
「えーと、グランツと名乗られましたが本当かどうかは」
「グランツか・・・聞いた事無いな、偽名だろう」
グランツでは無い、適当に今考えた。
頭目の名前はハリムだった。
Lv21だったから、手練れで間違い無いはずだ。
「隊長、身元が分かりました。ハリムでした。懸賞金も付いています」
「何?ここ最近荒らし回ってたアイツか」
「懸賞金はこちらになります」
騎士が小袋を渡して来た。
「おいおい、6人を返り討ちにしてハリムまでやったのか、凄い腕前だな」
「左様ですね、名のあるお方ですか?」
「いや、それが駆け出しの商人でな、元が戦士で3年修行したらしい」
「3年ですか?!相当にお強い御仁ですね・・・もしやアムルの件は?」
「そうだ、名をユウキと言うらしい。出は貴族のようだぞ。
それで我が団に入って貰おうと思ったが、断わられてしまってな・・・」
「商人でしたか、仕方ありませんな」
「うむ」
何だか知らない間に名声を上げてしまってた気がする。
苗字があった事で、貴族の出とも勘違いされている。
馬に乗せてここまで送った事も、そういう事情を考慮したのかもしれない。
貴族のボンボンが街道で路頭に迷っているのに、放置したら大問題だ。
あまり有名になり過ぎても身動きが取り辛くなるので、
ここは早急にお暇しよう。
職業を見られてしまっているので、もう覆しようも無い。
「それでは、自分はこれで・・・」
「ああ、うむ、引き留めて悪かったな。
また機会があればいつでも入団してくれ」
いつでも来てくれでは無く、いつでも入団と来たもんだ。
この町では目立たない方が良い。
俺TUEEする程に、自分は強くない。
異世界モノの小説でよくある、
殆ど無敵に近いチート能力を得た主人公が、
ひたすらに身分を隠すのとは訳が違う。
実際、自分は弱いのだから。
詰所を逃げるように後にし、ひとまずは宿を確保する。
騎士団の直ぐ横にあった大きめの宿だ。
日もだいぶ傾き、宿に入った頃には夕焼けとなっていた。
入り口は広く開放されて戸も最初から付いておらず、
1階は食堂のようだが酒場も兼ねているのだろう。
カウンターには酒樽が積んであった。
受付の男が声を掛けて来る。
「xxxxxxxxxxxxxx」
何だか解らない言葉で話し掛けられた。
「い、いや、ちょっと解らんぞ」
「済まん済まん、人間族のように見えたから」
「そ、そうか、それは済まんな。ブラヒム語とバーナ語、
後は、えーと何だっけ、バード・・・?」
「バルド語が分かるのか。
それだけ知ってて何故人間族の言葉を知らないんだ?」
「生まれ育った場所がちょっと特殊で」
「そうか、改めていらっしゃい、この町は初めてなんだろ?」
「そうなのだ、暫くここに泊まりたい」
「それなら1泊250ナールで夕食と湯桶付きだ。
朝食が30ナール、弁当を付けると全部で300ナール、
夕食に軽い酒を1杯付けると通常10ナールの所を5ナールだ。
それからうちの宿では、初めての客は手数料の50ナールが必要だ。
名簿帳を作ってるんで」
捲し立てられる勢いで店のメニューを説明された。
案内の紙を持ちながら説明してくれているのだが、
残念ながら文字は読めない。
言語理解と文字認識は別のようだ。
後で改めて勉強する必要がある。
「そうだな、朝食付きでとりあえず10日程」
「分かった、2800ナールだから銀貨28枚、登録料は別で50ナール。
10日も泊まってくれるんだから、大負けして2010ナールで良い。
鍵を渡す前にインテリジェンスカードを調べさせて貰うが」
この男はさっと計算ができる。
鑑定では旅亭と出ている。
