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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
31/45

Operation31:パリ出張(後編)

改訂しました。

 どのくらい寝ていたのだろう。ゆっくりと目を開けると、白亜の天井が視界に入った。


「起きた?」 向かいのソファに座っている碧が言った。

「ああ……」

「お兄ちゃん、ケガ大丈夫?」 近寄ってきた昌喜が問う。功一は「もう大丈夫だ」 と微笑した。


 寝室の方から古村が出てきた。「もしよければ、昼食にいきませんか? 行きつけの店があるんですよ」


「せっかくですが、昼前の便で帰国するんです」 

「昼前の便、ですか……?」 と古村は壁掛け時計を見る。功一もそれに視線を向けると、壁掛けクォーツはちょうど正午を示していた。「もう昼……!」 功一は寝過ごして飛行機に乗れなくなった己の無様を呪った。

「大丈夫。遅い便に変更しといたから」 と碧は笑みを浮かべる。「というわけで、さっそく食べに行きましょう」



 市内の料理店で昼食を摂ったあと、功一と碧は古村親子と別れた。時刻は午後一時。


「これからどうする?」 功一は碧に問う。確か、成田行きの便は午後十一時発だったから、まだ時間はだいぶ余っている。

「もちろん観光でしょ。ルーブル美術館と、ヴェルサイユ宮殿と、凱旋門と、エッフェル塔と、あとは……」


 完全にオフモードに切り替わり、指を折りながら観光地を列挙する碧に苦笑した功一は、「おいおい、半日しかないんだぞ」 と言っておいた。

「手早く回れば大丈夫。……ってこのパンフには書いてあるけど」 と言って掲げたパンフレットは『パリ主要観光地制覇in 12hours』 という少々無理のありそうな題だった。

「もしかして、最初から観光するつもりだったんじゃ……」 と功一が神妙な表情になると、碧は図星の笑みを浮かべた。「いいでしょ? 普段は有給少なくて海外旅行なんて行けないんだし」


 確かに、それはこの職業の特徴のひとつだった。海外旅行を十分に満喫できるほどの連続した休暇はなかなか取れない。

 功一はやれやれと心中に呟き、先に歩き始めた碧のあとに続いた。

 せっかくパリに来たのだから、風情のある街を散策するのも悪くなさそうだと思った。



 午後八時九分、二人はエッフェル塔の展望室にいた。アンテナも含めれば三百二十四メートルの高さを誇り、展望台も二百七十六メートルの高さにあるエッフェル塔から見るパリの夜景は格別だった。見渡す限り、灯火の海が煌いている。夏休みシーズンだけあって観光客も多く、日本人の家族連れもちらほら見受けられた。功一は夜景に釘付けになっている碧に声をかける。


「そろそろ行こう。電車に遅れると間に合わなくなる」

「分かった」 碧がこちらを振り向いたとき、功一はカチリ、という音を聞いた。


 撃鉄を起こす音、と判断した体が音の方を向いた。観光客がいる中、サングラスをかけたスーツ姿の男がこちらに小型拳銃の筒先を向けているのを見た瞬間、功一は床を蹴っていた。


「伏せろ!」


 碧を床に突き飛ばす。銃声が轟き、碧の背後にあった窓ガラスに蜘蛛の巣のヒビが入ったが、それを見る間もなく功一はM93Rを抜いていた。

 男が二発目を撃つ前にセイフティを解き、トリガーを引く。首筋に九ミリ・パラを受けたサングラスは血を吹きながら崩れ落ちた。

近くにいた観光客が金切り声を上げる。

警察が来ると厄介だ。功一は碧を立たせると、M93Rを服で隠しつつエレベーターに向かった。




「あれ、やっぱり例のフレンチマフィア?」


エッフェル塔から出たところで、碧が言った。


「たぶんな」

「どうする?」

「もう任務は終わってる。帰るだけだ」


すると、すぐ後ろでエンジン音がした。振り向くと、黒いベンツのCLクラスが視界に映り、刹那、功一は頭を硬い物で殴られた。街の灯りが流れ、目が眩む。そのまま無理矢理ベンツの後部座席に押し込まれ、功一の意識は途絶えた。



