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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
6/45

Operation06:週末

改訂しました。

 ゆっくりと両目を開く。暗い部屋の天井が見えた。

 ひどく、喉が渇いていた。功一はベッドから起きて部屋の照明をつけ、時計を見る。午前四時四十六分。冷蔵庫を開き、ペットボトルのウーロン茶をコップに注いだ。昨夜飲み過ぎたのか、頭が痛い。 

 ソファに腰掛けてウーロン茶を喉に流し込みながら、カレンダーを確認する。この週末は、アラート待機も予備待機もなし。フリーな休日だ。

 大学を二年で中退し、ブラックオリオンに入社してから五年。応募の理由は簡単だった。「普通じゃなくて面白そうだったから」。大学を中退して自棄気味の生活を送っていたとき、偶然ブラックオリオンの募集サイトを見た。作戦要員であるPOの採用形態は二つあり、自衛隊や警察のOBといった、警備・戦闘の知識や経験を持った人間を対象とするものと、まったくの未経験者を募集する新卒採用。後者は高卒あるいは大卒を対象としており、功一にも応募資格があった。

 身につく技能の専門性の高さと、日本の平均年収から見れば破格の高待遇。給料の高さは仕事の危険度ゆえであるのだが、ダメもとで受けた功一は筆記試験、身体検査、適性検査、面接の全てをクリアし、ブラックオリオンに採用された。

 一年間の研修後、配属されたのがアフリカの支社だった。治安が悪いだけに、PMCの仕事も豊富で、幾多の実戦をくぐりぬけた功一は、戦闘のプロとしての技術を急速に身につけていった。殺すことが嫌になり、何度か逃げ出そうとしたこともあったが、他に行くあてがあるわけでもなかった。ストレス過多で崩壊しそうになる精神をなんとか維持し、自分の仕事が世界をより良くするものであると信じ、そのために躊躇なく人を殺すことができるようになったときには、入社から四年が経っていた。

 やがて東京本社に異動が決まり、功一は日本に戻ってきた。それから半年が経ったが、アフリカにいた頃に比べれば平穏な毎日だ。

 治安が悪化し、免許を持つ民間人の拳銃携帯が許可されるようになった今の日本だが、紛争地帯とは比べるまでもなく安全だ。それでも、常に拳銃を携帯する癖は習慣と化しており——功一はグロック26が収まったアンクルホルスターを足首に巻いて、玄関のドアを開けた。


 自宅から徒歩三分のコンビニに入る。早朝で他の客はおらず、中年男性の店員がレジに立っていた。功一は朝食にサンドイッチとペットボトルのお茶を持ってレジに行き、支払いを済ませた。レシートを受け取ったのとほぼ同時に来客を告げるチャイムが鳴り、若い男女が入ってくるのを見た功一と店員は、ぎょっと目を見開いた。

 パーカー姿の男と、ロングコートの女。日の出前からサングラスをかけていることも不自然だが、それ以上に驚きだったのは、二人が持つ自動拳銃だった。女は入口のそばで外を見張り、男はまず功一にマカロフを突きつけた。「両手を上げて立ってろ!」

 功一はレジ袋を床に置き、両手を上げてレジ脇のホットドリンクコーナー前に移動した。男は店員の中年男性にマカロフを突きつけ「殺されたくなかったら現金を出せ!」 と怒鳴った。慌てた様子の店員がレジを開くの見ながら、功一はため息をついた。

 きちんとバレルの奥までライフリングが刻まれているマカロフは実銃だろうが、構える前からトリガーに指をかけっぱなしの素人ぶりは男も女も同じだった。実戦慣れした功一がこの二人を無力化するのは難しくないが、万一ということも起こりうる。あとの事情聴取で、銃を持っていたのに強盗を見過ごしたことが咎められるかもしれないが、二対一での無用な戦闘を避けたという言い分もある。

 だが、この二人がコンビニを脱した後、どこに行くつもりなのかは皆目見当つかない。銃を持って逃走中、無関係の民間人を巻き込むかもしれないという危惧が、功一の判断を一方に傾けた。

