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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
21/45

Operation21:原発占拠

改訂しました。

 翔城大学の食堂は、今日も混雑していた。価格が少々高いといえば高い気もするが、どのメニューも味は悪くない。功一は、醤油ラーメンが載ったトレイを持って、空いたテーブルについた。カレーライスを注文した音無が向かいに座るのを見てから、腕時計に午後一時の時刻を確かめる。外に視線を向ければ、台風による豪雨が窓を打っていた。

 外に目をやり、「ひどい天気だよな」 と顔をしかめた音無に「確かに」 と頷いてから、功一はラーメンを食べ始めた。広い食堂にいくつか設置された大型の液晶テレビが、雨合羽(あまがっぱ)を身にまとってずぶ濡れになったリポーターを映し出していた。


「そういえば尾滝、さっきの講義の内容なんだが……」


 音無が何かを訊こうとしたとき、食堂が闇に包まれた。「きゃあ!」「停電か!?」 周囲がざわつく。

 窓から入った僅かな外光が、人間の表情を判別できる程度に室内を照らしたが、数分後に非常電源に切り替わるまで、多少のパニックを学内に引き起こした。

 それが、関東圏にも送電を行っていた新潟の原発が何者かに占拠された結果による停電だとは、このとき、誰も知る由はなかった。





 その、少し前。

 新潟県柏崎市にある全日本電力の柏崎原子力発電所は、四基ある原子炉のうち二基を稼働させ、二五〇キロワットの電力を作り出していた。原発の中枢(ちゅうすう)である中央制御室(オペレータールーム)には、十名の技術者たちが詰めていた。

 いつも通り静かだったオペレータールームで、中年の技術主任が口を開いた。「おい、いま変な音がしなかったか?」


「いえ、何も聞こえませんでしたけど」 隣に座る若い技術者は、計器盤から目を離さずに返した。

「聞き間違いかな。悲鳴みたいなのが聞こえた気がしたんだが」

「空耳じゃないんですか」

「そうかな……」


 嫌な予感を覚えた主任は、ふと廊下とつながるドアを振り向いた。その瞬間、オペレータールームのドアが勢いよく開き、減音器(サイレンサー)を銃口に装着した拳銃やサブマシンガンで武装した黒装束の集団が侵入してきた。それを見た主任は思わず立ち上がった。

 パン、と間の抜けた銃声が空気を震わせ、額に銃弾を受けた主任が、血の筋を引きながら倒れる。状況が分からず唖然とする他の技術者たちに、主任を撃った男がベレッタM92F自動拳銃を向けた。


「死にたくなければ、指示に従え」


 一切の感情を排除した声で告げた男のM92Fには、誰のものが分からない返り血がついていた。





 午後一時、首相官邸。国家安全保障会議が召集され、国務大臣、自衛隊関係者らが集まっていた。最後に議長たる内閣総理大臣・藤山彰一郎ふじやましょういちろうが室内に入ると、立ち上がった閣僚・幕僚たちが一礼した。

 藤山は硬い表情のまま、無言で着席した。正面の大型モニターには、新潟県を含む北陸周辺の地図が表示されていた。


「始めてくれ」 藤山が言うと、陸上幕僚長の島岡竜平(しまおかりゅうへい)陸将が立ち上がった。

「占拠されたのは、新潟県柏崎市にある柏崎原子力発電所です。発電所には全日本電力の社員三十四人と、警備の新潟県警機動隊十人がいるはずですが、連絡はついておりません」

「ちょっと待ってくれ。なぜ占拠されたと分かる? 根拠は?」

「すでに総理の耳にも入っていると思いますが、今朝八時頃、一機の国籍不明機が防空識別圏に入り、空自のF-15がスクランブルしました。警告を無視し、新潟県沿岸の領空で空挺部隊を降下させたとF-15の搭乗員から報告がありました。

 機体トラブルでベイルアウトした搭乗員は救助されましたが、もう一人の編隊長はボギーと共にレーダーから消えました。

 空挺部隊約十数名降下の報告を受け、県警機動隊が柏崎原発に急行しましたが、正体不明の武装集団と交戦状態に入り、通信途絶。原発常駐の警備隊とも連絡不能に陥りました。そして、午前十一時、柏崎原発は送電を停止」

「それだけか? 何かの事故かもしれん」

「事故?」

「国籍不明機は、何かのトラブルで我が国の領空に入ってきてしまった。台風で機体が壊れ、仕方なくパラシュートで脱出したんじゃないのかね?」

「いや、しかし……」

「原発と連絡取れないのは台風による通信機器のダウン。機動隊は、パラシュートで降りた避難民を侵略部隊だと思い込み、下手に刺激したんじゃないのかね? 問題だぞ、これは」

「いえ、これをお聞き下さい。送電停止から三十分後、全日本電力本社に原発の技術者から電話が入っていました」

(……もしもし、聞こえますか)

(はい、全日本電力です)

(柏崎原発の鈴木です。緊急事態が発生し、内線が使えず私用の携帯から連絡しています) 慌てているのか早口で、少し震えている男の声だった。

(どうされましたか?)

(武装集団にオペレータールームを占拠されました。他のところにいた職員や、警備の警官たちはどうなっているのか分かりませんが、先ほど平塚主任が射殺されました)

(なんですって……。すぐ上の者につなぎます)

(待ってくれ。いつ連中が戻ってくるか分からない。このまま……あっまずい)

(鈴木さん?)

