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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
15/45

Operation15:護送任務

改訂しました。

 五月七日。功一は相も変わらず翔条大で講義を受け、会社での通常業務もこなす毎日を送っていた。通常業務の方は、他の課員たちにある程度分担してもらっているものの、それにも限度がある。一人で学生と会社員を半分ずつやっているようなものだった。

 

「今度の日曜日、映画でも観に行かない?」 講義が始まる前の雑談の中で、一葉が周りの数人に声を掛けた。 

「映画か、そういや最近観に行ってないな」 と音無。

「賛成。尾滝さんも来るよね?」


 振り向いた由貴に訊かれて、後ろの席についていた功一は、「日曜か……」 と呟きながら、携帯のカレンダー画面を開いた。アラート待機の場合はアラート・スタンバイの『AS』、予備待機の場合はフリー・スタンバイの『FS』を入力してあるが、次の日曜日は空欄だった。急な任務や訓練がいつ入って来るか分からないが、いまのところ大丈夫だろう。「たぶん、大丈夫」

 

「決まりだね。何観る?」

「ダイ・ハード7は?」

「アクションより、恋愛ものがいいなぁ」

「B級じゃなければなんでもいいよ」


 そんな会話を片方の耳で聞きつつ、功一は近くにいる他のグループの会話が気になっていた。


闇夜喬二(やみやきょうじ)、ロンドンで捕まったってさ」

「闇夜って、十年前の爆弾テロの?」

「えー、恐いね」

「だから、捕まったんだよ」

「あぁ、そっか」

「テロのあとに国外逃亡して、ICPOが国際指名手配してたんだと。スコットランド・ヤードから、警視庁に引き渡されるらしい」

「じゅあ東京に来るわけ? おっかねー」

「またテロ起こしちゃったりして」


 四人の男女が、ノートパソコンの画面を見ながら話していた。十年前の東京同時多発爆弾テロと言えば、PMCの武力を行使する活動が日本国内で認められるようになった、間接的な原因のひとつとなった事件だ。実行犯は全員、宗教団体『希神教(きじんきょう)』のメンバーであり、その教祖が闇夜喬二という男だ。


「ちょっと、それ見せてくれない?」 功一はノートパソコンの持ち主らしいメガネの男子学生に尋ねた。

「ああ、いいよ」


 彼のパソコンは大手ウェブ検索サイトのニュース記事を表示してあった。


英国首都警視庁スコットランド・ヤードは四日、東京爆弾テロの主犯として国際刑事警察機構(インターポール)に指名手配されていた闇夜喬二容疑者(52)を逮捕したと発表した。犯罪人引渡し条約に基づく協議の結果、闇夜容疑者の警視庁への移送が決定している』


 功一は画面をスクロールさせていった。記事の最後に、こんなことが書かれている。


『成田空港から警視庁までの護送中、希神教信者らの襲撃が予想されている。高梨宏平(たかなしこうへい)警視総監は闇夜容疑者の護送について、「現在、ブラックオリオン社と合同の護送に向けて調整を進めている」 と話した。実現すれば国内では初の、警察と民間軍事会社による合同の犯罪人護送となる』


 これは、駆り出されるかもな。功一は嫌な予感を覚えた。

 その予感は、この日の夕方に的中することになる。





 午後六時五十七分。ブラックオリオン本社の会議室に、作戦部の社員たちが集まっていた。功一を含む作戦課のPOが三十人ほど、航空課の課員が二十人ほど着席しており、大型モニターの脇には、ノートパソコンや書類を携えた作戦指揮課の社員が数名、ブリーフィングの準備を進めている。

 午後七時から、新しい任務の説明が開始されることになっていた。このタイミングで、これだけの人数が参加する作戦となれば、その内容はだいたい見当がつく。


「説明を始めます。今回は警視庁と合同の護送任務です」 モニターの前に立った作戦指揮課の係長が、書類を手に話し始めた。「国際指名手配されていた東京同時多発爆弾テロの主犯・闇夜喬二が、ロンドンで逮捕されました。闇夜は成田から警視庁まで車両で護送される予定ですが、希神教による襲撃が予想されています。我々はそれに備え、武装して護送車両を守ります」


 室内の照明が落とされ、ブラックオリオンの社章を映していた大型モニターの画面が切り替わる。車両の隊形が図示されていた。


「この中央の車両が、闇夜が乗る護送車です。その前後左右を、二台のパトカーと二台の白バイが固めます」 係長がレーザーポインターを使って説明する。「そして、その前後をうちの四駆汎用車(ハンヴィー)が二台で挟みます。最後尾にSATのバン。最前列に白バイが二台。空には、うちのペイヴホークが一機。以上が、護送団の編成になります」

