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人造殲記  作者: びど豆腐
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第1話 遭遇 - ①:警報

 重厚な扉が開け放たれる。扉に刻印された文字は、その扉の先が「指揮官執務室」——この第二前線司令基地の最高責任者である、対人造人間兵戦闘機動隊——通称「VV機動隊」——作戦部長の居室であることを意味していた。


「失礼します。伝令であります。本基地の北北西、距離四四〇〇地点において敵兵と思われる人影あり。」


 入室した男は敬礼し、執務机に座り本を読む、長い黒髪を後頭部で束ねている中年の男——VV機動隊中将アインツィヒ=ライヒマンに報告を上げる。彼が敵兵の「数と種別」を訊き、男は答える。


「数は三、すべて人造人間兵と思われますが詳細は照会中。おそらく第二世代後期型かと。」


 アインツィヒはそうか、と言って本に栞を挟み机の上に置き、顔の前で手を組んで発言を続ける。


「現時刻を以て上四級警戒宣言を発令、北方および西方橋梁の各防衛班に三番までの有事武装を下命、その他隊員に同武装を許可、四番までを下命する。伝令兵、無線部に通達を。」


 男は再度敬礼して執務室を後にする。アインツィヒは指示を続ける。


「敵兵に関しては右軍第十一中隊から狙撃班を編成して対応に当たる。メシエル大佐、資料をこちらへ。」


 するとメシエルと呼ばれた金髪の若い男は、手に持つファイルを本棚に戻し乍ら返答する。


「お言葉ですが作戦部長、右軍第十一中隊は現在第六六番橋梁で通常警戒任務に就いています。今手が空いているのは左軍第十八中隊だけです。」

「おう、そうだったか。まいったな。」

「指揮官なんだからどの中隊が今何してるかくらい把握してくださいよ。」

「それが苦手だから上に掛け合って君を置いてるんだけど。」


 これを聞いたメシエルはイラつきを眉間に留め、開き直らないでくれますか、と諫めた。それでどうしますか、左十八中隊を出すなら資料取りますけど、と本棚を睨み(なが)ら尋ねる彼に、アインツィヒはいや、資料はいいよと言う。


「空いているのが彼らしかいないなら仕方がない、左軍第十八中隊に狙撃を頼もう。狙撃手を三名選んで第十三番橋梁に向かわせてくれ。」

「選ぶって言われても……資料ないんですけど。アンタまた変なとこにしまったでしょ。」


 メシエルは大量のファイルをより分け(なが)ら中隊情報が記載されているデータファイルを探す。おかしいな、ほかの中隊のはあるのに、とぼやく彼に、アインツィヒはケロリとした顔で告げる。


「お前が選ぶと思ってんの?違う違う、選ぶのは左十八中隊長。そもそも左十八中隊のデータファイルは存在しないよ。」

「……え?」


 訝しがるメシエルの顔を見て、アインツィヒは思い出したように手を叩き、そうか大佐は機動隊に入ってまだ日が浅かったな、知らないのも無理はない、と言う。先ほど退室した伝令兵が無線部に到着したのか、上四級警戒宣言の発令を告げるサイレンが鳴り響く。


「大体マニュアル通りの対応なら、敵兵までの距離が三〇〇〇を超える本件は狙撃手九名で対応しなくちゃならん。ただし、対応に当たるのが左軍第十八中隊である場合を除き、な。」


 VV機動隊——国防軍対人造人間兵戦闘機動隊は左軍と右軍の二軍から成り、各軍が百から二百の兵員からなる中隊を五十ほど有している。そして各中隊には神話に準えた名前が割り振られているほか、いくつかの中隊は医療中隊と呼ばれるなど専門とする任務があったり、隊規の一部不履行すら認められていたりする。

 左軍第十八中隊〈執政官〉は「VV機動隊最強の中隊」であり、隊規のうち「隊服着用他一切の服飾装備に係る制限」「戦闘基本対処手引——通称『マニュアル』の遵守」の不履行と「独立戦闘行動」が特例として容認されている。理由は単純にその中隊が最強であるがため——「最強たり得る」ためであり、国防軍第〇原則に則った措置であるとされる。


「——とまあこういうことだから、俺らに狙撃兵を選出する権利は……」

「あーこちら指揮官補佐メシエル。左十八中隊は——」

「…………。」


 アインツィヒが一連の説明をし終えたころ、メシエルは彼の話に一切耳を傾けずに内線電話を手に取って左軍第十八中隊に連絡を取っていた。狙撃兵を三名選出して第十三番橋梁に向かい、敵兵を排除せよ、と手短に用件だけを伝えて内線を切った頃、アインツィヒは執務机に突っ伏して小声で何やら呟いていた。メシエルは受話器を置き(なが)ら、いじけないでくださいよ、みっともない、と呆れた顔をする。


