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ブラックオリオン  作者: 波島祐一
第一章:警護編
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Operation01:ブラックオリオン

改訂しました。

 白くぼんやりと滲んだ視界の中で、何かを知覚した。光、香り、味、……どれも違う。

 音だ。判断した身体が、反射的にベッドから飛び起きた。時計のアラームではなく、携帯電話の着信音が鳴っていた。ベッド脇に置いてあった携帯を掴んで通話ボタンを押しつつ、壁掛け時計を見る。午前五時五十八分。相手が誰かは確認しなかった。こんな早い時間に電話してくる人間は限られている。


「はい」

(緊急呼集だ)


 知った声がスピーカーから発せられた。会社の上司だ。


「十五分で行きます」

(急げ)


 通話はそこで切れた。尾滝功一(おたきこういち)は携帯をテーブルに置いて、ウォークイン・クローゼットに吊るしてあったワイシャツに袖を通した。ネクタイを首に引っ掛けながら洗面台に向かい、顔を洗う。家を出るまでに五分、会社まで、車を飛ばせば七分。寝癖を適当に撫でつけてから、携帯を上着のポケットに入れ、ハードケースに収まっていたベレッタPx4自動拳銃(オートマチック)を手に取った。

 プラスチック製のフレームに収まった弾倉(マガジン)を外し、装填された九ミリ・パラベラム弾を確認する。マガジンをグリップに戻し、バッグに突っ込んだ。一見何の特徴もないビジネスバッグには、仕事に必要な物が入っていた。続いて机の引き出しからグロック26自動拳銃を出し、アンクルホルスターで足首に装着。構成部品の多くがプラスチックで構成されたグロックシリーズの拳銃は、一見玩具のように見える。だが、これにも実弾が装填されていた。

 足早に玄関を飛び出した。エレベーターを待たず、階段でエントランスまで下り、外に出る。駐車場に停めてあるパジェロの運転席に座り、エンジンをかけた。三・八リッターのエンジンが唸りを上げるのを聞きつつ、功一はパジェロを発進させた。





 功一が勤めているのは、民間軍事会社(PMC)のブラックオリオン株式会社。日本初のPMCで、社員数は約二万人。業務内容は重要人物の護衛、施設の警備、危険地域での輸送、公的機関や民間人に対する各種訓練指導など、多岐に渡る。功一は日本国内で護衛や警備を行う部署に配属されている。

 設立当初は、海外の紛争地域などで仕事を請け負うことがほとんどだったが、十年前に東京で起きた地下鉄爆弾テロ以来、国内の治安は悪化し、高度な技術を持つPMCの需要が国内で高まった。

 ほとんどの戦闘要員が自衛隊や警察からのヘッド・ハンティングだったのは数年前までのことで、現在は会社が保有する訓練施設で、素人の社員を一人前の戦闘要員に育て上げている。

 PMCの戦闘要員、すなわちPOプライベート・オペレーターは銃器の取り扱いに長けており、またその仕事の特殊性から、拳銃の所持・携帯が法律で認められている。

 功一は、会社の訓練施設で”戦い方”を覚えたひとりだった。




  

 通勤ラッシュの酷な東京といえど、時間が早いことが幸いし、道は空いていた。予想通り、七分で会社に着いた。

 功一は会社のブリーフィングルームに入った。室内には、すでに四人の同僚が集まっていた。


「おはようございます」

「早速だが、状況説明に入る」


 硬い声で言ったのは、功一が所属する作戦七課の課長である松崎龍司(まつざきりゅうじ)だった。彼はブラックオリオンに入社する以前は、陸上自衛隊の第一空挺団にいた。社内でもベテラン中のベテランだ。


「本日〇四三九(マルヨンサンキュウ)、人事部の奥山(おくやま)課長が散歩中に誘拐された。実行犯は2名。白色のバンで逃走。その後、品川区の雑居ビルに潜伏している模様だ」


 松崎は、プロジェクターでビルの位置がマーキングされた地図を拡大投影した。


「現場に急行し、奥山課長を救出する。質問は」

「アラート待機のチームはどうしてるんです?」


 夏樹碧(なつきみどり)が口を開いた。二十七歳で、七課唯一の女性メンバーだ。

 通常、こうした緊急事態にはアラート待機中のチームが出動することになっている。ブラックオリオン本社で待機し、緊急時には五分以内に車両または航空機で出動できる態勢を取るのがアラート待機。三十分以内に本社に出てこられる範囲で自由行動となっているのは予備待機。それぞれ二チームが割り当てられ、今回七課は予備待機の状態だった。


「アラートのチームは別件で出払っている。我々七課が先行し、三課はメンバーが揃い次第バックアップに入る」

「了解」

「他には? なければ出動する」


 五人は席を離れ、素早く準備に取り掛かった。





 GPSで特定された潜伏先は、四階建ての雑居ビルだった。一階は駐車場と倉庫、二階以上は商業テナントとなっている。

 功一は駐車場を小走りに進みながら、ベレッタPx4のスライドを引いて初弾を装填した。碧も同様にFNファイブセブンを構える。商用車が数台停められているため、これから一台ずつチェックする。

