Operation09:救出
改訂しました。
照明が消えたので、功一はベルトに通したホルスターからフラッシュライトを取り出した。だが、不要だった。非常用発電機のおかげで、すぐに照明が復旧したのだ。功一は小型の骨伝導式ヘッドセットを耳につけた。
(二課より警備本部、瓦礫で非常階段が塞がれている。屋上からの降下しかない)
(ホーク1が三分で離陸する。到着次第、作戦六課を屋上へ降下させる)
(一課より本部、下への非常階段が瓦礫で埋まっている。避難方法の指示を請う)
(現在、状況を確認中。指示あるまで各員は情報の収集に努めよ)
宴会ホールは料理や飲み物が散乱していたが、来場者たちは軽傷か無傷だ。今のところ、目立ったパニックも見受けられない。功一は由貴を連れ、関内と碧のところに戻った。
「非常階段が塞がったみたいですね」 功一は無線で聞いていたことを言った。
「エレベーターも止まっている。参ったな」 いま非常階段を見て来たらしい、一課の社員が言った。「無線によると、外で待機していたチームが非常階段の瓦礫をどかしているそうだ」
「屋上からヘリで逃げられますか?」 碧が問う。
「この人数では時間がかかりすぎる。非常階段の瓦礫撤去を待った方が早いだろうな」 関内が返す。
(警備本部より各員) 功一たちは骨伝導イヤホンに流れた声に耳を傾ける。(四十七階の発電機室ほか、宴会ホールより上階で火災発生中。上には行くな。繰り返す、上階には行かず、地上からの救助を待て)
「七課、関内より警備本部。了解した」
(松崎より七課各員、状況を知らせ)
「関内、夏樹、尾滝の三名、宴会ホールで待機中です。そちらは?」
(おれと織田は階下の喫煙室にいたんで、すでにホテルから脱出した)
「……ツイてますね」
(まぁな。下で待ってるよ)
「了解」
複数回の爆発。ただの事故ではないだろう。功一は緊張した面持ちで、周囲を見回した。警備要員以外の来場者は、残らずボディチェックを受けている。銃器や刃物といった、武器の類は持ち込めない。いったい誰が、なんの目的で……。
※
午後八時五十五分。最初の二回以降、爆発は起きていなかった。宴会ホールに閉じ込められた来場者たちは思いのほか冷静で、静かに救助を待っていた。
「聞こえたぞ、ドリルの音だ!」
非常階段の近くにいた若い男が叫んだ。
数分後、瓦礫をどかしてレスキュー隊員たちが現れた。
宴会ホールに歓声が上がった。関内がレスキュー隊員のひとりに近く。「警備にあたっていたブラックオリオンの関内といいます」
「重傷者はおりませんが、衰弱してる方が数名います」
「ハイパーレスキューの岡嶋です。では、まず衰弱の激しい方、次に子供と女性、ご年配の方、最後に男性という順番で脱出していただきます」
「分かりました」
会場に数名のレスキュー隊員と、作戦二課の六名が入ってきた。
「不審な人間はいるか?」 自動小銃で武装した二課の課長が、関内に訊いた。
「いえ、特には」
「分かった。ここの避難が終わり次第、我々も下に戻る」
衰弱していた数名が担架で運び出され、避難が始まった。
「君、ブラックオリオンの社員だね?」
功一に唐突に話し掛けてきたのは、スカイウイング航空の澤谷社長だった。功一は少し驚いた。「はい。どうかされましたか?」
「たったいま気がついたんだが、上着のポケットにこれが入っていた」 澤谷は小さなメモ用紙を差し出した。
功一はそれを読んで、心臓が大きく跳ねるのを知覚した。
『二十年前のこと、覚えているな? 爆弾を仕掛けたのは私だ。まだ私と話す気があるなら、二十一時三十分に二十八階の食堂に来い』
この爆弾事件の犯人が、このホテル内にいる。しかも、たった三階上に。
「……犯人は、あなたに恨みがあるんですね?」
「うむ。だが説明する時間はない。今はわしと来てくれんか」
「それは、ボディガードということでしょうか」
「そうだ。見殺しには、出来んだろう?」
功一は腕時計を見た。現在、午後九時十五分。紙に書いてある時間まで、あと十五分。
「分かりました。先に行ってて下さい。すぐ追いつきますから」
「頼むぞ」 澤谷は階段の方へ駆け出した。
功一は碧に近づき、「夏樹」 と声を掛けた。
「宇城さんを頼む」
「え、どうしたのよ」 碧は怪訝な顔で聞き返す。
「急用ができた。任せたからな」 説明している時間はなかった。一歩を踏み出そうとした功一は、「尾滝さん」 と掛けられた声に後ろを振り向いた。由貴が、不安を滲ませた顔でこちらを見ていた。
「また、会えるよね?」
「もちろん」
功一は今度こそ走り出した。ホールから出て、非常階段を昇ろうとすると、気づいたレスキュー隊員に腕を掴まれた。「どこへ行く気ですか!」
「ブラックオリオンの社員だ。放してくれ」
「上に行っても助かりませんよ!」
さすがに、ハイパーレスキューの隊員は筋力が尋常でない。掴まれた腕は振り払えそうになかった。
仕方ない。
功一はアンクルホルスターからグロック26を引き抜いて、銃口をレスキュー隊員に突き付けた。「緊急事態なんだ!」
レスキュー隊員はグロックの暗い銃口を見ると、ぎょっと目を見開いて功一の腕を放した。
呆然とするレスキュー隊員を残し、功一は薄暗い非常階段を上り始めた。
「七課、尾滝より警備本部。二十八回食堂に爆破の被疑者がいる可能性あり。澤谷社長が呼び出された。バックアップ頼みます」
それだけ吹き込み、階段を一息に駆け上がる。すぐに二十八階に着いた。グロックのスライドを引いて初弾を装填し、食堂への一歩を踏み出した。