第30話、広樹VS詩織
草木が微かに生える草原で、俺は無様に大の字で倒れている。
肉体強化が間に合わなかったら死んでいた…
いや、本当に。
危うく死因が落下死になるところだった。
そして地面に衝撃が走る。
きっ、来たぁあ!?
俺はすぐに立ち上がり、土煙を上げている場所に視線を向けた。
「『第10番─アーマード』」
「っ!?」
詩織の声が背後から聞こえ─
「騙されたわね」
「詩──がぁっ!?」
彼女の名前を発する余裕もなく、詩織の拳によって俺は土煙が上がる方へと吹き飛ばされた。
「あの土煙は囮よ」
土煙を見ると、そこにあったのは半分に割れた大岩。
まさか、あれを投げたのか!?
「『暗黒髑髏』」
「だっ『第5番─ステルス』!」
巨人の上半身を出現した直後に、俺はステルスで姿を消した。
「詩織!一度話を─」
「姿を消しながら声を発するなんて」
「っ!?」
暗黒髑髏の唯一ある右手が、草原の土を根こそぎに掴み取り、
「赤点よ」
数トンを超える大量の土を投げられ、俺は即座に足に力を込めた。
「躱したわね。でも」
黒い骨で作られた右拳が俺の方へと伸びる。
な!?百メートルは離れたんだぞ!?
「がはっ!?」
その巨拳を身体全体でくらってしまう。
視界がぼやけ、身体が草原を跳ね転がった。
「やっぱり足りなかったわ。広樹には著しく、危機的経験が足りなかったのよ」
暗黒髑髏を背にしながら詩織は語る。
「今から日没までの約二時間。私は広樹の敵よ」
詩織の重い声音に、それが揺るぎない本気なのだと感じられた。
詩織を敵にする?
それも二時間もの間?
それがどれだけの地獄を意味するのかは、俺が一番よく知っていた。
土下座をっ、
いや!そんな悠長な隙はない!
「『第1番─ウインド』」
くっ!?
立っていられるのがやっとの強風が草原を覆う。
「見つけたわ」
なっ!?
気づけば詩織の顔が目の前にあった。
ステルスで見えない筈なのにどうして近くに!?
「周囲の草が倒れているのに、一箇所だけが風に抵抗しているのよ」
俺が風に抵抗していたからか!?
それで草が倒れてな─
「吹き飛びなさい」
暗黒髑髏の右手が振るわれ、再び俺の身体が宙を舞った。
ヤバイ!詩織は俺を本気で殺しに──
「広樹……私は」
っ!?
なんで、そんな暗い表情を…
「あの日からずっと、考えていたのよ……この世界はきっと、広樹に優しくないんだって……」
この世界?──まさかっ
「薄々よ。もしかしたら。たぶん。可能性。夢物語。空想。妄想……でも」
暗黒髑髏の拳を地面に叩きつけ、振動波が草原に鳴り響く。
「広樹が特別な男である事実だけは認めている。だからこそ、この世界は広樹にとって残酷になるのよ」
残酷になる?
男に優しい世界じゃなかったのか?
「渡すわ」
っ!?
「愛用の武器でしょ?それを女である私に構えなさい」
目の前に突き刺さったのは、この世界で始めて手にした中斧だ。
それを詩織に構える?
いくら強くても、それを詩織に構えるのか?
今までお世話になった彼女に?
「私は女なのよ。それが威圧をしながら、あなたの目の前に立っている」
二度目の轟音が鳴り響く。
暗黒髑髏の右手が地面に抉り込み、その恐ろしさを肌身に感じた。
「目の前に威圧する女がいる。それだけで私に武器を構える何百の理由になるわ」
本気だ。偽りが一切ない。
冗談かと問えば、詩織は拳を放つだろう。
それほどまでに、詩織の顔が真剣そのものだ。
「広樹の願いは何?あの日に流していた涙の理由は一体何だったの?」
「…………ホームシック…だった」
あの時と同じ答えを言う。
その言葉に詩織は、
「元の世界に帰りたいのよね?」
受け入れた。
その言葉を聞き鼓動が速くなる。
詩織が俺の事情を受け止めてくれた。
「でも帰れなくなるわ」
「な、なんでそんな事が…」
恐ろしく尖った詩織の言葉に、俺は震えながら聞き返す。
「たとえ帰る方法が見つかったとしても、その前に広樹は蹂躙されるからよ」
じゅ、蹂躙!?
意味が分からない!
「この世界の男は保護されていると教えたわね。でも言い換えればそれは、人生を隔離しているという事なのよ」
人生を隔離?
保護ではなく隔離だと?
数が少ない男…
病気にかかりやすく、生存を常に考えなければならない世界…
っ!?
まさかそれって!!
「精神エネルギーを操れる唯一の男、荻野広樹。貴方の存在は世界に救世をもたらすわ」
分かった。
分かってしまった。
いや、どうして今まで気がつかなかったんだ。
男が貴重だから、男に優しい世界?
違う!そんな世界じゃない!その逆だ!
「気づいたようね」
暗黒髑髏の右手が空に伸びる。
高く、高く、高く、
そしてその影の中に俺が入った。
「この世界…この世の女…。その全てが広樹の敵なのよ」
逃げ─!?
