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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第二章:陰謀編
39/45

Plot04:策略

 十一月十八日。功一は南雲副社長の監視に就いていた。

 南雲の趣味はドライブで、休日には決まって愛車のレクサスLFAに乗っているということだった。彼は今日、伊豆半島の熱海峠まで来ている。そして、レクサスの後方には功一のアウディA4がついていた。不審に思われない程度に車間をあけており、もし見失っても、アウディのカーナビに常時レクサスの位置が表示されている。レクサスに位置発信装置(ロケーター)がつけられているのだ。

 ハンドルを握りながら、功一は曽根川の射殺現場を思い出していた。

 あの後の浅見の話では、結局犯人は捕まえられなかったらしい。

 分かっているのは、犯人が雑踏の中を歩く人間を狙撃できる腕前の持ち主だということだけだった。

 誰が、何のために曽根川を殺したのか。

 功一にはまったく想像がつかない。

 熱海峠を越えた二車は、伊豆スカイラインを南下している。山道で、天気は快晴。ドライブにはもってこいだ。

 時刻は午後一時。

 監視任務ではあるが、気分転換にもなっている。

 功一は頭の疑問を忘れ、走りを楽しむことにした。

 直線道路に入り、レクサスが加速。

 功一もアクセルを踏む右足に力を入れる。

 アウディのエンジン音が高まり、全身に加速度がかかる。サーキットではなく、日本の公道を通常走行する程度なら、二百十一馬力を絞り出す二リッター・ターボの加速は充分である。アクセルの踏み込み量に応じ、リニアな加速を行う輸入車のレスポンスを功一は気に入っていた。

 枯れかけた木々が高速で後ろに流れてゆく。

 心地良い。

 前方から左コーナーが迫る。

 そろそろブレーキングだろう。功一はアクセルから足を離した。

 次の瞬間。

 レクサスのサイドウィンドウが砕け散った。

 残ったガラスには、赤い血が。

 まさか、狙撃――?

 コーナーを目前に、減速しないレクサス。

 ブレーキングのタイミングが遅れる。功一がブレーキペダルを踏みつけ、アウディは急減速。スキール音が響く。

 レスサスはひしゃげたガードレールを乗り越えるようにして、崖の下へ。

 シルバーの車体が視界から消え、

 爆発音。

 アウディはコーナー途中で停止。

 崖の下から、黒煙が上がってきた。

 功一は、冷静でいられなかった。監視対象が、二人とも殺された。浅見は他の監視員もいると言っていたが、顔合わせも連絡もない。そして、監視対象が殺された場合は、速やかにその場から離れろという浅見の指示。これらが意味することは……。

 携帯を取り出し、浅見の番号をコールする。スピーカーから流れたのは、聞き慣れない音声ガイダンスだった。

 疑念が、確信に変わった。

 おれは、()()()()()


「くそっ!」


 電源を切った携帯を助手席に放り、アクセルを踏み込む。

 アウディは、急発進してその場を離れた。





 同日、午後三時十分。ブラックオリオン東京本社にある作戦七課のオフィスに、ひとりの男が現れた。

 見慣れぬ顔に、一同の視線が集まる。


「内務監査部の浅見です。松崎課長、少しお時間をいただきたい」

「何の用件ですかな?」 


 松崎はため息をつきたくなった。内務監査部の人間が持ち込んでくる話は十中八九、悪い知らせ(バッドニュース)だということを彼は経験上知っていた。


「作戦七課に任務をお願いしたい」

「それなら今は無理ですな。要員が一人、外出中なんで」

「今回の任務は、その外出中の要員、尾滝功一の拘束です」


 オフィス内の空気が、揺れた。「どういうことだ!」 と怒鳴ったのは織田。会社内での立場も年齢も浅見が上だったが、そんなことは忘れているようだ。碧は声も出さず、顔を白くして硬直している。紗夜は眉をひそめ、じっと浅見を見ている。松崎は、無表情に浅見を見据えていた。