 残りの三人はエントランスから建物内に入った。バックアップのチームは十分後に到着予定。


(二階ホール、クリア)(二階テナントは施錠されている)(人影なし。これから三階に……)


 骨伝導イヤホンから流れる声を聞きつつ、停められている車を調べる。誰か乗っていないか? 荷物は? サスペンションは不自然に沈んでいないか……。

 突然、停めてあったミニバンのエンジンがかかった。まだチェックしていない車だ。

 白色のエルグランドが急発進した。運転席に一人、後部座席はスモークガラスで見えない。猛スピードで走り去ってゆく。


「一台逃走!」 碧が怒鳴る。

(夏樹と尾滝は追跡しろ) 建物内の松崎から指示が飛んだが、すでに二人は近くに停めておいたマークXに乗り込んでいた。


 運転席の碧がマークXを急発進させ、バンを追う。

 功一は本部に連絡。すぐ返ってきた報告では、奥山のGPS位置情報は、功一たちの位置と同位置で移動しているという。

 碧は道交法無視のスラローム走行で一般車を避けつつ、エルグランドとの距離を詰めてゆく。功一は襲い掛かるGに耐えながら、声を絞り出す。「おそらく”当たり”だな」


「そうね」 碧は素早くハンドルを切り返しながら、涼しい声で返した。


 エルグランドは信号を無視しながら、猛スピードで逃走。マークXが追う。

 大井南インターから首都高湾岸線へ。速度域が上がる。

 エルグランドのサンルーフから人影が現れた。AK-74自動小銃をこちらに向ける。


「AKだ!」 功一が怒鳴った刹那、フルオートの発砲音と共に小銃弾がマークXを襲った。碧はフルブレーキングと共に左にハンドルを切り、走行車線の大型トラックの後方にマークXを隠した。荷重の抜けたリアタイヤがスライドするが、碧はカウンターステアを当てて立て直した。「危ない危ない……っと」


 功一はヒビの入ったフロントガラスを蹴り破った。マークXは再び追越車線へ移り、再加速。駆動系は無事だったようだ。

 エルグランドとかなり距離が開いたが、下手に近づくと蜂の巣にされるだろう。碧は長めの距離を保ちながら、追跡を継続する。


「自動小銃の攻撃を受けている! 航空支援は?」 功一は本部に問うた。人質が死なないようにエルグランドを止めなければならないが、拳銃だけでは難しい。

(ペイヴホークがそちらに向かっています。間もなく到着予定) 本部のオペレーターが返した。


 数分後、二台の上空に一機のヘリコプターが接近した。ブラックオリオンが運用する多用途ヘリ、MH-60Gペイヴホーク。映画でも有名なUH-60ブラックホークを、特殊戦用に改良した機体だ。

 四枚のローターで強烈なダウンウォッシュを下界に叩き付けるペイヴホークは、エルグランドの右側上方に占位した。その胴体には、黒い戦闘服にボディアーマーを身につけ、バレットM82対物狙撃銃アンチマテリアルライフルを構えたPOの姿が見える。

 エルグランドのサンルーフから再び人影が現れ、ペイヴホークに向けてAKを構える。すかさず碧がアクセルを踏み込み、マークXはエルグランドに急接近。功一はPx4を構え、サンルーフから身を乗り出した男に向けてトリガーを引いた。

 スライドが後退し、空薬莢が飛ぶ。速射された数発の九ミリ・パラベラム弾が、AKを構えた男のすぐそばを通過。男は車内に身を隠した。

 そのタイミングを逃さず、ペイヴホークのPOがM82を発砲。エルグランドのボンネットに十二・七ミリ弾が突き刺さる。セミオートの発射機構を備えるM82は、次々と強力な大口径弾をエルグランドに殺到させた。

 四発目は、エンジンへの直撃だった。エンジンルームから煙を上げ、徐々にスピードダウンしたエルグランドは路肩に停止した。マークXはその後ろに停止。ペイヴホークは高度を下げて接近してきた。

 運転席から拳銃を持った男、左側スライドドアからAKを持った男がそれぞれ下車。

 マークXから降りた功一は、AKを構えようとした男にPx4を発砲した。ヘッドショットを受けた男は鮮血を撒き散らして倒れた。ほぼ同時に運転手の男が自動拳銃を功一に向けたが、そのトリガーが引かれるより早く、ホバリングしたペイヴホークから十二・七ミリ弾が男に飛来した。男は一発で頭を粉砕され、絶命した。

 Px4を両手保持したまま、エルグランドに近づく。開け放たれたスライドドアから車内を見ると、後部座席に手足を捕縛された奥山の姿があった。外傷はなさそうだ。


「敵を排除。奥山課長は無事です」

(了解。奥山課長をペイヴホークに収容し、事後処理班の到着を待って下さい)


 奥山はホバリングするペイヴホークにホイストで収容された。

 ボロボロになった二台の車と遺体、空薬莢の残された現場で、功一は腕時計を見た。現在、午前七時二十五分。朝食を摂っていない腹が、固形物を欲していた。スーツのポケットからカロリーメイトを取り出し、齧る。

 ひどいカーチェイスだった。

 空を仰ぐと、雲ひとつない晴天の中、帰投するペイブホークが小さく見えた。


挿絵(By みてみん)

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