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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
7/45

Operation07:パーティー

改訂しました。

 月曜日。今日は九時前から最初の講義が始まる。駐車場にパジェロを停めた功一は、他の大学生たちに混じり、散り始めた桜並木を眺めながら講義棟へ向かい、エントランスに入った。

 講義開始の十分前に講義室に入った。由貴はいつも通り、講義室の中央付近に着席しており、友人らと談笑中。功一は講義室最後部、室内全体が見渡せる端に席を取った。

 バッグからテキストや筆記用具を取り出していると、由貴が近づいてきた。


「この間はありがとう。助けてくれて」


 先週、誘拐されかけた日のことだろう。屈託のない笑顔が眩しく、功一は視線を逸らしていた。「気にしなくていいですよ」


「それが仕事ですから……」

「でも、お礼を言っておきたくて。……あ、そうだ」 由貴は何か思い出したように、スマートフォンの画面をスクロールさせた。「次の土曜日、お父さんの会社の創立五十周年記念パーティーがあるんだけど、尾滝さん、良かったら来ませんか? あたしの友達、何人か呼んでもいいって言われてて」


 由貴の父は、大手航空会社・スカイウイング航空の役員だ。その創立五十周年記念行事の警備は、ブラックオリオンが行う予定になっていた。割当(アサイン)されているのは、功一たち作戦七課のほかに、一課、二課、五課の合計四チーム。本社の作戦指揮課に臨時の警備本部が置かれ、情報収集、各課への指示を行う。


「うちの会社が警備を任されてるから、それで行くことになってます」

「なら、会場で会えるかな?」

「配置場所によりますね。建物の外だったら、多分会えないかな」

「そう……」 由貴は残念そうに目を伏せ、すぐに上げた。「じゃ、会場で会えそうなら合流ってことで」

「ええ」

「現地で連絡するかもしれないんで、メルアド教えてもらってもいいですか?」


 一瞬だけ考えてから、功一は「いいですよ」 と返し、いまや絶滅危惧種となった二つ折りタイプの携帯電話をポケットから取り出した。会社から支給されているものだった。私用に使っても良いことになっているため、功一はプライベートの携帯を持っていない。

 新しく登録された電話番号とメールアドレスを確認したとき、始業を告げるチャイムが鳴った。「じゃ、また」 と笑顔で小さく手を振った由貴に、功一も微笑して頷いた。

 そして、何事もなく数日が過ぎた。





 木曜日、午後二時。パーティー会場警備の説明のため、アサインされた各課のメンバーがブラックオリオン本社の会議室に集合した。


「我々が警備を担当する、スカイウイング航空の五十周年記念パーティーは、羽田空港の近くにあるスカイウイングホテルの二十五階、宴会ホールで行われます」


 作戦指揮課の社員がホテルの見取り図を前に説明する。スカイウイングホテルは、要人や有名人がよく利用することで良く知られたホテルだった。スカイウイング航空の子会社が運営している。


「建物の周囲に二チーム、宴会ホールに二チームを配置します。前者は有事に備え、完全装備で車内待機。後者は招待客に紛れてパーティーに参加します」


 この差は、雲泥と言ってもいいだろう。課員たちが息を呑む気配が伝わった。作戦指揮課の社員はひとつ咳払いをし、合格発表よろしく手元の資料を読み上げた。


「作戦二課と五課が車内待機、一課と七課がホール警備です」

「マジかよ」「あちゃー」「よっしゃ」「日頃の行いだな」 様々な反応が漏れた。それを見た作戦指揮課や航空課の社員たちは苦笑する。当日は、ペイブホーク二機も待機することになっていた。





 土曜日、午後五時四十五分。正装に着替えた功一は、スカイウイングホテルの駐車場にパジェロを停めて、入り口に向かった。ロビーに入ると、参加者のボディチェックが行われていた。担当しているのは作戦二課の面々。戦闘服にボディアーマーを着込んでいるが、自動小銃は携帯せず、武装はレッグホルスターに自動拳銃を入れるに留めている。作戦五課は駐車場に停めたバンの中で、即応体制を取っているはずだ。

 そこまでしなければいけないほど、いまの日本の治安は悪化していた。

 ボディチェックの順番が回って来ると、功一は身分証を提示した。すると、その要員は黒いカメラのような物を功一の顔に向けた。

 PMERD(Portable Multimodal Enrollment and Recognition Device)。網膜から人物を特定し、データベースと照合する装置だ。今回の警備では、会場内に銃を持ち込む社員を確認するために使用している。導入されたばかりの最新機器だった。

 照合が終わり、功一はエレベーターホールに向かった。手ぶらなのでPx4は自宅に置いてきたが、アンクルホルスターにはグロック26が収めてある。



 パーティー会場である宴会ホールは、明るく、かなり広い。円形のテーブルが多く並び、その上には様々な料理が綺麗に並べられていた。「尾滝」 と呼ばれた声に振り返ると、ロイヤルブルーのドレスに身を包んだ碧が立っていた。紅に塗られた唇が(なまめ)かしく見える。社内でも美人という評判の碧だが、整った目鼻立ち、スタイルの良さも際立って、着飾ると別人のようだ。数秒間、無言で見惚れていた功一は、「どうかした?」 と碧に怪訝な顔をされて我に返った。


「いや、何でもない」 碧から視線を逸らし、ウェルカムドリンクのワインを口に含んだ。美味い。

「ふーん」


 黒いタキシード姿の織田が、グラス片手にこちらに歩いて来るのが見えた。こちらも、元々彫りの深い俳優のような顔立ちをしているだけあり、なかなか似合っている。

 彼は功一の隣に立っている碧を見ると、こんなことを言った。


「お嬢さん、尾滝のご友人ですか?」


 真剣なその台詞を聞いて、功一は口に含んだワインを危うく吹き出しそうになった。

 碧は目をぱちぱちさせてから、呆れ顔になった。「あんた、バカ?」


 その声を聞いて、織田はようやくその女性が碧だと気づいたようだった。「な、夏樹!?」


「全然気づかなかったぜ」 織田はまじまじと碧の顔を見つめる。碧は眉間にシワを寄せて視線を逸らす。織田の視線が碧の胸元に移った刹那、碧は織田の足の甲をハイヒールの踵で踏み潰した。「見んな、スケベ」「痛ってぇ!」


 功一は笑いを噛み殺して、辺りを見回した。どこかに松崎や関内、一課のメンバーらもいるはずだ。そして、由貴もいるだろう。

 会場には、テレビなどで見覚えのある顔ぶれがあちこちに確認できた。スカイウイング航空社長、国土交通相、アメリカの航空機製造メーカー役員、芸能人……。

 ここにいる人々が死んだら、航空業界は大きな打撃を受けるだろう。


「それにしても……」 と功一は思う。なんて美味いワインなんだろう。

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