功一が、銃を抜く間もなくベンツで連れ去られた。


「うっそ!」


碧は慌ててタクシーを捕まえ、ベンツの後を追った。エッフェル塔の観光客が通報したのだろう、パトカーが走っていたので、ベンツへの銃撃は諦めた。

おそらく、連中は功一をアジトに連れて行くはずだ。


「あたしのチームメイトを誘拐するとは、いい度胸してるわね……」


碧はタクシーの車内でファイブセブンのスライドを引いた。



四十分ほど経って、やっと目的地に着いた。郊外の住宅地だった。

タクシーを降りた碧は、ベンツの停まっている三階建て住宅の裏口に回り込んだ。ドアの前には、大柄な二人の男。碧は物陰を利用して音もなく近づき、一人の首を締めて気絶させた後、拳銃を取り出したもう一人の鳩尾にファイブセブンのグリップを打ち付け、用水に投げ落とす。

ドアにロックは掛かっておらず、開けると正面にフランス人の背の高い男が立っていた。


「きゃっ!」


距離が近すぎて対応できず、頬を殴られた碧は壁に背中を打ち付けた。ファイブセブンが床に転がり、碧はそのまま床に押し付けられた。

男はしばらく碧の顔を見つめると、急にニヤリと締まりのない笑みを浮かべる。

碧は吐き気を覚えた。

男の手が自分の胸の膨らみに伸びるのを見て、碧の思考回路は音を立てて切れた。


「くたばれっ!」


膝に全力を込め、男の股間を蹴り上げる。今まで聞いたことのない呻きを上げた男は硬直し、視線が上下左右を飛び回った。

急所を完全に突かれた男は、碧の肘鉄を食らって昏倒した。

完全に切れた碧は容赦というものを忘れ、現れるマフィアのメンバーに片っ端から怒りの五・七ミリ弾を撃ち込んだ。



正気を取り戻すと、碧は高級そうな部屋に立っており、マズルから白煙を上げるファイブセブンのサイトの先で、マフィアのボスらしき高級スーツを着た男が額から血を流して倒れていた。

いや、間違いない。本社でこのフレンチマフィアの資料を見たとき、この男の顔写真がボスとして載っていた。

碧は切れている間に、マフィアを全滅させたようだ。

ボスのテーブルには功一のベレッタPx4が置いてあり、隣の倉庫に気絶した功一がいた。碧は功一の拘束を解く。


「尾滝、起きて」

「……あー、痛ってぇ」 功一はずきずき痛む後頭部をさすった。

「はい、あなたの銃」

「……ありがとう」 Px4を受け取り、倉庫から出た功一は固唾を呑んだ。見知らぬ建物の廊下や応接室、あちこちにスーツ男が倒れている。「なんじゃこりゃ……!?」

「フレンチマフィア」

「一人でやったのか?」

「うん、あたしに手を出そうとした奴がいて、キレちゃったのよね」

「……なんか、返り血すごいぞ」


碧は自分の服を見る。私服の黒いシャツと白いスカートは、血と汗で汚れていた。


「ヤバい、洗わないと」

「とりあえず逃げよう。警察が来る」


暗い住宅地を走り、手近にあったホテルに入る。さすがに血まみれの碧を連れて駅や空港には行けない。


「とりあえず、服を洗った方がいい」

「分かった」


碧は脱衣所に入り、ドアを閉めた。孝は椅子に腰掛け、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを呷った。時計は午前零時を示している。

確か、午前八時に成田行きの便があったから、それで帰れるだろう。



三十分後。


「終わったよ」


碧が脱衣所から出てきた。功一は口に含んでいたミネラルウォーターを盛大に吹き出した。


「お、おま、おまえ……!」


碧は身体にバスタオル一枚を巻いただけの格好だった。滑らかな肩と脚を見てしまった功一は、顔を赤くして視線を逸らす。


「し、仕方ないでしょ、着替え無いんだから」

「だからって……!」

「あんたもさっさとシャワー行けば? 汗かきっぱなしじゃ気分悪いでしょ」


功一は逃げるように脱衣所に入った。そこには、碧は着ていた服一式が干されていた。それらから視線を逸らしつつ、自分の服を洗ってシャワーを浴びた。



なるべく搾った服を着直して、脱衣所を出る。もう午前一時だった。碧はあの格好で椅子に座り、テレビで映画を眺めていた。碧は功一に気づくと、無言でテレビに視線を戻す。

功一は時計のアラームをセットし、片方のベッドに入って目を閉じた。

数分後、テレビの音が消え、碧が一言だけ言った。


「……変な真似したら、殺す」


自分から死にに行くなんて御免だ。功一は一切の思考を止めた。


更新が非常に遅くなり申し訳ありません。

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