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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
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Operation05:飲み会

改訂しました。

 風に乗って届く、サイレンの音が近づく。もうじき、通報を受けたパトカーが到着するだろう。尋問に使える時間は長くない。

 功一は奪ったベレッタを持ち主の後頭部に突きつけたまま、感情を殺した声を発した。「誘拐の目的と所属組織を言え」

 男は反応しなかったが、功一がベレッタの撃鉄を引き起こすと、硬質な金属音にぴくりと肩を震わせたが、それでも口を開く気配はない。衆人環視の状況で撃てるはずがないとタカをくくっているのだろうと踏んだ功一は、「警察が来る前に、あんたを連れ去ることもできるんだぞ」


「自ら苦痛をお望みとは、変わった趣味だな」


 はったりとはいえ、悪役めいた台詞を口にしていることに功一は嫌気がさしたが、思いのほか効果はあった。男は微かに体を震えさせ、「わ、わかった。話す」 と掠れた声を絞り出した。


「わたしは柳堂組(りゅうどうぐみ)の者だ……」

「目的はなんだ」

「知らない。本当だ。上に言われてやっただけだ」


 拷問の恐怖に怯え、冷や汗を垂らしている男は、嘘をついているようには思えなかった。功一はため息をつき、男から目を逸らした。

 赤色回転灯を閃かせたパトカーが正門前に停車した。二人の警官が自動拳銃を構えて近づいてくる。リボルバー式の拳銃に代わり、オートマチックのグロックシリーズが全国の警察に配備されるようになったのは、四年ほど前からだったか。二人のグロック17が突きつけられる前に、功一はブラックオリオンのIDと拳銃携帯免許を提示した。男を拘束するに至った経緯を説明し、男の身柄とベレッタを警官に預けた。

 パトカーとほぼ同時に到着した”本物の迎え”のクラウンに乗った由貴を見送った後、功一は携帯を取り出した。作戦指揮課のオペレーターを呼び出し、逃走したクラウンの追跡状況を問う。

 リトルバードがクラウンを発見、現在作戦二課が急行している。





 会社に着く頃には、辺りは真っ暗だった。 松崎に今日の誘拐未遂について報告してから、功一はデスクワークに取り掛かった。大学で護衛に就いている間に溜まった書類を片っ端から処理していく。訓練計画書、弾薬の使用見込み予測、アラート待機の日程調整、日報……等々。


「遅くまで頑張るわね」 


 突然声を掛けられ、功一は反射的にパソコンのディスプレイから視線を外した。デスクのすぐ横に夏樹碧が立っていた。作業に没頭していた功一は、しばらく確認していなかった壁掛け時計を見た。午後九時四分。「もうこんな時間か……」

 松崎と関口は数時間前に退社していた。織田は八時くらいに射撃場に行くとオフィスから出て行ったが、まだ戻っていない。


「あたしはそろそろ帰るね」 碧は手にしていた訓練計画書を松崎のデスクに置き、自分のデスクを片付け始めた。「まだしばらく残る?」

「いや、日報を仕上げたら帰るよ」 功一は疲れた目を閉じ、目頭を揉んで血行を促進させた。いつまでも仕事をしていると、きりがない。功一はいま作成している日報を今日最後の仕事にすることに決めた。


 オフィスのドアが開き、織田が姿を現した。「なんだ、まだいたのか」 織田は少し意外そうな顔で功一と碧を見た。


「久しぶりに、飲みにでも行くか?」 織田は椅子の背もたれにかけてあった上着を羽織った。

「いいですね、行きましょう」 たまにはアルコールも悪くない、と功一は思った。「日報仕上げるんで、五分だけ待ってて下さい」

「オーケー。夏樹は?」

「あたしは……」 書類をまとめていた手を止め、碧は少し困ったような顔をした。「パスかな」

「飲めないんだっけか」 

「飲めるわよ」 碧はむすっとした表情で答えた。

「まぁ、無理にとは言わんけど」 織田はタバコの箱を取り出しながら、ドアノブに手をかけた。「先に下で待ってるぜ」



※  



 作戦七課の若手メンバー三人は、本社の正門を出て、近くの居酒屋に向かった。金曜の夜ということもあり、店内は賑やかだ。テーブル席に案内され、ビールと食事が運ばれてくるまでに、長い時間はかからなかった。