商人の派生なのだろうか、カルクを持っていると想像できる。
エマーロ族の固有ジョブだったような気もする。
金袋から銀貨を20枚取り出して並べながら、ついでに地理も聞いて置く。
「この辺りに迷宮はあるのか?」
「町を東に出て直ぐの所にある。冒険者や探索者はうちの客層の主流だ」
良かった、迷宮があるなら当面の資金は確保できたと言って良い。
低階層ならデュランダルがあれば敵では無い。
「冒険ギルドや探索ギルドは?」
「町の東の入り口に探索者ギルドがある。
探索者向けの安い宿があるが、アレな客も多いから多少治安は悪いぞ」
そうか。
安い方はガラの悪い、いや駆け出しで礼儀の成っていない探索者が多いと。
「それから反対の西の入り口側に冒険者ギルド、
商店通りは南側でお楽しみなら南東だ、深夜は気を付けろ。
酒が飲みたいなら、そっちでは無くウチの方が絶対良い。
街の北側はこの旅亭と騎士団ギルド、この辺りは夜でも治安が良い。
深夜遅くまでいても、せいぜい殴り合いの喧嘩位だ」
おいおい、喧嘩がある位には荒れるのかよ・・・。
「ウチは高級旅亭だからな。
それと町の中央では5日置きに市が出るぞ、明後日だ」
腕を出し、インテリジェンスカードをチェックされる。
旅亭のジョブにもカードを閲覧するスキルが付いているのだろう。
宿泊者の身元確認は大事だ。
どうなっているかはエマーロで無ければ判らないが、
ジョブの詳細を文字として理解するのは、
キャラクター再設定を付けている転移者でしか不可能だ。
あれ?パーティに入れれば判るんだっけ?
どうでも良いや。
「ユウキ・フジモトだな、商人か。人間の男・・・っと。
うちの宿は荒くれ者が少ないから安心してくれて良いぞ」
「そうか、色々ありがとう」
「なーに、沢山食べて飲んでゆっくりして行ってくれ。これ鍵ね、205」
なるほどこの旅亭の受付、ノリが酒場のオジサンだ。
下が酒場になっているし、丁度合っている。
気さくなオジサンの店は盛り上がるのだろう。
鍵に付いている数字らしい記号は理解不能だったが、
壁やドアに同じ記号が付いているはずだ、何の問題も無い。
それよりも夕食の料金がかなり安い事の方が気になった。
酒場で出た端材の再利用なのか?
食べられれば何でも良いので、安い事はありがたい。
きっとちゃんとした料理はそれなりの値段なのだろう。
「おっと、忘れてた。初めてだったよな」
階段に向かおうとした所で再び声を掛けられる。
「夕食も湯も、酒場があるので0時までいつでも大丈夫だ。
受付台で鍵を見せれば出してくれる。
朝食は夜明けから町の鐘がなるまでに受け取ってくれ。
それ以後は厨房が閉まって弁当を配る時間だから、
遅れると夜まで何も食えなくなるぞ。
夕食は外のランプに明かりが灯ってからだ。
ウチは定刻じゃなくて外の明るさで決める」
なるほど、夏は夕食が遅く、冬は早いのだろう。
乾燥地帯のようだから赤道付近の可能性もある。
冬と言う期間は無いかもしれない。
暗くなったら夕食、朝は恐らく町全体に号令を出すような鐘が鳴る。
騎士団の傍だから、点呼か何かがあるのだろうか。
今日は安心して、ゆっくり寝られそうだ。
部屋に入り荷物の整理をしながら気付く。
まずはこの余った装備を売らないとな・・・。
武器や防具を扱っている店があれば聞いて置けば良かった。
まだ日没には時間がある。
石鹸や酒は市が立った時に売れば良いだろう。
あの助けて貰った騎士にお礼も、できたらして置きたい。
ある程度Lvが上がって生活も安定したら、
隠して置いた琥珀のネックレスを売って資金を作り、
そして・・・。
奴隷を買おう!
