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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
23/45

Operation23:ブラフ

追加しました。

(我々は、柏崎原発を占拠した)


 硬い男の声。まだ若そうだった。自然な日本語だ。


(知っての通り、きさまらの奪還部隊は我々と交戦し、全滅した。捕らえた男から聞くところによると、自衛隊ではなく、民間企業のブラックオリオンと言っていたぞ。きさまらは我々を舐めているのか?)


 藤山総理や各大臣、自衛隊トップらが詰める国家安全保障会議の室内で、その声はクリアに聞こえていた。


(もっとも、いまさら自衛隊を出しても遅い。原発を暴走させたくなければ、新潟空港まで車両による移動と、ガルフストリームのG500またはG600シリーズ、燃料満タンで。パイロットは不要だ。そして現金1億ドルを用意しろ)

「一億ドルだと……」 藤山総理が思わずという風に聞き返す。

(紙クズ同然の自衛隊法で武器を使えず、無様に墜ちていったF-15の調達価格が一機でそのくらいか? すでに二機を失ったんだ。追加で一億ドル、大した額ではないだろう)

「しかし……!」

(これ以上、こちらを攻撃するような真似をすれば、原発の冷却設備および制御装置を破壊する。

 タイムリミットは午前零時だ。それまでに準備を完了し、我々が新潟空港への移動を開始できるよう取り計らうこと。さもなくば原発はメルトダウンし、多くの日本人が死ぬことになるだろう。以上だ)


 ぴしゃりと言い放ち、通話は終了した。

 ブラックオリオンのヘリが撃墜され、突入部隊が全滅したと連絡が入ったのが午後八時頃。敵の勢力が事前連絡と違うとブラックオリオンから防衛省に抗議の電話が入ったが、『正確な戦力など分かるものか、多少の(・・・)誤差を想定していなかったそちらのミスだ』 という内容ではねつけた。

 これで、ようやく陸上自衛隊の出動となるわけだ。幕僚長の島岡陸将は、状況が自分の思惑通りに進んでいることに満足していた。ブラックオリオンとの戦闘で、敵はただでさえ少ない戦力を損耗している。精鋭の特殊作戦群に急襲をかけさせれば、原発の制御装置を破壊される前に制圧できる自信があった。


「特殊作戦群の第二中隊百名が、すでに輸送ヘリで高田駐屯地への進出を終えています。命令があれば、すぐにでも離陸できます」


 陸上自衛隊唯一の対テロ特殊部隊・特殊作戦群。習志野駐屯地に三個中隊が編成されているが、そのうち一個中隊は、すでに防衛大臣による防衛出動待機命令を受けて、上越市の高田駐屯地で待機している。柏崎原発までは、直線距離で約四十五キロ。CH-47JA輸送ヘリなら十分程度で移動できる。柏崎原発の周辺は、すでに封鎖も住民避難も完了している。舞台は整った。


「事態は一刻を争います。総理!」


 藤山総理は、革製の椅子から立ち上がり、その場にいる全員を見回した。


「自衛隊法第七十六条に基づき、防衛出動を命ずる」





 柏崎原発のオペレーションルームで、朝鮮民主主義人民共和国軍・矯導隊指導局・航空陸戦旅団の崔大世(チェ・テセ)中尉は小さく息をついた。彼は、原発を占拠した部隊のリーダーだった。貧しい農村で生まれ育ったが、能力を認められ、特殊部隊員としての訓練を受けてきた二十八歳の男だ。軍総参謀部直轄の矯導隊指導局において、真っ先に敵陣に空挺降下、橋頭堡を確保することを目的とする航空陸戦旅団。今回のチームには、他の狙撃旅団、航空狙撃旅団、軽歩旅団からもメンバーが参加している。皆、精鋭だ。

 共通するのは、忠誠を誓ったはずの党に愛想を尽かしたということ。幼少時から徹底した洗脳教育を受けていれば感覚が麻痺するが、自分の国がいかに非常識な振る舞いをしているか、国外のことを知るようになれば、気づくまで時間はかからなかった。だが、守るべき家族がいれば、国を裏切ることはできなかった。比喩ではなく、死人が出るような訓練を耐え抜いてきた。

 だが、そんなことを続けても、報われないと崔は知った。ある作戦で、親しかった同僚が戦死した。国外での非正規作戦だ。しかし、遺族には戦死通知が届くだけで、まともな補償金も支払われなかった。さらに、その数ヶ月後、崔の両親と妹が、餓死した。作った農作物のほとんどが党に奪われ、まともに配給がされなかった結果だった。