「今日は大変だったみたいだな、尾滝は」 織田はそう言って、枝豆を口にする。

「ええ。二日目でいきなりですからね」 やってられんと思いながら、功一はビールをぐいと呷った。久々のアルコールが腹に染み渡る。

「一人逃げたんだろ?」

「ええ。最終的にはリトルバードで補足して、二課が捕まえましたよ」

「ヤバそうな相手か?」

「いや、チンピラレベルです」

「それなら余裕だな。……それで、警護対象の女子大生はかわいいのか?」 織田は急に真剣な表情になった。 

「うわ、面食い」 黙っていた碧が冷たい視線を織田に向けた。

「ほっとけ」

「さぁ、どうでしょうね」 と答え、功一はフライドポテトを口に放り込んだ。宇城由貴の人懐っこそうな笑顔が脳裏をよぎった。

「その反応はかわいいってことだろ」 織田はニヤリとした笑みを功一に向ける。返す言葉が思いつかず、功一は視線を逸らしてビールジョッキを傾けた。織田は悔しそうな顔をする。「くそ、なんでおれは警護任務に選ばれなかったんだ」

「大学でナンパでもしてたら、任務にならないからでしょ」 と碧。酒に弱いらしく、顔が耳まで赤くなっていた。その割にビールの消費率は高い。

「人を女たらしみたいに言わないでもらいたいね」 対して織田は顔色一つ変えず、ぐいぐいとビールを飲み干してゆく。

「違うのぉ?」 と、碧はオーバーリアクション気味の声を出す。


 織田は功一に顔を近づけ、「夏樹ってこんなキャラだったか?」 と怪訝な顔で囁いた。「さぁ」 と功一が首を傾げると、「なにをコソコソしゃべってるのよ」 と碧が不満そうな瞳をテーブル越しに寄越してきた。



 約三十分後。


「尾滝、なんであたしにはタメ口なのよ」 別人のように見える碧が、饒舌に話し続けていた。「あたしは先輩社員なのよ?」

「特に理由はないけど」 歳が二つしか離れていないこともあり、会った時から敬語は使っていなかったと記憶している。

「夏樹だっておれにタメ口じゃねぇか」 織田が突っ込む。

「それはそれ、これはこれです」 と碧はジョッキに残っていたビールを飲み干し、近くにいた店員に声を掛ける。「ビール、おかわり」


 まだ二十代前半と見える小柄な女性店員は苦笑を浮かべ、「大丈夫ですか……?」 と真っ赤になっている碧を気遣う。功一が水を頼むと、店員は頷いてカウンターの方に戻っていった。

 

「なんで水なのよー、お酒を頼みなさいよー」 と口を尖らせている碧を見た織田は苦笑し、「面倒臭そうだから、あとは任せた。おれはそろそろ帰るよ」 と席を立った。


 功一は午後十時三分の時刻を腕時計に確認し、「おれもそろそろ……」 と腰を浮かしかけた功一は、他の客たちの話し声を破る悲鳴を聞いて動きを止めた。背後を振り向くと、さきほど水を頼んだ女性店員が別のテーブル席の男に手首を掴まれているのが見えた。「店員さん、ちょっと話そうよ」 と、茶髪の男が女性店員の腕を引っ張ると、小柄な体躯が踏みとどまる。「仕事中ですので……」

 二十代と見える茶髪は、「いいじゃねぇか、少しくらい」 と続け、「やめて下さい!」 と手を振り払おうとする声も無視して、女性店員を強引に引き寄せようとする。同じテーブル席にいる別の三人も同年代で、いかにもチンピラといった風貌に、締まりのないニヤけ面を女性店員に向けていた。

