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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
3/45

Operation03:警護対象

改訂しました。

 四月十日、午前七時。

 功一は、今日からの任務に必要な物をバッグに入れていった。

 今日からしばらくの間、功一は身辺警護を行うことになる。警護対象者は宇城由貴(うしろゆき)、翔条大学三年。

 今回の身辺警護は、ボディガードよろしく対象に付き添うというものではない。同じ学生として大学に潜入し、同じ講義を受け、警護対象に危険が及んだ場合はこれを実力で排除する……。

 警護対象の登下校は自家用車なので、功一が警護するのは大学敷地内だけだった。大学には、功一以外にもブラックオリオンの人間が複数潜入するので、休み時間まで対象をつけ回すようなことはせずに済む。

 大学生になるにあたり、会社は功一の偽装経歴(カバーストーリー)を用意した。名前や出身地はそのままだが、家族構成が違うし、学歴も違う。年齢は実年齢の二十四歳で、二年間の海外留学を終えて復学した、という設定だ。

 カバーストーリーなんてものは、あくまで保険だが。

 そういうわけで、”大学生”尾滝功一の学生証と免許証がここにある。銃を持ち歩く上ではあった方が安全だが、ただの大学生が拳銃携帯免許を持っているというのは、いささか強引な気もする。

 功一はいつも通り、駐車場のパジェロに向かった。今日は会社へは寄らずに大学へ直行する。

 私服での出勤に新鮮な気分になりながら、功一はパジェロのエンジンに火を入れた。




 

 午前中の講義が終わり、功一は食堂に向かう。

 休み時間の警護は、学生や教授に混じったブラックオリオンのPOが行うので、功一は自由だ。

 警護対象−−宇城由貴は、至って普通の大学生に見えた。

 講義中の態度は真面目。しっかりと教授の声に耳を傾け、小まめにノートを取っている様子だった。コミュニケーション能力も問題ないようで、休み時間になると周囲の友人らと談笑していた。屈託なく笑うその表情は眩しく−−いや、そんなことはどうでもいい。

 いま重要なのは、昼食に何を食べるかということ−−そして、もうひとつのことが危惧されていた。

 講義室から、誰かに尾行されているらしい。

 PMCのPOとして、数々の戦場や修羅場をくぐり抜けてきた功一は、自分に向けられている他人の意識に敏感だった。直接視認せずとも、誰かがこちらを注視しているのが分かる。他のPO? だが、潜入任務中に接触してくるようなバカがいるとは思えないが−−。

 思い切って、功一は後ろを向く。

 五メートルほど後ろを歩く宇城由貴と、まともに目が合った。

 女性らしく丸みを帯びた輪郭に、透き通るような黒い瞳。茶髪が多い学生の中では少数派の黒い髪が、風になびく。

 いきなり振り向かれたことに驚いたのか、由貴は少し困ったような顔をして視線を逸らした。

 なんだ? 動揺してしまってから、功一は動揺したことを後悔した。とりあえずそのまま歩き出そうと一歩を踏み出すが、「あの……」 と遠慮がちに掛けられた由貴の声に、足を止めざるをえなかった。


「なんでしょう?」 微笑で動揺を上塗りし、功一は由貴に向き直った。

「初めてですけど、転入生さんですか?」

「いえ。留学から戻ってきたんです」

「そうなんですね」 


 功一は口中に舌打ちした。あまり細かく質問されると、カバーストーリーの矛盾が露呈しかねない。留学よりも他校からの転入ということにしておけばよかった、と後悔の念を覚えたとき、近くで「由貴!」 と女の声が発した。そちらを見ると、三人の女子学生が立っていた。さきほどまで由貴と一緒に講義を受けていた顔ぶれだ。「ご飯行くけど、どうする?」

 

「うん、あたしも行く」 と由貴が笑顔で頷く。三人の視線が由貴から功一に移り、「……お知り合い?」 と確かめるような声がかけられる。


 困ったような顔をした由貴が口を開く前に、「いえ。ちょっと道をお訊きしてたんです」 と早口で喋って、功一はその場を離れる一歩を踏み出した。「彼氏?」「違います!」 という遣り取りを背中に受けつつ、足早に食堂へ向かった。


 満席となっていた食堂での昼食を諦めた功一は、購買で買った惣菜パンを持って中庭に向かった。この大学の中庭は、庭園のように自然が多く、美しい。こういう場所に来たのは、久しぶりだ。

 適当なベンチに腰掛け、パンのビニール袋を開ける。今日は、午前中だけで講義は終わり。あとは会社に行って報告書を提出し、そのあとはアラート待機だ。デスクワークを片付けるとしよう。パンを食べながら、そんなことを考えていた。