 そうして守るべき家族を失った崔にとって、国を守る意義はなくなった。

 だが、国外脱出や亡命は容易ではない。であれば、今の立場を利用するまでだった。崔の意思に賛同する兵士を集め、計画を練った。ただ逃亡するだけでは、すぐに困窮してしまうだろう。金が必要だ。そこで、人質をとって身代金を要求する案が浮上した。周辺で危機管理に鈍感な国といえば、日本。領空侵犯機には警告射撃しかできず、原発の警備は軽装備の警官のみ。原発を占拠できれば、人質は人間だけではない。放射能汚染の恐怖を与え、日本の政治家を震え上がらせることができる。

 退役となり、スクラップになる予定だったアントノフAn-12を掠め取り、特別任務に使うと言って空挺降下仕様に改造。さらにグレー一色でオールペン。機体番号も国籍マークも塗り潰した。民間機の識別番号を発信して偽装しつつ、北朝鮮の領空を出る。一か八かの賭けだったが、空軍のミグに追いかけられずに済んだのは幸運だった。台風すら、自分たちの味方をしてくれているかのようだった。空挺降下で二人失ったが、状況を考えれば被害は少なかったと言える。

 数少ない原発の警備隊を皆殺しにしたが、その戦闘ではこちらの被害はゼロだった。ブラックオリオンの急襲は意外だったが、所詮は生ぬるい民間企業。ヘリ二機と十名程度の要員で攻撃を仕掛けてきたが、全滅に追い込んだ。こちらはそれでも損耗率二十パーセント。想定の範囲内だ。

 あとは大人しく、日本政府がこちらの要求を呑めば、作戦は完了。ジェット機で新潟空港から西へ飛ぶ。母国を避け、もっと遠くに……。目的地は準備してある。そこにたどり着けば、本当の自由が手に入るのだ。誰にも邪魔をされない、平穏な暮らしが——。


「崔中尉」


 突然声を掛けられ、崔は脳裏の夢想を消した。副官の(シン)少尉が、鋭い視線をこちらに向けて敬礼した。大柄な体躯をまっすぐ伸ばしている。優秀な軍人だが、今回の作戦に参加した最大の目的は、この男の場合は金ではないかと崔は思っているのだが、参加要員に文句を付けられる状況ではなかった。母国も他国も敵に回すにおいて、優秀な軍人が欲しかった。多少、動機が不純だったとしても。目的が違えど、手段が同じであれば、問題ないはずだ。


「どうした」 素性を隠すため、作戦中は日本語の使用を厳命していた。

「内通者から連絡。五分前、高田駐屯地から二機の輸送ヘリが離陸しました。チヌークです。北東方向、つまりこちらに向かっています」


 やるつもりか、自衛隊。

 崔は「分かった。警戒を怠るな」 とだけ答え、正面に並ぶ原発の計器を見据えた。


「それだけですか」 と辛。

「何か意見具申でもあるのか」 崔は二歳年上の部下を、睨むようにした。

「日本政府は警告を無視した。こちらの意志を示すためにも、人質を殺すというのはどうでしょう?」

「あのブラックオリオンの連中か?」 三人を別室で拘束している。

「いえ、もっとダメージの大きいように、そこの職員ですよ」


 オペレータールームには、十人のオペレーターがいたが、初めに一人射殺したので、残りは九人。彼らは辛の言葉を背中で聞くと、肩を震わせた。崔は一瞬迷ったが、わざわざ非戦闘員を殺す必要はないと考えた。


「いや、殺すのはブラックオリオンの人質にしろ。とりあえず一人射殺し、陸自を引き揚げさせなければ職員を殺すと伝えろ」

「承知」


 辛中尉はドアを開け、オペレータールームを去っていった。

 陸自は、確実に勝てる物量と装備で来る。特殊作戦群、あるいは第一空挺団の精鋭を中隊規模で送ってくるだろう。二十名足らずの我々では当然、防御は不可能。下手をすれば、ヘリの到着から数分で制圧されてしまう。

 日本政府は脅しに乗らなかった。くそ、くそ、くそ。崔は目の前の壁を蹴りつけたい衝動に駆られる。原発を暴走させることはできない。いくら敵性国家の国民でも、無差別に虐殺することはできないし、するつもりもなかった。だから、初めからそんな想定はしていなかった。どの場所にどのくらいの爆薬をセットすれば、原発を暴走させられるか。資料はあったが、実際に実行できるほどの爆薬はない。そのつもりだったからこそ、爆薬よりも銃弾を多く持ってきたのだ。

 目の前が、すっと暗くなった気がした。遠かった、だが確実に見えるところにあった自由が、消えてゆく。もう二度と届くことはない……。

 作戦が失敗すれば、原発を放棄して、逃走するしかない。陸自のヘリが上がった以上、そうなる可能性は限りなく百パーセントに近い。

 そして、その状況を知っているのは、崔だけだった。

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