「……説明を」 

「まずはこれをご覧いただきたい」 浅見はポケットからUSBメモリを取り出し、オフィス内のプロジェクターと接続されたパソコン側面のポートに挿した。


 壁のスイッチで照明が落とされ、スクリーンが下りる。大型スクリーンに、市街地の鳥瞰(ちょうかん)映像が映し出された。どこかの歩行者天国らしい。路上が人で埋め尽くされている。


「これは、自治体が設置した防犯用監視カメラの映像です。時間は十四時四十三分。曽根川課長が殺された五分後の映像です」


 映像は曽根川の射殺現場を拡大し、そこからスライドした。そこには、遠ざかる功一の姿が確認できた。


「ちょっとまて、尾滝は偶然居合わせただけかもしれないだろうが。こんな映像だけで拘束なんて真似は……」

「これだけではありません」 織田の声を遮り、浅見は鉄面皮を崩さずに言う。「二時間前、外出中だった副社長が運転中に撃たれ、崖に転落して死亡しました。我々は念のため尾滝に監視員をつけていましたが、彼は副社長を尾行していたのです」


 絶句する三人を横目に、浅見はオフィスのホワイトボートに歩み寄る。功一のネームプレートの横に、《MHI打合せ》の文字があった。「尾滝は今日、取引先の重工に打合せで出向いている……はずです。だが、この写真にあるよう、彼は二時間前の時点で副社長が殺された伊豆半島にいたのです」

 

 浅見が掲げてみせたのは、ヘリから撮ったと思われる空撮写真だった。一枚目は、山道のカーブ付近で炎上する車と、そこから遠ざかる車が映っていた。二枚目は、その遠ざかる車の拡大写真で、青いステーションワゴンの運転席に座る男は、確かに功一だった。


「冗談だろ……」 思わずというふうに、織田が呟いた。

「動機・詳細は不明ですが、二人がこの連続殺害事件と深い関わりを持っていることは明白です。そこで、あなた方に尾滝の捜索および拘束を頼みたい。内監課長の権限で、実弾の使用は許可します」

「なぜ、情を挟む可能性のあるチームメイト(わたしたち)に任せるんです? 内監(あなたがた)が拘束する方が合理的に思えますが」 腕を組んだ碧の声には、懐疑がこめられていた。

「彼の腕時計に仕込んであるロケーターは、すでに破壊されています。居場所を突き止められるのは、彼のことを知悉(ちしつ)しているあなた方だけなのです。

 仲間に銃を向けなければならない心中、お察し致します。しかし、これ以上の被害を防ぐため、他に手は無いのです」


 深々と一礼した浅見は、ドアを開けて姿を消した。

 オフィス内には、廊下を遠ざかる浅見の足音だけが響いていた。





 これからどうするか。それは、功一が直面した最大の課題だった。

 とりあえず、浅見が功一を曽根川・南雲両名を殺した犯人の仲間に仕立て上げようとしていることは、ほぼ確実。独自にPOプライベート・オペレーター(PMCの戦闘要員)を動かせる権限を持つ浅見のこと、すでに手を打っているだろう。多かれ少なかれ、功一の拘束(あるいは抹殺)を目的とするPOが行動を開始しているに違いない。

 功一が為すべきは、己の無実を証明すること。それができなければ、濡れ衣を着せられて刑務所行きとなるだろう。

 なら、このまま逃げていては駄目だ。ブラックオリオンの人間に接触し、事情を説明する必要がある。あるいは、犯人を捕まえて真相を吐かせればいいのだろうが、現状でそれは難しい。情報が少なすぎる。