(ま、待ってくれ、別に会社に連絡していたわけじゃないんだ! ちょっと家族に……待てやめろ撃たないで) 


 そこで銃声のような音が入り、録音の再生は終わった。  

 目を閉じて聞いていた藤山は、数秒の間をおき、再び島岡の方を見た。「……目的は?」


「不明です。しかし、これは明らかに我が国に対する外部からの武力攻撃です。すぐ防衛出動を命じていただきたく思いますが」

「待て待て、そう焦らずに」

「しかし……。原発は陽動で、本命の別部隊が同時に攻撃を仕掛けてくる可能性もあります。これは非常に危険な……」

「危険なことは分かりました。これから対処を考えるので少し黙って」


 島岡は一瞬だけ眉間にしわを寄せ、口を噤んだ。それから数秒間、室内に沈黙が続いた。


「朝にそんなことがあったのに、なぜ未だに自衛隊が動いていないんですか?」 田部(たべ)文部科学大臣が疑問を口にした。

「すでに初動としては動いております」 島岡が静かな怒りをたたえた視線を向けたので、田部は黙り込んだ。

「原発周辺の封鎖は終わっております。奪還作戦として、習志野駐屯地からヘリを飛ばし、柏崎原発に陸自部隊を降下させます。特殊作戦群および第一空挺団が、すでに準備を終えて待機中です」

「……それじゃあ、マスコミに教えるようなもんじゃないのか?」

「は?」 藤山の予想外な発言に、島岡は思わず聞き返した。

「だから、原発が工作員に占拠されたって、バレちまうじゃないの」

「しかし……」

「この事件は、表向きにはあくまで事故として処理するように。工作員が原発占拠したなんて報道されてみなさい、国中大混乱になるし、今後の外交にも支障を来たします」


 呆れを通り越して嫌気がさした島岡が、再び口を開いた。


「では、どうやって処理されるおつもりで?」

「いるじゃないか、非正規戦闘のプロが」 藤山が立ち上がった。「PMCのブラックオリオンとダークスネークに、作戦案を提出させなさい。より優秀な作戦案だと判断される方の会社に、原発奪還を依頼する」


 襲撃された原発の奪還を、民間軍事会社に委託する。あくまで保身に走り、自衛隊のメンツを丸潰しにして事件を隠蔽するつもりの藤山総理。こんな男が自衛隊の最高指揮官なのかと、島岡は今さらながら大いに落胆した。

 冗談じゃない。戦争ごっこを生業としているような連中に、仕事を奪われてたまるか。占拠された原発の奪還作戦。敵は少数で、他に侵略らしい動きは自衛隊も米軍も捉えていない。

 とすると、今回の敵は本国の統制を離れ、独自に動いているのではないか? 隠密上陸ではなく、オンボロ輸送機で台風に特攻してきた無謀作戦も、本国の支援を受けられなかったからだと考えれば納得がいく。

 であれば、余計に都合がいい。陸自の精鋭部隊なら、たやすく制圧できるだろう。何より、非常に貴重な実戦経験を得ることができる、またとない機会だ。

 PMCには一度舞台に上がり、すぐ降りてもらう。その後が、本当の主役、自衛隊の出番だ。

 見ていろ、大越三佐。

 島岡は、危険を顧みず台風に突入し、ボギーと共に散った空自パイロットのことを考え、拳を握りしめた。仇は必ず取ってやる。われわれ自衛隊の手で。



 


 停電から一時間ほど経ってから、功一は松崎から呼び出しの電話を受けた。緊急呼集とのことで、午後の講義は休んでパジェロで本社に向かった。

 ブラックオリオン本社も停電地域に入っていたが、自家発電装置を完備している。作戦七課のオフィスに入ると、松崎、関内、織田がすでに待機していた。碧はまだ入院している。


「どうなってるんです?」 功一が問うと、松崎は腕を組んだ。

「分からないんだ」

「え?」

「停電のあと、呼集がかかったんだが……。作戦指揮課の連中は待機しろって言うだけで、何が起こったのかを教えない。停電に関係のある何かなんだろうけどな」

「ただの事故……じゃないですよね。おれたちに関係があるってことは」

「テロ……かもなぁ」 関内が呟くように言ったが、冗談には聞こえなかった。


 すると、黒いスーツ姿の若い男が現れた。作戦指揮課の社員だ。


「これからブリーフィングを始めます。第二会議室まで至急お願いします」





 第二会議室には、合わせて三十人ほどの作戦課員と航空課員がいた。作戦指揮課の男が、柏崎原発占拠の状況について一通り説明した。次に、まだ二十代に見える作戦指揮課の女が、前に出てマイクを握った。


「占拠された原発の東側は、山になっています。よって、降下部隊を乗せたヘリは東側からNOEで原発にアプローチします」


 NOE――地形追随飛行ナップ・オン・ジ・アースとは、敵から発見されることを防ぐために、超低空を飛ぶことだ。


「ペイヴホーク一号機に作戦五課と作戦七課、二号機に作戦一課と作戦三課に搭乗していただきます。一号機が作戦実施、二号機は航空基地で待機していただきます。護衛はリトルバード一機です。離陸予定時刻は一八〇〇。これから、原発の侵入ルートや制圧方法についての説明を行います」


 その後、原発の見取図と侵入ルートを頭に叩き込んだ作戦課員たちは、それぞれ戦闘準備を開始した。

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