くっ!?
振り下ろされた拳の風圧で身体が飛んだ。
だがそれで終わらず、詩織が俺に接近する。
「私一人じゃ広樹を守り切れない」
「くっ!」
詩織の生の拳が俺を襲う。
肉弾戦だ。
暗黒髑髏を消して、詩織は怒涛の近接戦を繰り出してきた。
「広樹は私の恩人なの。だから広樹には幸せになってもらいたい」
流れ出る汗と共に、詩織の拳に身体が吹き飛ばされる。
「勝手な理由で隔離され、人類存続の為の犠牲にされる。そんな事は私が許さない」
熱く語られる世界の現状。
それを詩織は悪と言わんばかりに、俺に強く言い放つ。
それが詩織の本音だったのか。
だからここまで一生懸命に。
こんなにも、詩織は俺の事を想ってくれていたのか?
…………。
…………。
気付かされた。
「…………」
「っ、戦意喪失?そんな姿を見せても、私は止まらないわ────っ!?」
戦意喪失なんてするか。
詩織が俺のために頑張ってくれている。
それを改めて知る事が出来た。
だったら…
「日没まで戦い続ける、確かそう言ってたよな。──だがその必要はないぞ」
「……ええ、そのようね」
清々しい気持ちだ。
心にかかっていた恐怖が拭い去れた気分だ。
目の前にいる少女を見ろ。
彼女は誰だ?俺のなんだ?
分かっている。知っていた。
恐れる必要なんて何処にもない。
さっきまでの言い訳は全て捨てろ。
目の前にいるのは、俺の事を大切に想ってくれている女の子じゃないか。
「詩織。この戦いで俺に得させたいモノはなんだ?そのゴールはなんだった?」
「経験」
間髪入れずに詩織は言ってみせる。
「私以下のどんな強敵に出会っても、震えず武器を構えられるアナタになってもらう事が、この戦いのゴールよ」
そこには曇りのない真実が感じられた。
「そうか」
じゃあ、もういいよな。
詩織のゴールに俺は立てたぞ。
だが──そこからだ。
「構えるだけか?」
「いいえ」
詩織は微笑み、右腕を伸ばした。
「『暗黒髑髏』!」
一喝し現れたのは、恐怖を体現したかのような黒い怪物。
それに向けて、俺は中斧を構え直した。
「その怪物がどうにかなっても、お前は怪我しないよな?」
「ふふっ、どうにか出来るの?この『暗黒髑髏』を」
「ああ、最初っから駄目って決めつけるのは、俺の悪い癖だからさ」
中斧に精神エネルギーを集中させ、金色の鎧を纏わせる。
「ソレをぶった斬る光景を思って、俺は全力で飛ぶよ」
「ぶった斬る…?……ふふっ、はははっ!」
爆笑だった。
俺は初めて、詩織の心の底からの笑顔を見た気がした。
「やっぱり広樹は最高だわ!ええ!そうね!そのくらいの覚悟がなきゃ『暗黒髑髏』には傷ひとつ付けられない!」
暗黒髑髏の右手が空へと掲げられる。
そして突如と黒い炎が拳に燃え広がった。
「怖気付かないでね!もう一歩も引く事は許されないわ!」
黒い炎が形を作り、巨大な中斧へと具現する。
その型はまるで、俺が手に持っている中斧と全く同一の物だった。
「さあ来なさい!そして振り下ろしなさい!アナタの覚悟を私に示して!」
完全受け身姿勢。
俺の一撃を待ち望む、完全なる強者の立ち振る舞い。
高く掲げた黒炎の斧は、間違いなく灰塵の剛撃を放つだろう。
まるで死刑台。
その斧を構える怪物に、処刑を担う断罪者を彷彿させた。
「──」
「──」
混じり合う互いの双瞳。
金色に輝く中斧と、黒炎に燃え盛る巨斧。
力の差は歴然。積み重ねた経験と時間を、二人の構える武器が証明していた。
だが一歩も引かない。無謀と分かっていても。
そこには恐怖なんてない。
目の前の力に逃げるようであれば、この世界では生き残れないのだから。
だから行こう。
今ある全ての存在を燃やして、詩織に立ち向かおう。
そして掴むんだ。
詩織が望む、世界に脅かされない自分を。
草原を蹴って、両手で斧を振り上げる。
金色の輝きを大きく爆現させ、元の原型を忘れ去るほどに、その姿は変貌を遂げた。
一瞬の体現。一秒も保たない最高の具現化。
その持てる限りを注ぎ込んだ究極の必殺を、燃え盛る怪物に振り下ろした。
────────。
砕け散った中斧と共に、身体は宙を飛んだ。
だが良い。知っていた。勝てる筈はなかった。
でも。
それでもだ。
俺の一撃の強さは、詩織の暗黒髑髏が証明してくれた。
「合格よ。──それにしても、これは予想外ね…」
草原に落ちた黒い塊。
その暗黒髑髏の右腕を見ながら、詩織はこれ以上にない満足だと笑った。
『広樹の目の前に詩織が現れた』
『広樹は詩織に敗北した』
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ようやく30話まで到着しました!
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これからはちょっとずつ投稿していくつもりです!
どうかこれからもよろしくお願いします!