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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
32/45

Operation32:終わりの前兆

 東京は、昨日に引き続き晴天だった。パリ出張から帰国して三日後、大学が夏休みの功一は出社していた。デスクワークの途中、小休止のつもりで窓の外に視線を向けると、都心に林立する灰がかったビル群の真上に、抜けるような青空が広漠としているのが見えた。

 なにやら、社内が慌ただしい。直接聞いていなくとも、何かあることは分かる。今日は新しい任務のブリーフィングがあると聞かされていたが、それと関係しているのかもしれない。


「ブリーフィング始めます。第二会議室までお願いします」


 オフィスのドアを開けたのは、作戦立案課の女性社員。功一をはじめ作戦七課の四人は、それぞれ席を立った。





「今回は、政府から依頼が来たミッションです。国家公安委および警察庁(サッチョウ)の認可も下りています」


 百名が同時に着席できる第二会議室で、若い男性社員がたんたんとした口調で説明する。今集まっているのは、七課含め作戦課員が四十名ほど、航空課員が二十名ほど、関係各課も含めれば合計八十名ほどいそうだった。


「目的は、指定暴力団《羽戸場組》の殲滅です。首都圏にある八箇所の組事務所及び幹部宅を強襲します」


 男は照明を落とし、マーキングが施された東京、千葉、埼玉、神奈川の地図をプロジェクターに投影した。

  功一は、来たか、と小さく息をついた。羽戸場組の殲滅作戦の噂は、ここ数週間日増しに具体性を帯びてきていた。説明によれば、大量の銃器と麻薬の密輸が発覚し、国として看過できない状態になりつつあるらしい。警察が検挙するのではなく、民間軍事会社を使って殲滅するとは、何か理由があるのだろうが、末端の作戦要員には知る由もない。


「八チームがそれぞれの拠点を襲撃し、万一に備え二チームはヘリで上空待機。総合指揮は本社の中央指令室で執ります」


  七課の強襲対象は、組長である羽戸場國彦の自宅だった。場所は世田谷区の高級住宅地。


「作戦開始は明日の二一〇〇。内通者(エス)からの情報により、組長以下主要幹部の在宅は確認済みです。それと……」


 若い社員の説明が終わると、一人の男が席から立ち上がった。部屋の照明が点く。

 四十代半ばと見える、角張った顔の男だった。鋭い眼光と、背広の上からでも分かる隆々とした肉体もあいまって、功一に"鬼軍曹"の単語を想起させた。


「わたしが本作戦で指揮を執る、紅林(くればやし)源一郎だ。 最初に言っておく。これは"殲滅"任務だ。情け容赦は必要ない。リストアップされている主要幹部は一人残らず殺せ。そのために必要なら他の組員も実力で排除せよ。そして速やかに去れ。これは非公開作戦だからな。わたしからは以上だ」


 彼は日本人だが、米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)在籍経験があると聞いたことがある。イラクやアフガンなどで実戦をくぐり抜けた歴戦の大ベテランだが、ブラックオリオンに移籍してからの戦闘で片足を失い、義足となった時点で第一線を退いた、というのが功一が聞いた噂だ。

 その後、いくつかの質疑応答を経てブリーフィングは終了した。





 デスクワークを終えた功一が帰宅すると、壁掛け時計は午後七時を示していた。

 エアコンのスイッチを入れて冷蔵庫を開け、乾いた喉をウーロン茶で潤すと、低い唸りとともに冷気が室内の空気を攪拌(かくはん)し始めた。

 携帯を取り出し、ソファに腰を沈める。

 やはり、知らせておいた方がいいか。

 携帯の連絡先を表示し、通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。三回のコール音の後、聞き慣れた声がスピーカーを介して耳朶(じだ)に触れた。


(尾滝さん?)

「うん。ちょっと伝えたいことがあって」

(どうしたの?)

「……羽戸場組を、潰すことになったんだ」


 スピーカー越しに、由貴が絶句する気配が伝わった。『殲滅』 という言葉はいささか刺激が強すぎると判断しての台詞だったが、あまり意味はなかったらしい。由貴は数秒の沈黙をおいて、(……そう) と返してきた。


(……いつになるの?)

「機密だからはっきりとは言えないけど、近いうちに」


 再び由貴が押し黙る。功一はひと呼吸おいてから、本題に入った。


「それで……すべて終わる。君が狙われることもなくなる」

(でも、原発の建設が中止されたわけじゃ……)

「公表はまだだけど、君の祖父は原発建設予定地を住宅地から遠ざけた。補償と引き換えに、大方の住民も納得したらしい」

(そう……なんだ)

「護衛も必要なくなるから、おれの任務も終わり。大学も辞めることになると思う」

(そっか……寂しくなるなぁ。でも、東京から異動するわけじゃないんだよね?)

「まぁ、うん」

(じゃあ、また会えるよね。よかった)


 四ヶ月近くに渡った大学生活も、これで終わり。他愛のない雑談をしながら、功一は一抹の寂しさも覚えていた。

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