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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
11/45

Operation11:ドライブ

改訂しました。

 スカイウイングホテル爆破事件から、数日が経った。事件直後は爆弾テロだとか、某国工作員の仕業などと好き勝手に騒いでいたマスコミも、事件の真相がはっきりすると大人しくなった。

 負傷者は出たものの、犠牲者が犯人である西町一人で済んだのは奇跡と言える。ブラックオリオンが爆弾を事前に発見出来なかったことを責める意見もあったが、PO二名の働きによってSWA(スカイウイングエア)社長が救われ、建物の全壊が防げたことへの称賛の声が多かった。

 事件後に発見されたプラスチック爆弾の設置場所と数量から、もし爆発していれば建物は崩壊し、現場にいた避難中の来場者、消防士やレスキュー隊員に多数の死傷者が出ていたことは確実だった。

 ブラックオリオンの社員たちは、すでに通常の業務に戻っている。

 そして今日も、功一は任務のために翔条大学にいた。


「すごかった。ドカーン! って爆発して、会場に閉じ込められちゃって」

「映画みたいじゃん!」

「消防車とかたくさん来てて、ホントに映画みたいな感じだった」


 始業前の講義室で、由貴が数人の友人たちを相手に事件当時のことを語っている。功一は、いつもの講義室最後部の席が埋まっていたため、由貴たちから二メートルほど離れた席にいた。


「閉じ込められて怖かったんだけど、尾滝さんたちが励ましてくれて」


 思わず口を滑らせたのだろう。由貴が『しまった』 という顔をしたときには遅く、話を聴いていた四人が一斉に功一の方を見た。「尾滝くんもいたんだ!」 四人のうちの一人、茶髪の女子学生が功一に向かって言った。「尾滝くんは、どうしてパーティーに?」


「いや、おれは……」 功一は返答に困った。まさか自分がブラックオリオンの社員で、警備のために行っていたなんて言えるはずがない。由貴の警護は、あくまで秘匿任務なのだ。由貴に正体が露見したのは、イレギュラーとしか言いようがない。「ちょっとまぁ、偶然で」


「怪しいなぁ」 と茶髪の女は含みのある笑顔を功一と由貴に向けてから、隣の席にいた男子学生を振り向く。「秀輝(ひでき)もそう思わない?」

「同感だな」 茶髪の女ともども、今風の大学生の典型といった男子学生——彼とは何度か話したことがある。名前は確か、音無(おとなし)秀輝——は爽やかな笑みを功一に向けた。「隠す必要はないんだぜ?」

「いや、本当に偶然なんで……」 功一は作り笑いで答えた。チャイムが鳴り、講義が始まったので、功一はそれ以上の追及を受けずに済んだ。





 その日の講義は、午前中で終わった。会社に戻る途中で昼食を食べよう……などと考えながら駐車場に向かっていた功一は、「尾滝くん!」 という聞き覚えのある声に足を止め、背後を振り返った。由貴、音無、そして講義室にいた茶髪の女が、こちらに向かって歩いて来た。

 嫌な予感がした。昼食にでも誘われ、先ほどの追及の続きが始まると面倒だ。


「どうしたんですか? みんな揃って」

「尾滝さんも、今日の講義は午前中だけでしょ? お昼でも一緒にどうかな、と思って」

「でも、宇城さんは迎えが来るんじゃ?」

「今日はキャンセルしたんです。せっかく半日フリーだし、遊びにでも行こうかなと思って」 と、由貴はまっすぐ功一を見た。


 ようは、遊んでいる間のボディガードを頼みたいということか。功一の警護は基本的に、大学の講義中に限られている。こういう場合は本来、別の担当社員が警護を受け持つことになるのだが、どうするべきか。

 作戦指揮課の当直に判断を仰ごうと、ポケットの携帯に手を伸ばそうとしたとき、着信音が鳴った。慌てて通話ボタンを押す。「はい」


(作戦指揮課より尾滝担当。本日は警護任務を継続して下さい。松崎課長にはこちらから連絡します。以上)


 返答を待たず、通話は終わった。おそらく、この近くでやりとりを聞いていた別の警護担当が、作戦指揮課に連絡を入れたのだろう。作戦指揮課の担当者は、『このまま尾滝に警護を継続させた方が都合がいい』 と判断して今の電話をかけてきたと考えるのが自然だ。