「だってメシエル俺の話聞いてくれないじゃんか。」

「聞いてましたよ、要は左十八中隊は僕らの常識の範囲外ってことでしょ。」

「聞いてんのむかつく。」

「聞いてほしいのか聞いてほしくないのかどっちですか。」


 アインツィヒはむすっとした顔のまま姿勢を起こす。メシエルは手元の大量の書類を整理しながら、ふとある書面に目を留める。


「そういえば作戦部長、今日付で入隊する新兵に一人面白いやつがいますね。」

「ん、あの女の子だろ。教育隊を最小年限で卒隊していきなり軍曹補佐から入る子……ニコちゃんだっけ。とんでもない才能だよ。誰かの手がかかっていると疑いたくなるほどにな。」

「……まあその子もですけど。そういえばそのニコって新兵について気になる噂を耳にしたんですが……。」


 不穏な真剣さをメシエルの顔に見たアインツィヒは、少し茶化し気味に問う。


「何だよ噂って。彼氏がいるとかか?」

「いえ、彼女が実は——」


  * * *


 北部防衛線綜合司令本部の廊下を、スーツに身を包んだ女性——ニコ=ブラヴァツキーが足早に歩いている。磨かれた革靴は廊下の照明を反射して艶めき、しっかりと結ばれたネクタイは襟元を飾り、黒い太縁の眼鏡のレンズは黄金の瞳の眼光をより鋭く映し、肩に触れないほどの黒髪は歩と共に靡いて銀色のインナーカラーを覗かせる。

 メガネの位置を直し、手首の腕時計で時間を確認する。指している時間は九時の五分前。ニコは「司令官室」の前で立ち止まり、大きく深呼吸した。そして大きな声を張り上げながら扉を開けた。


「失礼します!本日付で入隊となりました、ニコ=ブラヴァツキー軍曹補佐であります。同期四人に先立ちまして挨拶を——」


と大きく敬礼して入室を果たしたニコだったが、室内には既に「同期四人」が着席していた。彼らの対面には新兵五人と面談する予定だったVV機動隊大将も座っている。ニコはその場で固まり、その瞳は電力を絶たれた電球のように徐々に光を失ってゆく。


「……あれ。」

  ——やば、遅刻した?いやでも連絡された時間は九時十五分だったはず……。


 ニコが狼狽えていると着席していた一人が「先立てていないぞ、のろまツキー」と野次る。その発言に止めを刺されたニコは蒼白し、徐にネクタイを解くと慣れた手つきで輪を作り首へあてがった。


「集合時間に遅れるなど兵士としてあるまじき失態、時間も守れずして一体何が守れるというのか……兵士ニコ、ここで首を吊って自害いたしましょう……」


 いかにも全てを悟り覚悟を決めたような言葉を発するニコと冷めた目でそれを見ている「同期」を見た大将は、慌ててニコを止める。同期に対してニコはこういうことを平気でするのかと尋ねると、のろまツキーと野次った新兵はいつものことですと淡々と答えた。


 ニコをなだめて新兵五人を座らせ、大将はそれじゃあ気を取り直して、と口を開く。


「新兵に対して口頭試問を行う。」


 新兵たちの目つきが変わり、緊張した空気が充満する。その空気を切り裂くように大将が声を発する。


「フリーマン二等兵。我々対人造人間兵戦闘機動隊が従うべき三つの原則とは何だ。」


 ライアン=フリーマン二等兵——短い金髪で鋭い瞳の男は答える。


「第一に国防最優先の原則、第二に第一原則履行の原則、第三に隊規遵守の原則であります。」

「ではリヒテンベルグ二等兵、その三原則の内容は。」


 アドルフ=リヒテンベルグ二等兵——黒い長髪を後ろに流し、右目に眼帯をつけている長身の男は続ける。


「敵人造人間兵の本国領侵入を何よりも優先し、これを看過するような指示は撤回・棄却を要求しなくてはならず、また第一、第二原則に反しない限り隊規を遵守しなくてはならないということであります。」

「ならば如何にして人造人間兵を無力化する、ロテル二等兵。」


 次に指名されたナイル=マオ=ロテル二等兵——赤茶色の髪が両目を隠している小柄な男は、やや上ずった声で


「攻撃弾、または短鎗による胸部生命維持機関の破壊、もしくは刀剣類での頸部切断による行動不能によって無力化します。」


と答える。続き指名されたイェン=リェファ一等兵——黒髪で長髪、口と鼻をマスクで隠し、右目の上から下に流れる古傷がある男は、三原則の上にある国防軍兵の従う原則を問われ、


「『隊員皆須ク闘イ我ガ領土ヲ侵犯スル外敵ノ殲滅ニ汝ガ命ヲ尽クス可』と定められる身命供犠の原則であります。」


と返した。

 さてブラヴァツキー軍曹補佐、と大将はニコを指名する。その眼光は最早仲間に向けられるそれではなく、巣立ちを目前に控えた雛鳥から餌を取り上げて飛び去る親鳥の眼であった。


「貴殿らは本機動隊に入隊し、何を為す。」

「我々は文字通りこの身命を機動隊に捧げ、持ち得る技術と強靭な肉体を以て人造人間兵を殲滅し、隣国帝都への進軍路を拓きます。」


 ニコは怯むことなく黄金の瞳で大将の瞳孔の奥を見据えて返答した。その声に一切の迷いはなく、ひしひしと決意と覚悟、信念が滲み出てくるようであった。大将もそれを感じ取ったのか、やや静寂を挟んで、問題ないようだな、と口元を緩めた。そして羽織っている上着の内ポケットから五通の封筒を取り出して机に並べて言った。


