第31話、詩織の親友
『生きてて良かったぁああ!!うわぁああん!!』
「良い加減に分かったから。そろそろ泣き止みなさいよ」
詩織を抱き締める銀色の球体は、ゆっくりと二本の腕を離し、改めて向き直る。
その球体の中心には画面があり、そこには明るい髪を結んだ少女の顔が映っていた。
「久しぶりね榛名。たぶん数日ぶりかしら」
『数ヶ月ぶりですよ!!行方不明になったと聞いてから『ゴーレム』でずっと探していたんですからね!!』
涙を流しながら叫ぶ彼女に、詩織は「ごめんね」と呟き、そして次に瞳を研ぎ澄ませた。
「私は行方不明として扱われているみたいだけど、他の皆んなはどうなったの?」
『っ!それなら大丈夫です!皆さん無事に帰還しました!帰ってこれなかったのは詩織だけです』
それを聞き、詩織は安心したように瞳の力を緩めた。
「そう、それは良かったわ。ずっと気がかりだったから」
『詩織のお陰だと皆さんが言っていました。そして行方不明になったことで、皆さん自分を責めていて……でも!これで皆さん安心します!なにせ詩織が生きていたんですから!』
嬉しい情報を得られたと、榛名は満面の笑顔でそう言う。
そして画面の中で背中を向け、
『報告してきますね!詩織が生きていた事を!』
「っ!ちょっと待って!」
詩織が慌てて言い放った一言に、画面の中の榛名は動きを止める。
迷いの含んだ息遣いをしながら、詩織はゆっくりと口を開いた。
「は、榛名…私の発見を伝える前に、大事なお願いがあるのよ」
『お願いですか?それは一体』
「上に報告をする前に、とある物をこの島に届けてくれないかしら」
『とある物?ですか?』
「ええ、そう。私のIDパスワードを教えるから、それを取ってきて欲しいのよ」
その言葉を聞いて榛名の瞳が見開いた。
『詩織のIDパスワードですか!?幹部の専用IDを他者が使うのは禁則事項ですよ!』
「承知の上よ。もしバレても私の命令で動いたって言い訳すれば良いわ。だからお願い」
必死に頼み込みながら、詩織は深々と頭を下げた。
『ぇ、ぇぇ…』
そんな姿を見た榛名が、言い返せない顔を作りながら返答を迷わせる。
『ち、ちなみに、何を取ってくればいいんですか?』
「『No.75』と『No.80』よ」
『『Numbers武装』!?無理です!馬鹿なんですか!』
榛名は強い否定を示した。
『確かに詩織のIDなら取り出す事は簡単でしょう!それでもNumbers武装は無理です!バレたら注意だけじゃ許されないですよ!一体何につかうんですか!」
「全部私に押し付けていいから!だからお願いよ!」
『くっ!くぅぅっっ、そんな深々に頭を下げても……』
それを聞いた詩織はゆっくりと膝を砂浜につかせ、額を土に降ろそうと…
『スススストッップですっっ!わ、分かりました!分かりましたから頭を上げてください!』
「ありがとう榛名!この恩は一生忘れないわ!」
『一生消えない罪を背負いかけてますけどね。今の私…』
はぁ〜と思い溜息を吐いて、榛名は言う。
『それで…他にも何かあるんじゃないですか?』
「さすがね」
察しが良いと、詩織は余計な言葉を付けず、ありのままに頼みを言った。
「私の生存情報を伏せておく事と、この無人島の位置情報を教えてほしいわ」
『生存を伝えないのは何故ですか?』
不信感のこもった声音で問い質す榛名に、詩織は苦笑いで答える。
「訳は詳しく話せないけど、とにかくこの無人島の存在を秘密にしておきたいのよ。もし私の生存が確認されたら、皆んなで迎えにきちゃうでしょ」
『当たり前です。幹部の立場にいる人が何を言っているんですか』
ふんっと榛名が強い息を漏らす。
「無人島の位置情報とNumbers武装があれば後は勝手に帰るから、だからお願いよ」
『勝手に帰るって……今詩織が立っている場所は……その』
言いづらそうな言い回しをした後に、榛名はそれを告げた。
『『禁忌領域』。そのど真ん中にいますよ』
「っ!……そう、だから一隻の船も見られなかったのね」
『いたら幽霊船です。要注意危険モンスターがウジャウジャいる海域を進む船なんていません』
事の深刻さに詩織は頭を抱えた。
それは榛名も同様で、
『救助隊を向かわせた方が良いと思います』
「それじゃあ駄目なのよ」
詩織の中で広樹の顔が思い浮かぶ。
(バレたら確実に……)
種馬牧場に連れて行かれる哀れな雄馬と重ね、広樹の為に決死の覚悟を固めた。
「禁忌領域の外側…無人島から安全海域までの距離はどれくらいなの?」
『それはざっと見て……まさか!』
「これでも幾千万の上に立つ幹部よ。近くの海域に最小限の迎えを用意してくれれば良いわ」
『なんでわざわざそんな無茶を?今までの詩織から逸脱してますよ』
そう問われ、詩織は広樹の存在を悟らせない言い訳を考えた。
そして咄嗟に自分が行方不明になったきっかけを思い出し、
「あの怪物を倒しきれなかったのよ。私の暗黒髑髏の左腕も食われてしまったわ」
それを聞いて榛名の瞳が大きく開く。
「アレはまだ近くにいる。そんな危険な海に、私の救助の為だけに来てほしくはないのよ」
『榛名が仲間になった』