 功一はゆっくりと男の方に近づく。


「おい!」


 気づいた男がマカロフを構えるより早く、功一は男の手首を蹴り上げていた。激痛に呻いた男の手首からマカロフが落ち、その手を逆手に捻りあげる。絶叫に女が気づき、「離しなさい!」 と硬い怒鳴り声を上げてマカロフを両手保持で構えたが、男が功一の盾にされている格好になり、発砲できない。

 レジの裏に隠れた店員が防犯装置のスイッチを押したのだろう。店内にけたたましいベルが鳴り響いた。女は動揺したように周囲を見回し、逃げるようにコンビニから飛び出していった。功一は舌打ちして男をホットドリンクの商品棚に突き飛ばす。棚にぶち当たり、落下してきた大量の缶飲料の直撃を受けた男を一瞥してから、床に転がっていたマカロフを拾って駆け出す。

 暗い通りを駆けてゆく女の後ろ姿に向かって、マガジンと初弾を抜いたマカロフを投げた。マカロフは放物線を描いて女の足に直撃し、両足を絡ませた女は派手に転倒した。僥倖に驚きながら、功一はアンクルホルスターのグロック26を抜いてスライドを引き、アスファルトにうつ伏せに倒れた女に近づいた。

 女の手から離れていたマカロフを蹴り飛ばし、グロックを女に向けて構える。女は起き上がろうとしたが、何かを諦めたように仰向けに倒れた。サングラスは転倒時に外れたらしく、功一と同年代と見える女の顔が街灯に照らし出された。女は功一と目を合わせると、小さな声を上げて笑った。


「投げつけられた銃でコケるなんて……。こんな間抜けな最後ってないよね」

「そうだな」 功一も笑った。

「あんた……警察?」

「いや、偶然居合わせた一般人だ」

「そう……」


 サイレンの音が近づく。パトカーだろう。コンビニの防犯装置が作動すると、自動的に警察にも連絡が入るようになっている。

 女は笑みを消し、功一を睨みつけた。「あんたのせいで、こんなことに……。恨んでやる」

 反応に困った功一は、一瞬だけ考えて、「ご自由に」 と言ってやった。

 女はきょとんとしてから、くすりと小さく笑った。「変な人ね……」



 

 

『自分の目で見て、自分の耳で聴くことって、大事だと思うんだ』


 懐かしい声を聞き、碧は思わず声の主を探す。聞き間違えようのない、実の弟の声、言葉だった。


『テレビやインターネットの情報なんて、何重にもフィルターがかかってる。真実を知るには、自分で足を運ばないと』


 弟の姿を見つけた碧は、思わず手を伸ばす。だが、弟に触れることはできなかった。


『いまこの瞬間にも、なんの罪もない人たちが戦争で死んでるんだ。ぼくにはそれが我慢できない』


 弟の手には、黒い一眼レフカメラがあった。弟は碧に背を向けて歩き出す。

 待って。

 碧は弟の背中を追うが、その距離が縮まることはなかった。弟は一度だけ立ち止まり、『お姉ちゃん……』 と碧を振り向いた。その口が何かを言おうと動きかけた刹那、弟の姿は霧散した。

 布団をはねのけ、碧は現実に引き戻された。そこに弟の姿はなく、見慣れた自分の部屋があるだけだった。 


「夢か……」


 サイドテーブルに置かれた一眼レフカメラを見る。使い込まれ、各部に傷が入ったそれは、かつて弟が使っていたものだ。夢に弟が出てくるのは久しぶりだった。昨夜、居酒屋で尾滝の言動が弟に似ていると思ったから、そんな夢を見たのだろうか。

 シャワーを浴びてバスルームから出た碧は、テーブルに置きっぱなしにしていたファイブセブン自動拳銃に視線を止めた。

 誰よりも優しく、世界の安寧を望んでいた弟。だが、所詮たった一人の力では、世界を変えることなどできない。

 碧はファイブセブンを手に取り、使い慣れたグリップをぎゅっと握りしめた。

 世界平和なんて、絵空事だ。この会社に入って、世界の現状をこの目で見て、感じ、それが良く分かった。


「だから、わたしは……」

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