 

 つんつん、と頬を指でつつかれ、功一は目を覚ました。雲ひとつない青空が視界に飛び込んでくる。太陽が眩しい。ベンチの上で、横になっていた。パンを食べ終わってから横になって、気がついたら眠ってしまっていたのか……。


「こんなとこで寝てていいんですか?」


 そんな声が発し、功一はすぐそばにいた警護対象に気づいた。「うわっ!?」 思わずベンチから転げ落ちそうになったが立て直し、上体を起こす。

 無様に大声を上げて驚いたこちらを見て、宇城由貴はクスリと笑う。「そんなに驚かなくてもいいのに……」


「不真面目なボディガードさんですね」


 由貴が発した言葉に衝撃を受け、功一の脳が一瞬思考を停止した。彼女は、おれの素性を知らないはずだ。「なんの話ですか?」 ととぼけながら、功一はベンチから立ち上がった。


「寝てるとき、足首につけた拳銃が見えてましたよ」

「子どもの頃から射撃をやっていて、免許を持ってるんです」 数年前に銃刀法が改正され、十分な知識と経験を持ち、厳しい条件をクリアする民間人は拳銃の常時携帯が可能となった。

「往生際が悪いなぁ……」 由貴は眉間に皺を寄せたが、数秒後、何かを思い出したようにハンドバッグの中に手を入れ、まさぐる。「お昼休みのときに、ブラックオリオンの社員証を落としていきましたよ」 


 馬鹿な、と思い、功一は咄嗟にショルダーバッグのジッパーを開いた。やはり落としているはずはなく、ブラックオリオンの社員証兼IDカードはバッグの中にあった。だが、それを確かめた行為が失態だったと気付いた時には遅く、由貴に視線を戻すと悪戯な笑みを浮かべていた。「やっぱり、ブラックオリオンの人だったんですね」

 嵌められた。こう見事にしてやられると怒りすら湧かず、功一は降参した。


「……いつ気付いたんです?」

「怪しいと思ったのは、今朝、初めて見たときかな。なんだか普通の学生と雰囲気が違いますもん」

「雰囲気?」 業界の人間ならともかく、普通の女子学生に勘づかれるほど不自然だったのか。功一は自信を喪失しそうになるが、まったく心当たりがない。

「今までボディガードの人は何度も見てるけど、それに近い雰囲気だなー、と思って」


 そういうことか。功一は消失しかけた自信を取り戻す。まったくの素人ならまだしも、こういう業界の人間を見慣れているなら、その雰囲気を区別する感覚が鋭くなっていてもおかしくはない。


「おじいちゃんは何も言わないけど、お母さんに言われてたんです。近いうちにボディガードがつくかもしれないって。

 詳しい事情は聞かされてないけど。おじいちゃんの会社の警備とかもブラックオリオンと契約してるみたいだし、ボディガードもそうかなと」


 これ以上、誤魔化そうとしても無意味だろう。功一はひとつため息をついて、苦笑を浮かべた。「その通りです」


「《バレないように警護しろ》って言われてたんですけどね。気づかれてしまった以上、仕方ない。自分はこの任務から外れることになると思いますが、他の者が宇城さんをきっちり護衛しますので、ご心配なく」

「あ、いえ、あたしそんなつもりで言ったんじゃないです。これからよろしくお願いします」 由貴はぺこりと頭を下げた。

「自分が警護を継続するかどうかは、上が判断することですので」 多少は人事考課に影響するだろうが、いっそのこと面倒な護衛任務からは外れたいというのが、功一の偽らざる心境だった。こうしている間にも、デスクワークが溜まっていくのだ。残業が増えるのは御免被りたい。

「むしろ、顔見知りの方が護衛しやすいんじゃないですか?」

「そうですかね」

「きっとそうですよ。ほら、よく漫画とかでもあるじゃないですか。ボディガードの恋人とか」 何かを思い出したように、由貴は腕時計を見た。「もうこんな時間。そろそろ迎えが来るので、行きますね」


 正門の方に数歩進んだ由貴は、「そういえば」 と足を止めて振り向いた。


「名前、なんて言うんですか?」

「……尾滝といいます」

「尾滝さん、ですね。知ってると思うけど、あたしは宇城由貴。よろしくです」

「ええ、よろしく」 功一は軽く頭を下げた。


 由貴は最後に手を振ると、再び正門の方に向かって歩いていった。その姿が見えなくなると、功一は二度目の溜め息をついてから、駐車場に向かうことにした。

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