Operation08:爆破のプレリュード
改訂しました。
午後六時。宴会ホールの照明が落とされ、舞台の中央に立つ人物がスポットライトを浴びた。
「ご来場の皆様、本日はお忙しい中、わがスカイウイング航空の創立五十周年記念パーティーにお集まりいただき、誠にありがとうございます」
スカイウイング航空の澤谷社長だ。白髪をきっちり七対三に分けている。
「五十年というのは、大変記念すべき節目の年でして、それを皆様とともにこうして祝せることを、私は大変嬉しく思っております。……」
宴会ホールに設置された大型スピーカーを介して耳に入る社長の声を聞きつつ、功一たちは警戒の神経を張り続ける。
「……最後に、諸株主の皆様、日頃から弊社の飛行機にご搭乗下さっている皆様に深くお礼申し上げます。今宵は皆様、楽しいひとときをお過ごし下さい」
再び宴会ホールの全照明が点灯し、明るいパーティー会場に戻った。拍手が止むと、穏やかなクラシックが流れ始め、会場は賑やかな話し声に包まれた。
「尾滝さん!」
水色のドレスを纏った由貴が歩いて来た。碧同様、着飾ると別人に見える。
「こちらの方は?」 由貴は功一の隣に立つ碧を見て問うた。
「同僚の夏樹碧」 功一は由貴に言ってから、碧を見る。「こちら、翔条大の……」
「宇城由貴です。どうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくね」 碧は屈託なく微笑んだ。
「碧さん、そんなに綺麗なのに尾滝さんと同じ仕事に就いてるなんて、信じられないなー」
「あたし、翔条大のOGなの」
「じゃあ先輩ってことですね! あたし、法学部なんですけど、碧さんは?」
「薬学部よ」
「そうなんですね。サークルとかは……」
功一は会話の弾んでいる女性二人からそっと離れ、織田たちの所に向かった。松崎と関内もいる。
「あの人が夏樹なんて、信じられんな」 ステーキを頬張りながら、関内が言う。織田のようなことを言っているなと思い、功一は苦笑した。
「これ美味いな。妻と娘を連れて来れなくて残念だ」
「さすが関内さん、マイホーム・パパですねぇ」 織田がニヤリと笑う。
「ほっとけ。まあこんな稼業じゃ、心配かけてばっかりだがな」
「それは仕方ありませんよ」
「それにしても、料理が美味い」 言いつつ、関内はフライドチキンに手を伸ばす。
「あんまり食い過ぎるなよ。イザというときに動けないと、話にならん」 松崎がサラダを食べながら言う。
「分かってますよ、課長殿」 そう答えて、織田はワインを飲む。「……吸いたいな」
「ちょっと、喫煙所に行って来ます」
「なら、おれも一服して来よう」
織田と松崎は、宴会ホールから出て行った。
「娘さん、いくつになるんですか?」 功一は関内に訊いた。迂闊に仕事の話もできず、食事と雑談くらいしかすることがない。
「十三だ。このまえ中学二年になった」
「そうなんですね。そのくらいの年頃だと、父親も大変じゃないですか?」
「まぁ、そうだな」 関内は苦笑してから、真顔になった。「……尾滝」
「なんですか」
「やらんぞ」
「え?」
ぽかんとした功一と目を合わせず、関内はワインを口にする。気まずい沈黙に口を開けずにいると、碧と由貴が近づいてきた。
「あれ、あとのお二人は?」 碧が周囲を見渡す。
「煙草吸いに行ったよ」 と関内がローストビーフを食べながら返す。
「あ、関内さん脂っこいものばっかり食べてません? また身体検査に引っかかりますよ」「今日はいいんだよ」 というやりとりに苦笑していると、功一は由貴に腕を掴まれた。
引っ張られるままに、碧たちから少し離れた場所に移動した。突然のことに、功一は頭の理解が追いつかない。「ど、どうしたんです」
由貴は真顔で功一に向き直り、囁くように「碧さんって、尾滝さんの彼女とかじゃないですよね?」 と問うた。
「はぁ!?」 と大きな声を出してしまい、近くにいた数人の視線が功一たちに向けられる。なんでもないです、というように愛想笑いを返してから、功一は由貴を見た。「なんでそうなるんです……!」
「違うの?」 さっさと答えろ、と言わんばかりの声に、功一は多少圧倒された。
「全然、そんなんじゃありませんから」
「なら、いいんですけど」 視線を逸らした由貴は、頰と耳がほんのり赤くなっており、アルコールが回っているようだった。「さっき、碧さんに見惚れてたでしょ」
「え、いや別に……」 図星だけに口が回らなかった。
「隠さなくていいんですよ」 由貴はワインをテーブルに置き、両手を体の後ろで組み、軽く功一を睨みつけるようにした。「あたし、ちゃんと見てたんですから」
どう反応すべきか。功一が考えあぐねていると、腹を揺さぶる爆音と共に、大きな振動が来場者たちを襲った。
テーブルに並べられた料理が地面に落下し、バランスを崩した来場者が転倒する。功一は前のめりに倒れそうになった由貴を抱きとめた。
「なんだ!」「地震か!?」
そんな声が響いた直後、さらに連続して爆発音が轟いた。
天井の一部が崩落し、照明が消えた。
※
午後七時二分。スカイウイングホテル三十階のエレベーター・ホールのゴミ箱に入れられたプラスチック爆弾C4は、携帯電話による遠隔操作で起爆した。八・◯四キロメートル毎秒の強烈な爆風は出口を求めて荒れ狂い、ホールの窓を残らず粉砕し、エレベーターの扉をひしゃげさせた。
その一分後、宴会ホール真上の二十六階と、四十七階の発電機室に仕掛けられた複数のC4がほぼ同時に爆発した。
見えない鞭に叩き割られた窓ガラスが一斉に地上に降り注ぐ。駐車場のバンで待機していた作戦二課と五課のメンバーたちは、バンを直撃したガラス片に身をすくめた。「なんだ!?」
「ホールの各課員、内部の状況を知らせ」 二課の課長が骨伝導マイクで問う。
(爆発があった模様)(宴会ホールは照明が落ちた)(パニックになるぞ)
「二課より警備本部、突入許可を要請する」
(警備本部より二課および五課。突入を許可する。宴会ホールの状況を確認)
「二課は突入! 五課は周辺防御だ。急げ!」
わずか数秒でガスマスクを装着し、自動小銃に装備したフラッシュライトを点灯させたPOたちが、バンの後部扉から飛び出し、照明が落ちて暗闇と化したホテルのロビーに駆け込んでいく。その俊敏な動きに、怯えや恐怖の色は全くない。
「エレベーターは駄目だ、非常階段に向かえ!」
五課のメンバーがホテルのロビーをクリアリングしているうちに、二課のメンバーは非常階段を駆け上がってゆく。
だがこれは、恐ろしく長い夜の、前奏曲に過ぎなかった。