「まるで、大名行列だな」 織田が腕組みをしながら言った。

「前方のハンヴィーは作戦二課、後方は作戦七課に担当していただきます。作戦一課、作戦四課、作戦六課は、ローテーションでペイヴホークに乗り込んでいただきます」


 再び、室内の照明がつけられた。


「詳細は、追って連絡となります」 係長は、多少緊張した面持ちで一同を見回した。「質問はありますか」


 簡潔すぎる説明に、聞きたいことは山ほどあった。事前の情報が規制されることは珍しくないが、作戦の危険度にしては、情報が少なすぎる気がする。功一が疑念を抱くより早く、「予定日時は?」 と質す声が上がった。作戦一課の課長だった。


「現時点では未定です。なるべく情報の漏洩(ろうえい)を防ぐ目的で、我々に知らされるのは早くても一日前です。一週間以内が目安となります」

「……分かりました」

「警視庁より連絡が来次第、各課長に回します」

「希神教の武装は?」 別のPOが訊いた。

「拳銃あるいは自動小銃が予想されています。最悪の場合は——」

「これはおれの勘だが……」 係長の声を遮ったのは、作戦指揮課担当の部長だった。「襲撃は、ほぼ間違いなくある。希神教の信者は過激派だ。武器も、何を隠してるか分からん。アサルトライフルだけでなく、下手するとRPG(対戦車ロケット)なんかも所持している可能性がある。油断しないように」

「では、こちらの武装は?」

「全員自動小銃を携行。ハンヴィーにはM2を装備する」


 M2重機関銃は、強力な十二・七ミリ弾をフルオートで撃ち出す。生身の人間に当たれば、文字通り木っ端微塵になる。

 部長は席から立ち上がり、静まり返ったPOたちを見回した。


「ブリーフィングは以上。解散」





 五月九日、午後八時四十八分。

 功一は自宅でシャワーを浴び、タオルで髪を拭きつつキッチンに立った。


「晩飯、どうするか……」 呟いて、冷蔵庫や棚から食材を取り出す。「ぺペロンチーノかな」


 鍋でパスタの麺を()でていると、携帯が着信音を響かせた。功一はリビングに向かい、テーブルに置いてあった携帯を取った。どうせ松崎だろうと思って、画面は見ずに通話ボタンを押す。「はい」


(あ、尾滝さん?) これっぽっちの予想もしていなかった声に、功一は危うく携帯を落としそうになった。

「宇城?」

(うん。いま大丈夫?)

「ああ」

(明日の映画、午後七時に駅前集合ってことになったんだけど、来れそう?)


 そうか、明日は日曜だ。


「ごめん、まだ分からない。おれが行けなかったら、三人で楽しんで来なよ」

(そうだね。……尾滝さんって、一人暮らし?)

「うん」

(ご飯、ちゃんと作ってる?)

「うん。一応、自炊はしてるよ」 

(へぇ……。さすが、社会人って感じ)

「そうか?」

(日曜日、来れそうだったら連絡下さい。七時に駅前だよ)

「了解」

(じゃ、おやすみなさい)

「おやすみ」


 功一が携帯をテーブルに置こうとしたとき、また着信音が響いた。慌てて通話ボタンを押す。「はい」


(日時が決まった) 松崎だった。(明日、十八時四十三分に成田に着陸する便だ。十五時に会社に来い。いいな?)

「了解です」


 短い通話が終わった。携帯を置いてキッチンに戻ると、ちょうどパスタの麺が茹で上がっていた。





 五月十日、午後三時四十九分。

 最終ブリーフィングを終えた功一たち作戦要員は、全員が黒の戦闘服に身を包み、本社内の銃器保管室にいた。拳銃は自宅での保管が許可されているが、サブマシンガンやアサルトライフルなどは会社で一括管理をしている。

 功一は自分のH&K G36Kアサルトライフルをガンラックから取り出し、ボディアーマーにスペアマガジンを入れていった。半透明プラスチックで形成されたG36のマガジンは、残弾数が一目で分かるというメリットを持つ。


「もしかして、尾滝か?」

 

 いきなり声を掛けられ、功一は背後を振り向く。


庄村(しょうむら)?」

「訓練センター以来だな! 尾滝」 庄村(あつし)は、作戦要員を養成する訓練センターで、功一と同期だった男だ。身長は功一より低く小柄だが、運動能力は高い。

「庄村、南米支社だったろ?」

「先週、東京に転勤になったんだよ。いやぁ、それにしてもよく生きてたな、尾滝」 庄田は功一の肩を軽く叩いた。功一は苦笑した。

「お互いに、な。……もしかして、ハンヴィーか?」 今日の任務のことだ。

「おう、護送車の前だ」

「奇遇だな、おれは後ろのハンヴィーだ」

「そうか。今日の任務が終わったら、飲みにでも行くか?」 庄村は機嫌よさそうに笑った。

「ああ。楽しみにしてるよ」


 装備を整え、功一たちは外で待っている二台のハンヴィーに向かった。

 このときはまだ、数時間後に起こることなど知る由もなかった。

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