 面倒だな、どうしようかと功一が躊躇している間に、席を立った織田が無言でそちらに向かう。「嫌がってんだろ。離してやれ」 と感情を殺した声を出した長身に、男たちと女性店員の視線が向けられた。「なんだ、テメェ」「やんのか!」 と男たちが織田を睨みつけて立ち上がる。「ここじゃ迷惑だ。表へ出ろ」 と言った織田と三人の男たちが店外へ出て行くのを見送った女性店員は、不安そうな視線で功一の方を見た。「大丈夫でしょうか……」 


「大丈夫じゃないかもしれませんね」 と功一は落ち着いた声で返した。

「三対一だなんて……。助けに行ってくれないんですか?」 女性店員は非難の色を含んだ声音で言った。

「え、でも……」

「あの人、あなたのお友達じゃないんですか?」

「会社の先輩ですけど」

「だったらどうして……!」 女性店員は瞳を潤ませていた。

「元々悪いのは、あの三人ですし……。おれが助ける義理もないというか」

「は?」 女性店員は口をぽかんと開けた。次の瞬間、出入口のドアが開き、先ほどの茶髪が店に戻ってきた。右目はアザで赤く腫れており、セットしてあったヘアスタイルもぼさぼさにした茶髪は、「さっきはすんませんでした」 と苦笑しながら女性店員に頭を下げ、汚れた革ジャンから財布を取り出した。「お会計、頼んます。あ、そちらのテーブルも一緒で」 と、茶髪は功一と碧の方を見た。


 格闘訓練を受けているPOが、素人のチンピラ三人をあしらう程度のことは造作もない。会計までさせるとはやりすぎの感が否めないが、およそ予想通りの結果に功一は息をついた。

 訳が分からないといった顔をした女性店員は、「か、かしこまりました!」 とレジに向かう。「あら、ごめんなさいね」「ごちそうさま」 碧と功一が声を掛けると、茶髪は「気にしないで下さい、ご迷惑をおかけしました」 と笑顔で会計を済ませる。


「あの……さっきのスーツの方は?」 女性店員が問うと、茶髪は顔をわずかに引きつらせながら「そ、外でタバコ吸ってましたよ」 とだけ伝え、店から出て行った。女性店員も、足早にそのあとを追う。


 一分もせずに、女性店員は店内に戻ってきた。そのまま脇目も振らず、功一たちのテーブルに近づく。


「さっきの方にお礼をしたいので、連絡先を教えて下さい」 女性店員は、頬をわずかに赤らめていた。

「外にいませんでした?」 と碧。

「ちょうど、タクシーに乗って行ってしまいました」

「そう……。申し訳ないけど、本人の許可なく連絡先を教えることはできないわね」

「そうですか……。それなら」 女性店員は注文を記入するメモ用紙にボールペンを走らせ、功一に渡した。「これ、私の連絡先です。あの人に渡してほしいです。お礼をしたいですと伝えて下さい」 

「ええ、分かりました」 功一はフルネームと携帯番号、メールアドレスが書かれたメモ用紙に視線を落とした。

「お願いしますね」 女性店員は頭を下げ、業務に戻っていった。

「惚れたわね、あれは」 碧はハイボールのグラスを傾ける。

「そうなのか?」

「どう見ても、恋する乙女の顔だったでしょうが」


 分からないの? と言いたげな碧の顔に、功一は考え込む。アルコールで思考が鈍っている。「……よく分からないな」 功一はジョッキに残っていたビールを飲み干した。

 碧はくすりと笑い、頬杖をついた。どこか遠くを見るような目をしていた。「似てるね」

 

「似てる?」 功一は思わず聞き返した。

「尾滝、あたしの弟に似てるなぁと思って」 

「弟がいるのか」 初めて聞いた話だった。民間軍事会社などというところに来る人間には、特殊な家庭事情を抱えている者も多い。自分から話さない限り、詮索することもしないため、社内でそういった話題は出にくかった。


 碧は功一から視線を逸らし、ハイボールをぐいと呷った。「いた……わ」

 いた。その過去形の意味は、いくつか考えられるが、それを訊く気にはなれなかった。功一は何か言おうとして果たせず、開きかけた口を閉じた。


「そろそろ、帰りましょうか」 気まずい沈黙を破って、碧は立ち上がった。「そうだな」 と、功一も席を立った。

 

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