カッコ良く決意を表明したのだが、残念な自分がいる事に気付いた。
今とても・・・、とても、自分の頭の悪さに後悔した。
自分にはボーナス魔法のワープがあった。
琥珀のネックレスを埋めた場所にいつでも戻れるのだ。
と言う事実を思い出した時に、
今まで水が、食事が、と苦労していた事は全部無駄だった事に気が付いた。
自分の冴え無さにがっかりして頭を抱えた。
いつでも村や町に戻って、補給なり買い付けなりができたのだ。
夜だって野宿せずに、アムルの民宿で寝泊まりすれば良かった。
街道を歩いて向かうなんて公言せずに、
数日滞在する振りをしながらこっそり向かえば良かった。
いやそれだと盗賊が襲って来なかった可能性もあるし、
早々に英雄を取得できたのは、この方法で良かったのだろう。
Lvだって多少上がったのだ。
この町に着いた時点で、商人やら戦士やらを獲得し賞金首の報酬も得た。
壁や岩や太い木が無ければワープはできない。
殆ど荒野で平原だった道中は、
ワープできるような場所は殆ど無かったように思える。
移動可能な場所を狙って行くとなれば、
街道から逸れて逆に迷う可能性もあった。
賊を倒した事で騎士が動き、送って貰えた。
結果的に全て良い方向となった訳だ。
終わり良ければ総て良しだ。
そ、そうだ、そういう事だ。
計画通り?
そういえば幾らあったのだろう。
路銀は最初の石鹸分があったので、報酬で受け取った金袋はまだ見てない。
チャキチャキと音を立てて金貨と銀貨がベッドの上に広がった。
ついでに銀貨の袋も広げた。
金貨14枚。銀貨72枚、銅貨60枚。
合計14万7260ナール。
この3日の苦行に対しては、中々に相応しい報酬では無いだろうか。
「頑張ったね」って誰かが言ってくれたような気がして、少し気が晴れた。
金貨と銀貨は分けて置いた方が良いかもしれない。
そう思って金貨だけの袋と銀貨と銅貨の交ざった袋の、
2つに分けてリュック内の左右のポケットへしまった。
盗賊からせしめた武器と防具は、シャツを切った布袋に全部を纏め、
リュックの中身は酒の瓶と石鹸、残りの下着の替え1組とタオル、
そして小さい雑貨のみとなりスッキリした。
残りの戦利品は今度売るとして、部屋に備え付けの籠に放り込んだ。
戦利品の胴装備を自分の装備品にしようと鑑定した所、
空きスロットが2つある皮の鎧と、空きスロット無しの革の鎧で悩んだ。
恐らく皮の鎧で2つも空きスロットがあるのはレア品だ。
装備品のランクに応じて空きスロットも増えるのだと聞いた覚えがある。
防御力は他の装備品でも補えるが、
空きスロットが多い方がそれだけ沢山のスキルを合成できる。
迷ったがスキルスロットを取る事にした。
革鎧位なら直ぐに買い直せるだろうし、
他の装備品には武器以外空きスロットが無かった。
であれば、後はどれも同じような物だ。
1階に降りて旅亭員を探す。
先程のエマーロの旅亭員は厨房の奥へ引っ込んでおり、
代わりに若い旅亭員が要件を聞いてくれるようだ。
「何かありやしたか?」
「この辺りで武器や防具を扱っている店が無いものかと思って」
「それでしたら町の東側、探索者ギルドの向かいに両方ありやすね。
今からだと、もう少しすると町の南側は治安が悪くなるので気を付けて」
「解った、ありがとう」
なるほど、南側にはお楽しみ館があるとか言ってた。
アレなお店があって、ナニな人が集まり、
ソレを狙う盗賊も動き出す。
この町はミチオ君が初めて拠点にしたベイルの街位の大きさなのだろう。
暫くはここを拠点に足元を固めようか。
部屋に戻り荷物がはみ出て一杯のリュックを背負って、
探索者ギルドを目指した。
∽今日のステータス(2021/07/21)
・フジモト・ユウキ 男 21歳 商人 Lv1
設定:商人(1)英雄(2)戦士(1)
慢心の指輪(☆)
皮の鎧(++)皮のグローブ(-)柳の皮靴(回避上昇)
・BP99(余り61pt)
鑑定 1pt 必要経験値減少/10 15pt
ジョブ設定 1pt ボーナスアクセサリ1 1pt
キャラクター再設定 1pt 3rdジョブ 3pt
獲得経験値上昇×10 15pt 詠唱短縮 1pt
・異世界4日目(16時頃)