「各自自分の名前の入った封筒を取れ。」

「……これは?」


 アドルフが中身を気に掛けると、大将は開けてみよと促す。ニコたちが封筒の中の固形物を掌に出すと、それは階級章を兼ねたバッヂだった。目を輝かせるナイルや輝きに見入るニコらに対して大将は続ける。


「君たち五人の入隊を正式に歓迎する。私は大将のコール=フロイトだ。」


 先ほどの鋭い眼光が嘘のような朗らかな笑顔を見せたコールはそのまま、さて君たちの配属先についてだが、と話を進めようとした。

 しかしその話題はかなわなかった。

 突如鐘声が室内を包み、お祝いムードは瞬時に吹き消えた。

 途切れることのない、単一不協和音の長音警報音。そこにいた誰もが、何も知らない庶民がいたとしても異常事態であることを察せられただろう。それほどに緊張感を煽る音であり、何より警報音が鳴り響いた瞬間以降の部屋の空気は、それこそおよそ人間が出せる重圧をはるかに超える張り詰めたものに豹変していた。

 コールはもちろん新兵五人も、その警報音が意味することを理解していた。

 下一級警戒宣言——北部防衛線綜合指令本部から距離二〇〇〇以内に敵影が確認されたときに発令される警報。しかし今、この事実はより重大な現実を意味していた。


「報告ッ!V五六一基地より入電、座標五〇四五―一二〇七地点にて南進する敵一個大隊を発見、依然南進中の模様!」


 伝令兵が扉を勢い良く開けて入室して報告を上げる。報告された地点はクーパータウンと呼ばれる本国領内の町の郊外を指しており、つまり敵一個大隊が領土侵攻を果たしたことを意味していた。そもそも北部防衛線綜合司令本部は国境から二五〇〇離れた位置にあり、下一級警戒宣言の発令は自然と敵兵の領土侵攻を示唆する。しかし今回の敵兵捕捉座標はより残酷な状況の可能性を浮上させた。


  ——第一前線司令基地はクーパータウンの北方、国境に接する位置にある。敵軍が南下してクーパータウンに現れたなら、その前に第一前線司令基地の近くを通るはずだ。それも距離にして一〇〇〇に満たないほどの近距離を。しかし今回の警報はそれよりも南東一五〇〇に位置する基地からの入電によるものであり、第一前線司令基地は一切無線をよこしていない。とすると——。


「警報の発令者は。」


 コールは伝令兵に問う。伝令兵はムラノ執行大臣でありますが、と返答するが、それを聞いたコールは小さく舌打ちをして憲兵上りか、と呟き、内線マイクを手に取って基地全域に対して号令を発した。


「総員に伝達。上一級警戒宣言を発令、総員完全有事武装し戦闘に備えよ。区分一から三に該当する中隊は最終捕捉地点に急行、その他中隊は連絡橋梁にて待機せよ。さらに現時刻を以て会敵時特令を発令、会敵時の本部の承認を得ない戦闘を許可する。」


 コールは勢いよくマイクを戻し、新兵のほうを振り返る。


「新兵。お前たち五人は右軍第二中隊〈赤弩兵〉に配属される。」


——考えられる可能性は三つ。まずはそもそも捕捉できていなかった可能性。次に機材トラブルもしくは通信混線により入電が届いていない可能性。最後に——。


 そろそろ中隊長が来る頃だろう、とコールが話していると、廊下を何やら走る足音が近づいてきて次の瞬間、扉が勢いよく開け放たれた。ちょうど扉の前に立っていた伝令兵は扉に弾き飛ばされ部屋の壁沿いにおいてある鉢植えに突っ込んだ。


「司令ッ!新兵はどこですか!」


 中隊長と思われる茶髪の大男の、鼓膜を破らんとする高声が司令官室に響き渡る。直後自分が扉で弾き飛ばした伝令兵の惨状に気付いてばつが悪そうな顔をしたが、その眉は濃く眼は大きく見開かれていた。


「新兵ならそこな五人だ中隊長。彼らを連れて現場へ急行してくれ。」

「押忍ッ!ついてこい新兵、第二中隊へ案内する!」

「はいッ」


 中隊長に連れられ、新兵五人は司令官室を後にした。新兵の初陣はいつも鼓舞し送り出してきたコールだったが、今回はその余裕がなかった。彼は伝令兵に第一前線司令基地からの入電の有無を確認するも、伝令兵からの回答は彼の予想の通りだった。


 半刻前の定期通信テスト終了後には特に入電なし。落雷や雨があったわけでもなければ、半刻の間に通信系統が壊れる可能性は低い。


  ——考えられる可能性の最後の一つが現実味を帯びてきたな。


「第一基地には偵察班を向かわせる。右軍第十二中隊に伝達せよ。」


 コールは伝令兵に命令し、彼が司令官室を後にするのを待った。そして電話機の受話器を手に取ってダイヤルを回す。


「——こちら司令官、作戦部長に繋いでくれ。」


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