 今できる最善のことをする、それだけだった。

 そうして、功一は自宅に戻ってきた。自宅のマンションもマークされているはずだから、すぐに拘束されるだろうが、それでいい。

 浅見が何を企んでいるのか知らないが、おれにやましいことは一切ない。事実を主張するだけだ。

 もし、それが受け入れられなければ……。

 そのときは、そのときに考えればいい。

 つくづくお人好しな性格を再認識させられ、功一は自嘲の笑みを浮かべた。ダッシュボードの表示で午後九時四十六分の時刻を確認し、路上駐車のままエンジンを切った。

 ドアを開けようとして、マンションのエントランスから誰かが出てくるのに気づく。

 それは、まったく予想外の待ち人だった。


「由貴……」 無意識に呟いてから、功一はアウディから出た。


 宇城由貴はこちらを見て、一度動きを止めた。そして、早足で階段を下りてくる。「功一さん……!」


「どこに行ってたの? 連絡取れないから心配してたんだよ」

  

 そうだった。南雲が殺された昼過ぎから、位置を知られないよう、携帯電話の電源は切りっぱなしにしてある。功一はポケットから携帯を取り出し、苦笑してみせた。


「ごめん、バッテリーが切れたんだ」

「もう……」 むすっとした表情だった由貴は、次の瞬間には穏やかな笑みを見せてくれた。「でも、よかった」 


 功一は十センチほど下にある、由貴の透き通った瞳を見た。そういえば、由貴と会うのは三日ぶりだ。

 由貴は、頬をほんのり上気させているようだった。

 見つめ合っていると――唐突に、冷たい夜風が頬を打った。


「取り込み中、悪いね」


 聞き慣れた上司の低い声が、不気味なほどはっきり響いた。

 松崎は、十メートルほど離れた路上に立っていた。街灯に照らされた顔からは、一切の感情が読み取れない。

 その後方には、碧もいる。暗さで顔はよく見えない。

 二人の反対側の道路には、織田と紗夜。

 四人のチームメイトは、少しずつ距離を狭めてきた。

 碧が、由貴の手首を掴んで引っ張る。「ごめんね」


「碧さん、なにを……」 由貴の力では、碧に抵抗することは不可能だった。たちまち、由貴は功一から五メートルほど引き離された。

「尾滝。内務監査部の命令で、おまえの身柄を拘束する。いいな」 松崎は、有無を言わせぬ態度で告げた。

「おれは何もしていません。浅見課長の命令で、監視任務に就いていただけです」


 四人は何も言わなかった。由貴だけが、口をぽかんと開けて「どういうこと……?」 と呟く。

 冷静だった功一は、なぜか急に苛立ちを覚えていた。そして、こみ上げてきた感情の命ずるまま怒鳴った。


「信じて下さい! おれは二人を殺してなんかいないし、それに加担してもいない!」


 大声を張り上げると、感情が多少落ち着いた。激昂(げっこう)するのは久しぶりだな、と功一は自分なりの感想を抱く。


「おまえを信じていないわけじゃない。それはおれたち全員が同じだ」 松崎の口から出たのは、意外な台詞だった。

「それなら……」

「だが、命令は命令だ。分かってくれ」


 命令に背いてまで、助ける気はないということか。

 功一は、四人を責めるつもりは全くなかった。逆の立場なら、功一でもそうするだろう。

 だから――功一は、ショルダーバッグのベレッタPx4自動拳銃に手を伸ばした。


「尾滝!」 怒鳴った織田が、即座にベレッタ90-Two自動拳銃を構える。


 他のチームメイトも、顔に緊張を滲ませて銃口を功一に向けていた。

 張りつめた空気の中、功一はゆっくりとした動作でPx4を取り出して、地面に置いた。さらにアンクルホルスターからグロック26自動拳銃を抜き、同様にする。それから、両手を挙げた。

 こうなったら、本社で浅見より上の立場にいる人間に無実を信じてもらうしかない。


「香村、尾滝を拘束しろ」

「はい」 紗夜はワルサーP99をヒップホルスターに戻し、Px4とグロック26を拾って腰に差した。彼女は上目遣いで功一と視線を交わらすと、すぐに逸らした。そしてポケットからナイロン製の簡易手錠を取り出し、「失礼します」 と言ってから功一の手を後ろに回し、両手首を固縛した。


