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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
18/45

Operation18:見舞い

改訂しました。

 五月十二日、午後二時。その日の講義が終わった功一は、とあることを思い出した。

 夏樹の見舞いに行かなくては……。

 奇信教襲撃事件から二日が経った。碧はまだ動けず、入院している。退院までには、少なくとも一週間はかかるという。病院名と部屋番号は、今朝、会社側から作戦七課のメンバー全員に通達があった。

 携帯の連絡先をスクロールし、「夏樹 碧」の番号で発信ボタンを押す。


(はい)

「尾滝だけど。調子はどう?」

(微妙かな。けっこう痛むのよね) 小銃弾は擦過しただけだったが、数針縫ったらしい。

「今から見舞いに行こうと思うけど、欲しいものは?」

(そーねぇ……。特にないわ)

「そう言わず」 手ぶらで見舞いに行く気にもなれなかった。

(じゃあ、コアラのマーチ。あとはミネラルウォーターがあると嬉しいかな)

「了解。じゃあまたあとで」


 通話を終えると、すぐ横で由貴がこちらの様子を伺っていた。「お見舞いって、もしかして日曜日の?」 

 功一は近くに一葉がいないことを確認し、「そう」 と頷いた。


「前にスカイウイングホテルにいた、夏樹がちょっと怪我してて」

「え? 碧さん大丈夫なの!?」 由貴は目を見開いて驚く。

「かすり傷みたいなもんだから、心配しなくていいよ」

「今から病院行くんだよね?」

「うん」

「一緒に行っていい?」

「いいけど……」

「じゃあ決まり。行きましょ」


 功一は頷いた。予想外の展開だったが、一人で行っても気まずくなりそうだから、ちょうどいいかもしれないな、と思った。





 碧が入院している病院は、七〇〇床を(よう)する総合病院で、ヘリポートも設置されている。

 エレベーターで六階に上がり、廊下を少し歩くと、目的の病室にたどり着いた。

 功一はドアをノックした。「尾滝です」


「どうぞ」


 病室に入ると、ベッドに病衣を着た碧が腰掛けていた。「わざわざ、悪いわね」

 一人用の病室で、内装も小綺麗だった。 


「こんにちはー」 由貴が姿を現すと、碧は驚いた様子で微笑んだ。

「由貴ちゃんまで、どうして?」

「講義のあと、尾滝さんに連れてきてもらったんです」

「そうなんだ」

「これ、よかったら食べて下さい」 由貴は途中で買ってきた、果物のバスケットを差し出した。

「ありがとう。嬉しい」 

「怪我は大丈夫なんですか?」

「うん、大したことないわ。ちょっと痛むけどね」

「かすっただけとはいえ、AKの七・六二ミリ弾だからな……。完治するまで、ゆっくり休むといい」

「そうね、せっかくだから休ませてもらうわ。復帰まで迷惑かけるけど……」

「今のところ、大きな事案もないし、大丈夫だろ」 功一は、サイドテーブルに置かれた雑誌やコミックに視線を落とした。「ゴルゴ13なんて読むのか、意外だな」


 碧は苦笑して首を振った。「違う違う。それは織田さんが持ってきてくれたのよ」


「織田さん、見舞いきたんだ」 

「ええ、午前中に松崎さんと関内さんも一緒に」

「なるほど」 功一は警護任務に就いているので、他のメンバー全員で来たということか。


 しばらく雑談などして、病院をあとにした。功一はパジェロのエンジンを掛け、時計を見る。午後四時五十四分。

 助手席でシートベルトを締めた由貴に、功一は尋ねる。「これからどうする?」


「帰るなら、家まで送るけど」


 由貴は口に拳を当て、考え込む仕草をする。「うーん、そうだな……」


「尾滝さん、今から仕事?」

「いや、今日は午後はフリーだけど」

「ちょっと、帰りたくない事情が……」

「事情?」

「うん。実は、お父さんとケンカしてて、口きいてないの」

「え?」

「それだけなんだけどね」

「反抗期の中学生か!」


 思わず突っ込みを入れると、由貴は少し怒ったような顔をした。


「何よ、尾滝さんだって親とケンカくらいしたことあるでしょ?」

「もう何十年前かな……」 功一はハンドルを握り、フロントガラスの先の遠くを見つめた。

「何十年ってことはないでしょ!」

「記憶が虚ろなくらい昔ってことだよ」

「むぅ」

「ケンカの原因は?」

「知りたい?」

「いや」


 助手席からずり落ちそうになった由貴を尻目に、功一はとりあえずパジェロを発進させる。由貴は悔しそうな顔で「尾滝さんって、ホントは性格悪い?」 と訊いてきたので、功一は苦笑しながら「そうかもね」 と返してやった。

 同年代の女性と普通に談笑することなんて、大学生のとき以来か。数年前だが、ひどく懐かしく感じた。


「尾滝さんて、普段は自炊してるって言ってたよね」

「ああ」

「たまに面倒に感じない?」

「それはあるな……。そういうときは、外食かコンビニ弁当とかにするけど」

「今日とか、面倒じゃない?」

「よほど家に帰りたくないんだな……」 思わず、呆れたような声が喉から出た。

「てへ」

「それなら、どこかに食べに行く?」

「うーん、あたしが作ろうか?」

「え?」

「普段、お世話になってるし。これでも、あたしも家でお母さんの料理、手伝ったりするんだよ」

「そりゃ、まぁ、ありがたいけど……」

「じゃ、食材を買いに行きましょ」





 マンションの駐車場にパジェロを停めた功一は、レジ袋を提げてエントランスに向かった。後ろに由貴がついて来る。


「綺麗なマンションだね」

「ああ」


 エレベーターを降り、通路を歩く。功一の隣室のドアが開き、中年の女性が現れた。


「こんにちは、諸岡(もろおか)さん」

「あ、尾滝さん! ちょうど良かった、もうお仕事は終わったんですよね?」

「ええ、まあ」

「うちの子、明日の朝まで面倒見てもらえないかしら?」

「え?」

「これから同窓会なんです。ちょっと遠出なんで、朝の七時には帰ると思うんですけど。それまでお願い出来ませんか? 一人で留守番させようと思ってたんですけど、どうしても不安で」

「はぁ、構いませんけど」

「お礼に、何か美味しい物買って来ますね。……そちらは?」 母親は由貴に気づいて言った。

「えと、知り合いです」

「そうなの」 女性は一度自室に戻り、子どもを呼んできた。「じゃあ、よろしくお願いしますね」


 母親は笑顔で功一と由貴に会釈すると、子供を残してエレベーターの方に行ってしまった。


「諸岡良介(りょうすけ)、小学三年です」


 坊主頭の少年が言って、功一は由貴を見た。細い首を傾げ、苦笑いしている。

 どうしたものか。

 功一はため息をつき、とりあえず自室の鍵を開けた。 

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