Operation10:崩壊阻止
改訂しました。
午後十時三十分。スカイウイングホテル二十八階にある食堂 『スカイビュー』。
「いるんだろう、西町」 食堂に入った澤谷は、そこにいるはずの男の名を呼んだ。
「来たか」
食堂は照明が落とされ、月明かりだけが差し込んでいる。カウンターの前に立っている西町のシルエットは分かるが、その背後に窓ガラスがあるため、逆光で表情は読めなかった。
「西町、おまえがすべてやったのか?」
「そうさ。綿密に計画を立てプラスチック爆弾を入手し、設置もおれがやった。おまえを苦しめ、そして殺すためにな」
その時、澤谷の背後にある非常口のドアが開いた。
「誰だ」 西町が低い声で言った。
食堂に澤谷以外の人物を見つけた功一は、西町に向けてグロック26を構えた。
「あんたが犯人か」
「その通り。今宵の爆弾パーティーは楽しんでいただけたかな?」
西町は功一が一人なのを確かめると、余裕を取り戻した声で言った。しわがれた声だ。澤谷と同じ、六十代といったところか。
「ふざけるな……!」
「昔話をしようか。もう二十年も前の話だ。私の妻と娘が乗った飛行機が、日本アルプスに墜落した。スカイウイング航空の大型旅客機だった。墜落原因は、台風の接近による視界不良に伴う操縦ミス」
功一は西町にグロックの銃口を向けたまま、わずかに目を細めた。
「それで、スカイウイング航空に復讐を……?」
「違う」 西町はあっさり否定した。「いや、それも全くないと言えば、嘘になる。だが、私は会社という組織に恨みを持っているのではない。事故の原因となった人間だよ。始めは操縦ミスを侵したパイロットを恨んだが、彼らは事故と同時に死んだからね。死人に復讐は出来ない。
そして、私は事故機の飛行計画を作成した飛行管理人に恨みを持った。当然だろう? ディスパッチャーが台風が来ると判断してフライトプランを変更していれば、事故は起こらなかったのだからな。そのディスパッチャーが、この澤谷という男だ。それを知ったときは随分驚いた。親友じゃないか。それも、高校時代からの」
それが動機か。だか、功一は納得出来なかった。
「不可抗力だ、西町。当時の気象予測は現在ほど正確じゃなかったし、墜落時にはウインドシアという、下降気流を伴う突風が吹いたんだ。あれは自然が引き起こした事故で……」 澤谷が説得するように言う。
「自然が引き起こした不幸な事故か!? 澤谷、貴様は自分のミスをそうやって誤魔化し続ける気か!」
銃声が響き、西町の背後にあったガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入った。空薬莢が一つ、床に転がった。
功一はグロックを構え直した。「ふざけるな」
「そのふざけた復讐のために、無関係な人を何人巻き込んだと思ってるんだ!」
功一の脳裏には、由貴の不安そうな顔が浮かんでいた。
「黙れ若造。貴様に私の何が分かる。最愛の妻と娘を失った、私の何が分かるというんだ!」 西町はスラックスのポケットから携帯を取り出した。「この食堂と宴会ホールに、爆弾を仕掛けてある。私がこのボタンを押せば、私たちとこの建物は跡形もなく吹き飛ぶ」
「なんだと……!」 澤谷は呻いた。
「最大規模の爆発だ。この建物は完全に崩壊する。私の人生のラストを飾る、火と血の大花火だ!」 西町は大声を出して笑った。「若造、貴様も道連れだ!」
功一は舌打ちした。グロックの照準を西町に合わせるが、手が震えて撃てない。即死させなければ、もしボタンを押す余力を残させたら、その時点でゲーム・オーバーだ。
「馬鹿な真似はよせ! 分かった、公式に謝罪もするし、いくらでも賠償金を払う!」 恐怖のせいか、床に尻餅をついた澤谷が叫んだ。
「冗談を言うな、澤谷。もう、何もかも破綻しちまったんだ。終わりなんだ! ……ではそろそろ、お別れの時間にしよう。十」
トリガーに掛けた人差し指が震える。銃口のブレが止まらない。
「九……八……七……六……」
汗が目に入り、グロックの照準器に入れられたホワイト・ドットが滲む。
「五……四……」
早く撃たなければ。だが、照準が……!
「三……」
西町の指が携帯のボタンに添えられる。功一はトリガーに触れる人差し指に力を入れた。
「二……」
「尾滝っ!」
知った声が背後で弾けた。
銃声。
正確に額を撃ち抜かれ、のけぞる西町。
西町が倒れる。
携帯が落ちる音。
空薬莢の金属音。
残響。
「夏樹……」
功一の背後で、碧はファイブセブン自動拳銃を両手保持で構えていた。五・七ミリ弾を射出した細いバレルから、白煙が立ち昇っている。
「大丈夫、尾滝!?」
「夏樹、宇城はどうしたんだ」
「関内さんに任せたわよ。いきなりチームメイトが行方を眩まして、ほっとける訳ないでしょ!」
真剣な顔で言われて、功一は返す言葉が見つからなかった。
「でも……本当に良かった。無事で」
「……おかげで助かったよ」
※
午後十一時二十五分。功一、碧、澤谷の三人は、無事に建物から脱出した。
「尾滝さん! 碧さん!」 由貴は碧に抱きついた。その様子を少し離れて見ていると、いきなり首の後ろに誰かの手が回された。
「この野郎、心配かけやがって!」 織田は笑いながらそう言って、功一の頭をばんばん叩く。
「織田さん、痛い! 痛いですって」
「まったく……」
その後、警察で事情聴取を受け、会社で報告書を提出して、マンションに帰り着く頃には、空が明るくなっていた。