「何してるの! 止めてよ!」 由貴は功一に近づこうと暴れたが、碧がその口に何かで濡れたハンカチをあてがうと、やがて意識を失った。

 

 張りつめていた緊迫感が和らぎ、松崎はシグザウアーP228をホルスターに戻すと、「撤収する。夏樹は尾滝の車に三人を乗せていけ」 とリーダーの声で指示した。

 路地を曲がった向こうにでも車を停めてあるのだろう。松崎と織田の姿は、塀で見えなくなった。

 碧もファイブセブン自動拳銃をホルスターに戻すと、昏睡状態の由貴を抱きかかえた。

 功一は、紗夜がアウディの後部ドアを開けてくれるのを待った。滑らかなサイドウィンドウに、二十五歳の男のくたびれた顔が映っている。やましいことなど無いのに、連行されるとは。本社に着くまでの間、自分の無実を証明する方法でも考えよう……。

 そのとき、簡易手錠を掛けられた手首を掴まれ、功一は反射的に視線を後ろに向けていた。

 功一の右肩のすぐ後ろに、紗夜の真剣な瞳があった。


「あたしが時間を稼ぎます。その間に逃げて下さい」


 碧に聞こえないよう、小声で言った紗夜は、ヴィクトリノックス製の小型ツールナイフで簡易手錠を切断した。ナイロン製なので、ナイフで切るのは容易だった。

 紗夜が、おれを逃がそうとしている――? 功一は軽い混乱の中で、思考を紡いだ。そのまま逃げる方法を考えようとして、冷静な自分が異議を挟む。

 おいおい、本社で自分の無実を証明するんじゃなかったのか? いま逃げたら、完全に犯人(クロ)扱いされちまうぞ。

 だが、功一の本能は早く逃げろ、連行されたらそのまま独房行きだ、と叫んでいる。

 確かに、その通りだろう。弁明する時間なんてあるはずがない。

 功一が逃げる時間を稼ぐ、ということは、代わりに紗夜が高い確率で拘束されることを意味する。それを防ぎ、ここから脱出するには――。

 一秒にも満たない思考だった。


「尾滝、車のキーは……」 


 碧は、由貴を抱えたままこちらを見て、硬直した。

 両手が解放された功一は紗夜の背後に回り込み、左腕をその首に回すと同時に、右手で彼女の腰からP99を抜き、銃口をこめかみに当てた。


「動くな。動いたら香村を撃つ」


 追いつめられて人質を取った悪人よろしく、功一は言っていた。碧は何が起きているのか分からない、という顔をしている。

 功一は、P99を上に向けて構え、トリガーを引いた。銃声が弾け、付近を照らしていた街灯が消えると同時にガラスが飛び散った。

 碧が怯んだ隙に紗夜を助手席に突っ込み、功一は運転席に入る。すかさずエンジンを掛け、シフトレバーをD(ドライブ)に入れ、ハンドブレーキを解除すると同時にアクセルを踏み込んだ。

 アウディが急発進したのと、碧が正気を取り戻したのは同時だった。彼女はすぐに由貴を地面に下ろし、ファイブセブンを抜いて発砲した。

 射出された五・七ミリ弾がアウディのリアバンパーに着弾の火花を散らす。速射で六発撃ち、二発ほどがタイヤに命中したが、速度を落とす気配はなかった。

 パンクしても走れる(ランフラット)タイヤか。碧は舌打ちして「松崎さん!」 と叫んだ。そうするまでもなく、銃声で事態に気づいた松崎と織田は、目の前を通過したアウディに十数発の九ミリ弾を食らわせたが、やはりその動きを止めることはできなかった。

 アウディは四人に背を向け、暗闇の中を走り去った。

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