「今日も残業かよ……」 がっくりと肩を落とした功一に、茶髪の女が「残業って?」 と声を掛けた。

「この人は、あたしの友達の森一葉(もりかずは)ちゃん」 由貴が紹介した。


 茶髪の女——森一葉は、にっこりと人懐っこい笑みを功一に向けた。セミショートの茶髪が風になびく。「よろしくね」


「ああ、よろしく……」

「残業って、バイトでもしてるの?」 一葉は問うような視線を向けてきた。

「まぁ、そんなところですね」

「話はあとあと。腹減ってるんだよ」 と音無が言った。

「どこで食べよっか?」 三人を見回した由貴に、一葉が「この前言ってたイタリアンのお店は?」 と返す。

「あそこ、ちょっと行きづらいんだよな」 と音無が眉間に皺を寄せた。「車でもあればなー」

「あるけど」 と言った功一に、音無と一葉は意外そうな顔をした。



 駐車場の一画で、功一はパジェロのドアを開ける。「どうぞ」


「なんで駐車許可証持ってるの? 田舎の大学じゃあるまいし、学生には交付されないでしょ、普通……」 後部座席に収まった一葉が、ダッシュボードに乗せられた大学の駐車許可証を見て言った。

「まぁ、いろいろ事情があるんですよ」 と、功一はエンジンをかけた。


 音無は助手席、由貴は後部座席に座った。


「そういえば尾滝、おれたち同級生なんだから、敬語使うことないぜ?」


 唐突に言った音無に、功一は「……それもそうだな」 と返し、パジェロを発進させた。確かに、無理に敬語を使う必要もないか。





 イタリアンレストランに寄ってから、立体駐車場にパジェロを停め、ショッピングモールで買い物に歩き回った。

 由貴と一葉ははしゃいだ様子で服やアクセサリーを買い、功一と音無も服を買った。買い物が終わってボーリングに行き、パジェロに戻る頃には日が暮れていた。


「さて、帰りますか」 助手席に座った音無が言った。

「そうだね」 由貴が頷く。

「待って、もう少しドライブしない?」 一葉は物足りない様子だった。


 功一は運転席から後部座席を振り返る。「ドライブって、どこに?」


「お台場とか? 夜景、綺麗だし」


 結局、お台場に向かうことになった。





 午後七時五十六分。お台場海浜公園は、東京湾に面している。ライトアップされたレインボーブリッジが、夜空に映えていた。対岸に見える街並みの明かりも美しい。

 功一はジャンケンに負け、自動販売機を探した。由貴は緑茶、音無はコーラ、一葉はサイダーという、見事にバラけた注文だった。そして、功一が飲みたいのはコーヒーだ。

 数分歩いて、やっと自販機を見つけた。

 三五〇ミリリットル缶四本を両手で抱えながら、展望台に向かって薄暗い道を歩き始める。

 戻る途中、由貴に会った。


「半分持つよ」

「え?」 一瞬、何のことか分からなかった。すぐに飲み物のことだと気づいて、功一は二本を由貴に渡した。 

「尾滝さん、今日は運転お疲れさま。疲れてない?」 歩きながら、由貴が言った。

「全然。酷使されるのは慣れてるから」


 由貴はくすりと笑った。展望台に近づくと、由貴は不意に足を止めた。「あれ……」 由貴が指差した先には、対岸の光を映す東京湾の手前で、並んで立っている音無と一葉の姿があった。ここからの距離は、五十メートルくらいか。


「あの二人、いい感じじゃない?」

「ああ……」 上の空で返した功一は、さっきから嫌な気配を感じていた。誰かに監視されている?

「音無くんと一葉って、なんか仲いいんだよね。そう思わない?」

「そうだな……」

「尾滝さん、ちゃんと聴いてる?」


 誰だ、誰がいる? 功一は辺りを見回す。展望台には、若そうなカップルが二組、親子連れが一組。さっき、自販機の近くに犬を連れた老人がいたが、いずれも不審な点はなかった。だがこれは間違いなく、危険な予感だ。アフリカの戦場で感じたのと、同じ悪寒。理屈では説明のつかない感覚……。


「尾滝、さん?」


 由貴が、怯えるような顔でこちらを見ていた。表情に出たのだろうか。「ごめん、なんでもない」 功一は無理やり微笑した。だがその瞬間、周囲を警戒していた功一の意識が、由貴に集中してしまった。

 気配を消して背後に近寄っていた悪意が、急に姿を現す。突然感じた気配に振り返った刹那、首筋を何かで殴られ、功一はそのまま地面に倒れた。

 意識を失うまでの数秒間、功一の耳には、飲み物の缶が落下してコンクリートにぶつかる音と、由貴の悲鳴が聞こえていた。

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